第31話 そんな事はない
…大好き?
今、俺は大好きと言われたのか?
「………」
「えっと、いや、その……」
驚いて先生を凝視していると、途端に彼はアワアワし出して。
口元を覆っていた手は、今度は目元を隠している。
隙間から見える肌は、どこも真っ赤だ。
これは、本当にどういう事だ?
もしかして、先生は——
「ひっ、人の笑った顔って何か良いじゃん?そ、そういう意味で…あはは…」
…ですよね。
高揚した気持ちがスッと冷めていくのを感じる。
懲りないなぁ、俺も。
何回勘違いすれば気が済むんだろう。
先生が頬を染めて慌てたのは、俺のリアクションが思っていたのと違ったからなんだろう。
きっと白衣を汚してしまった俺を気遣っただけで。
あの言葉は、俺にじゃなくても出てきた。
だから、先生はナチュラルに言った筈だったのに、俺が本気に取ってしまったから、弁明せねばと焦ったんだ。
何だこれ、すっげえ恥ずかしい。
「…ふはっ。せんせは良い人ですね」
「………っ」
力なく俺が笑うと、先生は唇をぎゅっと噛み締めた。
痛そう。
そいじゃ痕の付いてしまう。
「せんせ……」
思わず手を伸ばした時
「失礼致します」
「あっ、寺ちゃん!」
いつも通り、ぺこりとお辞儀をした寺ちゃんがやって来た。
「こんにちは」
「こんにちは…」
俺が立ち上がって寺ちゃんの名を呼ぶと、先生も立ち上がり、彼に挨拶をした。
寺ちゃんはちょっと気まずそうに挨拶を返す。
そして先生が準備室に戻った後、俺に小声で尋ねた。
「…僕、お邪魔でしたか?」
「そんなことないよ」
そんなこと、ある筈ないんだから。
「寺ちゃん、絵は仕上がってきとる?」
「はい。もうそろそろ完成しそうです。崎本君は?」
「俺も」
季節は、もうすぐ冬になろうとしていた。
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