第25話 弘樹






「…で?落ち着いた?」



弘樹の膝の上に跨ったまま、すんすんと鼻を鳴らす俺の背中を、長い間撫でてくれた彼はゆっくりと尋ねてきた。



「……ん」


「おお、それは良かった。そんで?何したとさ」


「……失恋した」


「へっ?」



素っ頓狂な弘樹の声。

自分で言ってて俺は悲しくなり、また視界がじわりと滲む。


それを下唇をぎゅっと噛む事で耐えた。



「あー・・・、それは何と言うか…辛いな…」


「…ん」



言いづらそうに呟くと、弘樹は俺の頭を何度も撫でてくれた。


ふと目線を上げると目に入ったのは、時計で。

それは六時を過ぎていた。



「ご、ごめん!もうこんな時間やん!」



慌てて俺は立ち上がった。



「弘樹、何か用事とか無かったと?大丈夫?」


「ん?おう。今日はバンドのメンバーとも集まらんし、平気ばい」


「そか…良かった…」



弘樹の返事に俺は、ほっと胸を撫で下ろす。


彼は高校からバンドを始めたらしく——こんな田舎では高校生でもバンドをする人は珍しく、俺が知っている中でも彼しか居ない——今日もその練習の日ではなかったのかと慌てた。


たまにするメールで、彼がする自分達のバンドの話を思い出したのだが。

どうやら要らぬ心配だったようだ。



「なあ希一。今度練習見に来いさ、ついでに歌ってけ」


「俺が歌うんかよ!でも行く、ありがと」


「おう。てかな、新しいドラムがやばい」


「またドラム変わったんか」


「また言うな。三代目やし」


「多いわ」



互いにぽんぽん言い合う様は、まるで中学の頃のようで。


高校になってからは、クラスはおろか階まで違うことからほぼ話す事もなかった。

それなのに、前と変わらない関係。


それが物凄く嬉しい。



「まじ来いよ。上を向いて歩くやつ歌ってやるけん」


「題名が惜しいな。そして渋い」


「ほんじゃ、リンダや…リンダさんやん!を歌う」


「何で人を見つけた感じになっとっとさ。でもそれ好き。歌って」


「おしきた。ほんじゃ楽譜用意するか」


「今からさらうんかい!…ふは!」



くだらない言葉の掛け合い。

それが面白くて、俺は思わず吹き出した。



「…お。笑った」


「へ?」


「よし、帰るかー」


「え、あ、うん」



笑った。

確かに弘樹は、そう言った。


心配して、慰めて、笑わかしてくれたんか。



あー・・・、弘樹って良い奴だな。



人生最大の失恋。


けれども俺の胸は、最初よりもずっと軽くなっていたのだった。




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