第19話 ダンジョン・フィーバー!

『名を聴かせてもらおうか』


 双角の魔人が憤怒を押し殺すようにして声を掛けてきた。


「ジロード」


 レンは魔人を見つめたまま静かな声音で応じた。


『我は、ラーゼノ・・・スーノードを統べる侯爵なり。愉しき一時であったが、今以上の時を現界に留まることは許されておらぬ』


 口惜しげに呟く魔人の元へ、黒馬が寄り添うように近づいて行った。見上げると、上方に漆黒の闇が渦巻き、じわじわと降りて来ている。


「魔界の住人か?」


『お主らは、我らが世界を魔界と称しておるのか?』


 魔人が黒馬に跨がった。


「この迷宮がおかしいのは、魔界の侯爵が関わっていたからか?」


『さてな・・我は魔素に誘われるままに馬を走らせただけだ。つまらぬ穴蔵に出てしもうたと嘆いておったが・・・いや久方ぶりに愉しめたぞ。そうよな・・・よし、貴様・・ジロードだったな、貴様に馬を送ろう。我がスーノード産の駿馬を選んで贈ってやる。我を愉しませた褒美だ』


「馬を・・?」


『貴様ほどの剛の者なら、また会うこともあろう。楽しみに待っておるぞっ!』


 言うなり、手綱を引いて馬首を上へと向けた。

 ほとんどひとっ飛びで、黒馬が渦巻く闇中へと飛び込んでいた。


「・・・ラーゼノ・・魔界の侯爵か」


 レンは呟きながら煩わしげに腕を振ると、上から飛来してきた戦斧を掴み取っていた。

 愉快そうな笑い声が遠ざかってゆく。

 一瞬、投げ返してやろうとしたレンだったが、わずかな間に漆黒の闇が薄れてしまっていた。


(やれやれ・・)


 手にした戦斧を眺めてから腰のポーチへ仕舞うと、レンは長剣と大楯を拾って収納した。生まれたての低位ダンジョンで、とんでもないのが出たものだ。


「おぉ・・?」


 思わず声が出た。

 部屋の中央に、黄金色の光りの柱が出現していた。眼を凝らすと、光りの中に豪奢な椅子が置かれて、人らしき影が座っているのが見えた。

 奥から黒いドレスの勇者と、エルフ族の聖女が駆けてくるのを見ながら、レン・ジロードは光の柱に近づいて行った。


(・・男?)


 レンは眩い光に眼を眇めながら光中の人影を見つめた。

 パタパタと駆けてきた二つの足音が前に出ず、レンの背後へ回ったのは懸命な判断だろう。


『ああぁ、つまんねぇなぁ・・・おまえ達ってさ、空気読まねぇよなぁ?』


 いきなり、乱暴な声が頭の中に響いた。

 中年の男のような声質だった。


『えぇ、おい?サクッと食われて、迷宮の餌になるだろ普通ぅ~?牛鬼ぐれぇならまだしも、単眼巨人サイクロプスまで出して、しまいにゃ蛇龍ドラゴンまで連れてきたんだぜぇ?』


 レンは、何か言いかけたノルンを仕草で抑えた。そのまま沈黙を保つ。


『おいっ?聴こえてんだろ?何とか言えや、こらっ?』


 脳裏に響く声を聴きながら、レンはゆっくりと視線を巡らせて周囲の様子を確かめていった。


 広々としていた空間が縮小して、モンスターハウスの初期の段階に戻っている。奥には扉も見えていた。入って来た扉は別に見えている。


 レンはノルンとカリンに向けて口を噤むよう仕草で伝えて、光柱の人影を無視して奥の扉へ向かって歩き出した。後ろを二人が無言でついてくる。


『魔界の連中まで来ちまうしよぉ・・面倒な事になっちまったぜ、まったく・・・』


 ぶつぶつと頭の中に呟きが聞こえる。

 レンは黒いドレスの勇者に扉の把手を握らせ、そのまま待機させた。先ほど手に入れた魔人の戦斧を取り出して握る。

 目顔で、用意が出来たことを伝えた。

 ノルンがニンマリと良い笑顔で笑う。


『まあ、いいや・・面倒臭ぇし、この迷宮はもう閉めてやるよ。ったく、また別の穴ぁ探さなきゃなんねぇぜ』


 男の声がぶつぶつと言った時、ノルンが勢いよく扉を押し開けた。

 間髪入れずにレンは戦斧を手に部屋へ飛び込んだ。


『へ?・・ばっ・・てめ・・』


 何かを言いかけた声の主がそのまま沈黙した。

 レンの握る魔人の戦斧バトルアックスで叩き割られた死骸が一つ、透明な卵のような容器の中で絶命していた。

 小太りでぽっちゃりと肉付きの良い小男だった。やけに白い肌色の男だ。魔人の戦斧で叩き斬られて、どんな容姿だったのかは思い出す事も難しい。レンにしても、一瞬のことでよく見ていなかった。


「あら・・?」


 ノルンが小さく声をあげた。

 男の死骸が淡く光ると、粉雪が溶けるような儚さで消えて無くなっていったのだ。


「おひょぉぉぉーー」


「ふ・・あぁ・・!?」


 ノルンとカリンがそれぞれ声をあげて、自分の体を抱くようにして身を縮めた。


「どうした?」


「経験値きましたわぁーー、大洪水ですわぁーー」


 ノルンが赤らんだ熱っぽい顔で叫ぶように言う。


「経験値・・?」


 レンは首を傾げた。


「迷宮主を討伐したのでありんすよぉ~。もう、笑っちゃうくらいの経験値爆弾なのよぉ~」


「おまえもか?」


 レンはエルフ族の聖女を見た。


「は、はい・・これ、凄いです!」


「へぇ?」


 勇者だけの話では無いらしい。


(・・おれは何とも無いけどな?)


 レンは自分の体を確かめながら首を傾げ、戦斧をポーチに収納した。

 消えた男の死骸に代わって、大きな灰色の球が落ちていた。拾って眺めると、ちょうど半分くらいの所に継ぎ目のような物があったので、じわっと力を込めて慎重に回してみた。

 球はあっさりと上下に分かれて開いた。


「は・・・?」


「・・エッチ」


 球の中で、真っ裸の少女が座って胸元を隠すように蹲っていた。

 手の平サイズながら、ちゃんと女の子である。

 顔の感じからして、これが人間なら十六、七歳くらいか。戦斧の魔人を想わせる黒曜石のような肌色に、短めに刈った銀色の髪、銀色の瞳をしていた。

 一瞬、元通りに球を閉めようかという誘惑に駆られたが、


「あいつは・・どこ?」


 少女の声で思いとどまった。


「あいつっていうのは、ここに居た・・あいつか?」


「うん・・気持ち悪い奴」


「殺したら崩れて消えた」


 レンは隠さずに教えた。


「・・貴方が殺した?」


 銀色の瞳がレンを見つめた。


「ああ」


 頷くと、


「なら、マールは貴方に従う。裸は見ても良い」


 少女が体を隠していた手を解いて立ち上がった。


「ああ・・いや、体は隠しておいてくれ。話が通じるなら、教えて欲しいことがいくつかある」


「裸はいい?」


「いいから隠せ。それより、おまえは何だ?」


「・・闇精霊」


「精霊?」


「うん、こっちの世界の精霊じゃないけど」


 どうやら魔界の精霊らしい。この世界にも精霊はいる。魔界にだって居るのだろう。


「どうして、こんな球に?」


「捕まった」


 無念だと、拳を握って俯く。


「おれが殺した男か?」


「ううん、ずっと昔の・・別の魔法使い」


「・・で、その球が何でここにある?」


「知らない」


「あいつは・・おれの殺した奴はこの球を何に使おうとしていたんだ?」


「・・主に観賞用?」


「は・・?」


 レンはぽかんと口を開けた。

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