ノーラ・カリンの冴え渡る采配 その2


 オーク達は連動する。まるでそれが一個体の生き物のように。その巨大な群生生物の頭脳に当たる部分が灰谷曜市だ。


「こいつは背中を防御する術を持っていない! みんな、三人一組となって、二人が足場になり一人を飛ばせ! 上から攻撃するぞ!」


「はいっ!」


 コロシアムの傾斜がついた観客席上段にいたもふもふオーク達が曜市の指示を的確に理解し、即実行する。目が合った同士が即座に向かい合い、太い腕を交差させて組んで踏み台を用意した。側にいた一体のオークが組み合った腕に足をかけ、せーので勢いをつけて観客席から飛び上がる。


 観客席上段からそれぞれ手にした武器を振りかざしたオーク達が舞い落ちてきた。剣が、斧が、ハンマーが、巨大ムカデ戦士の背中に突き立つ。


「まだまだ行くぞ!」


 巨大ムカデ戦士はうじゃうじゃと生える腕にそれぞれ剣と盾を装備し、両サイドからの攻撃は完璧に防ぎ、そして的確に反撃していた。しかし曜市の言う通り、真上からの攻撃には対応出来ずに、上から降り注ぐオーク達の斬撃に身体中に傷を作っていった。


 曜市も巨大なハンマーを上段に構えて宙空に舞い上がった。狙うは、一体のオークが突き立てた戦斧だ。ちょうどくさびを打つみたいに、甲虫のようなムカデ戦士の背中に突き刺さって抜けなくなった斧目掛けて人間一人分はあろうかと言う超重量のハンマーを振り下ろす。


「ぶち切れろ!」


 硬い金属が鋭くぶつかり合い、肉が削りえぐれる鈍い音が響き、ハンマーと斧とが火花を散らして巨大ムカデ戦士の身体は一気に切断された。


「やったか?」


 オーク達はのたうちまわる巨大ムカデから数歩離れ、次の攻撃のため再び二人組で腕を組み合い、飛びかかる準備をした。


 一瞬大きく震えた巨大ムカデ戦士は、しかしぶち切られた先の方の身体は何事もなかったかのようにまた幾対もの剣と盾を振り回し始め、切断された後方の身体はむくりと鎌首をもたげる蛇のように身体を持ち上げて、同じように剣と盾をやたらめたらぶん回して攻撃に転じた。


「ダメか、分裂して二体になっただけか!」


 曜市が頭を抱える。ただでさえ手に負えない勢いで攻撃してくる巨大ムカデが、長さは半分になったものの、二体に分裂してそれぞれ別々に蠢いて暴れ始めた。敵の数が増えてしまっただけだった。


「ああ、もう、じれったい」


 不意に曜市の背後からハスキーボイスが聞こえた。驚いて振り返れば、いつの間にコロシアムに舞い戻って来たのか、もはやお馴染みのお団子ヘアがちょこんと見えた。小柄なノーラは巨大な曜市の影にすっかり隠れてしまっている。


「曜市は元ゲーマーでしょ? 多関節連結キャラの倒し方と言ったら決まってるじゃないの」


「多関節の?」


「見てなさい。ヒントあげるから」


 一際大きな曜市の身体からするりと抜け出て巨大ムカデの側に踊り出たノーラは、スーツの内ポケットからするりと金色に輝く小さなトンカチを取り出した。


「多関節連結キャラはコアを壊すってパターンだけど」


 ひょいと巨大ムカデ戦士の剣を軽々とかわし、金色トンカチでリズムを刻むように振るう。


「コアであるクリスタルが幾つもある場合は、お尻からひと関節ずつ地道に片付けるってのがパターンね」


 ムカデ戦士がノーラのすぐ側を歩き過ぎる。ノーラは通り過ぎざまに、最後尾の剣を持った戦士像の背中を金色トンカチで軽く小突いた。


 曜市も何度か聞いた事のある澄んだ音色が響いた。と思った瞬間、戦士像の青銅色の鎧が灰色に変わり、とてつもなく大きな岩が衝突したかのように崩壊音を轟かせて粉々に砕け散った。


「こんなもんよ」


 灰燼が舞い上がり、弾けて吹き飛ばされるムカデ戦士の本体。ちょっとだけ短くなった身体でのたうちまわり、砕けた位置にいた戦士の尻尾の痕からクリスタルを撒き散らした。


「すごいな、ノーラ。そんなトンカチで僕らの頭を小突いてたのか」


「叩くのは光の輪っかよ。人聞きの悪い事言ってないで。ほら、地道に最後尾の奴から削っていきなさい」


「ずいぶん時間がかかるな」


「何のために早期転生希望のマンボウ達をあんたと同じオークに転生させたと思ってんの。リーダーシップを発揮して見せなさい」


 呆れたようにノーラは言う。曜市はよしっと巨大ハンマーを握り直し、もふもふオーク達に大音声を張り上げた。


「みんな、作戦変更だ! ムカデの前方にいる者は全力で注意を引け! ムカデが通り過ぎたそばからケツを叩くぞ!」


 なかなかのリーダーっぷりを見せてくれるじゃないの。さすがは意識高い系。こっちはもう放っておいて大丈夫か。ノーラは観客席上段からチラッと闘技場の方を見下ろした。


 さて、問題はあっちね。


 アーサーとレイノのコンビVS歴戦の転生者ソロモンだ。


 どうにもふざけたがると言うか実直さに欠けるアーサーと、かたや真面目過ぎる性質で柔軟さが足りないレイノ。お互いに長所を活かし合い、短所を補い合えば良いコンビになれそうなものの、いまいち波に乗り切れていない戦いになっていた。


「アーサーの奴、何を手抜きしてんだか」


 しようがない。こっちもある程度手助けが必要か。ノーラはひょいと飛んだ。


「このっ!」


 アーサーは素早いステップでソロモンの懐に潜り込み、その薄っぺらいボディに身体ごとぶつけるような渾身の右フックを放った。アーサーの拳とソロモンのボディが重なる、まさにそのタイミングですかっと空を切ってしまうアーサーのパンチ。


「見た目では当たってんのに、何なんだよ!」


 拳が空振りに終わり、ソロモンを目の前にしたままバランスを崩してよろめいてしまうアーサー。すると今度は何もないあらぬ方向から後頭部をパシッと叩かれ、完全にバランスを失ってひっくり返ってしまった。


「いって」


 一言こぼして、くるりと前転で場から逃れてすぐさま立ち上がる。振り返れば、ソロモンが余裕の笑顔で立ちはだかっていた。


「……インターバルだ」


 アーサーはぷいとそっぽを向いて、すたすたとソロモンから離れて行った。拍子抜けしたようにわざとらしく首を傾げてソロモンが言う。


「どうしました? 戦意喪失ですか?」


「俺の戦い方は3分間全力、1分間休憩なんだよ」


 アーサーはぽかんとするレイノの側を通り過ぎて「はい、交替」とその肩に手を置いた。


「インターバルって、休むのか? 敵を目の前にして?」


「そういうもんなの」


 そのまままりあのところまで戻って来てどっかりと観客席に腰を下ろす。まりあはとりあえず手に持っていた紙コップを差し出してみた。


「飲む? カフェオレだけど」


「まりあさんありがとー」


 闘技場で呆気にとられて立ち尽くすレイノとソロモンを残して、アーサーはまりあからカフェオレの紙コップを受け取り軽く口に含んだ。


「あまっ!」


「そりゃそうよ。カフェオレだもん。パンの耳食べる?」


「無理。水ないの?」


「わがまま言わないの」


 不意にアーサーの頭にミネラルウォーターのペットボトルが置かれた。驚いて仰ぎ見ると、そこにはノーラの不機嫌そうな顰めっ面があった。


「ノーラか、サンキュー」


「何なの、あの戦いっぷりは」


 ペットボトルのキャップをもぎ取るように開けて、こくっと一口だけ喉に染み込ませる。口元をジャージの袖で拭い、ゆっくりと溜め息を吐き捨てて呼吸を整える。さあて、どうする、アーサー。冷えたペットボトルを握りしめて自分自身に問いかける。


「あんたの実力はそんなもんじゃないでしょ」


「そうかもな」


「そうかもじゃなくて。何を考えてるの」


 ノーラがアーサーの後頭部をぺしっとひっぱたいた。


「私に見込み違いなんてないんだから、しっかりしなさい」


「あいつ、当たり判定がおかしいんだよ。チートって言ってた」


「チート?」


「チートにはチートかな、やっぱり」

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