第28話 何かした
「ねぇ、昨日はどうしたの」
いつもの如く絵を描いていたら、まるで天気の話でもするかの様に、先生はその話題を俺にしてきた。
ぴたりと止まる筆。
目線を下げたまま、俺は固まってしまった。
昨日?
昨日って、それを先生が聞くとですか?
俺は何だか泣きたくなってしまった。
だって、何て言えば良い?
先生の結婚の話を聞いて、ショックで会いたくなくなっただなんて。
そんな事、言える筈がなかった。
「…ちょっと用事があったので」
「…そう」
納得してなさそうな先生の声。
横から感じる視線が痛い。
ああ。何で今日も二人きりなんだろう。
寺ちゃん早く来てください。
「何で俺の方見ないの?」
「………ッ!」
「何で今日はそんなに俺を避けてんの?」
「…………」
「なぁ、崎本」
俺、お前に何かした?
優しく呟かれた声が、残酷なくらいに耳に届く。
したよ。
昨日も、それより前もずっと。
先生のする全てが俺の特別だったよ。
「…馬鹿みたいだ……」
はは、と渇いた笑いが口から漏れては、俺はずるずるとしゃがみこんでしまった。
机を掴んだつもりが、その上に乗せていたキャンバスまで掴んでしまい、指先から掌まで絵の具がべったりとくっ付いたのが分かる。
これは、綺麗に洗うのに苦労するな…。
何だか踏んだり蹴ったりだ。
「崎本!?どうしたんだよ」
慌てて駆け寄る先生は、俺の肩に手を置く。
ああ。
だから、それも『何かした』事になるんだよ。
「…ねぇ、先生」
ヤケになってしまったのだろうか。
禄な判断が出来なくなった俺は、内緒だと言われた言葉を口にした。
「ご結婚、おめでとうございます」
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