第37話 マールを信じる!

「時は満ちたぁーーー!」


 演台の上で、黒いドレス姿の勇者が声を張り上げた。

 村の広場である。


「我々の野望の第一歩を、輝かしい歴史の一幕を、今っ、勇者ノイリースルン・フォン・ヴラウロッタがこの大地に刻み込むのだぁーーーー!」

 

 魔導の拡声器を前に力み返っているノルンに向かってパチパチと疎らに拍手が贈られた。

 手を叩いているのは、ほぼ身内だ。

 エルフ族の聖女、カリンが率いる村の青年団(さくら)達、黒髪のエルフっぽい外見をしたソルノが率いる色とりどりのスライム達、闇精霊のマールが率いる死霊や骸骨達が、賑やかしの役目を果たすべく鳴り物を鳴らしていた。


「・・孤児を飢えや病気から救済し、理不尽な扱いを受けずに済むよう、我らが学校で技能技術を身に着けさせてから世へ送り出す、救世システムを発動することを、ここに宣言しまっす!」


 おおおぅ・・と、これもチーム"さくら"が声を出した。


「何をやってるんだ?」


 レン・ジロードは跨がっていたルシェから降りながらマールに訊ねた。

 土地の様子を実際に見て回ってきたところである。


「大旦那、結成式」


「何を結成したんだ?」


 黒馬から馬具を外してやりながら水筒の水を飲む。


「孤児院を応援する会」


「・・それで、こんな騒ぎを?」


「ソルノの魔法で、演説している奥方を魔硝石に写し留めておける」


「魔硝石に・・?」


「もう、同じような石を50個作った」


「馬鹿なのか?」


「大旦那、真ん中過ぎる」


「デーンさんの店で飯を食べてくる」


 レンはルシェを連れて大股に歩き出した。


「マールも行く」


「骨だの何だの片付けろ」


「すぐに消す」


 闇精霊が小さな手を一振りさせて、骸骨や死霊を消し去った。


「暇してるなら、連れて行くべきだった」


「何かあった?」


「肉や魚の臭み消しに使う香草集めに手間取った」


「一大事、今度はマールも行く」


「次は頼む」


 連れ立って立ち去ろうとしたレンとマールを、


「はいっ、そこのお二人さぁ~~ん!」


 魔導の拡声器からの大声が呼び止めた。


「超スルーですか?わたしからの絶妙なクロスをガン無視ですか?」


「飯だ」


 レンはうるさげに応じた。


「えっ!?ちょ・・はい、解散っ!本日はお集まり頂きありがとうございましたぁ!またのご来場をスタッフ一同、心よりお待ち申し上げておりまぁ~す!」


 にこやかに叫んでペコリとお辞儀をするや、黒いドレスの勇者が拡声器を放り捨てて全速力で追いついてきた。


「デーンさんのとこです?」


 勇者が何やら、やり切った顔でにこやかに訊ねる。


「良い肉が手に入った。調理して貰おう」


「のほぅーーご主人様、最高でぇ~~す」


「大旦那、素敵」


 はしゃぐ二人の後ろから、白金色の髪を陽光で輝かせて、エルフ族の聖女が追いついてきた。


「肉と聞こえました」


「カリン、耳が良い」


「肉なのですね?」


「極上物らしいのだよ、カリン君」


 ノルンがふふんと鼻を鳴らして胸を張る。


「ごっ・・極上ですか!?」


「蛙なんだが、滅多に手に入らないやつだ」


「蛙っ!?あの、ゲコゲコ?」


 黒いドレスの勇者が微妙に距離を取った。


「貧しい時に口にした事はありましたが・・その、鶏だと騙されて・・」


 エルフ族の聖女もトーンダウンした。


「大旦那、美味しい?」


「まず、マールに食べさせてやる。おまえが食べ飽きたら、二人にも分けてやれ」


 レンは前を向いて歩きながら、にやりと意地の悪い笑みを浮かべていた。その表情が見えたのは、宙に浮かんで飛んでいた闇精霊だけである。


「マールに任せる」


 闇精霊がニンマリと笑みを浮かべて頷いた。


 果たして、村の食堂に着くなり、レンの取り出した肉塊を見てデーンが驚喜の声をあげた。


「お、おま・・こいつぁ・・あれか?あれだなっ?」


 真っ赤に興奮した顔で、デーンがレンの巨躯を揺する。


「焼いてくれ」


 レンはデーンが潰れんばかりの大きな肉塊を押し付けて短くオーダーした。

 薄いピンク色に見える赤身肉だ。

 どれほどの巨大な蛙が居たら、これほどの肉塊が採れるのだろうか。


「ってことは、ヤスミンの葉もあるんだな?」


 デーンがレンの眼を食い入るように見る。

 レンは、腰のポーチから網袋に入れた葉の山を取り出した。


「・・・任せろっ!最高の皇帝飯を馳走するぜっ!」


 デーンが高ぶった声で請け負い、厨房へ駆け込んで行った。


「皇帝・・?」


「なんだか、私の見た蛙とは違うような・・」


 ノルンとカリンが顔を見合わせた。


「大旦那、マールが毒味をするべき」


「毒味と言わず、マールが飽きるまで食べてみろ。二人はそれからで良い」


 手酌で酒椀をあおりながら、レンの眼が笑っていた。

 全身に棘の生えた巨大な蛙である。ほんの数十年前までは、狩るなり、捕らえるなりしたら、皇帝に献上させることになっていた幻の蛙だ。この肉を食したら、牛や豚など臭くて食べられなくなると言われ、あまりの美味しさに食べることを憚る美食家も居たとか。


「マールは結構食べる」


 闇精霊が意気込む。


「好きなだけ食べろ」


 レンは味噌をなめなめ、酒を口に含んだ。


「えと・・そのぅ、旦那様?」


「なんだ?」


「えへへぇ・・お酒をお注ぎ致しましょうか?」


「手酌が好きなのは知っているだろう?」


「ですよねぇ~・・いやぁ、蛙ですかぁ、楽しみですねぇ?ねぇ、カリン?」


「ええ・・とっても、楽しみです!」


「ほう?」


「奥方、心配いらない。マールは義理堅い」


「・・ええと、マールちゃん?そりゃぁ、ごく些細な行き違いくらいはあったかも?無かったなかぁ?でもでも、旦那様をお慕い申し上げているという点では同志でしょう?ね?そこんとこ、ヨロシクぅ~、みたいな?」


 黒いドレスの勇者が闇精霊にすり寄って行く。


「マールを信じる!」


 闇の精霊が薄い笑みを浮かべた。

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