第27話 商品サンプルぅ~
「えっ、お店を作るんですか?」
カリンが小さく驚きの声をあげた。
「そうよ」
ノルンが、ふふんと笑ってみせる。
その様子を、マールが斜め後方から、じっと観察している。
いつもの光景だった。
「旦那様のお財布があてに出来ない以上、わたし達で稼ぐしかないわっ!」
黒いドレスの裾を跳ねるようにして、椅子に跳び上がると、ノルンが拳を突き上げた。
「作った服を他の商人に販売を委託することも考えたけど、ちょっと売り筋が違うのよねぇ」
作業着や普段着などの、布地で買ったものを祖母や母が子や夫に縫って着せている。古くなったり、大きさが合わなくなったものが古着として売られている。ノルンが作るような繊細な衣服は、そもそも庶民の間には存在していない。王侯貴族や豪商の妻子、愛妾などが身につけるような衣服だった。
「でも、王都が滅んでしまって、主だった貴族方も・・」
「馬鹿ね。確かに、ごっそりと消えてしまったわ。だけども、すべての貴族って訳じゃないのよ。所領は各地にあるし、運良く国許へ滞在中だった貴族もいるそうよ」
ノルンがちらっと視線を向けた先に、いつぞや村で魔物の買い取りに来ていたマグナートという青年商人が居た。
今は、レン・ジロードを相手に何やら話し込んでいる。
「それに、お金を持ってるって言えば、神殿もごっそり貯め込んでるじゃないの。貴族や商人だけじゃない、神殿の関係者にも需要はあるはずよ」
「あ、あの・・神殿の方々は厳しい戒律があって・・」
「はいはい、存じておりますともっ!一応、建前として、戒律があるってことくらい知っておりますよぉ」
「いえ、本当にちゃんと戒律があって、皆様方は日々修行をしておられ・・」
「甘いわね。ちゃんと修行してるなんて、本当にごく一部よ。千人に一人の奇跡よっ!わたしはね?この目で見てきたの。庶民が到底通えないような超がつく高級娼館にお忍びで通っているお得意様は8割方が神殿関係者なのですよ?ご存知だったかしらん?」
「そ・・そんな、そんなことは・・」
エルフ族の聖女が否定しようとして声が小さくなっていく。
「ああ、わたしはね、それが悪いとか言ってんじゃないの。そうやってお金を使ってくれなきゃ困りますよって話。どこぞの有名な司祭とか、困窮した貴族を相手に金貸しまでやってるじゃん?借金のかたに、没落貴族の娘を妾として囲ってるしぃ?・・いやいや、わたしはね?それが悪いって言ってんじゃないのよ?」
「お・・お方様は意地悪です」
「さすが黒い勇者」
「お黙り、マール」
ノルンがぎろりと睨みをきかせる。
「そういう、普通に飽きちゃった人達は、とっても良いお客様になってくださるはずよ。王都みたいにお客が固まって居ないのが難点だけど、まったく居なくなった訳じゃないってことよ」
「どこで、どうやって売る?」
小さな瓶から何やら呑みながら、マールが訊いた。
「・・・それを、これから考えるのよ」
ノルンの勢いが弱まる。
「誰でも思いつく。実行は難しい」
「うっさいわね!」
「いきなり大儲けとか、夢見すぎ」
「くわっ!この闇っ子、口を開けばネガティブばっかり!」
ノルンが机上の商品サンプルの
「真実」
ひらりと舞って闇精霊が避ける。
放り投げられた下着が打合せ中のジロード達の卓上に落ちた。
「はは・・お元気ですな」
「・・ええ」
レンは黒地のパンツを手に、じろりと振り返った。慌てるカリンを前に押し出すようにして、ノルンが背後に隠れている。
「マグナートさんは、ご結婚は?」
「ええ、しておりますよ」
「どうです、これ?」
レンは手にしたパンツを手で拡げて見せた。一見すると分からないが、ちょうど女の秘所が当たる辺りが透かしの薔薇模様になっている。拡げると肌が透ける、なかなか際どい下着だった。
「いやぁ、こういうのは・・」
「まあ、持ってみて下さい。案外と、手触りが良いんですよ」
「えぇ・・と」
押し付けられるようにしながら、断りきれずに手に取ると、生地に指を滑らせる。ほうっ・・と驚きの表情を見せた。
「柄や形はともかく、肌触りが良い物は喜ばれるでしょう?」
レン・ジロードが穏やかな口調で言うと、
「確かに、そうですな。もう少し落ち着いた・・穏やかな感じにして頂けると、家内にも贈りやすい」
「まあ、これは男が言っても始まらないので、馴染みの女にでもはかせて感想を聴かせて貰えませんか?馬鹿ばっかり言っているようで、服作りの腕は一流ですから。そういう声を拾えれば、もっと良い物が作れると思います」
こう穏やかに話すジロードの雰囲気は押し付けがましくもなく、抵抗なく受け入れられる。百戦錬磨の商人も、柔らかい笑顔で頷いて"商品サンプル"を受け取った。もちろん、ジロードが保管している魔物素材やダンジョンの深部まで潜れる能力を買ってのことだが・・。
「カリン」
呼ばれて、エルフ族の聖女がレンの近くへ行った。
「この娘の上着も、あちらのノルンが縫ったものです。絹地のように見えますが、すべて
「ほう・・少し触らせて頂いても?」
「ええ、脱ぎましょうか?」
「いや、袖口だけで結構ですよ」
マグナートが手を伸ばして、カリンの上着の袖口と肘の辺りを確かめる。
「確かに、絹では無い・・が、絹だと言われても信じますな」
「そうでしょう?まあ、わたしは生地には
頭を掻いて笑いながら、レンはカリンに頷いてみせた。カリンが軽くお辞儀をして勇者の側へ戻っていく。
「いや、ジロードさん、あれは無理もないです。糸の触りを確かめないと気づきませんよ・・・あれほど細い綿糸・・糸だけでも売れますな」
「そうなんですか?」
「まあ、素材で売るよりも、仕立て上がりで売った方が値は良くなります。ふむ・・」
マグナートが先に受け取った"商品サンプル"を見つめた。
「他にも何種類か・・できれば、大きさ違いで幾つか用意できませんか?」
「すぐに用意させましょう。村にはいつまでご滞在です?」
「明日の昼には発つつもりでしたが、少しなら待てますよ?」
「大丈夫です。明日には揃えてお持ちします。場所は、この食堂で良いですか?昼飯が楽しみになりますから」
「ええ、構いませんとも。こちらでお待ちしておりますよ」
レンとマグナートが立ち上がって笑顔で握手を交わした。
「デーンさん、また明日来るよ」
「おうっ、夜半に雨が降りそうだ。頼めるかい?」
調理場から主人が顔を覗かせた。
「分かった。獲ってくるよ」
笑って請け負いながら、レンはぽか~んと見ているノルン、カリンを一瞥して、山に向かって歩いた。すぐに、再起動した黒いドレス姿の勇者が追いかけてくる。後ろを、カリンとマールが続いた。
「聴いてたな?間に合うか?」
「モチのロンでアリマス!」
「下着だけじゃなく、カリンの着ているような上着やズボン、スカート・・自慢できる品は総て詰め込むぞ」
「サーイエッサー!」
満面の笑顔で、ノルンが敬礼した。
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