鳥根高史の場合 その2



 あ。産まれた。




 高史は突然に理解した。今、卵から孵化した。マンボウの稚魚として転生を果たしたんだ。


 確かマンボウって数億もの卵を産んで、その中から成魚まで成長できるのが数匹だとか聞いた事がある。


 高史は思った。確率として考えれば相当に難しい生存確率だ。ベリーハードモードなんてものじゃない。


 だがな、俺はただのマンボウじゃない。海面からジャンプして着水したショックで死んでしまうようなバカなマンボウじゃないんだ。元人間様だ。言わば俺はチートマンボウなのだ。


 高史はゆらりと潮の流れに乗ってこの先のマンボウ人生をどう生き抜くか計画を立てた。海水は少し温度が低いようだが、むしろこの冷たさが心地良いぐらいだった。潮に流されるまま漂うのもなかなか悪くない。


「やっぱり水族館か?」


 さっさとどこかの水族館に拾われて、水槽の中で餌もらって長生きしてやるか。そうだ。算数が出来るマンボウなんてどうよ? 水中に数字のパネルを入れて、俺が正解のパネルを突つく。見物客は拍手喝采、俺は水族館の人気者だ。


 さて、水族館に拾ってもらうにはどうしたらいいか。高史は揺らめきながら考えた。いや、それよりも、ちょっと腹減ったな。口を開けてればプランクトンでも食えるのかな。


 周囲を見回せば、ゆらりゆらり、他の仔マンボウ達の姿もたくさん見られた。潮の流れでこの辺りに多くの卵が漂ってきたのか。自分と同じように産まれたての兄弟達を眺めていると、ふと、一匹の仔マンボウと視線がぶつかった。


 何見てんだよ、兄弟。何だ、アレか? 俺と一緒に水族館に行きたいのか?


 高史がそいつの近くまで泳ごうとした時、その仔マンボウが「あっ」とでも声を上げるかのように口を開けた。


「産まれたての弟よ、後ろだ! 危ないっ!」


「えっ。マンボウって喋れるのか」


 いやいや、そんな事より後ろ? 後ろがどうした?


 次の瞬間、高史はうねりに揉まれた。何かがいる。巨大な何かが、大きな口を開けた。小さな牙がびっしりと並んだ口が迫り、ばくん、高史はあっけなく飲み込まれた。


 激しい水流に身体を揉みくちゃにされ、ああ、これはやばい、と思った次の瞬間、高史はまたあの座り心地の悪い堅いベンチに座っていた。見覚えある、なんてものじゃない。ここは確かに、ついさっきまでいた転生ハローワークだ。


「301番のお客様ぁ!」


 さっきも嫌ってほど耳にこだましたハスキーで甲高いアニメ声が聞こえる。高史の頭上の天使の輪っかがピンポーンと光り輝いた。輪っかの中に数字が301番と浮き上がって見える。


 さっきまでマンボウの形をしていたが、いつの間にか人間の姿に戻っていた高史はのこのことカウンターへ歩み出た。


「ようこそ、転生ハローワークへ!」


 ノーラがにこやかな笑顔で迎えてくれる。さっきと同じだ。デジャヴュどころじゃない。リピートだ。


「はい、失礼しまーす」


 やはりついさっきと同じようにノーラが高史の天使の輪っかにバーコードリーダーを当ててデータを読み取る。そして、ようやくこいつが高史だと気が付いた。


「死ぬの早ッ!」


「うるせえな! 死にたくて死んだ訳じゃねえよ!」


「転生速度の世界記録達成よ! 今さっき転生したばっかじゃない? 何したの?」


「何にもしてねえよ」


「はい出ましたー! 何にもしてない出ましたー! 何もしないで良い人生を歩める訳ないじゃないの」


 ノーラが高史の鼻先にびしっと人差し指を突き出す。高史はその細い指を掴んでやろうと腕を伸ばしたが、するり、ノーラは華麗にかわした。


「そうじゃなくて、マンボウ的に何にもしてないってだけで、俺的には今後どうするか考えたさ! 短い時間だったけど」


「どうせいかに緩く楽に生きるか考えてただけでしょ? 私の予定はどうなるのさ! バカンスが台無しよ!」


「ああ? バカンス?」


 ノーラが栗色のお団子ヘアを揉み揉みしながら高史を睨み付けた。


「転生を果たした人が転生先でうまくやってるか、私達ハローワーク職員にはチェックする義務があるの。マンボウの転生先で私はイルカに変身してあんたを確認した後、人間の姿に戻ってどこかのビーチでのんびりするはずだったの。それを、あんたって奴は!」


「そんなのおまえの都合じゃねえか! 俺が知るか!」


「もう、久々のマンボウ転生だったのに、もういっぺん死ぬか?」


「もう死んだよ!」


 と、高史は一通り怒りに任せてわめき散らした後、ニヤリと不敵に笑ってみせてノーラににじり寄った。思わず後退りするノーラ。


「で、どうよ?」


「あ? 何がよ?」


 高史にはある予感があった。転生後に速攻で死んでしまったのは予想外だったが、いま再び転生ハローワークにいると言うことは、死亡ガチャをもう一度回したと言うことだろう。つまり、だ。


 ノーラは赤眼鏡を人差し指でくいっと直して、形の良い眉をひそめてタブレット端末を覗き込んだ。


「……ッ!」


 そしてノーラは絶句した。


「どうよ? 言ってみろよ」


「……あんた、死亡ガチャで2回連続Sレアを引き当てるって、どんな強運してんのよ」


「やっぱりな。俺の時代が来たって事さ」


 どっかりとカウンターの椅子に踏ん反り返り、高史はノーラに上から目線で言ってやった。


「さて、転生斡旋屋さんよ。今度の俺にはどんな実績があるのかな。マンボウだった俺によ!」


「あんた、自己犠牲の実績が解放されてるわ。不慮の事故によるボーナスポイントも加算されてる」


 唇を噛みながら、ノーラは苦々しく言った。他の生き物の糧となって死ぬ事は自己犠牲の実績が成立する。産まれた瞬間に死を迎えたのも、成長の可能性を剥奪されたためボーナスポイント支給条件が適応される。


「んー? よく聞こえないなー?」


「実績が幾つか解除されている。ゲームポイントも獲得して、ノルマは達成されてるわ」


「つまり?」


「今度は、転生先を選べるわよ、元ダメ人間のマンボウさん」


 ぐぬぬ、と下唇を噛むノーラ。


「よし、そう来なくっちゃ」


 高史は踏ん反り返ったまま大きく振り上げて足を組んだ。それを見てノーラはがっくりと肩を落として、いじけたようにデスクに指で何やら書き込むようにぐりぐりしだした。


「そんなに悔しがってくれると俺も転生のしがいがあるな」


「あーあ、せっかく新しい水着買ったのに。転生先でも早く死んでくれないかな」


「バカ言ってないで仕事しろ」


「あー、はいはい。えーとね、この程度の実績とポイントでは転生先の世界までは選べないわね。同じ時代の地球のどこかか、剣と魔法のファンタジー世界か、ディストピアな荒廃した未来か、それはあんたには解らない」


 高史がぐいっと身を乗り出して言う。


「この程度って?」


「実績とポイント次第では転生先の世界も、転生後の年齢も、あんたの言うチートってのかしらね? 生前の能力も上乗せして引き継げるし。生まれ変わる時間の巻き戻しも可能よ。ねえ、なんだったらもう一度マンボウやって、実績解除に挑戦しない?」


「うるせえな。さっさとトンカチで転生ーってやれよ」


「ちっ。人が親切にオススメコースを説明してるってのに」


 ノーラは舌打ち一つしてタブレット端末をデスクに放り出した。


「人間に戻れるならどこでもいいさ。世界の仕組みは理解できた。絶好のタイミングでがっつり課金してやるぜ」


「前世での縁が重要なファクターとなるから、せいぜいファンタジー世界でハンバーガー屋さんになることを強く思うことね」


 ノーラは金色のトンカチを握り締め、高史の頭上の天使の輪っかをふわっと叩く。二度目の澄んだ音が響いた。


「転生ー!」




「ねえ、この子の名前決まった?」


「ああ、決まってるぜ。アーサー王だ」


 ふと、高史は男と女の会話で目を覚ました。アーサー王って言ったか? 無事人間に転生出来たのか? この二人は父と母か?


「アーサー王! 強そうな名前!」


 アーサー王って事は、ここはファンタジー世界か? しかも王か、王! 高史は思わずガッツポーズをとろうとしたが、まだ生まれたての身体は言う事を聞いてくれなかった。王に転生! やばいくらい完璧な転生じゃないか。マジやべぇ!


「マジやべぇぞ。獅子の王って書いてアーサー王だ。マジやべぇだろ」


 高史はどこか聞き覚えのある声で話しかけてくる父親に抱きかかえられ、ぐいと乱暴に持ち上げられた。


「会いたかったぜ! やっとこの時が来たか。俺がみっちり鍛えてやるからな」


 この声は……! 高史は思い出した。


「お前は山田中獅子王、ヤマダナカアーサーオーだ。マジやべぇぞ!」


 高史は戦慄した。

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