第14話 聖女を捕獲したっ!
「規則通りに保釈金の支払いが認められた。勇者以下3名は釈放する」
村長から村の青年団に通達された。
「分かったっス」
青年団の面々が牢に閉じ込めていた勇者達を解放した。
「預かり品の確認をお願いするっス」
取り上げていた品々と、目録を照らし合わせながら一品ずつ返品の確認をして、目録に当人達の署名を貰う。
身請け人として、麓の町から町役人の面々が馬車で来ていた。
「村長さん・・ジロードさんは大丈夫かね?」
町役人達がひそひそと
「大丈夫ですよ。今回は、うちの青年団員が取り押さえました」
「そうですか。いや・・彼とは争いたく無いですからな。町長からも、それだけは避けるようにと、念を押されておりまして・・・その、いくらか包んで参ったのですが、彼は金品を喜ぶ男では無いですし、正直、困っておったのです」
町役人の1人が苦笑しながら頭を掻いた。
「ははは・・・止めておくべきでしょうな。かえって火が膨らみます」
「でしょうなぁ・・まあ、何にせよ、無事に引き取りが出来て何よりです。情けないようですが、鬼が居ぬ間になんとやらで、早々に帰らせてもらいますわい」
「ええ、ご足労でした。町長さんによろしくお伝え下さい」
村長が笑顔で見送る。
3人の町役人、町からの護衛役が5人、村の青年団員が2人といった集団で、4人の勇者一行を村の外に待たせている馬車まで送る。
護衛達はそれぞれ馬に乗り、町役人達と勇者一行は馬車に乗って出発した。
これで勇者騒動も終わったかと、青年団員以下、村長達もやれやれと一息ついたのだったが、ものの30分で、青年団員の1人が村長宅に駆け込んできた。
勇者一行の内、3人が道中で暴れて町役人達に怪我を負わせて逃走したらしい。1人、元僧籍の女性だけは残って怪我をした役人や護衛達の治療を行ったという。
「ジロードさんにも報せて来ましょうか?」
青年団員に問われて、村長は苦笑顔で首を振り、そのまま庭木の剪定を続けた。青年団員もそれ以上は言わずに、門番に伝えておきますと言い残して走っていった。
「わずかな恥を嫌って命を散らす・・・若いという事ですかな」
村長は溜息交じりに呟いた。
すでに、その時には山の中で戦端が開かれていた。
相手をしているのは、黒いドレスの
技も何も無い。
武器らしい物も持たずに、すぼめた日傘を握って突進してくる黒ドレスの少女を、女剣士の楯が殴りつけるようにして受け止めた。
いや、受け止めたはずだった。
だが、体力差とでも言うのだろうか。華奢で小柄なはずの少女の突進を受けて、女剣士の楯がひしゃげ、楯を持っていた側の左肩が脱臼し、大きく姿勢を乱した。持っていた右手の剣が宙で振られる形になって、勇者の動きを邪魔していた。その間に、黒いドレスの少女は詠唱中の女導師めがけて体当たりをしていた。
女導師は、吹き飛んで背から樹に衝突し、大量の血を目鼻から噴いて地面へ倒れ伏した。即死である。ただの体当たりだったが、巨人にタックルされたくらいに凄まじい衝撃だった。
ノルンが走る。
「く・・くそっ!」
勇者が片刃刀を振りかぶって袈裟に斬りつけた。ほとんど同時に、ノルンも日傘で殴りつけている。片刃刀は深々とノルンの鎖骨から胸元までを斬り裂いて抜け、日傘は勇者の側頭部を打ち砕いて首を叩き折っていた。
形としては相打ちである。
だが、黒いドレスの勇者は
「くふぅ・・」
死者に斬りつけることをよしとせず、少年を抱え起こして呼びかけていた女剣士めがけて肩からぶつかって行った。
鎧ごと胴体がひしゃげ、首があらぬ方向へ捻れた女剣士が宙を舞って地面へ落ちて行った。
「わたしに負けるとか・・もう、終わってるわ」
黒いドレスの少女が日傘を開きながら
斬られた黒いドレスも、折れ曲がったはずの日傘も元通りに直っている。肉体の方も不死なら、身に着けている被服も不滅なのだろうか。
「さあ、家に戻ってお裁縫の続きですよぉ~」
くるりと背を向けて、山の斜面を登って行く。
「あら・・?」
木々が開けて山頂への山路が見えてきたところに、杖のような金属の棒を手にしたエルフの女導師が立っていた。白金色の美しい髪が日差しを浴びて輝いて見える。
「義理により、仇討ちをさせて頂きます」
穏やかにすら見える表情で
「馬鹿じゃない?あんな人達のどこに、そんな義理立てする意味があるのよ?」
ノルンが不快そうに呟く。
「あの勇者様に従って、神殿を出た時から・・・わたしは馬鹿ですもの。最後だけ利口になるわけにはいきません」
女導師の言葉に、ノルンがつまらなそうに嘆息した。
「わたしはさ、武術とか分からないし、魔法もさっぱりだし、勇者って柄でも無いし、あんた達の感覚ってのは分かんないけどさ・・・そんなに、ほいほい死ぬ事は無いんじゃないの?あんたって、せっかく美人さんに産まれたんだし、いい男見付けてさ、ころころ子供産んでさ、夫婦喧嘩とかしながら生きれば良いじゃないの」
「貴女は・・・とても、人間らしい・・素敵な気持ちを持っていらっしゃいますね」
「だって、人間だも~ん」
ノルンが唇を尖らせて言う。
「嫌いじゃないですよ。貴女のような人は・・」
「そう?じゃ、こうしましょ?」
「はい?」
「まず、貴女の一方的で傲慢な我が侭を受け入れて、わたしは貴女と決闘をします」
ノルンが人差し指を立てた。
「それから、万一・・もしかして、わたしが勝って、それで貴女が生きていたら、貴女にはわたしの一方的で傲慢な我が侭を受け入れて貰う。それでどうかしら?」
「どうと言われましても・・」
「だって、わたしは決闘とか嫌いなのよ?なのに、貴女は貴女の一方的な理由で、勝手に、強引にわたしを殺そうとしているのよ?」
ノルンがビシッと黒い日傘の先でエルフの女導師を指差した。
「いいですか?わたしはお針子さんよ?衣服を縫うことが大好きで、ただそれだけを楽しみに・・ご飯も楽しみだけど、とにかく、それだけを楽しみに生きてるわけ。それなのに、わざわざ遠くから押しかけて来てさ?やれ、勇者が偉いの、犯罪しても問題ないだの、殺してやるだの・・・どこまで迷惑なお馬鹿さんなの?わたしに、どれだけ迷惑かけようっての?少しくらい、わたしに譲歩するとか、配慮するくらいの良心は無いの?皆無なの?自分の都合以外はどうでも良いわけ?自分だけが大事なの?」
「・・・何というか・・そう言われると・・」
女導師の顔色が悪くなる。
「ゴロツキね、チンピラよ。社会のゴキよ。歩く伝染病よ」
「・・なんだか申し訳ございません」
「だから、人生で一つだけ、マシなことをやんなさいよ!たったの一歩だけでいいから、わたしに優しく譲歩なさいっ!」
黒いドレスの勇者が鼻息荒く一気にまくしたてた。
女導師は、悄然と肩を落とし、俯いたまま唇を噛み締めている。どこか、ダボッと膨らんだ野暮ったい道士服姿だが、すらりと背丈があり、端正な目鼻立ちながら少し唇の膨らみが厚く、エルフ族にありがちな冷たさでは無く、柔らかな母性を感じさせる。
対して、糾弾している黒いドレスの勇者は、絵に描いたような怜悧な人形のように整った美形から、刺々しい硬質なオーラを噴き上げて睨みつけている。
「・・・稚拙な感情に流されるまま、罪を重ねてしまうところでした。わたしは本当に愚かですね。この上は・・」
「待って」
ノルンが遮った。
「今、自己満足なオーラを感じたわ。臭すぎるわ」
「え・・?」
「自害とか、自首とか、そういうのは駄目よ?」
「・・・」
「長い耳付いてんでしょ?わたしは言ったわよね?わたしに、優しく、譲歩して、くださいって?」
黒い日傘をさしながら、ノルンがエルフ族の女導師に近づいて行った。
「しかし、罪は罪です・・償わねば・・」
「償い方を自分で決めようって事がそもそも傲慢なのよ!」
「それは・・でも・・」
「いいこと?貴女は、愚かなのよ?間違いだらけな事をやってたヒトなの。そんなヒトが、正しい罪の償い方とか分かるの?分かるわけ無いわよね?愚か者には、正しい事なんか分からないんだからね?」
「それではわたしは、どうすれば・・」
「何が正しいのか、わたしが教えてあげるわ。貴女は、これからの人生を償いで過ごすの。生涯を罪の清算に捧げるのよ」
「罪の清算に・・」
「そうよ。わたしの旦那様にお仕えし、あの御方の望むとおりに身も心も捧げるの」
「旦那様に・・身も心も・・」
「そう、貴女のすべてを差し出すのよ」
いつの間にか、エルフ族の女導師のすぐ横に近づいていたノルンが、瞳を妖しく輝かせながら囁いていた。
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