第27話 父親の狂い

「決闘!?」


 僕の声が狭い部屋の中に響き渡る。

 ついつい大声を上げてしまい、隣の部屋から壁をドンドン叩く音が返ってきた。


「あぁ。俺とお前、1人の女を懸けた真剣勝負だ!」


「アホか!」


 やばい、また壁をドンドンされた……。


 しかし、まさにアホなのだ。

 僕の目の前で決闘を提案しているのは……僕の父さんだ。

 遺跡の出口で待ち受けていたのは、冒険者として放浪中の僕の父さんだった――。



 父さんに連れられ、僕たちは狭い宿屋の一室に居る。

 僕が、父さんがずっと内緒にしていたラールさんやポーラのことを徹底的に問いただそうと口を開きかけた途端、父さんに先手を打たれてしまった。何だかずるい。


 それにしても……どうして、世の中の父親というのはこんなにも腐っているのだろうか。

 父さんの話によると、王様が“竜の遺跡に入る資格のある者に、アディリシア王女との結婚を許す”との宣告を発していたそうだ。


 何の運命か、遺跡に入れたのは、僕と僕の父さんの2名らしい。


「待って、父さん! 母さんを捨てるの? 結婚して妻も……子どもだっているのに、王女様と結婚? 頭が沸いてるだろ!」


「そういうお前だって、綺麗どころを5人も連れ歩きやがって! ルーミィちゃんと……おぉ! 食堂の! 俺たちの天使、ラールちゃんじゃないか! それと、この可愛いエルフっ娘は……もしかして、ポーラちゃんか! 大きくなったなぁ! さすが俺だ。見る目がある。将来美人さんになるぞ!!」


 ラールさんとポーラが父さんに泣きながら抱きついてる……。

 こんな人間でも好かれる要素があるのか。今さら僕が何か言うのは野暮ったいかな。


「おじ様、いえ、お父様! もう1人、妖精王のミールもいます!」

「お父様……初めまして。わたくし、ハルくんの婚約者のクーデリアと申します」

『父上様、ダークエルフ族のアネットです。変……ハルさんに手を出されましたので、責任を取ってもらうつもりです』


 頬を赤く染めたルーミィ、クーデリアさんとアネットさんが僕の前に飛び出してきた。もう、突っ込みどころが多すぎて何も言えない……。




「父さん、ちょっと確認だ」


 挨拶と昔話と近況報告と説教と言い訳と謝罪と懺悔と宣誓が済んだあと、僕は本題に戻した。


「王女は結婚のこと、ちゃんと知ってるの?」


「あぁ、勿論だ」


「じゃぁ、ちゃんと納得しているの?」


「さっき確認してきた。さっきまで、王女は俺と結婚するつもりだった。だが、遺跡から役人が飛んできて、お前が中に入ったと聞いてな。くそっ、お前が3日後に来ていれば……」


 父さん、本気で悔しがるなよ!


「母さんには言ってある?」


 父さん、口笛吹いてごまかすなよ!

 この人、他にも女がいそうだな……。


「でもさ。どうして父さんと僕だけなの? 遺伝とか? でも、うちの先祖にそんな凄い人いたっけ?」


「正直、お前まで選ばれる理由が分からん……もしかして女の数か?」


 ダメだ。

 やっぱり沸いてる。


 それにしても、アディリシア王女と父さんの結婚は絶対の絶対にダメだ。ありえない! 母さんが可哀想だし、王女も絶対に不幸になる。

 かと言って、僕もまずい……結婚とか考える年じゃないし、僕にはもう……。

 それに、王女にだって選ぶ権利はあるでしょ。あれだけ可愛いんだし、大陸内外あちこちの凄い人たちの中からお相手を選ぶべきだよ。


 これは、王様を説得して撤回させるしかない。うん、王様に直訴しに行こう。



 ★☆★



 ということで、僕は父さんと一緒に王宮に来ている。


 不思議なことに、まだ日が高い。

 遺跡の中に体感で5時間くらいは居たので、日が沈む頃かと思っていたんだけど……もしかすると、あそこでは時間の進み方が違うのかもしれない。


 ちなみに、ルーミィたちにはギルドへ報告に行ってもらっている。

 この件が片付いたら僕もギルドに行き、蘇生依頼が入っていれば今日のうちに選考して済ませる予定だ。



『ハル殿、先日はすまんかった!!』


 王宮の閣議室に入った途端、王様が僕の顔を見るや否や頭を下げてきた。

 山賊紛いの誘拐・監禁・脅迫・強要についての謝罪だと思う。僕も、パンツに釣られた黒歴史を思い出したくない。今さら掘り起こさないでほしい。

 父さんが混乱して土下座を始めているけど、放置しよう。


「王様、頭をお上げください! お互いに忘れましょう!」


『しかし……十分な褒美も与えず……』


 確かにそうかもしれない。

 ならば交渉に使わせてもらおう。


「でしたら、今回の王女の結婚、それと親子の決闘の件を撤回してください」


『それだけは絶対にできん!』


 さっきまで申し訳なさそうにしていた王様が、威厳たっぷりに拒否してきた。


『実はな、王家に代々伝わる神託なのじゃ。王家に王女しか生まれなかった場合、必ず竜神の加護を受けた者を迎えねばならん。そしてその子が王を継ぐのじゃ』


 実は、今回の遺跡調査は、王様が婿選びのため、秘密裏にギルドに依頼したクエストらしい。道理で王都の近くにわざとらしく遺跡があると思った。

 それにしても、遺跡の中までは管理していなかったようだ。魔物で溢れていたからね。

 って、今はそんなことはどうでもいい!


「王様。父は既に結婚していますし、僕はまだ12歳ですよ……」


『分かっておる。ハル殿が選ばれたとしても、今すぐ結婚しろとまでは言わぬ。婚約だけでも構わない。しかしながら、ヴァルス殿が選ばれた場合はだな……体裁を整える必要があるのでな、アディを正妻に迎えてやってほしい』


「はっ!」


 父さん……。


「それでも、王女様を巡って父と子が決闘するなんて馬鹿――」


『王家の伝統、神聖なる神託を馬鹿げているとでも言うのか!』


「いえ……曲がりなりにも親子です。命懸けで戦える訳がないと……」


『ふむ……まぁ、確かにな。では、前例にのっとって3本勝負にしようではないか。なに、生々しい決闘ではなく、祭りだと思うが良い』



 結局、僕は王様の説得に失敗した。

 王様と交渉するなんて、はなっから無理だったんだ。


 王様の提案は以下の通り。


 ◆アディリシア王女争奪戦


 一、木剣による模擬戦

 二、告白合戦

 三、王女へのプレゼント勝負

 ※ 二と三は、同時に結果発表を行う。

 ※ 上記のうち2勝した者を勝者とみなす。

 ※ 実施は5日後の正午とする。

 ※ 故意に手を抜いた者は犯罪者とみなす。



 何だこりゃ。

 もう一度言う。何だこりゃ!

 王様と父さんが意気投合して大いに盛り上がり、5日後に行われるクーデリアさんたちのデビューコンサート、午前の部と午後の部の合間に実施する運びとなった。

 王様曰く、大急ぎで告知と準備に取り掛かるらしい。スキップしながら走り去っていった。

 完全にお祭り状態だけど、コンサートのお客さんを確保できるかもしれないという、思ってもいなかった収穫があった。



「ハルよ、悪いが全勝で勝たせてもらう。王女の愛は俺のものだ」


「なんだよ、ロリコン親父! 当日は母さんを呼んでおくからな!」


 父さんも頭を抱えながら逃げるようにして走り去っていった。


 さてと。

 とりあえず、父さんに負ける訳にはいかないぞ。まさに、国の存亡に関わるからね。

 でも、父さんは大陸でも指折りの冒険者だ。模擬戦では僕に勝ち目なし。告白とプレゼントか……もし、僕が勝ったとしたら、王女との婚約……結婚する前に王妃様に王子を産んでもらうしかないかな。あの封印されしハッスル薬が役に立ちそうだ。



 ★☆★



 僕はギルドでルーミィたちと合流し、王宮での話を伝えた。


「なるほどね! ハルの子が次期王様かぁ」

「アディリシア様が正妻になるとして、みんなは側室? クーが副妻でもいい?」

『また1人増えるのか……この、女ったらし!』

「私は……愛してくださるのでしたら何番目でも構いません」

「ハル兄様! こんなに早くお父様を超える日が来るなんて、ポーラは幸せ者です!」


 この子たち……既に勝った気でいるよ。


「負けるつもりはないけど、僕って、勝っても良いの? 協力してくれるの?」


「『もちろん!!』」


 よく分かんない……。

 この話は置いておこう。


「それで、依頼はきてた?」


「これと……それからこれだけね!」


 2件の依頼が入っていたらしい。

 僕たちの知名度が王都ではまだ低いということもあるようだ。

 件数をこなすごとに増えるだろうとラールさんがフォローしてくれた。



【蘇生依頼書】


 蘇生対象:クマコ

 蘇生理由:人命救助熊を目指すため

 種族:ファイアーベアー(火熊)

 性別:雌

 年齢:5歳

 死因:溺死(川で溺れていた子供を救助)

 時期:5日前

 職業:テイム済の魔物

 業績:カナという女の子を助けたらしい

 報酬:×お金 ×物品 ○その他

 メモ:遺体はギルド内に安置

 依頼者の関係:カナ(テイマー)



【蘇生依頼書】


 蘇生対象:チェルシー

 蘇生理由:神の御心

 種族:人間

 性別:女性

 年齢:21歳

 死因:刺殺(盗賊による殺人)

 時期:2日前

 職業:神殿の巫女

 業績:清らかなる身を守り続けている

 報酬:蘇生後、本人と相談

 メモ:遺体は神殿の地下室に安置

 依頼者の関係:信者一同



「えっと、魔物か。蘇生したらテイム効果が切れてました!って、いきなり襲い掛かってきたらどうする?」


「ハルくんの新スキル、対蘇生だっけ? あれって、クーが思うには、蘇生した生き物の生殺与奪の権利を得るって感じじゃないかな?」


 竜泉の水を飲んで覚えたスキル“対蘇生”。

 蘇生魔法と対になる魔法……素直に考えればそうかもしれない。

 言わば、即死系魔法――。


『私もそう思う。命を授ける者には、それを奪う権利も与えられるってね。これからはあまり変態さんを苛められなくなったわね』


「アネットさん! 僕はみんなにこの魔法を絶対に使わないよ! でも、あまり苛めないでね?」


 これは、気軽に実験できる魔法じゃない。

 依頼主には悪いけど、今回の魔物の蘇生依頼を受けて、場合によっては……。


 その事をさりげなくみんなに相談したら、賛成してくれた。



「あと、神殿の巫女さんは、明日の午前中に蘇生しようか」


 明日の楽しみが増えた!

 醍醐味だ! 真骨頂だ!

 とりあえず顔に出すな、落ち着こう。



 ★☆★



 僕たちは、ギルドの最奥にある素材倉庫に来ている。

 そこには、赤い毛に覆われた体長1mほどの小熊が横たわっていた。魔物の死体だからといって、討伐部位や素材と一緒に置いておくのは……。


『カナです。あなたが蘇生魔法使い? あたしと同じくらいの年齢なのに……』


 さらさらストレートの茶髪の12歳女子が、僕に向かってぴょこんとお辞儀をしている。結構可愛い。この子がクマに助けられたって女の子か。緊張するけど、意外と話しやすいかも。


「同級生だね。念の為確認だけど、蘇生したときにテイムの効果が切れているようだったら、即時殺処分になるけど構わない?」


『うん……小熊のときから一緒だったから、魔法でテイムした訳ではないんだ。もし……もしも襲ってくるようなら、悲しいけど、君に任せる』


 そうか。

 ペット、いや、家族みたいな関係なのかもしれない。

 魔法の実験材料みたいに考えてしまってゴメン……。


「申し訳ないけど、その時は僕も一緒に泣いてあげるから。クマコの優しさに感謝して静かに看取ってあげようね」



 クマコは雌だったか。

 熊って、胸とかあるのだろうか。

 一応、心臓付近に左手を添えて意識を集中していく。


 僕の体内で練り上げた魔力が、銀色の光の奔流となって左手から注ぎ出て行く。


「レイジング・スピリット! クマコの優しき魂よ、還れ!!」


 部屋に満ちる光がクマコに凝縮していく。

 他の魔物素材に引火しなくて良かった……。


 やがて、僕の左手に力強い鼓動が伝わってきた。

 ゆっくりと瞳が開いていく……。


 どうだ!?

 僕はいつでも対蘇生を行えるように身構える。

 クーデリアさんが覚えたての結界魔法を準備し、ポーラも杖を構えて光魔法を放てるように待っている。もちろん、ルーミィやアネットさんは剣を抜き放っている。そんな中、ラールさんだけは、目を閉じ、手を胸元で組んで必死に祈っていた――。



 まん丸の優しい目が僕を、そしてカナを捉える。


『クゥーン!!』


 クマコは、僕に抱きつくと、僕の口をペロペロ舐め始めた。

 そして、今度はカナの口を舐め始める……。


「『くっ!』」


 臨戦態勢にあった女性陣から殺気が漏れる!

 これは事故だ。間接キスではない!


 そんなことはどうでも良い――。

 結論、蘇生後もテイムの効果は残っていました。


 そりゃそうだよね、クマコの記憶が消えた訳ではないんだから。


 僕たちはしばらくの間、泣きながら抱き合うカナとクマコを温かく、一部熱く見守っていた。



『魔法使いさん! 本当にありがとう! 報酬の件だけど、ルーミィちゃんと話し合った内容でお願いします!』


「ん?」


『わたし、エンジェルウィングのメイドになります! 敷地の警備はクマコに任せて!』


「……」



 ★☆★



 カナとクマコを連れて拠点に戻る頃には、日も沈みかけていた。

 ほんと、長い1日だったよ。


 拠点には、ミールとケットシーのミゥが居た。

 一応、服は着ている。


『ご主人様、お帰りなさいませにゃぁ』

『むむっ! 女の子が1人増えてる!』


「ただいま! 女の子というか、今日からメイドで雇うことになったらしい、カナちゃん。それと、護衛のクマコ」


 僕は、隣にちょこんと立っているカナとクマコを紹介してあげた。

 カナとクマコは、目を輝かせながらミールとミゥを抱きしめている。


『クマ! お前は今日からミゥの家来にゃぁ』

『クゥーン!』

『カナ……ワタシはヌイグルミじゃないから! それと、ハル様は渡さないから!』


 ミールは口では反論しているけど、嬉しそうに遊んでいた。



「ミール、そう言えば今日はずっと何をしてたの?」


『ハル様! ワタシ、びっくりした。ハル様と契約したあの占い師……時と次元を司る大精霊クロノス様だった!』


 ミールが大興奮で語り出した。


「あの水色の髪の少女が、大精霊クロノス!?」


 あっ、少女って言っちゃった。

 老婆って言っておけば良かった!


「ハル兄様! クロノス様と言えば、フェニックス様と並ぶ大精霊ですよ!」


 ポーラやアネットさんも大興奮だ。

 エルフから見ても、かなり高位の存在らしい。

 確かに、未来視の能力は凄いけど――。


「それで、そのクロノスさんがどうしたの?」


『ここ王都の拠点と、ティルスの拠点をゲートで繋いでいただいたの。これから拠点が増えるたびにゲートも増やしていただけるそうです』


「「えっ!?」」


 すごい……。

 どうやら、ミールたちはクロノスに精霊界に呼び出されて僕のことで盛り上がったらしい。それでわざわざゲート開設までしてもらえるとは。

 それにしても、ゲートを通るたびに魔力がたっぷり吸われるという、この仕様は……。



 その後、遺跡や父さんのこと、王宮でのことも含めて情報交換を行った。

 そして、今後の大まかなスケジュールが組まれた。


 毎朝のレッスン後、午前中のうちに蘇生依頼を済ませる。午後からは遺跡でレベル上げに励む。夜はゆっくり過ごす。


 そう、夜はゆっくり過ごすんだ。


 どう過ごすのかって……恒例の順番決めが始まっているところを見ると、期待と不安に押しつぶされそうになる。正直、不安のほうが大きいよ。


「待って! その順番ってもしかして……いくらなんでも、おかしいだろ! 理性、そう! 大切なのは理性のある清らかな愛だよ! 僕が最も好きな言葉はね、ピュアラブ! 純愛こそが大魔法使いへの第一歩なんだ!」


 誰も聞いてくれなかった……。


 そして、今夜はアネットさんに襲われた。

 夜通し、猛烈に犯された。

 全然ゆっくり過ごせていない気がする……。

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