まずガチャよりはじめよ その3
ノーラが赤眼鏡のテンプルを薬指でくいっ。宗馬はメタルフレームの眼鏡の真ん中を中指でたんっ。何故か、なんとなく眼鏡をくいったんっで張り合う二人。
「私達転生ハローワーク職員には、転生者のその後をレポートする義務があるの」
ノーラが赤眼鏡をくいっ。
「レポートって、誰にだ?」
宗馬がメタルフレームをたんっ。
「……課長」
「その間は何だ」
「じゃあ、輪廻を司る神」
「じゃあって何だ」
「どっちにしろ、あんた達人間には感知できない高次元の存在よ」
「課長と輪廻を司る神とでは随分レベル差があると思うぞ」
「課長は課長だもん」
「随分と偉そうにしていたおまえは課長以下のクラスか」
ノーラはそっと視線をそらして、ダンジョン内を映し出すモニター群を見て言う。
「それにしても随分近代的なシステムを導入したわね」
視線を外して話題を変えたと言う事は負けを認めたんだな。宗馬は椅子にふんぞり返り、見せつけるように高く振り上げた脚を組んだ。背もたれが音も立てずにしっかりと宗馬の体重を支える。
「まあな。どうせやるならとことんやってみようと思ったんだ」
ふと、ノーラはモニターの中にレイノとドンガンの姿を見つけた。突然姿を消した私を探してくれているのだろうか。襲いかかるモンスターに怯む事なく挑んでいるように見える。
「で、レポートしてどうなるんだ? レポートの内容次第で君の査定に影響あるのか?」
まだ蒸し返すか。ノーラは宗馬を一瞥してまたモニターのレイノの健闘ぶりに目をやった。
「そんな低俗なもんじゃないの。己の仕事に対する誇りと責任を再確認するためよ。転生先でもしっかり生きているか。それとも、死んでもまた転生すればいいやってダラダラ生きてるか」
「なら安心しろ。自分は自分の能力をフルに活用して存分に生きているぞ」
「そのようね」
画面の中のレイノが例のS+レアソードを大きく振りかぶり、上段から真っ直ぐ落とすようにモンスターに斬りかかった。剣先がモンスターに触れた瞬間、レイノがグリップのトリガーを弾く。すると剣先がギラリと眩い光を放ち、火柱を立てるように爆発した。モニターから音声は聞こえないが、弾き飛ばされるモンスターを見る限り相当に威力はありそうだ。
「魔王が眠るダンジョンを管理させるつもりが、とんでもないアトラクションを運営してるんだもん。予想をいい意味で裏切られたわ」
「しっかりと管理、運営したらこんな形になっただけだ。管理には金が要る。その金を生み出さないとならない。課金制ってのは自然の流れだ」
画面の中のレイノがソードのグリップの端を押し開け、今倒したばかりのモンスターが落としたクリスタルを早速装填した。グリップを閉じ、撃鉄を起こす。
やっぱり、クリスタルの自転車操業状態になっているか。しかもあれだけ強力な武器ならもう手放せないだろう。あのS+レアソードを使い続ける限り、ずっとクリスタルを稼がなければならない課金サイクルにはまるんだ。御愁傷様。しったこっちゃないが。
「あなたの思い描いてたモノは作れてるの?」
「まだ第一段階だな。まずはクリスタル欲しさに冒険者が集まるダンジョンを作る事。それが浸透したら第二段階、リアルマネートレードだ。どうすれば儲かるか、もう気付いてる奴もいるんじゃないか?」
「もうダンジョン運営の枠を越えてんじゃん」
モニターの中のレイノを見れば解る。課金だのガチャだの、この世界の人々はそれらにまるで免疫を持っていない。あっという間に感染して発病、ゾンビのような重課金者の誕生だ。
「ここから東にちょっと行ったところにダンジョン攻略の拠点となる小さな町があるんだ。リアルマネートレードでそこの経済を掌握すれば第二段階は完了だな」
「町民はNPCなんだから課金ゲーム的価値観を押し付けないようにしなさいよ」
「第三段階に進めばそうも言ってられないさ。ダンジョン運営範囲を拡大して、その町全体にに委託する。システムの一部になってもらうんだ」
「ファンタジー世界の住人達にはちょっとえげつなくて申し訳ない気持ちになるけど、あなたをこの世界へ転生させて正解だったみたいね」
宗馬は肩をすくめて首を横に振った。
「さあ、どうだか。まだ結果は見えていない。魔王が目覚めるかどうか、問題はそこだろう?」
ノーラはモニターから宗馬へ視線を戻した。宗馬は膝の上に手を組んで、ノーラの言葉を待つ事なく独り言のように続けた。
「リリって悪魔っ子がいてな、最初はその子が管理していたみたいなんだ。それを自分が引き継いで今の形になった」
宗馬がデスクの上に目をやる。ノーラも自然とその視線を追った。視線の先にはやたら精巧な粘土細工が転がっていた。それはつい今し方レイノが倒した四つ脚の獣とよく似ていた。
「今ではリリは大事な部下だよ。モンスターを作り出し、ダンジョンを構築するため異世界から物資を転送してくれる。このモニター室も、魔王が眠るロシア製核シェルターも、全部彼女が転移魔法とやらで用意してくれた」
魔王様は核シェルターで眠る、か。笑えない冗談だ。
「一応聞くけど、そのシェルターは外から鍵をかけられる?」
ノーラの問いに、宗馬はたっぷり一呼吸分考えて、慎重に言葉を選んで答えた。
「魔王と言っても、覚醒前の今はまだ普通の人間だ。監禁する訳にもいかない。悪い奴らから匿っているって設定で、安全のために外から鍵をかけているよ。一日二十時間以上眠っているようだから、まだ楽なもんだ」
「何か私がやろうとしてる事もお見通しって感じね」
「魔王も含めて、ちゃんと管理運営しているよ」
今度はノーラが肩をすくめる番だ。相変わらず、仕事の主導権は宗馬が握って離さない。さすがは誇り高き社畜様だ。小さくため息ついて、すっくと立ち上がる。
「さて、もう行かなきゃ。せっかくこんなコスプレしたんだし、あなたのダンジョンをちょっと冒険してみようかな」
「帰るのか。なら、ちょっと頼みがあるんだが」
赤ネクタイとローブをひらりと翻し、ねじれた杖をえいやっと素振りしたノーラが振り返る。
「何よ?」
「死んだ奴らの中で使えそうなタフな奴がいたらこっちに回してもらえないか? そろそろレベルの高い冒険者もちらほら見られてな、人手不足が深刻な問題なんだ」
なるほど。それはそれで面白そうだ。ノーラはちょっとだけダンジョン運営に興味が湧いた。
「君のノルマ達成の助けにもなると思う。人間以外でも構わないから送り込んでくれ」
「ノ、ノルマって、どうしてそれ知ってんの?」
ぐさりと、ノーラは柔らかい脇腹にナイフを突き立てられた気分がした。この男は、どこからどこまで知っているんだ。
「君からも社畜のニオイがする」
宗馬はメタルフレームの眼鏡を中指でたんっと押し上げた。
「私、社畜じゃありませんことよ」
ノーラは赤眼鏡を薬指でくいっと直して答えた。
「ノーラ! 良かった! 無事だったか?」
レイノが今にも抱きつかんばかりの勢いで飛びかかって来た。思わずねじれた杖を振りかざしてそれを撃退するノーラ。
「まいったわ。何かトラップで飛ばされたみたい」
適当な事を言っておこう。ノーラはねじれた杖でレイノをぐいぐいと壁際へ押しやって言った。まさかこのダンジョンのラスボスと和気あいあいとお茶してたなどと言える訳もない。
「そんな罠もあるのか。気を付けんといかんな。次からは俺がしんがりをつとめよう」
ドンガンも安心したように言ってくれた。武骨なドワーフ族のわりにきめ細かい心遣いができる男のようだ。
「さっきガチャで当てたナビブックがあって助かったわよ、もう」
これは本当だ。オートマッピングナビゲートブックを開いて見れば、自分の現在地はもちろんパーティーメンバーのレイノとドンガンの座標までもがリアルタイムに表示されていた。しかもご丁寧にノーラが通った跡をマップとして書き込んでくれるため、宗馬のいるモニター室の位置までも把握できる。いいプレゼントをくれたものだ。宗馬は管理人として最高の人材だわ。
「もう、目の前で人が死ぬのは見たくないんだー!」
ねじれた杖でぐりぐりされながら、泣きそうな顔でレイノが訴えかけてくる。
あー、わかったわかった。転生ハローワーク職員のこの私が物理的に死ぬ訳ないでしょ。無敵よ、無敵。でもそれを言う訳にはいかない。
「心配してくれてありがとう、レイノ。さあ、さっさと行くぞ、レイノ」
ノーラはもう一度レイノをねじれた杖でぐりぐりとしてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます