第13話 勇者が来た!

 ダンジョンに封印の扉を設置してから十日ほど経った頃、いつものように依頼された山の幸を村人に届けて回っていたところに、門番の青年が息を切らせて走ってきた。


「ジロードさん、大変っス!」


「・・何かやったか?」


 レンは、後ろを付きまとっている黒いドレスの少女を見た。


「おぅのぅ!濡れ衣でぇ~す」


 ノルンが両手で×印を作る。


「ゆ、勇者様が来たんです!」


 青年が汗を拭きながら言った。


「あぁん?」


 レンはノルンを見た。

 少女がふるふると首を振る。


「さっき、門の所に来て、ダンジョンに行くから案内しろって」


「ん?本物の勇者か?」


 レンは門番の青年を見た。


「本物かどうかは知らないっスけど、なんだかキラキラした装備で、仲間も立派な装備をしていたっス」


「ふうん・・村長には?」


「さっき伝えたら、ジロードさんに伝えて来いって」


「そうか」


 レンはちらと黒衣の少女を見たが、小さく肩を竦めて見せるだけで何も言わなかった。


「そうだな。会ってみようか」


 レンは青年を案内に門へと向かった。

 勇者だという一行は、村に押し入るような事はせず、門のところで待っていた。

 ぱっと見、リーダー格の17、8歳の少年を中心に、似たような年齢の女性がずらりと揃っている。


(男1人に、女3人?・・・よく、これだけ偏ったものだ)


 冒険者には女もいるが、比率で言えば男の方が圧倒的に多い。

 少年は細身の片刃刀持ち、やや大柄な女性が楯と長剣を持ち、残る女性2人は魔導師風だ。勇者自身が中性的な美形だったが、連れている女性陣も美人ばかりだった。


「あ、あなたは・・?」


 なぜか、怪訝そうな、やや警戒したような顔で少年が口を開いた。


「その人に鑑定は通らないわよ、イオリ・ムソーさん?」


 ノルンが薄らとした笑みを浮かべつつ声を掛けた。


「えっ!?・・き、君は?君も召喚勇者・・なの?」


「ええ、そうよ」


 ノルンが、ノイリースルン・フォン・ヴラウロッタと、久しぶりのフルネームを名乗った。

 

「ムソーさん達の目的はなぁに?」


「・・苦しむ人を救うために各地の魔物を討伐して回っているんです」


「王都が塔に呑まれて、もう自由の身でしょう?」


「そうです。でも・・僕には、僕たちには力があるじゃないですか。神の使徒から授かった数々のギフトがあるんです。魔物に打ち勝てる力があるんです。今までは王国の言いなりでやりたくも無い戦いをさせられていましたけど、これからは自分の意思で人々のために戦うつもりです」


「へぇ」


「そうだ。あなたも、ノイリースルンさんも共に戦いませんか?ここで会ったのも何かの・・」


「馴れ馴れしく呼ばないで欲しいわ。家名はブラウロッタよ?そちらで呼んでくれませんこと?」


「あ・・ああ、ごめん・・ええと、ブラウロッタさんも勇者として、僕たちと・・」


「お断りよ。わたし、よい子な僕ちゃんとは同じ空気が吸えない病気なの。じんましんと胃潰瘍で死んじゃうのよ」


「・・無礼が過ぎるのではないか?」


 騎士楯を持った女剣士が不快げに顔を歪めて前に出た。


「待ってくれ、マリアン」


「しかし、勇者様・・」


「良いんだ。出会い頭に・・気安げに誘って申し訳ない。また改めて誘いに来ますよ。それよりも、三日前からダンジョンに潜っていたんだが、25階で封印の扉に阻まれて先に進めないようなんだ。先に進む方法を・・誰か知らないだろうか?」


「あのダンジョンは村の管理だ。ダンジョンに入る際には、村に届けて許可を得る決まりになっている。これは、大陸どこに行っても共通の規則のはずだ」


 レンはちらと門番の青年を見た。


「何も届けは無かったっス」


 青年が首を振る。


「あなたねぇ?仮にも勇者様が魔物討伐に来てくれているのよ?こんな村に届け出とか必要ないでしょ?むしろ、礼を尽くして勇者様に魔物の討伐をお願いするのが筋でしょ?」


せろ」


 レン・ジロードは静かに告げた。


「うひぃ」


 何やら嬉しげに笑い声をあげて、ノルンが傾けた帽子の下で笑う。


「これは駄目っスねぇ」


 門番の青年も諦め顔で首を振った。


「一応、忠告しておくわ」


 ノルンが声をかけた。


「あなたの鑑定眼で、わたしのレベルが見えたかしら?レベル差がありすぎて、名前すら確認できなかったんじゃなくって?」


「いや・・確かに鑑定は出来なかった。でも、僕はレベル67だぞ」


「弱っ・・底辺キタコレ。はい、ばいばい。お帰り下さいませぇ~」


 ノルンが黒い長手袋に包まれた手をひらひらと振る。


「何だと!?」


「お待ち下さい」


 不意に声を掛けて前に出てきたのは、導師風の女性の1人だった。尖った耳が特徴的なエルフである。


「カリン?」


「決まり事を破っていたのは我々です。過ちを犯しながら、その規則が意にそぐわないからと、勇者の名で解決しようというのは、かつての王国の王侯貴族と同じではありませんか?」


「ちょっと、何を言うのよ、これまで身を粉にして魔物討伐に奔走して来たのよ?こんな辺鄙な村であれこれ言いがかりをつけられる筋合いは無いわ!」


 もう片方の導師風の女が不満も露わに声を荒げた。


「規則を守らない勇者とか要らないっス」


 自分の村を辺鄙だと言われて番兵の青年が言った。


「へぇ?言うじゃない?わたし達がいなくちゃ、魔物一匹狩れないような村人さんが、生意気言ってんじゃないわよ」


「帰ってくれて良いっス。あんた達は要らないっス」


 青年が不愉快そうに首を振る。


「はぁ?どんだけ上から目線?だいたい、こんな村なんかが、ダンジョン管理なんて出来るわけ無いでしょ?25階でオークキングが出るような上位迷宮なのよ?あんた達、どれだけ危険か分かってんの?」


「あんなのただの豚肉っス」


「・・は?余裕かましてんじゃないわ。オークとオークキングの区別も付かないような・・」


 興奮してまくし立てようとした女導師の喉元に、番兵の青年が槍を突きつけた。

 穂先と喉の隙間は1センチも無い。

 ぴたりと見事に止めていた。


「お偉い勇者様は、その番兵さんのレベルくらい見えるのかしら?」


 ノルンがにたりと目尻を下げる。


「う・・うるさいっ!その槍をどけろっ!」


 ついに勇者が剣を抜いた。

 直後、番兵の槍が穂を返して、石突きで勇者の鳩尾を突いていた。一瞬の早業である。重い打撃音と共に大きく後ろに下がって腹を抱えて蹲る勇者を見て、女剣士が大きく前に踏み出して来た。その足が槍の柄で払われて派手な鎧音を立てて背から倒れ込む。

 導師の1人は両手を挙げて一歩下がり、片方の導師は短い詠唱を口に番兵めがけて人差し指を向けた。その手が肘から叩き折られた。


「動くと怪我が増えるっス」


 女剣士の喉元を槍の穂先で抑えつつ、番兵の青年が忠告した。


「ああ、この村の青年団はみんなお散歩感覚で25階くらい潜っちゃうから、気をつけてくださいませ」


 ノルンがどこから取り出したのか、黒い扇子で口元を隠しながら言った。

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