第25話 雲泥の違い

 ちょっと、クー先生のレッスンでも覗いてみるかな。

 僕は1階にある広めの部屋に向かった。


 ドアを開けようとしたとき、声が漏れてきた。


「ルーミィって、見かけによらず全然ダンスできないじゃない!」

「だって、腰に力が入らないんだもん……」

『それ、ワタシもなったから共感! 休むべき』

「きゃぁ~! 私も明日はレッスンお休みになるかも!」

「もう、ずるいずるい! クーは2日連続だからね! あれだけ抜け駆け禁止って約束したのに!」

『仕方ないって。変態さんだもん』

「って、真面目にレッスンしなさいよね! ちゃんと動いてるのはポーラちゃんだけだわ!」

「ラール姉様から、夜のために体力を付けておくように言われてますからっ!」

「あなたたち……ちゃんとやらないと1日だってハルくんを貸してあげないんだから!」

「独占しない約束でしょ!」

『平等が1番だと思う』

『その割に、0回の人がいるのに、2回目というのはおかしいんじゃない?』

「「おかしい!」」


 だめだ……三度寝してこよう。

 この件についてはしっかり話し合う必要があるな……命と向き合わないと。

 あれ、僕の使命とは何か違う気がする。



 2時間後。

 練習を終え、シャワーを浴びた女性陣がボクの部屋に入ってきた。


「ハルくん、起きて! 出かけるわよ! 見せたい場所があるの!」


 クーデリアさんが僕の腕を組んで、引きずるように連れて行く。

 強引なクーデリアさんにドキッとする。



 ★☆★



 まだ、朝10時少し前。

 さすがは王都、時間きっかりに店が開いていく。

 田舎は、朝のだらだら感がはんぱないのに。


 お店の人気度は一目瞭然だ。

 開店前からできている行列の長さ……無意識に数えてしまう。地面の蟻を数えたり、蚊に刺された痕を数えたり、顔の黒子を数えたりと同じ衝動。

 もしかして、僕は病んでいるのだろうか……。


「あの店すごい行列! 入ってみない?」


 27人ものお客さんがとぐろを巻いて並んでいる店を指差して提案してみる。


 ちなみに、クーデリアさんとアネットさんを先頭に、僕と、僕の右腕にくっついているポーラ、頭に乗っているミール(蝶)が続き、その後ろをラールさんとルーミィが歩いている。

 “女の子はグループを作る生き物だ”とよく聞くけど、最近はこの組み合わせが多い気がする。

 このメンバーで商店街を歩いていると、やたらと刺さるような視線が飛んでくる。目を合わしたら負けだ、無心に、滑るように歩くんだ……。


「ハルくん、そこは後でね! 今日はクーが案内したい場所に行って、お食事して、王宮に行って、それからならいいわよ!」


「そうね。今から買い物しちゃうと荷物が増えてしまいますし」


 クーデリアさんとラールさんに反対されたら、僕には反論できないや。



 30分も経たずに目的の場所まで辿り着いた。

 底面積が広い円柱型の建造物。闘技場か!?


「どうぞ、入って!」


 クーデリアさんが両腕を広げて自慢げに案内する。


 中に入った僕は、目を疑った。


 パステルカラーの装飾がとにかく眩しい。

 そして、たくさんの客席と、その先にあるのは……ステージか!


「きれい!」

「広い!」

『私は昨日も見にきたから感動は半減だわ。でも、あそこで芸をすると思うと、今から緊張する……』


 アネットさん、芸って……。


 ミールはステージの方に飛んでいってしまったし、ポーラは目を丸くしてしがみついたままだ。

 僕は無意識に椅子を数え始めていた……298,299,300……300席か。300人の前で臆せずに歌って踊れるクーデリアさんが眩しい。本物のアイドルなんだね。


「今日は、特別にステージに上がる許可をもらっています!!」


「おぉ!」

「すごい!」

『緊張してきた……胸が苦しい! 変態さん、変なこと想像しないでね!』


 スルーだ。

 みんなの反応を見ていると、ルーミィとラールさんがかなり乗り気な感じがする。意外とアネットさんはアガリ症で、ポーラとミールは何も考えていないっぽい。でも、こういう大舞台だと、無心になれることは強みなのかもしれない。



 ミールも服を着て、女性陣6人がステージに立つ。


 なるほど、基本の並び方も相談済か。

 左から、ポーラ・アネットさん・クーデリアさん・ルーミィ・ラールさん・ミールという順。

 これは、見れば分かる――身長順だ。

  “低・高・中・中・高・低”

 きれいに線対称になっているみたい。

 凸凹しているけど、これでいいのかな?


「せっかくだから、ちょっと踊ってみてよ」


 リクエストしてみた。

 あの練習風景だから、全く期待していないけどね!


「え~、今日は特別に……ハルくんだけのために踊ります! いくよ~、みんな!!」



 はい、バラバラ……。

 クーデリアさんが手拍子をしているけど、惨いほどにバラバラ。まぁ、こんなもんだよね。


 おや?

 これは……ジャンプするたびに胸が揺れている!?

 感動的な光景だ!


 でも、揺れ方がおかしい。

 “無・大・中・小・大・中”

 線対称が崩れてしまっている!

 完成度を上げるためにもこれは指摘すべきなのかな、いや、やめておこう。

 逆に、このアンバランスな違いこそが素晴らしいのかもしれない。


「ありがとう!! 感動したよ!!」


 何に感動したかは伏せる。

 ここは、“上手だよ”とか、“まだまだだね”なんて言わないのが男子力というやつだ。そこは、やっている本人が1番よく分かっていそうだしね。


「まぁ、第1回のステージまでまだ5日も練習できるし、何とかなるよ!」


 クーデリアさんが励ましている。

 本当に何とかなるのか分からないけど、クー先生の手腕拝見というところですね!



 ★☆★



 闘技場……ではなく、劇場を出た僕たちは、食堂を探してさまよっている。


 7人も集まると、好みが分かれてしまうのが難点だね。

 肉派(ルーミィ・僕)、サラダ派(アネットさん・クーデリアさん・ポーラ)、パン派(ラールさん)、花の蜜(ミール)という内訳だ。

 ミールは花畑に送り、僕たちはメニューが豊富な食堂に入っていった。


 とりあえず6人席のテーブルに着く。

 左右からポーラとクーデリアさんがお尻で押してきて、中央に移動させられ……正面にルーミィ、その左右にアネットさんとラールさんが座った。

 この辺は性格がにじみ出るね……。


 メニューを見てそれぞれ注文し、おしゃべりしながら料理を待っていると、男性2人が話しかけてきた。

 高そうな服を着ているイケメンさんたちだ。


『俺たちの女神様発見!! 待たせちゃってごめんね。でも、君たちがあまりにも可愛いから、見とれてしまったのさ!』


 これは、な……ナンパ!?

 台詞ちょっと長くない!?

 僕は男なんだけど、完全に無視されてるし!

 どうしよう……でも、ここは僕が追い払わないと!


「お兄さんたちには悪いですが、全員僕の大切な彼女なので諦めてください!」


 言った後に後悔した……。

 女性陣からは熱い眼差しを向けてもらったけど、男性陣からは殺意を向けられた。


『ぼくちゃん、寝言は寝ながら言おうね!』

『俺たちの踏み台に立候補かな?』


 やばい、ルーミィの目が赤くなってきた!

 食堂でバーサークしちゃだめだよ。

 僕はルーミィを手で制して、イケメンと向き合う。


「外で話しましょうか」


 また、言った後に後悔した……。

 年上の、たぶん18歳くらいの男性2人にケンカで勝てる自信がない。

 クーデリアさんも心配そうに見ているし、アネットさんは剣に手をかけそうな勢いだ。

 でも、かっこつけるわけではなく、何とかしないと!



 イケメンたちを外に誘導しながら作戦を考える。

 フェニックスを呼べば事態は収拾できるけど、その力は一般市民に向けるものではない気がする。

 もちろん、剣もそうだ――弱くても僕だって冒険者の端くれなんだ。素手相手に剣は抜けないよ。


 どうする?


 店の外に出た僕たちを、人垣が囲む。

 その中に、心配そうに見つめるみんなが交じっている。


『子供をいじめるなよ!』

『シャル! 子供に負けるんじゃねーぞ!』


 野次馬は平等だね。

 ホームでもアウェイでもやりにくいからこのくらいが丁度いい!


『今すぐ土下座するなら許すかもしれないぜ? 女は全員もらうけどな!』

『おい、剣は抜くんじゃねーぞ? これは正々堂々とした男同士の決闘だからな!』


「土下座もしないし、剣も抜かない。それでも僕は、彼女たちを守る!」


 僕の挑発が宣戦布告になったようで、イケメンたちが2人同時に殴りかかってきた! 何が正々堂々だよ!!


 くっ、意外と速い!


 イケメンの拳を、屈んでかろうじて避けた!


 もう1人から蹴りが飛んでくる!


 うがっ!

 左のわき腹に靴先が突き刺さった!


 軽く吹っ飛び、人垣から悲鳴が上がる。


 くそっ、コンビネーションがうまい。

 顔も似てるし、双子か!?


 膝をついた僕に、容赦なく蹴りの追撃がくる!


 起き上がらなくちゃ!


 うっ!

 蹴りを右腕で防いだけど、すごく痛い!

 骨は……折れてない!


 顔に飛んできた蹴りを、今度は両手で受け止める!


 足をつかんだ!

 引っ張ってバランスを崩した後、押し倒す!


 今度はもう1人から拳が飛んでくる!


 下がらないぞ!

 前進して、屈んで避ける!


 懐に入った!


 急所(股間)を蹴り上げる!


「ゴールデンブレイク!!」


 よし、1人は戦闘不能だ!


 立ち上がったイケメンに向き合う。


『てめぇ、調子に乗るなよ!』


 顔に向かってくる拳を何度も避け続け、反撃の機会をうかがう!


 イケメンは焦れてきたのか、懐からナイフを取り出した……。



 人垣が静まり返る……。


 剣を抜くか?

 いや、だめだ。


 どうする?


 考える間もなく、男が大振りに薙いできた!


 くっ!


 横に避けきったつもりが、服に掠った!

 でも大丈夫、血は出ていない!


 拳と軌道が違う。

 完璧には避けられない!


 イケメンがナイフを両手に持って突いてきた瞬間、僕は魔法を使った……。


 浮遊魔法で瞬時に、頭上から背後に回りこむ!


 身体を回転させて勢いをつけながら、思いっきり後頭部に蹴りを叩き込んだ!


『ぐはっ!!』


 イケメンは意識を朦朧とさせ、地面に座り込んだ。


 急所を蹴られたイケメンが、もう1人を担ぐようにして走り去っていく。

 恥ずかしい走り方……潰れていたらごめんなさい。


 僕の鼓動は高鳴り、全身から汗が噴き出していた。


 人垣から喝采が上がる!

 そのとき、一際ひときわ大きな拍手が響く!


『少年、お見事!』


 近づいてきた男性は……ルーニエさんだった。


 ティルスで会ったときのように近衛騎士団の鎧を着てはいないけど、名馬エトワールについて熱く語ってくれて、僕なんかの前で土下座までした人を見間違えるわけがない!


「ルーニエさん!」


『ははは、よく分かったね。今日は非番でね、食事してから君たちに会いに王宮に向かおうとしていたんだ』


 笑顔が爽やかだ。

 ルーニエという名前を聞いて、いっそう人垣が騒がしくなった。そう言えば、この人は武術大会の優勝者だっけ。恥ずかしいところを見られちゃったな……。


「みなさん、お騒がせしました! ルーニエさん、ご一緒に食べましょう!」



 その後、冷えてしまった肉料理を食べながらルーニエさんと世間話をした。


 クーデリアさんとポーラは僕のことが心配で、抱き合って泣いていたらしい。アネットさんやルーミィは、僕が魔法を使ったことを非難してきた。でも、あれは正当防衛だよね。ラールさんは、僕が負けるわけがないと信じていたらしい。過大評価も甚だしい!


 でも、魔物相手に戦っていると気づきにくいけど、僕自身は着実に強くなっている。特に、スピードとパワーが格段に上がっている感じがする。アネットさんやルーミィには歯が立たないから、調子に乗るほど強くはないんだけどね!

 ミールが戻ってきたけど、人目が気になるので蝶のままでいいや。


 ルーニエさんは、僕くらいの歳で騎士団に入隊したそうだ。本格的に剣術を学んできた人ってかっこいい!

 仮入隊してみたらと誘われたけど、10回くらい断っておいた。剣の才能が全くないのは、よく知っていますから……。


 その後、ルーニエさんの案内で、僕たちは王都をぶらぶら観光しながら王宮に向かった。



 ★☆★



 ルーニエさんによると、フリージア王国の王都は5地区に分かれているそうだ。

 中央にある3層構造の巨大ドームが僕たちの目指す場所で、謁見の間や閣議室などの主要機関が集中している。

 そして、大食堂のある南塔、図書館のある東塔、研究所のある西塔、重犯罪者を収監する北塔が聳える。

 さすがは王都。かなり壮大な造りだ。


 ドームの入り口には、名馬エトワールがいた!

 あ、馬じゃなく、ペガサスか。

 正直、どっちでもいい!

 綺麗な白毛は、てかてかと艶がある。大きな黒い瞳に見つめられると、こちらが気恥ずかしくなる。もう、可愛すぎて抱きしめてしまった。

 はぁ~、この匂いは癒される。花や山や海の香りが混ざり合った感じ。少し抜き取って持ち帰ろうとしたら、噛まれた。


 今さらだけど、ペガサスの隣に女の子がいた。


 薄紫色の少女……妖精王の森で会った“エトワールのご主人様”か。

 前にちらっと見たときにも思ったんだけど、こうして落ち着いて見ていると……すごく可愛い子だ。

 間近でじろじろ見ていたら、だんだんと顔が赤くなってきた。年上そうに見えて、意外と僕と同じくらいなのかもしれない。


「あの……こんにちは」


「こんにちは! また会ったね!」


 自然な笑顔で最小限の挨拶だ。

 さっきのイケメン風に挨拶しようとしたけど、僕にはハードルが高すぎる。


 あれ?

 ルーミィとルーニエさんが、片膝を地面につけて頭を下げている……嫌な予感。


『姫、エンジェルウィングの方々をお連れいたしました』

「姫様、お久しぶりです」


 本物のお姫様か……でも、納得。



 その場は軽い挨拶だけで済ませ、僕たちは王宮内の客室に通された。


 廊下の絨毯や壁ですら、初めて見る物で溢れている。全てが異次元の世界だ。白と赤を基調にした色彩の中に、金色や銀色も織り交ぜていて、眩しくて仕方がない。現実感がなく、夢の中をふらふら歩いているような感じだ。

 客室もとても綺麗だった。椅子は、平民が座ろうとすると逃げてしまうくらい気高く、壁に掛けられた絵画は生きた人を埋め込んだくらいに上手だった。


 緊張で手汗が溢れているのは僕だけではないはず。

 やっぱりね、ミール(服は着ている)以外の全員が固まっている。



 目の前の少女が、決意を込めた表情で語りだす。


「私は……貴方たちに心から謝罪をいたします」


 えっ?

 お姫様に謝罪をされるようなことをしたっけ?

 みんなを見る。

 あ……ルーミィだけは知っているみたいだ。


「エトワールの件ですか?」


「いえ。全ての真実を話します。実は……私自身も貴方に蘇生していただいた身です……」



 それから1時間ほど、お姫様からの謝罪を受け続けた。

 どうやら、以前ティルスでケサラン・パサランを追いかけたとき、拉致監禁されて、強引に蘇生魔法を使わされた件……王家の仕業だったらしい。


 長話を要約すると、エトワールがお姫様を助けた。エトワールが死んだ。お姫様が自ら命を絶った。王様が発狂した。王様は僕たちの噂を聞きつけた。盗賊まがいの拉致監禁を行った。僕がお姫様の胸を揉ん……じゃなくてお姫様を蘇生した。王様は正気に戻った。お姫様はエトワールを蘇生するよう王様に懇願した。僕がエトワールを蘇生した――こういうお話だった。


 正直、あの黒歴史は忘れかけていたし、エトワールに出逢えたのだから、全てが幸せな運命だったと考えている。

 僕にとっては、盗賊も山賊も海賊も王家も同じだし。と言うと、また逮捕されるかな。

 それにしても、王様がそんなことをするなんてね。大切な娘が死んじゃったんだから仕方がないか。でも、謝罪するならお父さんが出てくるべきでしょ。いや、王様が出てきたらこっちが迷惑だけどね。


「事情は分かりましたけど、僕は全く気にしていませんよ。お姫様やエトワールに会えたことは、素敵な運命だと思っています」


 ここで、エトワールよりお姫様を先に挙げるのがポイントだ。

 これでお姫様は……。


「良かった! これでもう心置きなく嫁ぐことができます!」


 あれ?

 そう……だよね。

 夢を見過ぎました、勘違いしました!


「おめでとうございます……」


 お祝いのつもりが、悲しげな言い方になってしまった。



 ★☆★



 エトワールたちに見送られながら王宮を出た僕たちは、例の大人気店に向かっていた。


「ハルくん、アディリシア姫も蘇生したんだね。本当にすごいわ」


 まぁ、あの場に居なかったアネットさん、クーデリアさん、ミールとポーラには僕が輝いて見えるのかもしれない。

 でも、本当は違うんだよ……。


「えっ……そうだね、そうかな?」


 適当な返事で誤魔化す。

 ルーミィとラールさんが苦笑している。

 もうね、僕たちの黒歴史には触れないでね。



 30分後、やっとあの店に着いた。

 看板には“珍品堂”と書かれている。


「道具屋?」

「マジックアイテムかしら?」

『入ってみましょう!』


 店内は薄暗く、僕たちが入っても店員のお爺さんは一言も話さず一瞥するだけだ。本当に行列ができる店? もしかして、隣の店の行列だったのか?


 みんなで店内を練り歩く。

 確かに珍しい物が陳列してある……恐竜の化石、ガーゴイルの牙、ユニコーンの角、ドラゴンの卵、クラーケンの心臓、バハムートの眼、飛竜の鱗、ゴブリンキングの骨、リッチの魔法衣、宇宙人の爪、ケットシーの毛皮、ユグドラシルの種、ゴーレムの欠片……正直、全部が胡散臭い!


 ルーミィが僕の顔を見てくる。


 あっ……蘇生!?

 確かに、もしこれらが本物だったら、とんでもないことになる。

 でも……バハムートなんて蘇生させて、王都が火の海になってしまったらどうする?


「ハル、ちょっと来て」


 ルーミィに店の外に連れ出された。

 お爺さんは、あからさまな冷やかしを受けて不機嫌な顔になった。

 居心地が悪くなったのか、全員が店の外に出てきてしまった。

 完全にお爺さんを敵に回したな……。



「やばいやばい!」


 ルーミィが興奮している。


「店員さん、冷やかされて怒ってたね」


「そっちじゃない、あの毛は本物よ!」


「毛? お爺さんのヅラ?」


「違う。あたし、ケットシー大好きなの! 図鑑で見たのとそっくり! お願い、蘇生して?」


 ルーミィが上目遣いでお願いしてきた。

 ケットシーって、人語を話せる妖精猫でしょ。それも、かなりレアな妖精だったはず。さすがに本物じゃないよ……まぁ、偽者だったとしてもルーミィに貸しができるから、いっか。


「やってみようか!」



 ★☆★



 ケットシーの毛皮、7500リル(75万円相当)だった……高すぎるでしょ!

 蘇生させた後に、「にゃぁ~」とか鳴いて逃げていったら怒るよ?



 みんなが僕の部屋に集まっている。


 毛皮をベッドに置き、僕は左手をそっと添えて目を閉じる。

 魔力を練り上げ、左手に注ぎ込むと、部屋中に銀色の光が満ち溢れた。


 「ケットシー、蘇るのにゃぁ。レイジング・スピリットにゃぁ」


 毛皮は銀色の光の繭に包まれ、その中で徐々に形を成していく……。


 やがて、光が一気に収束し、何かが飛び出してきた!


『これは、蘇生魔法か?』


「えっ!? 猫が、しゃべった!!」


『猫じゃないの。ケットシーのミゥなの!』


「きゃぁ~!!」


 ルーミィが抱きつく。

 でも、猫はさっと身をかわす。


『むむっ、妖精姫様ではありませぬか!』


 猫は、ミールの姿を見ると両手で拝むようなポーズをとった。


『そう、今は妖精王ミールよ。ケットシーのミゥ……蘇生してもらったハル様に感謝を100回述べなさい』


 うわ、ミールが怒ってる。

 さすがは妖精王、威厳がはんぱない。

 夜とは大違いだ。


『ハル様……ミゥを生き返らせていただき、感謝感激ですの。ミゥは貴方様にチュウセイを誓いますの!』




 おかんむりのミールに数えられるがまま、同じセリフを100回言わされた猫。生き返って早々、残酷な仕打ちだよね。


「ミゥ、僕から君に指令を出そう。一つ、君はこの建物を守ること。二つ、ルーミィを主として仕えること。三つ、語尾にを付けること!」


『かしこまりました……にゃぁ』


 こうして、忠実なしもべが仲間に加わった。



 その晩、ミゥはルーミィに連れられて行った。

 あの猫、オスなのかメスなのか……今度股間を調べてみるか。


 そして、ラールさんが部屋に来た。

 今日のラールさんは、とても積極的だった……。

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