ニート VS 勇者
「君には因縁も何もないけど、俺は勝たなければならないんだ。倒させてもらうぞ」
レイノは爆裂する大剣をやや立てて、顔の右半分を隠すようにアーサーに向けて構えた。アーサーの拳の速さはモニタールームで観察済みだ。大剣でガードしていれば、一瞬で間合いを詰められてもまだ防ぎようがある。
身長があり手足も長く、その拳の攻撃範囲は恐ろしく広い。まだ五歩先にいると侮っていれば、瞬きする間もなく他の冒険者達の二の舞いだ。
しかし間合いは広いがその細い身体は軽く、パンチの一発一発に重さはなさそうに思える。
稲妻のような素早い一撃目さえ外せれば、後に続く拳は鎧で何とでも防げるはずだ。それと彼は防具を身につけてはいない。こちらの剣の爆発する力をどう躱す? 立場は真逆だ。こちらの一撃目を当てれば勝てるはずだ。
「こうすればこうできるはず、って考えてるだろ」
顔の前で拳をゆらゆらと揺らしながら、アーサーはレイノにだけ届くような小声で囁いた。
「それじゃダメさ。やり合う前に相手のスペックや戦い方を知っちゃうと、どうしても頭の中でシミュレートしちまうもんさ。自分に都合のいい結果を求めて、な」
「かもな」
レイノが剣先を少しだけ下げて言う。
「では初見の相手と戦うにはどうしたらいいと思う? 若き王よ」
「相手に関係なく、自分が磨いてきた戦い方を真正面からぶつけてやればいいんだよ。コロシアムのチャンピオンさんよ」
「なるほど。さすがは自ら王と名乗るだけはあるな」
「それを言うなって。さて、挨拶代わりに行くぜ」
アーサーが顔の前に突き出した左の拳をかすかに上に動かした。手の甲まで覆うナックルダスターを握る指をゆらっと開き、レイノを指差すようにピタリと止める。
レイノの視線がアーサーの目からその指先に移った、その刹那。まだ五歩向こうにいたはずのアーサーの顔がレイノのすぐ目の前に現れた。
速い、とレイノが思うよりも速く、アーサーの左のナックルダスターがレイノのショットガンソードの刃にぶち当たっていた。ガキンッと硬い音が鳴り響き、剣を握るレイノの腕に衝撃が走った。
「くっ!」
想像以上の重い一撃に思わず声が出てしまった。細身の身体でここまで重いパンチを放てるか。手にはめているナックルダスターの効果か。さては、ガチャでSレアを当てたな。
アーサーの武器は速さだけではない。レイノは気が付いた。アーサーは人の意識を掻い潜ると言うか、意識が途切れる習性を熟知しているようだ。アーサーの指先の動きに気を取られ、意識があらぬ方向を向いてしまう。そうなってはもう、アーサーの挙動を意識に捉える事は不可能だ。それに気が付くのがちょっと遅かったか。これはもう避けられそうにない。受け切るしかないか。
二撃目が来る。アーサーの攻撃は四連撃でワンセットだ。それ以下で手を止める事はなく、そしてそれ以上攻撃するまでもなく相手を倒している。 レイノは次に繰り出されるアーサーの右拳を探した。
「遅えよ」
あった。もうすぐ内臓に食らいつこうと懐深く潜り込んでいた。いつの間に、こんな深くまで。レイノは腹の底に力を溜めた。受けるは、鍛えた鋼の鎧だ。その拳でどこまで打ち貫けるか。
しかしアーサーの拳はレイノの内臓に食らいつきはしなかった。不意にパンチの軌道が変化し、ぐいっとせり上がり、ボディを通り越してレイノが握り締める大剣の柄まで伸びてきた。
「武器か!」
「挨拶って言ったろ」
アーサーの拳がレイノの大剣を打つ。両手でがっしりと構えていたのが幸いして、かろうじて剣を弾き飛ばされずに済んだ。それでも身体ごと持っていかれそうな衝撃が腕を襲い、レイノは一歩後ろに退いてしまった。
まだだ。アーサーの攻撃は四連セットだ。後二つ来る。
レイノは大剣を構え直そうと両腕に力を込め、そして剣にそっと添えられた自分のものではない第三の手を見つけた。
誰のものか。決まってる。アーサーだ。アーサーの三撃目は添えるだけのような優しいパンチだ。四撃目のための布石だ。それが今、大剣にそっと置かれている。
なるほど。この速さ、正確さ、そして拳のみで戦う接近戦に特化した見知らぬ格闘術と、身体の利点を活かし切ったその動き。これでは並の冒険者では歯が立たない。この先三十でも四十でも連勝を積み重ねるだろう。
俺と出会わなければ、な。
レイノは覚悟を決めた。避けない。アーサーの挨拶代わりの連打をこの大剣ですべて受ける。やはり挨拶にはきっちり挨拶で返さなくては。
身体を捻じるようにして腰に回転のエネルギーを貯めたアーサーは、それを右腕に乗せてレイノの大剣目掛けてコンパクトにぶん回した。
アーサーの電光石火の右フックがレイノの大剣にぶち当たった瞬間に、レイノはグリップのトリガーをダブルクリックした。ショットガンソードはアイテムレベルアップして小爆破を連発出来るようになっていた。
レイノの剣が炎を吹き上げて爆発した。熱を帯びた小規模な爆風が至近距離にいたアーサーの髪を乱暴に撫で上げた。
「うわっ、ごめん!」
思わず謝ってしまったアーサー。武器だけ殴り飛ばそうとしたのに、まさか爆発してしまうなんて。殴り抜けようとした右腕を慌てて引っ込める。
「大丈夫だよ」
レイノは律儀に返した。
「これが俺の挨拶だ」
爆風に煽られるように間合いから飛び退いたアーサーに大剣を振りかざし、レイノは大きく踏み込んで上段から振り下ろし、狙いを定めてトリガーをダブルクリックする。空を切った剣先が爆発し、炎が火球となってアーサーに突撃していった。
「へえ、面白い剣だな」
しかしアーサーは怯まなかった。怯むどころか一歩前に進み出て、ごうと音を立てて空気を焦がす火球へ左のジャブを一閃。アーサーの拳が火球に触れるや否や、パチンとシャボン玉が弾けるように、火球は跡形もなく消し飛んだ。
「俺も、ガチャ運には恵まれてるんだよ」
ぎらりと炎を閉じ込めたような光を放つナックルダスターをぶらーりぶらつかせて見せびらかすアーサー。
「これはこれは。楽しいバトルになりそうだね」
レイノはこのバトルで初めて笑顔を見せた。
アーサーとレイノのコロシアムが始まって以来最も熱いバトルが繰り広げられている中、階段状の観客席を小山のような巨体がこっそりと身を潜めて練り歩いていた。
こうも身体のでかい奴が前に来るとせっかくのバトルが見えやしない。だからと言って文句も言えない。この1キロメートル先からでも判別できそうな巨体の持ち主は、今や小国家の軍事戦力に匹敵すると噂される異種族間安全保障機構と言う傭兵団の主宰者、ヨーイチと名乗る巨大オークだ。オーク族をはじめ、ドワーフ、エルフ、リザードマン、人魚、そして人間族などと、様々な種族の荒くれ者どもを桁外れの暴力と意識の高いロジックとで説き伏せたオークの王だ。
そんな奴がのしのしと観客席を歩き回っている。たとえその巨体が邪魔で最高峰のバトルが見えなくたって、誰が文句を言えようか。
「いたいた。ちっちゃいから探したよ」
悪魔族のミッチェとリリがビクッと身体を震わせて、恐る恐る背後を振り返ると、それはそれは大きなオークが二人に覆い被さるようにして覗き込んでいた。
「やあ。リリ、こんなとこで何してるんだい? こっちは、レイノとパーティ組んでいる確かミッチェって言ったっけ」
曜市はミッチェとリリの服の襟首をそれぞれ両手に掴んで軽々と摘み上げた。
「ヨーイチさん、これには訳があるんです!」
「コラ! やめろー、デカオーク!」
きゃんきゃんと仔犬のように喚きまくる二人の悪魔っ子を曜市は目線の高さまで吊り上げる。悪魔族は基本的に人間族の少女と変わらない姿をしている。薄紫色の肌と金色の瞳をしていてすぐに見分けがつくが、その容姿は人間を、特に男を惑わすには十分な魔力が備わっている。二人の悪魔っ子は魔性の魅力を発揮してオークを惑わそうとした。
「アーサーくんもレイノも最高にいい試合をしているんだ。邪魔するんじゃないぞ。ミッチェ、まりあさんを狙って何を企んでる? リリ、その頭の光る輪っかをどこでつけた? あと仕事は終わったの?」
しかしこんな風に悪魔の妖艶な魔力がこれっぽっちも効かない場合もあるが。悪魔的な魅力も特に曜市には無効のようだった。
「服が脱げるー! はーなーせー、スケベオーク! ロリコン野郎!」
ミッチェがバタバタと暴れると、その細い身体に合っていなかったヒラヒラしたドレスがずれて身体がすとんとずり落ちそうになる。
「私がここに来たのはソーマさんの指示です。ソーマさんにソロモンさんの命令通りに動くよう言われて、ソロモンさんの命令でミッチェと一緒に行動してます。で、ミッチェの指示でここにいました」
こちらはすでに抵抗を諦めたか、ぶらーんと大人しくぶら下がってるリリ。摘み上げられたまましょぼんと下を向いて、上目使いで消え去りそうな小さな声で喋る。
「コラー! ペラペラ喋ってんじゃねーよ!」
ミッチェが吊られたままリリに蹴りを入れようと身体を揺らすが、曜市の手に捕まったままさらにドレスが脱げてしまいそうになるだけだった。バラバラ、とドレスの胸元からクリスタルが落ちる。かなりの金額になりそうな量が床に散らばった。
「リリ! 命令する! こいつもまとめてやっつけちゃえるでーっかい奴を作れ!」
ミッチェが焦った様子で散らばったクリスタルを見回しながら言った。それに反応して、ぶらんと吊り下げられていただけのリリがしゃきっと空中で気を付けの姿勢を取り、ドレスの胸元から粘土の塊を取り出した。
「はい! リリはミッチェに逆らえないので、言う通りにします!」
リリの頭上の光の輪っかがりんっと強い光を放ち、リリは丸まったムカデの形をした粘土を散らばったクリスタルの上へ投げ付けた。どてっと重そうに床に落ちる粘土のムカデ。ごろりと転がり、クリスタルを拾い集めるように粘土に取り込んでいく。
「クリスタルモンスター? ちょっと、クリスタルくっつけ過ぎじゃないか!」
曜市が慌てて二人を解放し、転がりながらクリスタルを取り込んでいく粘土の塊を追ったが、少しだけ遅かった。
粘土が鈍く光り始める。
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