第29話 精一杯の





「…え…」



絞り出した様な先生の声が、何だか虚しい。


やっぱ言っちゃ駄目やったのかなー。

でも、少し意地悪なことを言ってやりたかった。



失恋した男は、醜いもんだ。



「…何で、それを…」


「…職員室で、ちょっと」



ちらりと見上げると、深い溜息を吐いた先生が右手で目元を覆った。


やっぱり本当なんだ。本当に結婚しちゃうんだ。

死んだ恋心がチリチリと焦げていく。



「俺、知らんかったです」


「………」


「何で内緒にしとるとですか?」



言われるのも辛いけど、あのまま内緒にされていた方が、ずっとずっと辛かった。


話しをして、名前を呼んでもらって、触れてもらって。

それを特別だと思い続けてしまっていただろう。





報われないのに、きっともっと好きになっていた。





「………」


「言ったら良いのに…皆、喜ぶと思いますよ?」


「……崎本も?」


「…え?」



先生もしゃがんでは、俺の顔を覗きこむ。

近づいた距離に息を呑んだ。



なに、その目。

何でそんなに悲しそうな目で見るの。


喜ぶかって…そんな事を俺に聞くの?




「…はい」




俺は精一杯の笑顔で、精一杯の嘘を吐いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る