第26話 破竹の勢い

 「ルーミィ、ぶっちゃけお金に余裕ある?」


 王都に到着して3日目。

 拠点を購入したうえ、必要な家具や調度品・備品をそろえていき、さらには連日の買い食い……挙句に高価なケットシーの毛皮。それにステージ衣装だってオーダーメイドで作る必要がある。

 さすがに余裕はないはず。


 「1週間は大丈夫よ!」


 ルーミィは、膝の上に乗せられたケットシーのミゥの両手を掴み、大きな○を作りながら答える。


 「それってかなり危ないんじゃ……」


 「ハルくん、大丈夫よ。クーたちが歌とダンスで頑張るから!」


 クーデリアさんがくるっと回った後にポーズを決めながらウインクしてくれた。

 可愛いんだけど、昨日のへっぽこ状態を見てしまったら安心はできない。


 「さすがにそれだけじゃ不安だから、仕事を探しにギルドに行こうよ」



 ★☆★



 クー先生のレッスンが終わり、簡単な朝食を口に放り込んだ僕たちは、今ギルドに来ている。

 ちなみに、蝶のミールとミゥは自宅警備だ。2匹だけの内緒の話があるらしい。


 カウンター付近は相変わらずの混み具合。

 ルーミィに依頼の確認をしに行ってもらっている間、僕は隅っこでポーラの手をぎゅっと握り締めている。この子、筋骨隆々のいかつい戦士を見て怖がって震えているんだもん。

 ラールさんとアネットさん、クーデリアさんはクエストボードを確認している。


 昨日の夕方から貼り出しているにもかかわらず、珍しいことに蘇生依頼は1件も入っていなかった。


 ラールさんがクエスト掲示板にある1枚の紙をじっと見つめている。気になる物でもあるのかな。


「このクエスト……」

『面白そうね!』

「クーにはちょっと……」


 僕たちも気になって見に行ってみた。



 ◆クエスト:遺跡の調査

 先日王都の地下で発見された遺跡の調査を王国より依頼します。

 古代の神殿遺跡だと思われます。入口に張られた進入不可の結界を通り、祭壇の間の様子を確認してきてください。

 達成報酬:20000リル(200万円相当)

 レベル制限:なし

 ※ 魔物が出現する可能性あり



 報酬の高さに僕たちが驚いていると、近くにいた魔法使い風の男の人が情報をくれた。


 どうやら、今までに500人以上が挑戦しているにもかかわらず、誰1人として調査を達成できなかったために、報酬が跳ね上がっていったらしい。

 結界さえ通り抜けられれば、中には魔物もいないうえに宝の山だと言っていた。本当だろうか……。


「これはまさに、あたしたちのためのクエストね!」


 何の根拠もないルーミィの一言で受理が決まった。



 ★☆★



 目的の遺跡は王都の城門の外、1kmほど歩いた先にあるようだ。


 ミールとミゥは結局そのまま留守番をすることになり、僕とルーミィ、ラールさん、アネットさん、クーデリアさんとポーラの6人で挑む。

 クーデリアさんは冒険者じゃないんだけどね、アネットさんに強引に連れてこられた。大丈夫かな……。



 ちなみに、現状のレベルとスキルは以下のとおり。


 ◆ハル

 レベル:7

 スキル:蘇生魔法、浮遊


 ◆ルーミィ

 レベル:6

 スキル:バーサーカー、ソウルジャッジ


 ◆ラールさん

 レベル:4

 スキル:水魔法(初級)、家事


 ◆アネットさん

 レベル:9

 スキル:風魔法(中)、水魔法(中)、火魔法(中)


 ◆クーデリアさん

 レベル:1

 スキル:歌、教育


 ◆ポーラ

 レベル:2

 スキル:時間停止(2秒)、瞬間移動(2秒)



 これ、バトルになったら危険じゃないのかな。

 レベルについていうと、10を超えると一人前で、20を超えると達人、30以上は大陸でも数人しかいないらしい。

 ちなみに盗賊でさえ平均5レベルと言われている。


 遺跡まで歩きながら、僕たちはそれぞれの役割分担を話し合った。

 その結果、こうなった。


 先頭→ルーミィ

 中衛(前)→僕・ポーラ

 中衛(後)→クーデリアさん・ラールさん

 後衛→アネットさん



「魔物がいても、全部あたしがサクサク倒していくから大丈夫よ!」


 ルーミィさん、その自信はどこからくるのかね。正直、アネットさんの魔法の方が頼りになりそうだけど。

 ちなみに、前衛にルーミィとアネットさんを並べたら効率が良いと思ったんだけど、大事なのは前より後ろなんだって。よくわからん。


 それにしても、ポーラの魔法効果がレベルに依存するらしいと聞いて育てたくなった。瞬間移動とか、夢なんだよね。でも……さすがに町から町への移動は無理か。


 それと、クーデリアさんの“教育”って何だろう。もしかして、歌やダンスのレッスン効果が上がるとか? 本人には自覚がないみたいだけど、さすがに、戦闘向きではないかな。



 20分ほど歩くと、それらしき場所が見えてきた。


 草原の中に埋もれるようにしてたくさんの石が置かれている。横からだと分からないけど、真上から見たら何か意味があるように並んでいるのかもしれない。


 近づくにつれ、石のサイズが3mもあることが分かった。というのも、半分以上が地中に埋もれているにもかかわらず、僕たちよりも高さがあるからだ。

 これは人が運べる物ではない――この石の存在だけで、大きな魔法の力を感じさせる。


 いくつかの巨石をすり抜けて中心部に向かうと、木造の簡易な建物が目に入った。

 これがギルドで聞いていた遺跡管理棟だろう。

 この建物の中に遺跡への入口があるそうだ。

 さぁ、入ろう。



『やっぱり駄目か……』


 巨大な戦斧を抱えた冒険者が天を仰ぐように呟いている。


『どうやらこの結界はレベル制限というわけではないわね』


 長杖を持った女性が出した結論に頷きながらも、諦めきれないのか、他のパーティメンバーたちが結界を剣で叩いている。

 そのたびに、バチンバチンと弾かれて吹っ飛ばされている。


『本件は残念ながら成功報酬のみですので……』


 ギルド職員の申し訳なさそうな声を聞いた冒険者たちが、愚痴を言いながら僕たちとすれ違うようにして出て行った。


『これは随分お若い方々ですね。本件は残念ながら成功報酬のみで……』


 ギルド職員さんは、毎日何回も同じことを繰り返し説明して飽きてしまったのか、結界に進む僕たちを見るや、トライする前から無感情なゴーレムのように呟き始めた。


「あ……」

『えっ?』


 ルーミィに押された僕は、何の抵抗もなく転がるように結界を通過してしまった。

 それを見たギルド職員さんは、大慌てで王都に向かって走っていった。


「入っていいのかなっ?」


 僕の手を握ったままのポーラが結界を通り抜ける。

 ポーラの手を掴んだルーミィ、その手を掴んだアネットさん……というように、全員が結界の中に入ることに成功する。


「やっぱり! あたしが睨んだとおりだわ!」


 自慢げに腕を組むルーミィ。

 なるほど、ここは、勇者リンネ様関係の遺跡なのかも。


『面白くなってきたわね! 先へ進みましょ!』


「ねぇ、本当に大丈夫なの? 魔王がいるとか、ないよね?」


 フォーメーションの最後尾のアネットさんが、嫌がるクーデリアさんを押しながら進む。クーデリアさんは僕の肩をがっちり掴んで僕を押してくる。

 僕たちは、ルーミィを先頭にして遺跡の中に入っていった。



 ★☆★



「魔物、いないんじゃなかった!?」


 ラールさんの疑問はごもっともだ。


 僕たちは今、地下へ進む階段を30分ほど下りた先の広い空洞で戦闘中。


 朝夕くらいの明るさの中、目を凝らすとそこには広大な地下空間が広がっていた。

 地下空間?

 とんでもない!

 こんなの、異世界と言ったほうがふさわしい!


 空には天井の代わりに月が輝き、目の前には岩石砂漠が広がっている。

 そこで僕たちは……体長5m近い巨大なサソリに強襲されていた。


 1mはあろうかというハサミをルーミィが剣でいなし、防御に専念している。

 横からはアネットさんが火球をぶつけている。

 しかし、少し焦がしただけで対してダメージを与えているようには見えない。

 僕は慎重に背後に回りこみ、尻尾を剣で斬りつける。


 ガチンッ!

 硬い! 手がしびれる!


 僕の短剣は父さんが迷宮の宝箱から入手した魔剣だ。それでもサソリに傷を付けることすらできなかった。


 クーデリアさんは、一応準備した護身用のダガーを両手に持って右往左往している。

 ラールさんは長杖を抱くようにしてぺたりと地面に座り込んでいる。

 ポーラも、短杖を振り回しながら悲鳴を上げるだけだ。


『ギイィィィ!』


 サソリが、金属を擦るような咆哮をあげ、アネットさんを尻尾で突き刺そうと迫る!


「風刃!!」


 僕は短剣に魔力を通し、両手を上段から振り下ろして、魔剣の効果である風の刃を放つ!


 ザクッ!


 ちょうど節の隙間に当たったのか、尻尾が根元付近で切断された!


 緑の体液を撒き散らしながら僕に向かってくるサソリを、浮遊魔法で宙に逃げてかわす。

 真上から2発、3発と風刃を放ち、背中を抉る!

 でも、決定的なダメージにはならない。逆に怒り狂うだけだ!


「ハルくん、心臓! 背中はハサミが届かないわ! 背中から心臓を狙って!!」


 心臓……あれか!


 僕は10mほど上空に飛び上がると、身体を反転して剣を下に向けたまま急降下する!


 狙いを定めた剣先がサソリの胸部を貫く!


『ギィィ!!』


 短い絶叫と共にサソリは痙攣し、地に倒れた……。


「クー、ありがとう!」


 まさか、戦闘でクーデリアさんからアドバイスを貰えるなんて思わなかったよ。


「無事でよかった……咄嗟に思いついたの。尻尾がなければ心臓を狙えるんじゃないかって」


「強敵だったわね……」


 ルーミィが地べたにへたり込んでしまった。

 バーサーカーモードを使わせなくて良かった。あんなの使われた日には、僕が殺される……だから最終手段なんだよ。


『あれはレッドスコーピオンだね。レベル20くらいだった気がする』


「ハル兄様……レベルが上がりましたっ! 何もしてないのに……」


 結局、サソリを1匹倒しただけでみんなのレベルが上がっていた。

 僕とルーミィが8、ラールさんが7、アネットさんが10、クーデリアさんが5、ポーラが3になっていた。



「また来た!」


 ルーミィの指差す方向にみんなが注目する。


「イモムシたくさん?」


 ラールさんが言うとおり、体長1mくらいの紫色のイモムシが地を這って僕たちを囲むように迫ってきた。数は……軽く500匹を超えるだろう。

 と言っても、動きが遅い。


「レベル上げるよ!」


 ルーミィの目が怖い……。


「ルーミィ、隊列維持よ! 役割を守って!」


 クーデリアさんの一言で、バーサーカーモードで突貫しかけたルーミィの目が覚めたようだ。


 ルーミィは、深追いせずに前線を保っている。中衛の僕は風刃を横に広く薙ぐようにして撃ち続け、ポーラとクーデリアさんは僕が倒しきれなかったイモムシに杖でとどめをさしている。ラールさんとアネットさんは、交互に休みながら魔法攻撃を放つ――持久戦だった。


 時間が経つにつれ連携が安定し、押し寄せる数百の魔物を効率よく倒していく。



 1時間、2時間……3時間と経過したころ、とうとう最後のイモムシを倒した。

 砂漠には、倒した魔物の魔結晶が大量に残された。



「大きいのが1個……たぶんサソリだね。あとは、小さい魔結晶が1120個……」


 魔物は空気中の魔素が集まって生まれると言われている。

 魔物の魂ともいうべき魔力の素が魔結晶だ。

 イモムシから出た小さい魔結晶は1個10リル、サソリから出た大きさだと1個300リルが相場だ。この数時間の戦いで、実に11500リル(115万円相当)を稼いだことになる。


 しかも、みんなのレベルが急激に上がっていた。

 僕とルーミィが15、ラールさんが14、アネットさんが12、クーデリアさんが13、ポーラが8になった。



「上がりすぎじゃない?」

「上がりすぎだね」

『私とポーラはあまり上がってないけど、エルフはやっぱり上がりにくいのか』

「そうなの?」

「それにしても……上がりすぎでしょ」



 ★☆★



 その後、僕たちはコウモリやトカゲ、クモの魔物の群れを殲滅していった。


 そして、最奥に佇む祭壇に到達する頃には、僕とルーミィが19、ラールさんが18、アネットさんが14、クーデリアさんが16、ポーラが10になっていた。

 この上がり方、以前にルーミィと一緒にレベル上げをした頃とは全然違う。もしかしたら、クーデリアさんの“教育”スキルが関係しているのかもしれない……。



「これ、泉? 竜泉ってやつ?」


 白い半透明な石に囲まれた祭壇には、竜を象った2mほどの像が置かれていた。

 雄大な体躯と翼、そして鋭い角と牙……それはまさしく、王国の守護竜の姿だった。

 その竜の口から零れ落ちる銀色の雫が地面(半透明な結晶のくぼみ)に水溜りを作っていた。

 泉と呼ぶほどの広さではないかもしれないが、お風呂よりはずっと広い。


 竜の足元に置かれた銀の杯が僕の目に入る。


「これを……飲むのかな?」


 不思議と恐怖は感じなかった。

 自然に杯を持ち、銀色に輝く水を掬い取る。

 そして、口に運んで飲み込んだ。


「ハルくん、大丈夫?」


「うん。なんか……スキルが……増えた」


「『えっ!?』」


 身体が温まるような感覚があった後、僕の脳裏に新たなスキルが刻まれた。


 “対蘇生”

 ん? どういう意味?


 僕が考えに耽っているうちに、全員が泉の水を飲み、それぞれが新たなスキルを得たようだ。


 ルーミィ→魔力操作

 ラールさん→治癒

 アネットさん→危険察知

 クーデリアさん→結界

 ポーラ→光魔法


 これは、ランダム?


 よく分からないけど、僕たちは泉の水を水筒にたっぷりと入れ、帰路についた。

 帰りも多少の魔物に絡まれたが、無事に階段を上り終えた。


 明るい日差しが注ぐ中、遺跡の入口で思わぬ人物が待ち構えていた。

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