第36話 山頂は危険がいっぱい?

 ダンジョンマスターは勇者によって討伐された。

 そういうことになった。

 それが公式見解オフィシャルアナウンスというやつである。

 勇者が望んだ訳では無いが、その方が何かと都合が良いだろうという事になった。

 かねてより、勇者が望んでいた孤児を救済するための活動に、ダンジョン討伐者としての勇名は役に立つ・・・はずだ。


「旦那様で良かったんじゃ?」


 黒いドレスの勇者ノルンが疑問を口にしたが、


「あれは、おまえだった気がする」


「マールも、そう思う」


「確かに、お方様が討伐したのかもしれません」


 皆が口を揃える。


「う~ん、そうかなぁ・・」


 腑に落ちず、ノルンが首を傾げる。

 まあ事実としては、勇者が串刺しにされた槍で、ダンジョンマスターも串刺しになったわけだが・・・。


「そんな事はどうでも良いが、孤児を集める村を作るんだな?」


 レンは、ノルンの構想を聴きながら確認した。


「そうであります」


「運営はおまえ達がやり、資金集めをおれがやれば良いんだな?」


「サーイエッサー」


 黒いドレスの勇者がビシリと敬礼した。


「孤児集めはどうする?」


「しばらくは、積極的には宣伝できません」


「ふむ?」


「収容力を見極めないと、集めた孤児達を死なせることになっちゃいます」


「ふむ・・」


「衛生的に暮らせる施設を建設し、その上で少しずつ宣伝すれば、あっという間に噂は広まる・・・感じです」


 ノルンがおおよその構想を語った。


「分かった。おれはよく分からないからな。金を稼ぐことだけを考えよう」


「・・強面のお兄さん達がやって来てゴネたら、助けて欲しいのでアリマス」


 何やら言い難そうに、縋り付くようにして言う。


「その辺のゴロツキなんか、もうおまえ達に敵う奴は居ないだろう?」


「心は弱いのであります。乙女なのです」


「ふうん?」


「ぶっちゃけると、魔物相手は平気なんですけど、人間相手に同じようにやる自信が無いのであります」


「そうか・・まあ、無理そうなら呼べ」


 レンは苦笑しつつ頷いた。すでにこの勇者達は、ゴロツキなど平手打ちで肉片にできるほどの身体能力なのだが・・。


「我、武神を得たりっ!」


 黒いドレスの勇者が日傘を開いて担ぐなり、くるりと回ってピタリと止まり、右手を前に突き出して決め顔でポーズを作った。


「場所なのですが・・」


 カリンが近隣の地図を拡げてレンに見せた。


「村と町から等分に離れた、この森の中にしようかと考えております」


「樹海の端か。街道からも遠く、普通の人間は立ち寄らないな」


「はい。そして、王国の支配圏の外になります。辺境伯の支配地も、ここを流れる大河の対岸まで。大河を渡ったこちら側は暗黒地という区分になっております」


「なるほどな。開拓は自由・・まあ、その辺で難癖を付けて来る連中が居たら、追っ払えと言うことか」


 レンはノルンを横目に見た。


「・・えへへぇ」


 黒いドレスの勇者が、ぺろんと舌を出す。


「良い考えだ。他国との境が河川になる場合、河川の中央部に国境を設定するのが通例だからな。最初から、河岸に杭でも打ち込んで所有地宣言をしてしまえば良い」


「お・・おおぉ・・旦那様ってば、やる気マックスですぅ~」


「ルシェも普通に実体化できるようになった。あの辺りは、遠乗りするには気持ちの良い丘陵地だ」


「お馬さんで遠乗り、良いですねぇ~」


「とりあえず、この河岸から樹海まで・・奥はこの辺までだな。杭を打ち込んで綱を張ってしまおう」


「サーイエッサー」


「名前は考えてあるのか?」


「えっ?」


「ちょっとした町・・城塞都市並の広さになるからな。何か名称があった方が良いだろう?」


「うはぁ・・そんなに広いんです?」


 ノルンがカリンの持つ地図を覗き込んだ。


「ああ・・なんだったか、おまえ達の服飾の・・」


「下着から舞踏会のドレスまで、女性を美しく輝かせる一流ブランド、"ノマリン"で御座います」


「なら、ノマリンにするか?」


「いいえ、ルシェちゃんに、ソルノも増えましたから・・ええと」


 ノルンがぶつぶつ呟きながら考え込んだ。


「ルル・ノマリンに決めたっ!」


「よし、なら、杭と一緒に名を刻んだ立て札も立てて回ろう。そういうのは、早い方が良いからな」


「合点承知っ!やるわよ、カリン!」


 ノルンが嬉々とした表情でエルフ族の聖女を振り返った。


「やりましょう!お方様っ」


 カリンも嬉しそうに笑顔で意気込む。


「おれは、マグナートを使って職人を集めさせよう。何よりも衛生環境が大事だろうからな」


「そ・・それです!清潔じゃないと、病気しちゃいますからねっ!」


「ところで、孤児ということだが、種族はどうする?」


「カモン、エヴリバディです。そこんとこ、ヨ・ロ・シ・クゥ~!」


 くるりと回った勇者が、今度は顔の前で二本指を拡げて、指の間に眼を覗かせてウィンクした。


「奥方、大旦那は行った」


「なんですとぉーーーーー!?」


 声を張り上げたノルンが慌てて視線を左右させると、丁度、戸口から逞しい巨躯が出て行くところだった。

 その背へ声を掛けて、ソルノが深々とお辞儀をしている。


「ちょ、ちょっと、旦那様ぁ~」


 ノルンが大慌てで背中を追いかけた。


「どうした?」


「マグナートさんに会うなら、生地の仕入れをお願いして欲しいんですが・・?」


「良いぞ」


 黒馬に跨がりながら、ノルンから紙束を受け取ると、レンは闇精霊を見た。


「今日の湿度なら、正午より1時間早いかもな」


「マールに任せる」


 闇精霊が笑顔で胸を叩いてみせた。


「ソルノ、夕方には戻る」


『畏まりました。行ってらっしゃいませ』


 黒髪のエルフが静かに低頭する。


「害意ある侵入者は、おまえの食事にしろ」


 レンの言葉に、低頭して顔を伏せたまま、ソルノの口元に密やかな笑みが拡がった。


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