第17話 強敵の来訪!

 どこか遠い眼をした美しいエルフ族の聖女が立ち尽くす前で、黒いドレス姿の少女が一つ目の巨人サイクロプスを相手に拳で語り合っていた。

 細い華奢な体のどこにそんな力があるのか、サイクロプスの拳を掲げた腕で受け止める。歯を食いしばりながら地面を踏みしめて耐えきり、


「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁ・・・」


 奇妙な声をあげて、突進して巨人の足のすねを殴りつける。

 

 ごしっ・・


 という重い音が鳴って、一つ目巨人が怒声を張り上げて殴りかかる。

 こんな調子で、何だかんだと時間がかかりながらも、サイクロプスを5体も拳一つでたおしていた。


(おぉ・・神よ)


 聖女がそっと純白の法衣の胸元で両手を握り合わせた。

 視線の先で、サイクロプスでサイクロプスが殴られていた。

 いや、もう訳が分からないことになっているが、もう滅茶苦茶な事が起きていた。

 黒いドレスの勇者から大旦那様と呼ばれている大柄な村の若者が、一つ目巨人サイクロプスの足を掴んで棍棒代わりに振り回して、別のサイクロプスを殴りつけているのだ。

 理不尽この上ない光景だった。

 本来なら、侵入者達を蹂躙するはずのモンスターハウスで、逆にモンスターが蹂躙され続けている。


「むっふぅ・・・見たかね?この拳の冴えを?アイアムチャンピオォーーーン!」


 黒いドレスの勇者が鼻息荒く、倒れ伏したサイクロプスの頭を踏みつけて握り拳を高々とかかげて笑う。


「あっ・・」


 エルフ族の聖女が声をあげた。


「えっ?」


 ノルンが振り返った。

 どこからか飛んできたサイクロプスの頭部が、ボウリングのピンよろしく勇者をはじいて転がり抜けて行った。


「すまん」


 首のちぎれたサイクロプスの死骸を手にレンは謝った。


 数秒後、


「・・・とうっ!」


 くるくると宙返りをして黒いドレスの少女が舞い戻ってきた。


「8カウントまで休む。これ常識」


 にかっと笑う勇者の少女ノルンを見ながら、エルフ族の聖女の胸中には恐怖しか無かった。


(あぁ、神様・・・カリンは正気を失いそうです・・)


 祈りを捧げる聖女を、


「はい、ちょいとさがろうかぁ」


 ノルンが大急ぎで抱えるようにして走る。


「えっ!?あ、あの・・」


「おっきいの来ちゃうから」


「え・・?」


 振り返った視界いっぱいに、黄金色の甲冑を着た巨人が聳え立っていた。ねじくれた双角に三つの眼、四本の腕を持った灰色の肌をした巨人である。


「な、ななな、なんですかっ!?あれはっ?あれ、なんです?」


「どっかの、おっきい子よ」


 ざっくりした説明だが、間違ってはいない。体格だけでも、サイクロプスの倍近い。その上で甲冑を着て4本の腕に4本の剣を持っていた。


「お・・お方様っ、御館様をお助けしなければ・・」


「馬鹿ね。誰が誰を助けるってのよ?」


 呆れ顔で、ノルンが溜息をつく。


「え?で、でも・・お一人では・・」


「万一・・億一・・もっとかな?まあ、とにかく旦那様が負けることがあったらお終いなの。もう、わたし達が何をやっても勝てませぇ~~ん」


「そんな・・」


 エルフ族の聖女が声を詰まらせて悲痛な表情をした時、派手派手しい金属音が鳴った。


「ですよねぇ」


 ノルンがへらへらと笑う。


 右から左へ、左から右へ・・・。


 黄金色の甲冑姿の巨人が仰向けに打ちつけられ、俯せに打ちつけられ、地面から地面へ交互に叩きつけられていた。その足をレンが片手で掴み、力任せに地面めがけて振り下ろしている。

 ほどなくして、俯せに倒れて動けなくなったところで、巨人が落とした剣を手にレンが巨人の首を叩き斬った。


「・・質の良い黄金だな」


 レンは甲冑を褒めている。


「いやぁ、キラキラですねぇ」


 横で、ノルンが砕けた破片を拾ってせっせと収納してゆく。

 

「ちょっとぉ?手伝ってくれませんかねぇ?そこのお嬢さぁ~ん?」


 ノルンに呼ばれて、


「あ・・は、はいっ!」


 ようやく再始動したカリンが純白の法衣の裾を翻して大急ぎで駆け寄った。


「・・ぴぃっ!?」


 妙な声を出して、びくりとカリンが震えた。

 倒れていた巨人がレンの腰のポーチに吸い込まれて消えたのだ。


「気にしちゃ負けよ」


 ノルンがぽんぽんとカリンの背を叩いて慰めた。


「さあ、勿体ないから、散らばった黄金を拾いましょう!」


「は・・はい」


 カリンも魔法鞄を持っている。ノルンに急かされるようにして、黄金鎧の破片を収納して行った。何も考えずに作業に没頭した方が良い。そう思い決めて一生懸命手を動かした。


「はい、撤収っ!」


 ノルンの声に振り返ると、


「次が来るから離れましょう~」


「あ・・はいっ!」


 カリンも大急ぎでノルンの後ろを追って逃げた。


 ほどなく、部屋の中央に次の魔物が出現した。

 今度は、さほどの大きさも無い。

 人にすれば巨躯だが、並べばレン・ジロードより多少大柄なくらいか。炎のような髪に黄金色の双眸、黒曜石のような肌身は凄まじい筋肉のうねりで隆起し、諸刃の戦斧バトルアックスを両手に一本ずつ握り、黒毛のたくましい巨馬にまたがって地上のレン・ジロードを見据えている。


「あらぁ・・」


 ノルンがぽつりと呟いた。

 レンが腰のポーチから大楯と長剣を取り出したのだ。


「こいつは強敵だわね」


 レベル差10倍近くまで覗けるはずの、ノルンの鑑定ピーピングが通らない。レベルにすれば1000を超えているはずだ。


「お方様・・?」


「大丈夫よ、わたし達の旦那様だって・・本気でヤバイ人だから」


 二人が見守る中、互いに声も無く、戦闘が開始された。

 思わず身を竦めたくなるような衝撃音が鳴り響く、戦斧がレンの大楯を打ち、レンの長剣が戦斧の柄を削るように突き出される。すれ違いざま、横薙ぎに払った長剣を、黒馬は軽々と飛んで回避しつつ向き直るようにして着地する。

 レン・ジロードが直線に走った。

 旋回するように黒馬を走らせて、戦斧を叩きつけ、弧を描いて駆け離れながらレンの長剣に空を切らせる。さらにもう一度、同じような攻撃から、今度は黒馬が急に向きを変えてレンの正面にぶつかるように迫ってから真横へ逸れた。レンの長剣を戦斧で受けながら、逆の手の戦斧を後ろ手に振って駆け抜ける。

 レンの大楯が派手に火花を散らし、わずかにレンが姿勢を乱した。

 直後、黒馬が口腔から火炎を噴き出した。

 一瞬にして業火がレンの体を包み込む。そこへ、戦斧が振り下ろされた。

 咄嗟に身を捻ったのは、黒馬のおかげか。

 馬上の巨漢がぎりぎりで身を捻った胸元を大剣の切っ先が浅く抉って抜ける。直後、火炎を突き破るようにして大楯を構えたレンが飛び込んで、楯を前に肩口から黒馬に体当たりした。

 馬と巨漢が宙へ弾け跳ばされ、それぞれに別れて着地する。

 戦斧の巨漢も、黒馬も驚きこそすれ、手傷は負っていなかった。


『離れておれ』


 戦斧の巨漢が、黒馬に命じながら両手に戦斧を握ったまま真っ直ぐにレンめがけて走った。

 対して、レン・ジロードも真っ向から迎え撃った。

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