ノーラ・カリンの冴え渡る采配 その3
ガララ、重い金属が擦れ動く音がコロシアムに響き渡った。コロシアムの四方に開けられた出入り口が金属製のシャッターを閉ざし、戦いの場を密閉させた無情の音だ。
『あー、業務連絡、業務連絡』
そして闘技場の天井部分に据え付けられた大型液晶モニターにメタルフレームの眼鏡を中指で正す男が映し出された。宗馬だ。
『コロシアムの防火シャッターを下ろした。これでこの場は各ダンジョン、地上への道、それぞれ断絶されて独立した密閉空間となった』
ノーラはコロシアムの四方の出入り口を見回した。確かに現代日本技術の頑丈そうな機械式防火シャッターが下ろされ、これではもうどこにも移動できそうにない。
「気が利くじゃないの」
『イカホの連中とノーラが連れて来たオーク共がギャラリーとスタッフの避難を完了させた。もう邪魔者はいない。外界から邪魔も入らない。存分に仕事に集中しろ。残業手当はちゃんと出すぞ』
それを聞いたまりあが眉間に人差し指を添えて形のいい唇をへの字にひん曲げた。
「宗馬さんが言う残業手当を出すってのはね、終わるまで帰さねえぞって言う意味なの」
「大丈夫、問題なしだ。次のラウンドでばっちり決めるよ」
アーサーはまりあに紙コップを返してそう言うと、自分の頬をパシンッと強く引っ叩き、勢い良く立ち上がった。インターバルは終わりだ。第二ラウンドが始まる。
「行ってきます」
「うん、がんばれ、アサオくん」
「アーサーだ」
冒険者ガチャで当てたナックルダスターを装備し直してガチンとぶつけ合わせ、アーサーは一つ二つ素振りをして見せた。
「お待たせ。ラウンド2だな」
闘技場の真ん中で立ち尽くすレイノの隣に立ち、肩を大きく振り回し、ニカッと笑顔を見せる。
「余裕だな」
呆れたようにレイノが言った。
「律儀に待っててくれなくてよかったのに」
「そう言うな。だって、ソロモンもインターバルを取ってるんだ。俺だけ無防備な相手を攻撃する訳にもいかないだろう」
「へえ、真面目系なんすね」
「悪いか?」
「いやいや、かっこいいっすよ。それよりさ……」
アーサーがつとレイノに近寄り耳打ちする。
「その爆発する剣さ、もっと広範囲に拡げられる?」
「出来なくはないが、効果は弱まる」
「いいんすよ。あいつはチートで当たり判定を操作してるっぽい。見えてる像と攻撃が当たる本体とがズレてるんだ。マジやべぇ」
チート? 耳慣れない言葉に眉をしかめるレイノ。
「だからだ、見えてる像と違った場所にいる本体に炎を当てればさ、わかる?」
「よくわからないが、やってみるよ。それが最善の方法なんだろ?」
「そうそう。任せろっす」
アーサーとレイノがそれぞれ一歩前に踏み出して、拳を、大剣を、ソロモンへと突き出して戦闘態勢に入った。それを見て、やれやれと言ったふうに腕組みを解き、白髪の魔法使いは長くねじれた杖を二人に向けた。
「ここからは容赦しません。二人まとめて片付けましょうか」
「やってみろ」
「マジやべぇ自信だな」
レイノとアーサーが同時に動く。右へ、そして左へ。お互いに目配せもなく、二人の戦士は左右に展開し、闘技場と言う戦いの舞台を大きく使って魔法使いを挟み込んだ。
レイノが大剣を上段から一気に振り下ろし、大地を真っ二つに割るかの勢いで闘技場の地面に刃先を全力で叩き付け、ためらうことなくトリガーを弾いた。爆音とともに湧き上がった疾走する炎の塊が燃え盛りながらまるで草原のように地面を覆い尽くした。
ガチャで得たレア武器、ショットガンソードの効果範囲を目一杯に拡げた爆炎攻撃だ。闘技場の半分は炎に包まれるが、しっかりとしたブーツを履いていればそう熱く感じるほどのものではないだろう。野生動物にならある程度効果はあるだろうが、はたして装備を固めた冒険者に効くかどうか疑問な攻撃だ。
「すっげえ効果範囲だな」
しかしそれでもアーサーにとってはばっちり狙い通りの効果があった。一瞬怯むような隙を見せたソロモンだが、熱さを煩わしく思う程度に表情を曇らせてレイノに向き直る。
どうせあの虚像に攻撃してもすり抜けてしまうだけだ。レイノは剣先を向けたまま次の一手は踏み止まった。きっとアーサーが動くはずだ。
ソロモンは本体の当たり判定を操作するチート能力で、見えている虚像とはどこかずれた位置にいるはずだ。アーサーは目を凝らした。この拡がった炎の絨毯に、きっと何らかの痕跡が残るはず。
あった。あれだ。ソロモンの虚像の後方およそ3メートルに、奇妙にそこだけ燃えていない小さな足跡が見える。本体だ。
「見つけたぜ!」
アーサーの声に反応して振り返るソロモンの虚像。アーサーは胸の前に腕を折り畳んで低い姿勢で前方へ素早いステップを踏んだ。
その瞬間、アーサーの目の前に燃え盛っていた炎が渦を巻いて掻き消えた。そしてアーサーの姿も陽炎のように揺らめいて霧散し、アーサーとソロモンの間に燃えていた炎が一直線に散り散りに消し飛び、同時に炎の中の足跡の側に腰溜めにパワーを蓄えたアーサーが現れた。
「なっ!」
ソロモンはそれしか言えなかった。
アーサーの上半身が腰を軸にして回転する。脇腹にしっかりと固定された右腕に力が溢れ、身体の捻りとともに撃ち出され、ソロモンの見えない本体に突き刺さった。
アーサーの周囲の炎が煽られて円状に爆散して消し飛び、後には拳を撃ち出したアーサーだけが残った。
「まだまだ!」
レイノが間髪を置かずに大剣を振り抜いた。ごうと音を立てて火球が爆ぜてアーサーの足元に突き進む。
「ちょっ、まっ」
アーサーが慌てて飛び上がり、その足元で火球は弾けて闘技場に再び炎の絨毯が敷かれた。
「危ないって、レイノ!」
「君なら大丈夫だろ! 早くソロモンを仕留めろ!」
「そりゃそうっすけど、何か見た目俺が攻撃されてるみたいじゃねえすか」
一言レイノに言い返してやり、アーサーは炎に巻かれながらぐるり周囲を見渡した。魔法使いのおっさんよ、どこにいる?
虚像のソロモンは腹部を押さえながらよろめき立ち上がり、捻れた杖を振りかざして魔法を使おうとしている。そのすぐ背後に、また不自然に炎が燃えていない一人分のスペースがあった。そこだ。
「遅えよ」
炎の竜巻がまた湧き立った。アーサーとソロモンを結ぶライン上の炎が一瞬にして散り散りに千切れ飛び、ようやくおぼろげに光る杖を前に突き出したソロモンの目の前にアーサーのニヤついた顔が突如にして現れた。
「は、速過ぎるぞ」
やっと今何が起きているか理解できたソロモンが震えた声を漏らす。
「おっさんが遅いんだよ」
アーサーは凄まじい速さで移動していた。移動したライン上の炎が時間差もなく掻き消えるほどの、まさに瞬間移動のごとき速さだ。
「チートしてるのは自分だけ、って油断してたろ」
「チート、だと?」
「俺もチート行為してる転生者なのよね」
「バカ、な。二度や三度の転生で、チートなど」
「努力の賜物さ」
言うが早いか、アーサーの上半身が激しくぶれた。そしてソロモンの周囲の炎が弾けて飛び散り、一筋の煙も残さずに掻き消えて、ソロモンの身体が左右に大きく揺れ動いた。
「スピードを上げるとパンチが軽くなっちまうけど、八発も同時に食らうとマジやべぇだろ?」
ソロモンの視界がぐらりと揺らぐ。アーサーの顔が斜めに傾いて視野から消えて、揺れる闘技場の天井が見え、がくんと頭が落ちるようによろめき、ふと、真正面の観客席最前列にまりあとノーラの姿が見えた。
瞬間移動のようなチートな速さ、か。実体と虚像とをずらす程度の当たり判定操作チートごときでは勝てそうにない。ソロモンは朦朧とする意識の中で思った。
瞬間移動、か。
手が届かないほど遠くにいるまりあを見つめ、杖を振り上げ、意識が断ち切れそうになるのを堪えて叫んだ。
「リリ、最後の仕事をしなさい!」
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