第二章 来世に期待をアイキャンフライ

まずガチャよりはじめよ その1


『ダンジョン来場者1,000人突破記念! 初回限定入場ガチャでSレア確定! 今なら全員Sレアアイテムもらえるキャンペーン中!』


 冒険者が集う酒場にて、そんな煽り文句が踊るきらびやかな色使いのポスターを見つけたレイノは短く刈り上げた金髪を撫でつけて太い眉をくいっとしかめた。


 ダンジョンって来場者をカウントしてきっちり千人で記念するものなのか?




 今、国の冒険者達の間で話題のダンジョンがあった。


 本来のダンジョンと言うものは竜が巣食う深い洞窟であったり、城砦都市の複雑怪奇な地下迷宮であったり、打ち捨てられた教会の地下に眠る大規模カタコンベであったり。そこは頑なに人の侵入を拒み、時にすら忘れられた場所なはずだ。


 しかしこのダンジョンはどうだ。街のいたるところに挑戦者募集のポスターが貼られ、旅の冒険者をまとめるギルドの掲示板にもその文言は見かけられ、情報交換の場である酒場でもその言葉を聞かない日はない。


 ガチャ。


 ガチャって、なんだ?


 レイノは思った。そのダンジョンへ行けば自然と答えが解るはずだ。所属していた騎士団を辞め、今やしがない傭兵としてその日その日を生きているレイノには時間が有り余っている。誰が考えたのか知らないが、この戯言のようなダンジョン探索に手を出してみるのもいい暇つぶしになるだろう。


 しかしこのダンジョンは特殊な仕掛けが施されているらしく、一人ではダンジョンの中に入れない仕組みになっているようだ。


 三人だ。このダンジョンに潜れるのはきっちり三人パーティーのみだ。


 レイノは単独で行動している。そしてこの街に集まる冒険者達の中にはレイノのように一人で仕事を探している者も少なくない。ダンジョンに挑戦するには、その中から二人の仲間を探さなくてはならない。


 幸運にも、レイノはギルドですぐに仲間を見つける事ができた。


 さて、ガチャとやらが待っているダンジョンへ行ってみるか。




「ガチャをひねるには金がいるんだ。そんなの常識だぞ。お前さん、知らなかったのか?」


 ドワーフ族のドンガンが豊かなあごひげをもっさもっさ揺らして笑う。どこの田舎から出てきた奴だと言わんばかりの豪快な笑っぷりだ。不思議と嫌な気持ちにさせないさっぱりとした笑いだった。レイノもつられて笑って見せた。


「いやあ、仲間もいなくて一人で傭兵稼業をやっていたもので、情報収集と言うものが不得手でね」


 街道から外れて山路を歩くこと小一時間。薄暗い森の入り口に、もう誰も祈りを捧げに来なくなった朽ちかけた教会がある。そこが例のダンジョンの入り口だ。


「そんなんでよく生きてこれたもんね」


 口の悪い女魔法使いが教会入り口の扉に書かれた注意書きを読みながら言った。


「もしも今日ここで死んだら、私が何とかしてあげるから安心して死になさいね」


 くるり、振り返って赤い眼鏡を薬指でくいっと上げて笑顔を見せてくれた。女魔法使いはノーラ・カリンと名乗った。


 ドンガンは特定のギルドに属することなく、流しでさまざまなパーティーに参加している職業冒険者だった。


 しかめっ面でダンジョン挑戦者募集のポスターを睨みつけていたレイノにドンガンは気さくに声をかけてくれて、自然な流れで一緒にダンジョン探索してくれる事となった。


 そしてあと一人、と酒場で手頃な冒険者を見繕っていると、頭のてっぺんで髪をお団子に結んだ女魔法使いが声をかけてきた。


「このダンジョンをデザインした管理人に会いたいの。途中まででも構わないから仲間に入れてくれない?」


 確かに、こんな奇妙なダンジョンを作った奴と会えるのなら、何故こんなダンジョンを作ったのか聞いてみたい。そう思ったレイノは二つ返事でノーラを仲間に加えた。


 経験豊富なドワーフ族の戦士と口は悪いがなかなか出来そうな女魔法使い。仲間としては申し分ない。


「さっさと入っちゃおう。日が暮れるよ」


 ノーラが肩から下げた布地のバッグから財布を取り出して銀貨を数枚、チャリンと鳴らして握った。


「ここは私が奢ってあげるから喜びなさい」


 シルクのように滑らかでゆったりとしたローブを羽織り、彼女の身長よりも長いねじれた杖を肩に担いで、手の中の銀貨を数えるノーラ。見る限り、彼女の荷物はあの布地のバッグのみだ。それほど膨らんでいないので冒険者としてはほぼ手ぶらに近い装備だ。そんな装備で、この女魔法使いはいったい今までどこで何をしてきたのだろうか。


「ほほう、気前がいいな。それではご馳走になるとするか」


 ドンガンがまたも髭を揺らしながら笑う。奢りだのご馳走になるだの、さっきからこの二人は何を言ってるんだ? レイノは素直に疑問を投げかけてみた。


「あの、何を言ってるんだ? ガチャとやらのお金なら、自分の分は自分で支払うが」


「ガチャやりたかったら、そりゃご自分のお財布と相談してやってちょうだい。止めはしないわ。私が奢るのは入場料だけよ」


「入場料? 金取るのか、このダンジョンは?」


 レイノは思わず1オクターブ高い声を出してしまった。入場料を取るダンジョンだなんて聞いた事がない。それとも何か、今のダンジョンの主流は有料制なのか?


「正確には扉を開けるために必要なクリスタルを買う料金ね。そこの自動販売機で売ってるって、注意書きに書いてある」


 ノーラがあごで差す方を見ると、何やら直方体の金属の塊が地面から突き出ていて、なるほど、クリスタルが何個で幾らとか値段が書かれている。


「金を取ると言っても、ほぼ初回のみだぞ。ダンジョンの中でモンスターを倒したり、宝箱を見つけたりすればクリスタルが手に入る。それを次回の入場料に回したり、ガチャの代金にしたり、便利アイテムと交換したり、それはこっち側の自由だ」


 ドンガンが言った。その口振りから、このダンジョンに潜るのは初めてではないのだろう。レイノには聞き慣れない単語も幾つか出て来たが、とりあえず知ってるフリをしておくか。これ以上田舎者だと思われるのもパーティーリーダーの立場上あまりよろしくない。


「そうだよな。ガチャって、そう、けっこう効くもんな」


 ノーラが赤眼鏡の奥から冷めた目で見てる。何も知らないのがバレてるか。


「基本プレイ無料よりも、初回だけちょこっとお金払う方がまだ信用できるってもんね。さすがはソーマ」


 ノーラは何やら訳知り顏で頷いて、クリスタルの自動販売機に向かった。


「自販機でクリスタル買ってガチャ回すだけ回すって遊び方も出来るシステムだけど、レイノ、どうせなら一攫千金、豪華レアアイテムを狙いたいでしょ?」


 意味が解らないが、とりあえず肯定しておくレイノ。何だか、この女魔法使いに任せておけば何とかなりそうだし。


「ドンガンも、中級者レベルでいいよね?」


「いきなり中級者レベルか? レイノが良ければそれでかまわないが」


「じゃ決まりね」


 ノーラはレイノに確認することなく、自動販売機に銀貨を投入してクリスタルを購入した。その手際の良さに声をかけるタイミングを完全に見失い、うんうんと小さく頷くしかないレイノ。


「大丈夫。こういうケースは初級レベルなんてチュートリアルみたいなもので、実際に稼げるようになるのは次のレベルからって決まってるの」


 こういうケースって、どういうケースだ。


 そんな基本的な疑問を口にする間も与えられず、ノーラが購入したクリスタルをすべて教会の扉のスリットにつぎ込むのを見ているしかないレイノ。


 入場料三名分なのか、けっこうな金額のクリスタルを飲み込んだ教会の扉は、硬く重い金属同士を重ね合わせたような重厚な音を立て、三人の冒険者を丸呑みするためにゆっくりとその口を開いた。


「まずはキャンペーン中って奴の初回入場ガチャをやっちゃいましょ。Sレアもらえるらしいしね」


 ノーラが楽し気に言った。


 さあ、いよいよガチャだ、ガチャ。


 ガチャっていったい何なんだろう。


 自分が底無しの泥沼に片足を突っ込んでしまったことを、レイノはまだ知らない。

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