キングマンボウ その2
「ノーラ! ああ、覚えているとも! わざとらしい赤い眼鏡をかけた、僕をマンボウへ転生させた転生ハローワークのノーラだよね!」
一際大きな曜市マンボウがヒレをヒラヒラさせながら言った。どでかい図体のわりにヒレを小刻みに震えさせる様子はいかにもユーモラスで、なるほど、マンボウ観察観光ツアーが人気なのも頷ける。
「覚えててくれたんだ。うれし、っておい。わざとらしいって何よ?」
胸ビレで赤眼鏡をくいっとやるイルカノーラ。転生ハローワーク職員として転生者に覚えておいてもらう事は、まさしく転生職員冥利に尽きる事だ。シンプルに嬉しくなる。しかし言うべき事はきっちり言っておかないと。
「人のチャームポイントをわざとらしい言うな」
「いいや、印象操作って言うのかな。だいたい眼鏡かけてるイルカって時点でもう胡散臭さ満載だ。まあ、おかげでノーラだって解ったけどさ」
「キャラ作りよ。いいの、これで」
「ノーラも死んでイルカに生まれ変わったのかい?」
だから勝手に殺さないでちょうだい。ノーラは心の中でつっこみを入れつつ、改めて曜市の姿を、いや、曜市だったモノの全身を見回した。でかい。それにしてもでかい。とびきりでかいマンボウだ。下手につっこみを入れたらこっちがダメージ食らいそうだ。
「ハロワ職員は死なないの。私は転生後の素行調査に来ただけ。しかしまあでかくなったものね。何歳になるんだっけ?」
「うーん、マンボウとして時間の経過は昼か夜かしかないんだよね。温かい水と一緒に海を渡ってるような生活だから季節感がないんだ。だからもう何年経ったかわからないよ」
曜市マンボウが口をパクパクさせて喋る。
普通のサイズのイルカに変身したノーラと遜色ない大きさの曜市マンボウ。悠々と泳ぐその姿はまさにマンボウの中のマンボウだ。
「でも世代的には、僕を第一と数えて第三世代が誕生したよ」
第三世代、孫の代が産まれたか。ノーラは事前に調べていたマンボウデータを思い起こして曜市に言う。
「マンボウの生態ってまだ謎のままらしいのよね。繁殖期がいつかすら判明していないらしいし。でも年に一度産卵するとして、曜市はまだ三歳の若マンボウなのかな?」
「僕の子供や孫ではないよ。この群体の次世代、次々世代だよ。僕はマンボウ達に個と言う概念を捨てさせたんだ。群れが一つの命となるべきだって。個は全体を殺し、全体は個を生かすってね」
「うわ、出たよ、意識高い発言」
曜市は相変わらず一生懸命高みを目指して生きているようだ。
ノーラが調べたマンボウデータでは、捕獲されたマンボウの最大の個体は全高3.5メートル以上、体重3トンにおよぶ大物だ。曜市はまだそのサイズには達していないものの、群れのリーダーとしての風格は十分にある。
マンボウの寿命に関しても不明な事ばかりだ。水族館で飼育されたマンボウの中では1,300日以上生きた個体もいる。しかしながら野生のマンボウの年齢を調べる手段に乏しく、何年生きるかすら判明していないはずだ。
「たくさんの卵から孵化してもすぐに他の魚に食べられてしまう。個である僕はそれを見ているしかなかったんだ」
曜市は悠々と続けた。
「産まれて間もない頃、一匹の弟が目の前で魚に飲み込まれた。僕もすぐに食われてしまう。そう覚悟したよ」
ん? 産まれてすぐに魚に食われて死んだマンボウを一人知ってるな。ノーラはふと思った。あいつは何をしているのやら。
「しかしここで死ぬ訳にはいかない。そこで僕は人間だった時の知識と知恵をフル活用して仲間達が生き残る道を模索した。それが個との決別であり、全体主義の新しい形だったんだ」
マンボウが何か小難しい事を語っているが、この話、長くなるのかな。めんどくさくなったノーラはちょっと海面を覗いて見た。ぷはっと波間から顔を出してみれば、ちょうど観光遊覧船の側だったようで、観光客達からうわっと歓声が沸き起こった。
ウフフ、そうでしょうそうでしょう。ずんぐりむっくりのマンボウなんかより流線型のスレンダーボディのイルカの方が海の人気者にふさわしいでしょ。もっと見てもいいのよ。ノーラは上半身を海面から突き出して胸ビレをペチペチと叩き合わせた。観光客達も合わせて拍手してくれる。
「それは容易な事ではないと解っていた。最初は数万匹はいたであろう兄弟達も、弱肉強食の世界に飲み込まれて消えていった。それでも、個から全体へと、意識改革は止めなかった。この僕が、マンボウ達の王となる、って聞いてよ!」
「大丈夫大丈夫、聞いてる聞いてる」
海面から上半身を突き出しているノーラが尾ビレをぶるんぶるん振って答えた。
「ほんとに? もー。とにかく、生き残った300匹の兄弟達が第一世代として、次なる世代の子供達へ全体主義を教育して」
ざぶーん。ノーラが海面からの二回転捻りジャンプを披露する。観光客拍手喝采。
「聞いてってば!」
「ほらほら、お客さんが待ってるよ。サービスサービス」
「とにかく、僕らは大量発生してるエチゼンクラゲを食べる事で駆除し、それによって人間達の関心を得るために、観光客も多いここ東尋坊を終の住処として選んだのだ!」
そういえばマンボウってクラゲを食べるな。ん? 東尋坊って言った? ここ東尋坊だったのか。東尋坊と言えば、ますますあいつを思い出す。ノーラは一つ閃いた。
「ねえ、あんたに会わせたい奴がいるの」
「そんな事より観光客へのサービスが先。ラインフォーメーション!」
曜市はノーラを無視して周囲を泳ぐ兄弟達に号令をかけた。ラインフォーメーション。それはマンボウ達が一列のラインとなって遊覧船の側を浮き沈みしながら泳ぐ集団行動。
観光客達は多いに盛り上がっていた。イルカショーからのマンボウ達のラインダンス。今日のツアーはラッキーだ。
まだまだこんなものじゃないぞ、人間達よ。曜市はさらに声を張り上げた。
「クロスオーバーからのサークルフォーメーション!」
マンボウ達はラインを外し、隣り合った同士でするりとクロスして泳ぎ位置をチェンジさせ、大きく迂回するように泳いで遊覧船を中心にサークルを描き出した。
さらに歓声を上げて大盛り上がりの観光客達。ぽつんと一人サークルの外に取り残されて何かおもしろくないノーラは強引にそのサークルに割って入った。
「だから、あんたに会わせたい奴がいるんだってば!」
曜市はノーラと目線も重ねずに言って除ける。
「邪魔ですよ、イルカさん。前座のイルカショーご苦労様でした」
「これでも喰らえ。エコーロケーション!」
カチンと来たノーラが禁断の必殺技を放った。超音波を発して、その反響音で障害物や餌の在り処を探るイルカの特殊能力だ。
「うお、何かビリっと来る! ビリっと来る!」
マンボウのリーダーが集団行動のリズムを乱し、マンボウサークルは泡となって消えてしまった。
「あんたにマンボウ革命を起こさせるきっかけとなった、目の前で食われた産まれたばかりの弟に会わせてあげるって言ってんのよ」
「それは、本当に?」
フラフラしながら曜市マンボウが言った。イルカノーラはうんうんと頷く。
「彼はその後人間に転生してる。私が転生させたのよ」
「ぜひ会いたい! 彼に伝えなくては。君の死は決して無駄ではなかった、と。すべてのマンボウの礎になったんだ、と。この僕が伝えなくては!」
ノーラはちょっと計算した。あいつが転生した時系列と曜市マンボウが生きる時代の誤差は、と。今すぐは無理だな。今の時代、彼はまだ幼過ぎる。
「彼はまだ小さな子供なの。もうちょっと時間がかかるけど、ここ東尋坊に連れて来るわ。それまで生きてられる?」
「ええ。ここ東尋坊にマンボウ王国を築いて、我らが誇り高き兄弟を待っているとも!」
十年後。
ボクシング全日本新人王決定戦会場に、次世代のオリンピック代表候補者達が集結していた。
この試合に勝った者こそが次世代の日本最強の栄冠を掲げる事が出来る。その栄誉ある決定戦のリング上に、一際異彩を放つ男がいた。
しなやかな筋肉が電光石火の閃きを見せる。正当な暴力が華々しく躍動する。危うさを孕んだスピードは美しき凶器だ。その男の拳はとてつもなく速く、恐ろしく精密だった。
試合開始僅か二十秒、その男の初動の右フックが対戦相手のこめかみを的確に捉え、瞬き一つする間に左のアッパーがレバーに食らいつき、次の刹那、右の拳が顎を撃ち抜いて脳を激しく揺さぶった。この一瞬の連続攻撃を食らって倒れなかった人間はいない。
「勝者、山田中獅子王!」
絶叫のアナウンスが会場に響き渡り、観客達は賞賛の雄叫びを上げた。しかし勝者は浮かない顔をしてグローブを脱ぎ捨て、リングアナのマイクを奪い取って叫んだ。
「俺をアーサーと呼べっ! そして永遠に覚えておけえっ!」
会場の空気が爆発するほどに一気に熱くなった。沸騰した喝采が勝者のアーサーに降り注ぐ。
燃え上がる歓声が鳴り止まない会場でただ一人だけ座っていたノーラは冷静に呟いた。
「これは、予想外に成長したもんだ。使えるかもね」
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