第18話 勇者は頑張った!

「もごおぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー」


 黒いドレスの勇者がモザイク一歩手前の形相で口から紫雷の爆流を噴射した。

 全身に紫雷を浴びた黒鱗の蛇龍ドラゴンが苦鳴をあげてのたうち回る。

 すかさず、


「おどりゃぁぁぁぁぁぁーーーー」


 黒い日傘を振りかざして勇者が突撃した。


『・・舞えよ白きもの 永久とわに輝く 聖純なる音羽おとわの風よ・・』


「ごぶぅ・・」


 蛇龍の尾で弾き飛ばされた黒い勇者が半壊して地面を転がる。


「ば・・ばだ?・・まだっ?」


 文字通りに、半死半生の姿で黒い勇者がエルフ族の聖女に声を掛けた。

 エルフ族の聖女が純白の法衣姿で、白銀色の聖光に身を包んで詠唱を続けている。忘我の表情をしたまま、ノルンの声に反応しない。


「くっ・・なんか、役回りが違うっ!」


 ノルンは再生した体で立ち上がった。

 豪雷砲はもう撃っちゃ駄目だ。


(もう、違うの出ちゃう!)


 ちらと奥を見る。

 戦斧の魔人とレン・ジロードの真っ向勝負が続いていた。愉悦に顔を歪める魔人に比して、レン・ジロードは終始苦い表情をしていた。


「うしっ、ほんじゃあ、行きますかぁぁぁーー」


 迎えて、邪龍が口腔から強酸を吐き出した。


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁ・・・・」


 黒いドレスごと白煙をあげて溶解しながら物悲しい悲鳴をあげた。

 きっちり2秒後、


「もげらぁぁぁぁぁーーーー」


 痛みで泣きながら豪雷砲が吐瀉としゃされた。

 腹痛からの発動速度があがったらしい。これもレベルアップの賜物だろうか。

 邪龍が紫雷で灼かれながら地面に倒れ伏した。


「往生せいやぁぁぁぁぁぁーーーー」


 ノルンが絶叫と共に、黒い日傘で邪龍の頭部をぶん殴った。日傘は把手の辺りで折れ曲がったが、抜群の威力で邪龍の鼻面にあった角や牙が折れて飛び、半ば床にめり込むようにして苦しんでいた。


「カリンっ、まだなの!?」


「参ります。聖槍招来セイン・メテオロンっ!」


 エルフ族の聖女が法衣を白銀に輝かせながら繊手を振った。

 直後、上方で小さく閃光がいくつも瞬き、ほぼ間を置かずに数十本という光りの柱が邪龍を貫いて地面へ縫い刺しにしていた。


「おっほぉぉっ!やるじゃん、カリン最高よっ!」


 ノルンが魔力切れで項垂れる聖女に向かって拳を突き出して見せながら、日傘を担いで突進して行った。

 後は動けない相手をタコ殴りである。

 邪龍が絶命するまで、さほどの時間がかからなかった。

 

「うっし・・魔力回復薬ある?」


「ございます」


「さっさと飲んでおいて」


「はい」


 エルフ族の聖女が素直に頷いて巾着状の魔法鞄から薬瓶を取り出して口に含んだ。


「ねぇ、気づいてる?」


「え?」


「少しずつだけど、離れているのよ」


 ノルンが見つめる先で、レンと戦斧の巨漢が戦っている。


「・・御館様が圧している?」


「う~ん、それもあると思うけど・・・これって、わたし達・・まあ、あんたかな?離れろって事かも」


「わたし?」


 聖女が小首を傾げた。


「理由は分かんないけど、ちょっと距離取ろうか」


「分かりました」


 ノルンとカリンは連れ立ってレン達とは逆側へ出来るだけ距離が開くように小走りに移動していった。


(ポンコツ勇者・・頭の回転だけは良い)


 レン・ジロードは踏み込みざまに、それまでよりも強く、長剣で斬りつけた。

 慣れたはずの間合いから半歩以上も深く長剣の切っ先が届き、片手の戦斧でいなそうとした巨漢が咄嗟の判断で逆の手の戦斧も使って受け止めた。

 そこへ、分厚い大楯が投げつけられる。

 

『・・ぬっ!?』

 

 戦斧を打ち振って大楯を弾き飛ばした巨漢が動きを止めた。

 そこに、レン・ジロードが居なかった。


「やばい・・なんか、やばいって・・・防壁、障壁よ・・何でも良いから防ぐやつ張って、あんただけで良いからっ!」


 ノルンに急かされて、


「は・・はいっ!」


 カリンが大急ぎで聖殻の呪文を唱えながらを自らの身に白銀の魔法甲冑を降臨させた。


 レン・ジロードの巨躯が、戦斧の巨漢の真上にあった。

 その右の拳が上から下へ、双角の生えた魔人の頭めがけて振り下ろされた。震動と共に爆音が轟いて、凄まじい衝撃波が吹き抜けて行った。

 

「ぺぎゅ・・ふじゅっ・・」


 おかしな声をあげ、ノルンが耳目から血煙を放ちながら宙を飛ばされていった。

 聖殻で身を護ったカリンも耐えきれずに激痛に顔を歪めて吹き飛ばされつつ、上位の回復魔法を自分に重ねがけして即死を免れた。


「・・聖なる祝福エーデル・マインっ!」


 聖なる祝福で、潰れた鼓膜や狂った三半規管を一気に蘇生させると、カリンは身を捻りながら何とか無事に着地した。

 ちらと振り返る先を、無惨に地面に激突して砕け散りながら転がるの姿があった。もはや、どれが手だか足だか分からないモザイク必須の惨状である。


(お方様・・申し訳ございません)


 エルフ族の聖女は痛ましげに見やって視線を伏せた。


 ガアァァァァァァァァァーーーー


 大気を震わせる咆哮に弾かれたように顔を上げた。


 レン・ジロードの上空からの一撃を、戦斧の魔人がぎりぎりのところで回避していたらしい。それでも、側頭部を掠めたレンの拳が受け止めようとした魔人の戦斧ごと左腕をへし折っていた。

 魔人が吠えていた。

 総身を赤黒い炎のようなものが包み込み、憤怒の形相でレン・ジロードを睨み付けている。

 レンが、右脇に拳を引きつけたまま、わずかに腰を落として身構えていた。


(魔法では無い、あれは・・・なに?)


 レンの巨躯を中心に大気が揺らぎ、地面が鳴動している。

 魔人の増大する魔力に勝るとも劣らない、膨大な何かがレン・ジロードの肉体に充ち満ちて弾けそうだった。


「たぁーーっ」


 元気な掛け声と共に、復活したノルンが宙返りをして跳んできた。


「お方様・・」


「ほほぉん・・クライマックス間に合った感じ?」


「御館様は、いったい・・?」


「あんたに分からないもんが、わたしに分かる訳無いじゃない」


「そんな・・」


「で、うちの旦那様とやり合ってる、あいつは何なのさ?」


「・・魔人だと思います」


ん?ーん?」


 大げさに仰け反る黒いドレスの勇者を前に、エルフ族の聖女が困り顔で沈黙した。


「ちょっと放置しないで、受け止めて?ソウルをキャッチよ?スルー駄目、絶対よ?」


「分かり難いです、お方様」


「おふぅ・・刺されたわ。微妙で遅いけど、まあ・・ツッコミとしたらありかな」


「・・終わったみたいです」


 聖女が呟いた。


「えっ!?」


 ノルンが慌てて、魔人と対峙するレン・ジロードを眺めやった。


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