第22話 女は度胸っ!

「お方様、ご武運を」


 トレーラーハウスの戸口で、カレンが慈母の眼差しで勇者ノルンを送り出した。


「え・・と」


 ノルンがちらとジロードの小屋を眺め、不安げにエルフ族の聖女を見やる。その肩で、闇精霊のマールがぐっと拳を突き出し親指を立てて見せた。実に良い笑顔である。


「えぇ・・でもさ」


 自作した夜着(大人の女性用ベビードール)をちらと見下ろし、絶対領域ぎりぎりなすそを握る。

 透ける素材が無かったので、大胆にレースを組み合わせて透け度を上げた努力作だ。

 色はナイトブラック

 勇者の勝負カラーであった。


「やっぱり、ちょっといきなり過ぎない?」


 深夜のガールズトークで盛り上がり、いけいけどんどんな流れになった。ほぼ悪ノリしてセクシーな夜着ベビードールに着替えて見せた。

 そうしたら、こうなった。


「あ・・ちょっ・・」


 にこやかに微笑みながら、カレンがトレーラーハウスの扉を閉めてしまった。


 カチリ・・


 内側で硬質な音が小さく聞こえた。


(た・・確かに、ちょっと啖呵たんかきっちゃったけど・・強がっちゃったけども)


 そこは、ガールズトークを盛り上げる為であって、まさか本当に夜這いに行く流れになるとは思っていなかった。


 少し前に、トレーラーハウスにレンに来て貰って、かなりぎりぎりの決死の覚悟で思いをぶつけた。あの時は、断られても押しかけるくらいの勢いがついていた。

 しかし、少し時間を置いて思い返してみると、顔から火が噴き上がって放火魔になれそうだ。


(顔から火が出たら燃やしてやるのに・・)


恨めしげに、ドアを閉ざされたトレーラーハウスを見る。自分でも怖くなるくらいに恥ずかしい。


(どうすんの、これ?)


 トレーラーハウスから離れられず、立ち尽くしたまま振り返るようにジロードの小屋を見る。


 ジロードには拒否されなかった。

 まあ、ウェルカムとも言われなかったが・・・。

 

 ジロードにしては珍しく、はっきりとした事を言ってくれなかった。ただ、そういう気持ちになるには少し時間が掛かる・・ような事を言った。ちょっとパニクっていて、よく聞こえていなかった。

 しかし、拒否されなかったから脈ありだ。

 それがガールズトークで一致した見解である。

 あと一歩、たたみかければいけるんじゃないか。

 そんな話で盛り上がった。いや、盛り上がってしまったのだ。

 なんだか気分が高揚していたのもマズかった。

 何しろ、この異世界に拉致されてから5年。今ほど、くつろいで気持ちが穏やかになった事は無かった。というより、頼れる男性がいなかった。ちょっと頼ろうとすると、下心全開で襲いかかってくる手合いばかりだったのだ。

 

(まあ、ジロードさんに襲われたら、もうお手上げなんだけどさ・・・どうやったって、逃げられないしぃ)


 いっそ、そうされた方が気が楽だ。

 もしかしたら、このまま一緒に過ごしていれば、そういう時が来るのかもしれない。


(そうよ・・焦ることは無いわ。だって、まだ会ってから何ヶ月も経ってないのよ。なんだか、急ぎすぎよ)


 今夜のところは、トレーラーハウスに戻ろう。

 そう決めて、ドアノブに手を伸ばそうとした時、


(う・・)


 窓のカーテンが小さく開かれて、闇精霊のマールが顔を覗かせた。

 15cmフィギュアのように小さいくせに、妙に迫力のあるジト眼で窓越しに見つめてくる。ハッと気がつくと、その後方にエルフ族の長い耳らしいシルエットも見えていた。

 たった窓一枚だというのに・・。

 何だか、二人との距離が遠く感じられた。

 普段、二人を前にして威張っているだけに、あの視線を向けられながらトレーラーハウスに戻るのはマズイ気がする。


(くっ・・逃げちゃ駄目だ!)


 ノルンは伸ばしかけた手をぐっと握り、きゅっと唇を噛みしめると勢いよくジロードの小屋の方へ向き直った。

 夜目にも白い肌を大胆にさらし、黒いレース地の夜着ベビードール一枚という格好で、足にはなぜか白木の下駄を履いている。

 思い切って、一歩二歩と足を踏み出す。

 からり、ころり・・と乾いた良い音が鳴る。


(・・・下駄はまずかった。音でバレバレじゃんか)


 どうして、草履ぞうりにしなかったのか。

 悔やんでも悔やみきれない失敗だ。

 振り返って、トレーラーハウスに逃げ帰りたい気持ちをぐっと我慢して、だんだん震え始めた足を前に出す。

 なんだか、もう色々とテンパってきた。

 小屋に辿り着いた時には、じっとりと汗ばんで、それでなくても薄い夜着が肌に貼り付いてしまっていた。

 そんな身なりの状態さんじょうに気を回す余裕は無い。


(もう・・行くしか無いのよ。戻れないのよ)


 震える手を握って、小屋の扉をノックしようとする。


(え・・と)


 そう言えば、夜這いに来ておいてノックとかどうなのか。

 むしろ、寝入っているところに、そっと押しかけないと意味が無いのでは・・。


(じゃ、じゃあ・・)


 扉の把手とってに手を伸ばす。


(でも・・でも、バレて怒られるなら、ちゃんとノックしておいた方が・・)


 思い直してノックをしかけ、


(待つのよ!そうよ・・バレて追い返されちゃっても、ただ失敗しただけで・・トレーラーに戻れるじゃん?夜這いには行ったんだって言えるわ)


 絶対に覗き見ている二人の前で、ノックなんてやったら後で何を言われるか知れたものでは無い。

 ここは、あくまでも忍び込む・・フリだけでもしなければ。


(・・・よし)


 ノルンは扉の把手をそうっと握った。素朴な造りをして見えるが、ジロードの小屋はよく手入れがされている。把手の回り一つとっても、ちゃんと油が差してあってスムースに静かに回ってくれた。

 白木の下駄を脱ぐと、

 

(お邪魔しますぅ・・)


 薄く開けた隙間からスルリと中へ身を滑り込ませると、そっと扉を閉めた。

 すでに、心臓が割れんばかりに高鳴っていて、足取りもふわふわして自分じゃ無いみたいだ。

 小屋の奥にある寝室には扉は無い。厚地のカーテンが垂らしてあるだけだ。

 呑み込む唾の音がやけに大きく聞こえる。

 

(も・・もう、こうなったら行くわ!女は度胸よっ!なるようになるわよっ!)


 決死の覚悟を決めて、汗ばむ拳を握りしめ、ひたひたと素足で奥へと歩いて行く。

 しかし、


「・・おい」


 いきなり背中に声を掛けられ、


「ぴぎゃっ・・」


 殺されるオークキングのような悲鳴をあげて飛び跳ねた。

 仰け反るように振り返ったそこに、レン・ジロードの巨躯がそびえ立っていた。あれだけ足音をたてて気づかれないはずが無い。

 ちょうど今入って来た戸口を塞ぐ形で立っている。

 絶対絶命である。


「おまえ・・」


 ノルンの格好を見て、レンがしばし言葉を失った。

 どうにも言い逃れの出来る状況ではない。

 真っ白な両脚の付け根ぎりぎりまで届くか届かないかの黒いレース地の夜着ベビードール。着けている下着はいつぞや聖女に履かせた超ビキニの黒バージョン一枚だけ。

 よせば良いのに、ここへ来るまでに緊張で汗ばんでしまって、若々しい娘の体臭が小屋の中に甘く匂い立っている。


「もう・・戻れないぞ?」


 ミシリ・・と床板を鳴らして、レン・ジロードは夜着の裾を握って小刻みに震える少女へと近づいた。


「ひ・・ひゃい」


 がくがくと頷くノルンを両腕で抱え上げると、レンは垂れ布をくぐって寝室へと入った。やや乱暴に、寝台の上へと放り落とすと、ユカタを脱ぎ捨てて筋骨逞しい裸体を夜気に晒した。


(しゅ・・しゅご・・凄い)


 自分にのしかかってくる圧倒的な巨躯と熱気に、ノルンは自分でも意図せず自然と手を差し伸べるように持ち上げていた。


 そして、ぽとりと花びらが散り落ちる。


 そんな可憐な事では済まされなかった。


 花びらは、その花弁ごと引き裂かれて飛び散った。


 20メートル離れたトレーラーハウスの中で、エルフ族の聖女と魔界の闇妖精は、この世の終わりのような少女の叫びに身を震わせ、真っ青な顔で耳を塞いだまま恐怖で眠れない夜を過ごすことになった。

 絞め殺される怪鳥のような叫び声は明け方まで続いたという。

 まさしく、勇者であった。


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