魔王と言う現象の引力 その1


「ノーラ! こんな所で会えるなんて!」


 ダンジョンのラスボス、宮原宗馬の仕事場で、ノーラを出迎えたのは宗馬の元部下、端本まりあだった。


 なんだってこんな異世界の地下墓地群を改装したダンジョンのラスボスの部屋で、現代日本で美味しい日々を送っているはずのまりあと遭遇するんだ。


 ノーラはまりあに抱きつかれたまま頭を抱え込んだ。やはりコロシアムで食べたあのパンの耳ラスクはまりあが作ったものだったか。


「いったい何がどうなってんの」


 まりあの笑顔を覗き込みながら、ついついノーラの心の声が口に出てしまう。おかしい。あり得ない。あってはならない。


「まりあ、あんたまさか死んじゃって、私以外のハロワ職員に飛ばされちゃったとか?」


 なきにしもあらず、だ。しかし、通常の転生手続きは担当職員が一人に付きっ切りで来世を紹介するシステムだ。もしも何らかの事情で担当変更があれば、規則ではその都度業務引継ぎ連絡を交わさなければならない。少なくともノーラはそれらの連絡も受けていないし、引継ぎもしていない。


「ノーラこそ死んじゃったの? このファンタジー世界に転生したとか?」


 まりあがノーラの頭のお団子をぽわぽわやりながら嬉しそうに言った。


「いやいや、どうしてみんな私を殺したがるのさ。私はあなた達とは住んでる次元が違うの」


「次元が違うって、おまえが言うとやたら真実味があるな」


 そこにもう一人、楽し気な会話に乱入者が現れた。このダンジョンのラスボスにして管理人でもある宗馬だ。


 ラスボスの部屋であるコントロールルームの明滅するモニター群に向かい、ノートパソコンのパッドに指を置いたまま宗馬は落ち着いた口調で言った。


「なかなかいいタイミングで来てくれたな、ノーラ」


 背中を向けたままノーラに振り返らずに宗馬は続ける。


「新実装の対戦要素がなかなか好評でな。そっちがメインになりそうで、ダンジョン運営にテコ入れしなければと思っていたところだ」


「それは結構。でも残念だけどあなたの様子を見に来た訳じゃないの。灰谷曜市がちゃんとやってるか確認に来たのよ。どう? ご希望のタフな意識高い系オークは」


「曜市か。まさか前世で自分のゲームで遊んでくれてた奴が転生してくるとは思わなかったな。しかもオークとか」


 そこまで言って、宗馬はようやく振り向いて顔を見せてくれた。


「概ね計画通りよ。もっとも、予想以上の能力引継ぎを起こして、私が引き会わせるまでもなく、自力であなたと出逢ってしまったようだけど」


「使える男だ。タフなだけでなく実行力もあり、視野も広く常に高みを見つめている」


「イヤになるくらいね」


 ふと、ノーラの鼻をふわりとくすぐる香りが立った。コントロールルームの奥から、まりあがコーヒーとお手製のパンの耳ラスクを運んで来た。


「ノーラが曜市くんをオークに転生させたの? なんでまたオークなんかに?」


「高い意識を持ったあいつに足りないのは体力だったの」


「解りやすい転生先だな。確かに、あのよく回る舌と強力な戦闘力が組み合わされば最高に最悪な交渉相手となる」


 宗馬がやれやれと言った風に首を振った。あの曜市が前世で尊敬しまくった宗馬とこの異なる世界で出逢えるとなったら、おそらく相当に鬱陶しくも熱い御高説をのたまいまくったに違いない。


「で、曜市とは会ったのか? あいつはどこに?」


 この管理人室にあのオークのでかい図体はなかった。ノーラはまりあからコーヒーを受け取ってひょいと肩をすくめた。


「あなたの社畜精神を受け継いでるようで、私との久々の再会よりもお仕事を選んだわ」


 ノーラが顎でモニター群を指す。見れば、ドワーフと一緒に何やら床に散らばった瓦礫を片付けているようだ。レイノのユニットをうまくはぐらかす事ができたようだ。それでも引き続きダンジョンを掃除するなんて、なんとも生真面目なオークとドワーフか。


「あいつは社畜じゃない。意識の高い系だ。運営に関しても色々と提案を挙げてくれるが、ゲームと会社組織との区別がついていないようだ」


「ちゃんと働いてるの?」


「ああ。働きに関しては文句なしだ。対戦要素は曜市の提案だ。ナントカ安全保障ナンタラとかのメンバーも協力してくれてる」


 モニターの中の巨大なオークはでかい頭に白いベレー帽をちょこんとかぶり、首が締まりそうな白いスカーフを巻いている。ドワーフのドンガンもコロシアムで給仕係をしていたエルフ娘も装備していたI.K.A.H.O.構成員の証だ。なるほど、確かにあの白さはぱっと一目見ただけで解る記号だ。


「それと、日本の食べ物やビールを売ろうってアイディアはまりあのものだ。なかなか好評で、小銭を稼ぐつもりが今では売り上げ管理と仕入れ部門を設立しなくてはって勢いだ」


 えへへー、とまりあがはにかみながらコーヒーを啜った。


 そう、それだ。またもやすっかり宗馬のペースに飲み込まれ、場の主導権を奪われっ放しなノーラだった。会話の主導権を奪い取るべく、ノーラは湯気を立てるマグカップをデスクに置いて宗馬にぐいと詰め寄った。


「それそれ。何でまりあがここにいる訳? このコーヒーとか、パンの耳はどうやって仕入れてるのさ?」


 宗馬が口を開けば、また巧みな話術で会話の主導権を持って行かれてしまう。ノーラは言っておきたい事を一気にまくし立てた。


「まりあがここにいるって、それがどういう事か宗馬は理解しているの? 本来ならまりあはここにいてはいけない存在なの。だから私はマリアを現代日本へ転生させたの」


「まりあは自分が召喚させたんだ」


 宗馬はノーラの勢いを受け流すようにさらっと答えた。


「部下の悪魔っ子が転移魔法を使えるんだ。その転移魔法は同一世界だけでなく、異世界間ゲートも開ける事ができるらしい」


 それはノーラも承知していた。悪魔族に限らず、様々な世界軸で魔法力や科学力によって異世界への干渉を可能にする存在がいる。ノーラ自身も多次元に層を作る異世界間を自在にジャンプできる。しかし、ピンポイントで世界座標を狙える技術はそう多くないはずだ。


「でも異世界にいるまりあを狙ってゲートを開くなんて高等技術はこの世界では無理なはずだよ」


「そうだ。普通の転移魔法では不可能だ。どこにゲートが開いて誰が召喚されるか解ったものじゃない。だけどな、自分がアクセスポイントとなったんだ」


 宗馬は親指を立てて自分の胸を突ついて見せた。


「自分がこのファンタジー世界と現代日本とのコネクションになったんだ。自分が召喚される前に存在した場所にゲートを開けさせてみれば、ばっちり、ピンポイントで前の職場に繋がった」


 宗馬は転生している。それも特別な転生だ。前世での記憶や経験をそのままトレースして、新しい世界で身体を一から作られたのではなく、存在そのものが座標転移するタイプの上質な転生を行ったのだ。ノーラの勧めで。


「転生のせいで、転移の相互座標固定ができた訳ね」


「ああ、そうらしい。一度座標を固定出来れば、後は簡単な作業だった。ダンジョン構築の機材の仕入れの為に、あっちの世界で専用の中継部屋まで作ってな。そうやってこのダンジョンを作ったんだ」


 宗馬の背後でモニター群が明滅している。これら近代技術は全部転移魔法でこっちに持ってきたのか。


「あとは人材の確保だ。前の職場で、端本まりあの高いデザイン能力は知っている。いわば異世界間でのヘッドハンティングをしたんだ」


 ダンジョン運営。それはそれでもうどうでもいい話だ。問題はまりあだ。黙ってコーヒーを飲みながら事の成り行きを見守っているまりあを、ノーラはちらっと見やって、宗馬に向き直って切り出した。


「ダンジョン運営の件、魔王を眠らせたまま管理してくれて、むしろよくやってくれたって褒めてやりたいくらいよ。でもね、まりあを呼んだのは大きなミスよ」


「ミス? 自分がミスを犯した?」


 宗馬は椅子にふんぞり返ってゆっくりと膝を組み、肩をすくめるようにして両手をひらひらとさせた。


「何一つミスのない完璧な仕事だと思うが?」


「宗馬、あなたは何で死んじゃったんだっけ?」


 ノーラが薬指を立てて赤眼鏡をくいっとやる。応えて、宗馬はメタルフレームの眼鏡を中指でたんっと。


「あなたのゲームの大型アップデートを控えた激務の中、まりあが失踪しちゃって、あなたは心労が祟って過労死しちゃったんじゃないの」


「そうだな。だから自分はまりあを取り戻したんだ。また共に仕事をするために」


「違う。あなたが、宗馬がまりあをこっちの世界に連れて来ちゃったから、あっちの世界でまりあは行方不明になったのよ」


「……えっ?」


 素っ頓狂な声を上げたのはまりあだった。


「私が言っている意味お解り? 宗馬、あんたがまりあを失踪させたの。そして、あんた自身の首を絞めた。あんたバカなの?」


 それが魔王と言う現象がもたらす引力だとしても。ノーラは思った。魔王の引力により本来なら交わる事のない異世界同士が関わりを持ってしまったのか。結果として、魔王を管理する能力を持った宗馬を殺して転生させたのは魔王を管理している宗馬自身であり、まりあは転生前の世界に、つまり前世の魔王のいる世界に舞い戻ってしまったのだ。


 宗馬はメタルフレームの眼鏡に指を添えて、呆然とするまりあを見て、呆れた顔をしてるノーラに顔を向け、高い天井を仰ぎ、もう一度まりあを見つめて、ノーラと視線を合わせて、潰れた声で呟いた。


「マジで?」


「マジで」


 ダンジョン管理人宮原宗馬、痛恨のミスである。

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