転生ハローワーク職員 VS 転生者


 コロシアムに繋がる従業員用隠し扉からお団子ヘアに赤眼鏡、ばっちり黒スーツ姿に決めたノーラが歩み寄る。


「あんたが黒幕か。ようやく会えたね」


 ノーラはタブレット端末に指を這わせながら言った。液晶画面上で踊るように指を滑らせ、チラッとソロモンの顔を睨み付けるように強い視線をやり、しかし肩透かしを食らわすように素通りして宗馬の脇に立つ。


「宗馬、魔王の管理お疲れ様」


「よう、ノーラ。あっち行ったりこっち来たり忙しそうで何よりだな」


「ほんと、やる事いっぱい」


「コロシアムは放置してていいのか? まりあが奪われちまうぞ」


 宗馬がメタルフレームの眼鏡を中指でたんっとやりながら言う。


「あんたが仕掛けてきたんじゃないの。あっちは曜市とその仲間達で十分」


 ノーラは赤眼鏡を薬指でくいっと直して答える。


 そんな二人のやりとりを眺めていたソロモンがノーラと宗馬の間に割り込むように口を開いた。


「どちら様で? 見たところ、こちらの世界の人間ではなさそうですが」


 ソロモンが回転椅子にふんぞりかえるように座ったままノーラに尋ねた。ノーラが身に付けているスーツやタイトスカートはこの世界では見られない滑らかな素材と細やかな仕立てが施されている。手に持っている何やら光っている板も見た事も聞いた事もない技術が使われた精密機械のようだ。


「私はノーラ・カリンって名前で、転生ハローワークで働いてる優秀な職員よ。どこの世界の人間でもない」


「転生ハロワの?」


 ノーラはタブレット端末をソロモンへ向けた。見慣れない機械を差し向けられ、椅子に腰掛けたまま思わず身構えてしまうソロモン。


「はい、動いちゃダーメ」


 パシャリ。写真を一枚。ソロモンは何をされるのかと緊張に身体が強張ってしまったが、軽いノイズ音がしただけで結局何も起きず、肩透かしを食らったように腰を落としてまた椅子にもたれかかった。


「何てことはない、画像検索よ。宗馬やアーサーのように転生する時に同じ人間になるのはレアな例なの。たいていはまったく別の存在に転生するんだけど、実は全部データベース化されてて転生履歴を追う事が出来るのよね」


 タイトスカートからスラリと伸びる脚をクロスさせ、小さな顎に細い人差し指を添えて、とんとんと静かなリズムを刻む事数秒、ノーラはニヤリと笑顔を見せた。


「ほら、出た。現在の名前はソロモン・クリストフ。過去転生回数12回。超ベテランの転生者じゃないの」


 デスクに片肘付いて成り行きを見守っていた宗馬が驚いて顔を上げた。回転椅子をくるりと回してソロモンの方に向き直る。


「転生者か。それも12回。只者ではないと思っていたが、大先輩だな」


 ソロモンは背もたれに身体を預けたままモニタールームの低く暗い天井を仰ぎ見て、ふうと一つ溜め息をついた。やがてやれやれと言う表情を作って、じろり、ノーラを睨みつける。


「何故こんなところに転生ハロワの職員がいるんですか? 転生後の人生への介入は業務上禁止行為に指定されているんじゃありませんか?」


「私は仕事熱心なの。担当した転生者がその後うまくやってるか事後観察業務に就てただけ。別にあんたに介入はしていない」


「おまえ、アーサーって奴の転生後の人生に思い切り介入したじゃないか」


 思わず宗馬がボソッと。宗馬をキッと睨みつけるノーラ。


「あれは私の特別裁量権の範囲内。ややこしくなるからあんたは会話に入ってこないで」


 はいはい、と宗馬は肩をすくめてモニター群に向き直った。


「ねえ、宗馬の強制理解装置はちゃんと効いてるの?」


「さっきから私も疑問に思ってました。この人への仕事に関する強制理解がなかなか発揮されませんので」


 ノーラもソロモンも宗馬の頭上に鈍く光るリングを見つめた。この光の輪っかが脳の上に浮かんでいる以上は従順なしもべのごとくに自由意志は掻き消えてしまうはずだ。二人に見つめられたまま宗馬はメタルフレームの眼鏡を中指でたんっと弾いた。


「自分、社畜ですから」


「うるさい、黙ってて」


 フーッと猫が威嚇するように鼻息を荒くするノーラ。その荒ぶった勢いのままソロモンにぐいと詰め寄る。


「あんたが転生後の人生をどう使おうが構わないけど、魔王に手を出すのはハロワ職員として推奨出来ない行為ね。私の業務の邪魔しないでちょうだい」


 対して、ソロモンは背もたれから身体を起こし、膝を組んでそこへ肘をついて顎を支え、目の前のノーラを見上げるようにして答えた。


「12回も転生してるとね、世界の仕組みも理解出来てしまうんですよ。もう何もかもぶち壊してしまいたくなる程にね」


「いい歳して中二病かよ」


「そんな中、8回目の転生の時に魔王の存在を知りましてね。ぜひともその力が欲しいと思い、こうして12回目の転生でようやくここまでこぎ着けました。あと少しで、魔王に手が届くんです」


「ご苦労な事で。で、今どんな事になってるか確認してみたら?」


 ノーラがくいっと顎でモニター群を指した。ソロモンは自然な流れで明滅するモニターに目を向けた。


「私の手駒の方がちょっと強いみたいね」


 コロシアムに設置された監視カメラが闘技場の混乱を明晰に映し出していた。


 重課金者にしてバトルイベント上位ランカーのレイノがSレアアイテムの大剣を振るって火球を撃ち出せば、このダンジョンではまだ無名だが異世界でのチャンピオンのアーサーが拳の一閃で火の玉を掻き消してしまう。そして三体の白いベレー帽をかぶったオークがジリジリと間合いを詰めてレイノを闘技場のコーナーへ追い立てている。


 別のカメラにはターゲットであるまりあが映っていた。こちらも三体の白いスカーフを首に巻いたオークが完璧にガードしているようで、観客席最前列に陣取りコーヒー片手にアーサーとレイノのバトルを観戦していた。


 砂糖に群がるアリのように、コロシアム全体にカラスとトカゲが混ざったようなモンスターが飛び回っているが、やはり白いベレー帽とスカーフを装備したオーク達に逐一叩き落とされ、捻り潰され、乾いた土塊と化してバラバラに砕け散っていた。


「なんとまあ……」


「圧倒的ね」


 監視カメラに映る一際目立つ巨大なムカデは、その対になる腕それぞれに剣と盾とを装備して振り回しているが、もふもふとした一番大きなオークの指揮の元、完全に統率された集合的な動きでオーク達に包囲されていた。悪魔っ子のミッチェとリリが何とかけしかけてはいるようだが、オーク達のチームワークと曜市のリーダーシップに為す術もない様子だ。


「私が直接出るしかなさそうですね」


 ソロモンがようやく立ち上がった。いかにも魔法使い然としたゆるめのローブの乱れをパンっと叩いて直し、魔力の篭ったロッドを片手にモニター越しに巨大オークを睨む。


「あら、自信あり気ね」


「ええ。12回も転生を繰り返せば幾らでも自信は湧いてきますよ」


「まあ、頑張りなさい。どうやってもまりあを手に入れる事など出来ないでしょうけどね」


 ノーラがヒラヒラと手を振ってソロモンを挑発する。


「……止めないんですか?」


 モニタールームからコロシアムに通じる従業員用隠し扉に歩きかけて、ソロモンは振り返ってノーラに尋ねた。


「転生現場への直接介入は業務上禁止事項なのよね」


「あなたの手駒がどうなっても知りませんよ」


「どうぞ、お好きに」


 ノーラは肩をすくめておどけた表情を作って見せた。


「では、遠慮なく」


 ソロモンは口元に笑みを浮かべて隠し扉へ向かった。

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