第10話 姉妹の誓い

 ダークエルフのアーシアさんは、とても魅力的な人だった。褐色の肌にすらりと伸びた手足、輝くような銀色の髪、胸なんて僕たち4人分を合わせたくらいの豪華さだ。そして、何よりも整った美貌。優しそうな双眸には黄金色の瞳が煌めいている。


 見た目は20歳前後だけど、実年齢は内緒って言われた。たぶん、聞かない方がいいね!


 妹のアネットさんとはかなり歳が離れているそうだ。身長がアーシアさんより20cmも低いということは、150cmくらいか。ルーミィくらいなんだね。



 村を出発して6時間、馬車は森の入口に到着した。馬車で行ける所まで行く。ここから徒歩で4時間ほど行くと目的地に着くらしい。


 馬車が心配だけど、アーシアさんが魔除けの魔法をしてくれたので、森に放置して歩くことにした。



 太陽が南西に傾きかけた頃、やっと僕たちはダークエルフの村に辿り着いた。


「ひどい……」

「なんてことを!」


『すまない。我が弔うべきだったのに、怒りと復讐に駆られてしまった……』


 アーシアさんは、悔しそうに唇を噛みしめて、木に逆さ吊りにされたままの同胞たちの亡骸を見つめた。


 ヴァンパイアの血抜き……聞いたことがある。

 亡骸は、首や手が斬られて見るに耐えない光景だった。


 火葬されず、蘇生の機会が与えられていることは不幸中の幸いなのか。いや、全員を生き返らすとしたら何ヵ月かかるのだろう……アーシアさんが望むなら叶えるか。


「アーシアさん……妹さんのご遺体は?」


『あぁ。我が埋葬した。こっちだ……』


 アーシアさんの後ろを僕たちがついて行く。

 蝶の姿で舞うミールを、森の精霊たちの光が優しく包む。森の深い悲しみが伝わってくる。


 アーシアさんは、村の中心に聳える大樹の下で立ち止まった。盛られた土が見える。そこに立てられた木片には、エルフ語で何かが書かれている。


『妹の墓だ。本当に妹は生き返るのだな?』


 黄金色の瞳が涙で潤んでいる。

 疑う気持ちも分かる。過去にも存在せず、神すらも不可能と言われた蘇生魔法の唯一の使い手、それがこんなちんちくりんな少年なのかって、ね。


「はい、大丈夫です」


 ルーミィとラールさんは、お墓を掘るのを手伝おうか悩んだ後に、2人して諦めたようで、両手を組んで祈りを捧げ始めた。


 アーシアさんは、震える手で土を掘り始めた。

 僕は、ヴァンパイアへの怒りを抑え、心を静めようとして目を瞑る。森を吹き抜ける優しい風のなかに、血の匂いが混じる。落ち着け、落ち着け。



 30分ほど経っただろうか。

 アーシアさんが僕の肩を優しく叩いた。髪の甘い香水の香りに混じって、土と汗の匂いがした。


 僕の目の前には、質素な布の服を着た女の子が横たわっていた。首元が斬り裂かれ、肌は蒼白く腐敗し始めている。しかし、汚い、触りたくないという感情は湧かなかった。


 ルーミィとラールさんが、何も言わずに遺体の服を脱がせ、胸を露出させている。

 これで俺様ルールがバレたら恐ろしいことになるね……。


 ラールさんよりちょっと大きめな胸に左手を乗せる。死後硬直と腐敗のためか、紙粘土のような感触だ。


 改めて、雑念を振り払って集中力を高める。

 魔力を練り上げる。僕の心臓、魂から湧き出るリンネ様の力を感じとる。その熱い力を……優しく動かしていく。力は、心臓……肩……肘を通って、左手の掌に集まる!


 左手から、銀色に輝く聖なる光が溢れ出ているのがはっきり見える。静かな森に響き渡るように、僕は朗々と叫ぶ!


「……この者の魂に、聖なる銀の力を与えん!

 天より還れ、レイジング・スピリット!!」


 激しい光の奔流がアネットさんの身体を包む。

 身体が光を纏う!

 胸に乗せた掌に、柔らかさと温かさが戻ってくる。


 それを確かめるように、2度、3度と揉んでみる……首の傷が塞がり、皮膚が色艶を取り戻していく。そして……うっすらと両目が開く。


『んんっ……』


 変な声の主と僕の視線がぶつかる。

 アーシアさんと同じ黄金色の瞳が、驚きから怒りに変わる……僕の左手と僕の顔を交互に凝視している。うまく誤魔化さないと。


「アネットさん。アーシアさんの願いにより、貴女に蘇生魔法を使用しました」


 事実を簡潔に述べ、さりげなく左手を引っ込める。

 アネットさんは、隣で啜り泣く姉の存在に気づいたようだ。怒りを写す瞳にも涙が溢れている。


 僕以外、みんなが奇跡と感動を分かち合い、抱き合っている。ミールと精霊たちも、ダークエルフ姉妹の回りを舞うように飛んでいる。



 やっと落ち着いたアネットさんが服を着てくれた。ルーミィより少し若く見えるから、「アネットちゃん」と言うのが自然なんだけど、実年齢を考えると「さん付け」が無難だよね。


『変態さん、生き返してくれてありがと』


『アネット! 今すぐハル少年に謝るんだ! そんな無礼、我は許さんぞ!!』


『はいは~い、変態さん、ごめ~んなさいよ~』


 からかうような歌声でそう言うと、大木の回りでダークエルフ姉妹の追いかけっこが始まった。苦笑いをするしかないね。



 妹を捕獲して嬉しそうに戻ってきたアーシアさんに、僕は尋ねるべきことを尋ねた。


「アーシアさん……村の、他の方々も蘇生できますが、僕の魔法は1日1回しか使えないんです。なので、申し訳ないけど時間がいっぱいかかります」


 アーシアさんは、目を見開いて喫驚の表情を浮かべている。隣で、アネットさんとルーミィ、ラールさんが笑顔で語り合っている。ミールは……見当たらない。ハチミツ探しか?


『そんなことが可能なのか? だが……いや、村が滅びたのも運命なのだ。でも……我にそれを決める資格があろうか? しかし、これは神のお導きかもしれぬ! いや、奇跡の濫用は神への冒涜だ! だが……』


 アーシアさんが混乱してぶつぶつ独り言を始めた。結論は簡単に出そうにない。頼みの秘書はガールズトークに夢中だし。胸を触り合っているから何となく話題は分かる。現実と理想の狭間に揺れる子羊たちよ、今はそっとしておこう。


「長寿の民の命が貴重なのは分かります。それに、ヴァンパイアと戦うための戦力にも……でも、もし僕たちとの出会いを運命だと考えてくださるのなら、生き返す人を僕たちに選ばせてはくれませんか?」


 僕が提案したのは命の選別――傲慢すぎる自覚はある。でも、僕たちは世界全体を見なければいけないんだ。ここに3ヶ月滞在するべきか。他の町で救いを待っている人を訪れるべきか。命の価値に優劣はないが、魂の評価はできる。ルーミィのソウルジャッジで。


 アーシアさんは、僕に委ねることを即答した。


 ルーミィのソウルジャッジにより、亡くなったダークエルフのうち、15人を蘇生させることになった。

 基準はルーミィにしか分からないが、恐らく魂の業が+であること、平均年齢より若いことってところかな。



 ★☆★



 その後、僕たちは15日間村に滞在しながら、9人の女性と6人の男性を蘇生し、村の復興を進めた。そんな中、アーシアさんが思わぬ提案を口にした。


『ハル少年、我らは村を出ることにする。皆で話し合った上での結論だ!』


「えっ!? ここまで復興させたのにですか? 新たに村を開拓するのは大変では?」


『いや、我らはハル少年と共に在りたいと願った。君たちの力になりたいんだ! ティルスに拠点を作ろう。君の願いを叶えるための拠点を、我らの敵を滅するための拠点を!』


『ルーミィちゃんから聞いたよ! 変態さんが尊敬する勇者のエンジェルウィングは、ティルスから始まったんでしょ? なら、変態さんもそうすれば?』


「アネットさん……僕は変態じゃなくて……アネットさんの柔らかい胸が、僕の手を揉んだんですよね?」


『そうだった! 私の胸が膨らんで変態さんの手を……そんなわけあるかっ! お前はやっぱり、へ・ん・た・いだぁ!!』


「でも、ありがとう。あ、胸じゃないよ? 僕たちはティルスにエンジェルウィングの本部を作るよ! みなさんに協力してもらえたら心強いな!」


 黙って成り行きを見守っていたルーミィとラールさん、ミールも頷いてくれている。今日のミールは、ルーミィ用のピンクワンピが似合う女の子だ。


『ハル少年、感謝する! それでは、明朝ここを発つとしよう。今宵は宴だ!!』


 その夜は、亡くなった仲間たちや森への別れを惜しみながらも、明日から始まる希望に胸を踊らせて、みんなで精一杯に騒いだ。


 そして、ルーミィとラールさんに挟まれてぐっすり寝た。最近は寝る前のチュウは当たり前になってきた。

 そして……裸ミール・アネット乱入事件が深夜に勃発したのは、別の物語。



 ティルスへの3日間の旅路は、実に和やかに過ぎた。

 途中、蘇生魔法を使わない日があったけど、蘇生回数は貯められないだろうね。貯められたら何年分も蘇生できているはずだもん。


 大陸第3の大都市ティルスは勇者リンネ様が市長に就いて以来、世界で最も自由で平等な都市と言われている。王都とフィーネを結ぶ東西街道の要として栄えているだけでなく、雑多な種族が住む開放された都市だ。


 ダークエルフの集団と一緒に来た僕たちを、東門の衛兵たちが笑顔で迎えてくれた。衛兵は、獣人族とドワーフの2人だった。


「まずは、ギルドに行きましょう。ギルドマスターのコネを最大限使うわよ!」


 ルーミィが、実にルーミィらしい提案をする。


 ギルドのティルス支部は、かつてのエンジェルウイングの本部だったと、ギルドマスターのリザ様から聞いている。


「あなたがハル君ね! マスターから聞いていますよ。それで、クランの本部を……ということよね?」


 定番の受付、獣耳巨乳美女は、旧エンジェルウイングのメンバーの娘さんらしい。旧エンジェルウイングは、主要メンバーだった異世界人たちが帰還したのを機に、惜しまれながら解散したんだとか。

 復興を願う声は大きかったけど、過去の偉業を前に畏れ多くて二の足を踏んだそうだ。それを、こんなちんちくりんたちがやろうと言うんだから笑われても仕方がない、僕は、そう思っていた。


 でも……全く違った。


「貴方ならできるわ! いいえ、貴方にしかできないことよ! ギルドは全力でサポートするからね!」


 目に熱い涙を浮かべ、僕の両手をがっしり掴んで振りながら巨乳美女さんは熱弁をふるう。胸が猛烈に上下運動を繰り返しているけど、それもまた、別の物語。


「僕なんて、何もできない小市民ですが、ぜひご協力お願いします!!」


 ギルドの斡旋で、ギルド近くの旧商館を安く使わせてもらえることになった。


 クランのリーダーが未だにルーミィになっているのは良いとして、組織は以下のように決まった。


【クラン:エンジェルウィング】


 ◆リーダー:ルーミィ

 ◆副リーダー:アーシア

 ◆第1班 班長:ハル

 [メンバー:ルーミィ(秘書)、ラール、ミール]

 ◆護衛班 班長:ランドルフ・副班長:ガラハド

 ※ 護衛班は、男性のみ6名

 ◆管理班 班長:フローラ・副班長:レオナ

 ※ 管理班は、女性のみ9名



「あたしがリーダーのルーミィよ! ハルの幼馴染みにして許嫁兼秘書だからね、そんなあたしから各班の役割を説明するわ!

 まず、第1班は主に自由活動とする。

 次に護衛班。こちらは、ヴァンパイアの討伐が優先課題で、あとは本部の防衛ね!

 最後に管理班。本部の家事とギルドに協力して蘇生依頼の受付をする仕事!

 以上、頑張りましょう!」


『みなの者、リーダーに、敬礼!!』


「ちょっと、アーシアさん……僕たちは軍隊じゃないんだから……」


『そ、そうか……ハル少年、いや、第1班班長殿、失礼した!』


「ひぃ、まいっか。って、あれ? アネットさんはどこの班なの?」


『私? 1班希望なんだけどね、板娘がダメだって言うのよ。変態さんからも言ってあげてよ!』


「板って言うなっ! あたしは成長期前なの!」


「はい、ケンカはダメ。アネットさんは強いの? 第1班は、強くないと入れないよ?」


『姉様やランドルフさん、ガラハド兄貴には負けるけどね。風と水と火の中級魔法ができるから、その辺の兵士や冒険者なんかよりは強いんじゃない?』


 僕とラールさんが目を合わせて頷き合う。旅に必要な戦力かもしれない!

 ただ、ルーミィと仲が良いのか悪いのか分からないけどね。


「分かった、長旅になる場合があるけど、それでも良いなら! ルーミィも、良いよね?」


「ま……魔法が使えるなら……役には立ちそうね! でも、ハルには手を出さないこと!!」


『変態さんから手を出してきたら知らないよ? じゃ、決まり! 私も第1班の仲間入り!!』


『よし、これで我らの任務は決まったな! さぁ、今宵も宴だ!』



 僕とルーミィは、ギルドのクエスト掲示板に例の貼り紙をした。まだ昼前だから、夕方に確認して今日も1件蘇生しよう。新天地での初仕事、気合いが入るね!


『☆★蘇生、承ります★☆


 ◆全ての生き物の蘇生をします。

 ◇病死・老衰は一時的な蘇生になります。

 ◆1日1人のため、厳選に審査をします。

 ◇報酬は金銭、その他で応相談です。

 ◆依頼者は、ギルドまで連絡してください。

 クラン:エンジェルウィング リーダー:ルーミィ』

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