ダンジョン・マスタリー その3


「ご苦労様でした」


 ソロモンは白く染まる前髪をさらりとかき上げて、柔らかな物腰でバトルを終えたレイノに労いの言葉を投げかけた。


「見事な戦いっぷりでしたよ。しかし、詰めが甘かったようにも思えましたね」


 レイノが表情を緩めたのを見て、ソロモンはちくりと釘を刺してやる。


「見せ場を作ったんだよ。ちゃんと最後は派手に決めたし。盛り上がったからいいだろう?」


 レイノは肩をすくめて言った。ダンジョン入り口のエレベーターを降りてやっと狭苦しい空間から脱出できたと言うのに、何も今言わなくてもいいだろうと床の石畳を爪先でちょんと蹴ってやる。


 ダンジョン攻略のため、新たにソロモンとユニットを組んだはいいが、この白髪の男は何かと一言多い。まだ若いレイノにとって父親のような年代の相手で、ソロモンの苦言に対して反論もしにくい。その丁寧な喋り口や落ち着いた態度でいちいち細かいダメ出しを食らうと心が折れてしまいそうになる。


「ええ。観客達は次のバトルでもっと刺激的な瞬間を求めてクリスタルを注ぎ込む事でしょう。ヒーローの誇り高き勝利か、魔獣の残虐なる殺戮ショウか」


 しかしながらソロモンが見せるダンジョン攻略のマネジメント能力は本物だ。


 ドワーフのドンガンと組んでいた頃は闇雲にダンジョンに潜り、その日分のクリスタルを稼いでは無計画にガチャを回してその成果に一喜一憂していたものだ。そして結局は酒場でダンジョンでの稼ぎを飲み干してしまうマイナス収支だ。


 今は違う。効率重視でダンジョンを階層ずつに攻略し、獲得したクリスタルは貯めておいて週末イベントなどのセールが入った時に一気に放出してガチャりまくる。レイノの近接戦闘スタイルでは使いにくい武器やダブったアイテムなどはすぐにリアルマネートレードへ回した。そこで得られた現金を速攻でクリスタルへと課金し、装備を整えて、また再びダンジョンへと潜る。冷酷なまでにソロモンは完全に無駄のないマネジメントをこなしてくれていた。


「ヒヒッ、怒られた怒られたーっ。レイノはまたいじけるんだな」


 それともう一人のパートナーの存在もソロモンとユニットを組んだ理由だ。


「やめなさい、ミッチェ。レイノはしっかり戦ってくれていますよ」


 ミッチェは小柄な身体をクルッと大袈裟に振り回してソロモンに向き直った。長身のソロモンを下からじとっと睨み付け、両手で唇を引っ張ってべーっと舌を出して見せる。


「べーっだ。あの程度の粘土魔獣で手こずってるようじゃ魔王なんて到底倒せっこないよ」


 薄い紫色の肌に金色の瞳。こめかみに小さく尖ったツノ。この娘は悪魔族だ。その数は少ないが、闇の眷属として知られる高い魔力を持った種族だ。


 ミッチェは眉毛の上でぱっつんと切り揃えられた金髪をふわりと踊らせるステップを踏んでレイノの周りをグルグルと回る回る。


「意気地なしレイノは狭い所がキーラーイー」


 歌いながらグルグルと踊るミッチェをレイノは苦笑いしながら眺めるしかなかった。まるで子供のような外見だが、その実はレイノの何倍も生きている長寿の種族だ。


 天真爛漫で自由奔放に笑い踊るミッチェを見ていると、もしも妹や姪がいたらこんな気持ちなのか、と感情が落ち着いて安らいだ気持ちになれた。そしてこの悪魔族の娘はレイノの目的達成のために欠かせない存在だ。


 レイノの目的は魔王の討伐。このダンジョンの奥底に眠っているとされる魔王を倒すため、この悪魔の娘と冷酷な男と行動を共にしているのだ。悪魔族は魔王と言う存在を感知する能力を持つと言う。


「さあ、レイノ。クリスタルを。今日はバトルイベントで、Sレア出現率アップだそうですよ。ガチャを回しましょう」


 レイノは先程の魔獣とのバトルで稼いだクリスタルを革袋ごとソロモンに手渡した。


「なあ、ソロモン。いったいいつになったらこのダンジョンの最深部へ潜るんだ?」


 そこに魔王が眠っているはずだ。噂が正しければ。ミッチェの嗅覚が正確ならば。


「何度も言っているでしょう? 眠っているとは言え、相手は魔王です。今の我々ではとても太刀打ちできません」


 やれやれ、この若者は。と言った感じで首を横に振ってソロモンはクリスタルをガチャマシンに投入しながら続けた。


「そもそも魔王とは人間や悪魔と言った物理的な存在ではなく、風や雨などの自然現象に近い事象だと言われています」


「大嵐や大洪水のヨウナモノ、かもねー。ヒヒッ」


 ミッチェが合いの手を入れる。


「それがこのダンジョンに眠っている。そこまではいい。問題はダンジョンの方です。まずはこのガチャと言うシステムです」


「システム?」


 レイノは聞き慣れない単語を口にした。ソロモンが一つ一つクリスタルを数えながら投入しているこの機械の事か。


「あなたはこのギミックがどういう原理で動作しているか説明できますか?」


 ガチャ。一定数のクリスタルを投入し、冒険者カードをスリットに通すとルーレットが回り、ショットガンソードのように最高級の武器から、眠くなりにくくなるとかどうしようもない使えないドリンク剤までさまざまなアイテムが当たる円筒形の機械だ。アイテムが出てくるその原理だなんて想像もつかない。魔法か何かだろう。


「ガチャだけではありません。このダンジョンの広大さ、複雑さも不思議なものです。毎回潜る度に形を変える。そんな事があり得ますか?」


 このダンジョンは朽ちた教会の地下に拡がる地下墓地だと言う。しかしその大きさは地下墓地とは到底考えられないものだ。


 入場する度にダンジョンはその形を変える。ダンジョンが小さなブロックに区切られていて、そのブロックの扉をくぐると別のブロックに繋がる。そのブロックが毎回違っているのでダンジョンの地図を書く事すらままならないのだ。


「だからこそ魔王の魔力が作用しているとの噂があるんだろう」


「いいえ、ハズレです」


 ソロモンが冒険者カードを取り出してぞんざいに言った。ゆっくりとスリットにあてがい、一気に射し込む。


「これらはこことは異なる世界の技術です。まさしく異世界のギミックが使われています」


「イセカイー、イセカイー」


 ミッチェがステップを速めてケラケラと笑う。


「異世界と言えば、魔王の噂以外にも興味深い話があるじゃないですか」


「異世界人の噂か?」


「ええ。このダンジョンを管理、運営している人物は異世界からやって来た、と。それと、今何かと話題の異種族間安全保障機構とか言う傭兵団。知ってますよね?」


 じろり、ソロモンがレイノを睨む。魔王討伐以外の事はかなり勉強不足なレイノはそっと視線を外す。


「ああ、知ってる。知ってるよ」


「……そのリーダーであるオークも、異世界からの転生者だと言われています」


 それは初耳だ。レイノはソロモンに向き直った。異種族間なんたらとやらは最近始まったバトルコロシアムの運営に携わっていて、その構成員達もバトルに参加しているはずだ。リーダーと言われている一際身体の大きなオークをレイノも見かけた事があった。全身の毛がもふもふとしていて、巨大な図体の割に柔和に語るオークだ。


「どう思います? 異世界人達が何をやろうとしているのか。私はそこに非常に興味があります」


 ガチャマシンが光を放った。一発目が回り終わったようだ。ソロモンはいったん会話を打ち切り、腰を落として商品取り出し口を覗き込んだ。


「おお、来た来た、来ましたよ」


「何がキターーー? 何がキターーー?」


 ミッチェがソロモンの手元を覗き込む。つられてレイノも膝をついてソロモンが取り上げたモノを見つめた。それは分厚い本のようだ。


「オートマッピング機能ですね。こういうのを待っていたんです」


「オートマッピング?」


「レイノ、これさえあればこのダンジョンを攻略したも同然です。さあ、ここからは攻めますよ!」


 ソロモンが笑顔を見せた。それはとても冷酷なもので、レイノは背筋が寒くなる思いをした。

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