灰谷曜市の場合 その3


 ぽーん……ん……ん。


 灰谷曜市の頭上に眩く光るリングが柔らかい音色を奏でた。やっと順番が来たか、と光の輪っかを見上げて自分の番号を確認する。


「452番のお客様ぁー!」


 ハスキーで高い声が頭上の番号を呼ぶ。ああ、再びこの時が来たんだな、と曜市は元気良く手を挙げて返事をしてやった。


「ハイ、452番です!」


「……」


「……」


「453番のお客様ぁー」


「ちょっとノーラ! 何かしてくるとは思ってたけどスルーだなんて! さすが僕の予想を軽く飛び越えて行く辺りは敏腕ハロワ職員としての君の優秀さを誇示し、エスプリの効いたユーモアのセンスを見せ付けて同時にコミュニケーションのきっかけをもたらして……」


「あー、もういいもういい! 来い、曜市。あんたの番よ」


 人の形をした曜市の魂はやたら楽しそうにいそいそとカウンターについた。夏休みにおじいちゃんの家へ遊びに来た孫のようにちょっと照れくさそうにニコニコしながら、落ち着きなくキョロキョロとカウンター周りに視線を泳がせる。


「何見てんのよ。別に初めてじゃないでしょ」


 ノーラはタブレットPCをそそくさとたたんでしまい、金色トンカチの素振りをしながら言った。


「いやね、達成感のある充実な人生の後の転生ハローワークってとても清々しくて希望に満ち溢れてるんだなって思ってさ」


「希望に、ねえ」


 待合席でただぼんやりと頭上の光の輪っかを見つめていたり、ただじいっと白い床を見つめてブツブツと呟いていたり、そんな絶望の淵の突き落とされたような死者達が曜市の後ろに列を作っていた。


 そんな虚ろな目をした死者達をキラッキラした目で眺めて曜市は言う。


「僕は僕で、彼等は彼等だ。人生は決して平等ではない。だからこそ努力する価値があるんだ」


「彼等が努力を怠ったとは思わないけど、まあいいわ。実績が桁違いだもんね。転生先も選び放題よ。彼等は希望通りとは行かないだろうけど」


「そうなの?」


「ええ。でも、その先にどんなに絶望的で筆舌に尽くし難い苦境が待っていようと、その背中をぽんと押してあげるのが私の仕事なの」


「献身的に聞こえるけど、それって自殺幇助、あるいは未必の故意じゃないの?」


「そうかしら?」


「そんな事よりもどうなんだい? 僕のオークとしての人生の総合評価は」


 ぐいとカウンターに身を乗り出す曜市。ノーラはその分だけ後ろに下がって答える。


「お見事の一言に尽きるわね。あの世界で史上最も世界平和に貢献したオークとして後世に名を残したし」


「平和を愛するみんなのおかげだよ」


「あんたが設立した異種族間安全保障機構の思想は着実に根付いて、異種族間での諍いや差別が減少しているし」


「レイノくんの気高き行動とマンボウ時代の兄弟達がいたからこそだ」


「魔王との最終決戦で惜しくも死んでしまったけど、その後あんたのお墓に花を添える人が絶えないの」


「宗馬さんとアーサーくんがいなければ僕は僕でいられなかったろうね」


「いちいち意識高い合いの手入れるのやめてくれる? イラっとする」


「実際にそうなんだから仕方ないだろ。僕一人では何も成し得なかった」


 曜市はそう言うが、人生実績クリア率や社会貢献度から見てもトップクラスの死者である事には違いがない。これならどこの世界の何者にでも転生できる。


 これ以上意識高い系合いの手を聞いていても精神衛生上よろしくない。ノーラはさっさと切り上げて転生処理を進める事にした。


「そんな訳で、あんたの人生実績は最高なの。何にでもお望みの転生が叶うよ。チャバネとワモン、どっちがいい?」


「ずいぶんと限定的な二択だね。でもどちらでも構わないよ。ゴキブリ達の意識改革から始まって、飲食街の支配者が誰なのか人類に問いかけてみよう」


「ごめん。やめて」


 ノーラは素直に謝った。曜市なら本当にやりかねない。飲食街の支配者どころか、地球の占有権争奪戦にまで発展しそうだ。


「真面目に仕事してあげるわよ。あんたにピッタリの新しい転生先があるの。私達転生ハロワとしてもデータを取りたいから、ぜひともあんたにお願いしたいんだけど」


「先駆者か。悪くないね。それってどんな?」


「まりあが無事に元の世界に戻ったのは見てたよね?」


「うん。冷蔵庫に押し込まれてたな」


 ノーラはわざともったいぶった間を置いて、曜市から視線を外し、ゆっくりと一語一語を丁寧に積み重ねるように言った。


「宗馬のプロジェクトを引き継いで、オンラインゲームのサービスを再開させるのよ。曜市にはそのゲーム内に転生して欲しいの。実際問題として、ヒトはちゃんとデータに転生出来るのか、調査も兼ねて」


 曜市はガタッと椅子を大きく鳴らして立ち上がった。


「待っていたよ、この時を」


「決まりね」


 ノーラは金色トンカチを振りかざした。




 まりあはようやく例のNPCを捕捉できた。やたら意識高い発言を繰り返し、キャラクター能力もステータスも高いNPCで、何度も接触を試みたもののするりとプログラムの網をすり抜けてゲーム外に逃げてしまっていたのを、今回はやっとチャットモードに引きずり込むのに成功した。


『ハーイ、そこのオークくん。運営キャラのマリアです。ちょっとお話しない?』


 女騎士のキャラクターがオレンジ色のもふもふした毛並みのオークに話しかける。


『僕は単なる通りすがりのオークですよ』


 オークの頭上に吹き出しが現れて発言を表示した。


『こら。正体は解ってんだぞ。なんならプログラム強制介入してステータスをいじっちゃうぞ』


 女騎士マリアが剣を抜く。眩い光に包まれた剣先は数字の塊で形作られていた。


『デコードしちゃうぞ』


『……はい。まりあさん、お久しぶりです』


『やっぱり曜市くんか。こんなとこで何してるの?』


『何って、ゲーム内に転生してゲームを楽しんでいるんですよ』


 オレンジ色のもふもふオークは空を仰いで言った。四角く区切られた青い空が有限の広さでオークと女騎士を覆っていた。


『ふうん。ノーラが何かしたのね。まあ、いいわ。ちょうどいい。何がどうなってるのか、後で説明してもらうとして、ちょっとイベント運営を手伝ってもらえない? そう言うの得意だったでしょ』


『わりとあっさり受け入れてくれるんですね』


『こっちもいろいろあったからね。よろしく頼むよ』


『いいでしょう。ゲーム内に革命を起こしてあげますよ』


『そこまで期待はしてないっての。あ、いや、面白そうだからやってよし!』




 そのNPCはプログラムの制約を受けていなかった。ゲームフィールド内を自由に動き回り、プレイヤーとNPCの区別もなく自由に発言を編集し、そして影響を与え、NPCでありながら勝手にギルドを立ち上げて、確実にゲーム内で影響力を高めていた。


 そのギルドの名は「異種族間安全保障連合 I.K.A.H.U.」と言った。

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