第38話 ルル・ノマリン♪ ~ 愛の惨歌
「で・・今度は何を始めた?」
例によって、土地の見回りを終えたレン・ジロードはルシェの鼻面を撫でて労りながら、出迎えたマールとソルノに訊ねた。
山中に妙な歌が流れていた。
大型の魔導拡声器がずらりと稜線伝いに並び、ルルがどうした、ノマとリンがどうのと、背中がむず痒くなるような作り声で勇者が歌っている。
『何度も聞かせることで、耳から記憶を支配する・・との事です。恐らくは、呪歌の魔法かと推測します』
ソルノが馬具を受け取りながら説明する。
「呪いの歌なのは間違いないが・・・」
レンは、不快げに前脚で地面を掻いている黒馬をなだめた。
「黙れと言ってきてくれるか?」
「マールに任せる」
闇精霊が銀色のトレーラーハウスめがけて矢のように飛び出して行った。
『先ほど、マグナートさんの使いの方がお見えになりました』
そう言って、ソルノが折り畳まれた手紙と重そうな木箱を持って来た。華奢な手をした黒髪のエルフが軽々と持っている木の箱は、黄金の貨幣がぎっしりと詰まっていた。小さく頷きつつ、手紙を受け取って眼を通してみる。
「面倒な話だな」
「何事でしょうか、旦那様?」
黒いドレス姿の勇者が澄まし顔でしずしずと小屋に入ってきた。マールとカリンも続いて小屋に入ってくる。
「聖マルダンが、ルル・ノマリンに巡検に来るらしい」
レンは、マグナートの手紙をノルンに渡した。
すぐさま、ノルンが唸る。
「お方様、マルダンの巡検には聖騎士団が派遣されます。ティーラム教に入信もしくは改宗をしない場合は異端者と断じられることになります」
「ぬぐぐ・・」
「この度の聖騎士団を退散させることは、お方様のお力を持ってすれば容易な事でしょう。しかし、大陸全土にいる信徒を敵に永遠とも言える戦いを強いられることになります」
「わ・・分かってるわ。まずいわよ・・まずいけど、どうすれば良いっての?どうせ、あれでしょ?亜人や獣人の孤児まで保護とかまかり成らんとか、その手の難癖でしょ?」
「ティーラムでは、エルフ族も害獣扱いですから」
カリンが寂しげに笑った。
「む・・迎え撃つわよっ!」
ノルンが声を張り上げた。
即座に、
「奥方、落ち着く」
闇精霊が短慮をたしなめた。
「ちゃんと考える。ルル・ノマリンは、まだただの空き地。杭が打ってあるだけ。今は問題無い」
「うっ!?・・や、闇っ子が冷静だとっ!?」
「奥方、焦りすぎ。クールビューティ台無し」
「なに言って・・なによ、わたしが焦ってるって?馬鹿言ってんじゃないわ。わたしは冷静だっ!」
前髪を指で払いながら、黒いドレスの勇者がうそぶいた。すでに顔色が悪い。
「大旦那、奥方が錯乱した。何とかする」
マールがレンの前に飛んできた。
「ふむ・・」
レン・ジロードは、しばし沈思した。
騒ぎ方はともかく、孤児院を開こうとするノルンの考えは嫌いじゃない。できるなら、助けになってやりたいが・・。
「お方様、空き地を巡検に来る聖騎士達は放って置いても実害はありません。問題は、今後、孤児院が始まった時に、また同じような騒動にならないようにする事だと思います」
カリンが静かな声音でノルンに語りかける。
「うぅ・・でもさ、もう眼を付けられちゃったわけじゃん?宗教団体とか、クスリの決まったヤクザと一緒じゃん?神がぁ~とか言って、もう、ずうっとネチネチ来るよね?関係無い奴まで、妙な勘違いして、正義の鉄槌がぁ~とか言って押し寄せるよね?」
勇者が、ドレスの色以上に暗い顔で呟く。
「前に山に来た殺人教団も、そのティーなんとか教が雇ったんじゃないの?」
「ティーラム教です、お方様・・・教義を護るためなら、その程度の事はやりかねませんが、しかし、下調べも無いままに、いきなり50名もの暗殺者を送り込むでしょうか?」
「ねぇ?わたし、何かやった?孤児院を作ろうとしただけだよね?ね?悪い事?何なの?孤児院作ったら討伐されちゃうわけ?」
「お方様、落ち着いて下さい。討伐などさせません。私が、カリンが御守り致します」
挙動不審な勇者を、エルフ族の聖女が優しく抱き締めた。
「そりゃあね、剣振り上げて襲ってくるなら戦うわよ・・・でもさ、何だって言うの?どこに、兵隊送ってくるような問題があるのさ?おかしいじゃない?何の罪なの?」
「ティーラム教は、唯一神を信仰するもの。この世界の他に異界が存在することを認めておりません」
「はん?そんな、ティーなんちゃらが認めようが認めまいが、あるんですぅ~。ばっちり、異世界が存在してますぅ~。私は来たくも無いのに魔法で掠われて来たんですぅ~」
「ティーラム教は異世界を認めていません。ですから、異世界から招かれた勇者様は・・その・・教義上は、罪人になるのです」
言い難そうに、カリンが語った。
「けっ!ばっかじゃないの?教義上で罪?召喚されたら罪人?ふざけんじゃないわよ?つぅかさ?私達を魔法で拉致った連中の中に、ティーなんとかの奴らが居たわよ?矛盾してない?」
「ノルン」
レンは椅子を引いて座るように促した。
「・・私は悪くない」
黒いドレスの勇者が、むくれ顔でぶつぶつ言いながらも椅子に腰掛けた。
「ノルンは正しい。社会的に見ても、何の問題も無い行動・・概ね、問題の無いことしかしてない」
レンは椅子の前にしゃがんで、ノルンの双眸を正面に見つめながら話し掛けた。
「おれが居る限り、おまえが討伐される事は起こりえない。来れば来ただけ、聖騎士がこの世から消えるだけだ。そこまでは分かるな?」
「うん・・」
「おまえが人の血を流したくないと思っていることも理解している。出来るだけ、温和に解決したがっていることも」
「・・うん」
「相手が商人なら、話し合いで解決が出来る。王侯貴族でも、わずかな血が流れる程度で話を付けることが出来る。でもな・・教義をからめて紛争をふっかけられると厄介になる」
「分かります・・似たようなの、私の世界でもいっぱいあるもの」
「皆殺しにするか、教典に勇者は正義だと追記させるか。どちらかを選べ」
「へ?」
ノルンがぎょっと眼を見開いてレンの顔を見た。
「な、なんか、もの凄いお話しのような・・」
「ティーラム教の総本山から始めて、大陸全土の教徒を殺して回るとなると、どう見積もっても数年はかかる。特に南部などは、3人に2人はティーラム教徒だ」
「ちょ、ちょっと、旦那様、ええと?・・いやいやいやいや、無いから・・全殺しとかありえないですからっ!」
「よし、ならもう道は一つだ」
「・・え?」
「本山に出向いて、教典におまえが正義だと追記させるしかない」
「いやぁ・・はは、なんだかライトに言っちゃってますけどぉ?それって、思いっきり茨の道よね?針山を裸足でスキップするようなものよね?」
「真っ正面からやれば多くの血が流れる。だから、そんな事にならないように穏やかにやろう」
「・・・旦那様、穏やかに何百人とか殺しちゃったりしませんよね?ね?」
「するわけ無いだろう?」
「ですよねぇ?えへへ・・で、でも、本当に死ぬ人が出ない方が嬉しいんですよ?そりゃぁ、その・・まったく誰も死なないって訳にはいかないのは分かりますけども」
「奥方、大旦那を信じる」
「あのね、マールちゃん。私はいつだって、旦那様を信じてますぅ!ただ、だから・・今のはお願いをしてるんですぅ!」
「奥方、しつこい女は嫌われる」
「ぬわんだとっ!?この闇っ子、だ・・旦那様?ノルンはちょっぴり甘えているだけですよ?そんな、しつこく言ったりしてなくって、でもでも、やっぱり、その・・あんまり人が死んじゃうのはどうかなぁって、てへへ?」
「おまえ、百面相で喰って行けるかもな」
「くわっ!?ひ・・必死に懇願しちゃってるプリティな小娘ちゃんに、百面相だとか、なんてこと言っちゃうですかっ?鬼っすか?ノ、ノルンは・・ノイリースルン・フォン・ヴラウロッタは真剣なんです!真面目に、必死に、お願いしてるんです!」
ノルンが珍しいくらいの剣幕で拳を握って力説する。
「お願いか・・なら、相応の対価を支払ってもらうべきだな」
レンは、にこりと笑みを浮かべた。
・・シンッ・・と辺りを静寂が支配した。
「奥方、ぐっどらっく」
闇精霊がそっと小屋の外へ飛んで行き、
「後ほど・・お迎えにあがります」
エルフ族の聖女が悲痛な眼差しを伏せて静かに外へ出て行った。
『見回りをして参ります』
最後に、黒髪のエルフ姿のソルノが静かにお辞儀をして外に出ると、分厚い木扉をゆっくりと閉めた。
薄暗い小屋の中に、脂汗を真っ青な顔中に滲ませ、ぷるぷる震える手で黒いスカートの膝を握った勇者が残された。
「逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ・・・」
呪文のように呟き続けている。
そんな必死な様子のノルンを面白そうに眺めながら、レンは上着を脱いで壁のフックにかけた。続いて、腰のベルトを抜いてポーチごと吊り下げる。
「戦意高揚歌・・・回復の神泉展開・・・生命力継続回復・・・体力継続回復・・・」
魔法円から噴き上がる白光に黒いドレスの裾を翻しつつ、極めた神聖魔法の重ね掛けをしてゆく。淡い魔法光が勇者の総身を包み込んでは消えた。どこぞの神殿の神官が聞けば気絶しそうな最上位聖術のオンパレードだ。
レンが肌衣を脱いで、凄まじい筋肉の隆起をした背中が露わになった。
「くっ・・聖天使の抱擁っ!」
神聖魔法を唱えて魔法陣の設置を終えると、勇者は決死の面持ちでドレスの襟元にあるボタンに指をかけた。小さなボタンを震える指が外してゆく。
「高速治癒法円・・多層陣・・広域展開っ!」
ノルンは、腰元の留め具を外してスカートを下ろすと、襟元を絞る紐ネクタイを解いて、純白のブラウスを脱ぎ始めた。
「・・・ひぃっ!?」
勇者が小さく喉を鳴らした。半ズボン状の下着を脱いで全裸になったレンがそこに
「い、淫魔の哄笑っ!」
自身の性欲を高めるべく暗示魔法を唱えつつ、ブラウスを脱ぎ捨てると、白絹のような輝きをした真っ白な肌が露わになった。未成熟ながらも女を主張し始めた小ぶりな乳房を右手で隠しながら、ほっそりとした裸体をレンの眼前に
「優しく・・お願いします」
真っ赤な顔で伏せ目がちに懇願しつつ、ノルンは乳房を隠していた手を外してレンの眼を真っ直ぐに見上げると、両手で最後の下着を脱いで床へ落とした。
"ルル・ノマリンっ♪・・・愛に
拡声器から大音声の歌声が流れ始めた。蓄音をする魔石でも作ってあったのだろう。唄っているのは、ノルン本人である。
トレーラーハウスに避難した3人が気を利かせたのだろう。
「ひぅっ・・かはっ!」
回復魔法陣が幾重にも輝く中で、勇者が苦しげに呼気を吐いて身を仰け反らせた。
「ぅあぁっ・・・ひあぁぁぁぁぁ~~~」
"ルルゥ~ルルゥ~♪ ノマッ、ノマァ~♪・・・ノマノマリンッ!ルル・ノマリィ~~ン♪"
拡声器のボリュームが最大になった。
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