第24話 疑雲の習い

「昨晩はとってもお楽しみだったようで! お部屋から2人の幸せそうな声が漏れていましたよ!」


 朝からルーミィの嫌味口撃。

 ミールは蝶の姿になってふらふらと飛んでいる。逃げる気だな!


「覗きとは、悪趣味だね」


「えっ!? ちょっとだけ……気になっただけよ!」


 うはぁ!

 カマをかけたら引っ掛かっちゃったよ……。


「お兄様……」


「ポーラ、僕は世界で1番真面目で誠実なお兄ちゃんだよ? この透き通るような目を見てごらん」


 そう、目は心を映す鏡。

 精一杯、真剣な顔でポーラを見つめる僕。

 でも、本当にこんなに可愛いエルフの妹がいて良いのだろうか。

 あまりにも幸せすぎて自然とにやけ顔になってしまう。


「ほらね、ポーラちゃん! ハルの邪な心がよく分かったでしょ!」


「はいっ! でも、今のところ全部占いのとおりなんですよねっ!?」


 占い……あっ、あの婆さん!

 いや、水色の髪の……精霊かな……について、ちゃんと話さなきゃね!


 僕は、御者をしているラールさんにも聞こえるように、右手の紋章のことと、未来視のことも含めて話した。

 みんな、僕がルーミィの魂を持ち帰った件については疑問だらけだったようで、やっとすっきりした様子。

 でも、婆さんが清楚な美少女になっていた件は……今は、まだ内緒にしておく。



「そういえば、クーちゃんの順番はどうするの?」


 ラールさんが振り返りながらルーミィに聞いている。


「いったい、何の話?」


「そこが大問題ね! とりあえず、今日と明日は決まっているから、その後にまた会議かしら」


「そう、よね。さすがに抜け駆けは良くないというか、可哀想というか……」


「だから、いったい何の話!?」


「今度の会議、私も参加しますからねっ!」


「仕方ないわね……占いを信じましょ。でもポーラちゃん、無理はしちゃだめですよ?」


「ちょっと! 何の話だよ!!」


「はいですっ! お優しいラールお姉様、ありがとうございますっ!」


 ポーラまで僕をスルーする!?



 ★☆★



 早朝、宿を出発してから順調に進んできた僕たちだったけど、それもわずか1時間だけのこと。


 「ハル君、追いかけられています。振り切れそうにありません……どうします?」


 窓から後方を見ると、砂煙を上げて迫る馬が2頭。

 騎乗しているのは……盗賊ではなさそうだ。


 「急用かもしれない? ラールさん、止まってください。みんな、一応警戒しておいて!」



『私はソフィア村の者です。昨日は大変お世話になりました。大変申し上げにくいのですが……村までお戻り願えませんか?』


 ソフィア村って、あの聖樹の村か。そんな名称だったんだね。

 わざわざ追いかけてくるなんて、何事だろう。


「どんなご用件でしょう?」


『それが、村のしきたりのことで……とにかく、村長の所まで来てください』


 村のしきたり?


 僕たちはお互いに顔を見合わせ、首をかしげる。

 みんなも心当たりはないらしい。


 でも、あの村でいろいろやらかしたことは事実……しっかり弁償もしたし、貢献もしたはずなんだけど?

 もしかして、未成年者なんとかという規則でもあったのかもしれない。


「ハル、戻りましょう」


 ルーミィが蒼ざめた顔で決断する。

 ラールさんが馬車を折り返し、急ぎ村に向かった。



 ★☆★



『村長のド・ドンキですじゃ。こたびはご足労いただき、まことにかたじけない』


 ラールさんが渋い表情を浮かべている。


『村の、昔からのしきたりでな、“三宿一願”というのがあるのじゃよ。“村に3泊した者には、1つくらいお願いをしてもばちが当たらない”という意味じゃ』


 村長宅まで案内してくれた村人たちが、申し訳なさそうに下を向いている……そのしきたりとやら、思いっきり眉唾だな!


『そこの美人さんにもお願いしたのじゃが……わしの息子を蘇生してはくださらんか? 当然、報酬はお約束どおり払わせていただく!』


 なるほど、これも親の愛だね。悪い人間でなければ断る理由はないけど……どんな人なのか聞いてみるか。


「村長さん、息子さんについて詳しく聞かせてくださいませんか?」


『うむうむ! 息子はド・ランコというのじゃが、非常に将来性豊かな英雄じゃった。学校では入学から卒業まで常に首席でな、卒業後も政治や経済、医学に軍事と、全てに多大な功績を残してくれた。優秀な人間ほど命が短いと聞いたことがある。息子も例に漏れず、35歳で急逝しおった。息子は美麗でもあったから村の女性がみな泣き喚いてな、自殺未遂まで起きるほどじゃったわい。わしが言えるのはこのくらいじゃ』


「「……」」


 僕とラールさんは言葉に詰まった。

 今回、ルーミィとミール、ポーラは馬車で留守番をしているけど、正解だったかもしれない。


『どうした?』


「いえ、あの、本当に優秀な方なのですね。僕からは条件が1つだけあります」


『条件とな?』


「はい。息子さんの優秀なお力をお貸しいただきたいと思いまして……生き返りましたら、1年間はクラン“エンジェルウィング”ティルス本部で働いていただきます」


 アーシアさんたちにド・ラ息子をビシバシ鍛えてもらおう。

 人格矯正をすれば大丈夫だよね?

 ラールさんが何度も頷いている。


『ティルスか……あい、分かった。条件は了解じゃ。蘇生をお願いしたい』



 村長さんに案内された一室で、ド・ラ息子さんは眠っていた。

 死因は落馬らしい。落馬の原因も分かった。明らかに太りすぎ!

 心の中で精一杯叫ばせてもらおう。この人よりも馬が可哀想だ!

 落馬させなければ馬が死んでいただろ!!


 ふぅ……少し落ち着いた。


 ラールさんは、僕以外の男性の裸を見たくないと言って、別室でクラン宛の手紙を書いてくれている。

 なんて健気なんだ!


 巨乳に左手を乗せる。

 魔力を練り上げ、左手に通す。

 これだけ無感情でテキパキやっても、しっかりと銀色の光が湧き出てくる不思議。

 光が部屋中を満たしたのを見計らい、僕は不必要な詠唱を口にする。


「聖なる光よ。奇跡を起こし、この優秀なる者の魂を呼び戻したまえ! レイジング・スピリット!」


 詠唱とは全く無関係に、銀色の光は繭のように男性を包み込む。

 僕の左手に彼の体温と鼓動が伝わってくる。

 一応、3回ほど揉んでおく。

 うん、変な性癖に目覚めた自覚はない。

 これは健全たる心臓マッサージだ。


 息子さんの目が開く。

 なぜそこで顔が赤くなるんだよ……。

 そして彼の下半身、自己主張が激しい……。

 僕は、起こしてはいけない悪魔を目覚めさせたのか!?


「ド・ランコさん。僕は蘇生魔法使いのハルと申します。3日前に落馬で亡くなったあなたを蘇生しました。お身体の具合はいかがですか?」


『あ……俺、本当に生きてるの? うそーん、信じらんない……』


 ド・ラ息子は男泣きだ。

 そこに村長も抱きついてきて素晴らしい親子愛を見せてくれる。

 うん、実に感動的だ。


 僕たちは、条件の話を念入りに確認し、ラールさん直筆の紹介状を渡した。

 そして多大な感謝と報酬(10000リル)をいただき、村長宅を出た。

 念のため、ラールさんは直接クランの方への手紙も出したようだ。



「ずいぶん早いわね!」


 馬車に戻ると、ルーミィがびっくりしていた。

 確かに、馬車を降りてから戻るまでわずか30分……これは最速記録かもしれない。

 まぁ、そういう日もあるさ。


「早く王都に着きたいからね」


 尤もらしい言い訳をしておく。



 ★☆★



 晴れ渡る空、心地良い風が頬を撫でる。

 今度こそ順調に旅は続いた。


 馬車の中は音楽が満ちている。

 意外なことに、みんな歌が上手だ。

 もちろん、僕を除いて……。


 日没前、僕たちは王都の城門に到着した。


 入都者の身分確認のため、東門はとても混み合っていた。

 身分確認と言っても、冒険者カードを提示するだけで済む。

 もちろん、ミールやポーラもティルスで冒険者登録済なので、僕たちはスムーズに王都に入ることができた。


 ここが王都!!


 ティルスも大陸東部で第2の都市と言われて凄く繁栄していたけど、正直、格が違った……。


 行き交う人、人、人!

 人が川のように流れていく。

 そして、誰もがおしゃれだった!!


 冒険者、商人、市民……フィーネの田舎育ちの僕たちから見たら、全員が貴族か何かに見える。


 でも、人間ばかりが目立つ……獣人やエルフ、魔族などが圧倒的に少ないのが気になる。

 勇者リンネ様が作った自由都市ティルスと比較するのが間違いかもしれないけど、むさ苦しさを感じてしまう。


 その感覚は、ギルドでも同じだった。

 とても混み合っているギルド1階のフロア。

 そこにいる冒険者の9割が人間で、まれに獣人がいるくらいだった。

 もしかして、人間第一主義というか、多種族への偏見があるのではと不安になってしまう。



 そして、エルフのポーラを守るように歩いていると、後ろから肩を叩かれた。


「ハルくん! 捜したよー!!」


 クーデリアさんだった……ほっとして涙が出てきた。


「なっ! クーに会えて泣いてくれるとか……本当に嬉しすぎ!! ハルくん、大好き!!」


 何だか勘違いされて抱きつかれたけど、僕も嬉しかったからいいか。



 ルーミィたちはカウンターにいた。


 今日すべきことは多い。

 まずは、クランの仮本部となる施設を借りる。

 事前に話し合い、クーデリアさんの事務所も仮本部に併設することになっている。

 そして、ギルドマスターであるリザさんや、ティルス支部のサラさんへの報告だ。

 それと、王都にいる近衛騎士団副団長のルーニエさんにも連絡をしないといけない。


 みんなで分担しながら進めていると、アネットさんが歩いてきた。


『変態さん、お久しぶりだね!』


「大勢がいる前で変態なんて呼ぶな! って、アネットさんどうして王都にいるんだよ!!」


 アネットさんは確か、護衛の任務があるから僕たちとは別行動だったはず……。


『実はね、護衛の対象がクーだったんだよ! 私も知らされていなくてびっくりしたわ』


 クーデリアさんが舌をぺろっと出して笑っている。

 すごく可愛い。

 ってことは、クーデリアさんの策略か!


 それにしても、ここではダークエルフは目立つ。

 アネットさんはスタイル抜群だから、とにかく視線が集まる……。

 ポーラがそわそわしているし、場所を移動した方がいいね。



 僕たちは特別に会議室を貸してもらえることになった。


 結局、僕とルーミィ、ラールさん、ミール、アネットさん、クーデリアさん、ポーラ……第1班の7人全員が集合したことになる。


 再会の喜びを一先ずお預けにして、まずは仮本部の選定に取り掛かった。


【物件A】

 ・広さ:2階建/築6年、12部屋

 ・価格:8000リル(80万円)/月

 ・特徴:ギルド徒歩5分、食堂・会議室


【物件B】

 ・広さ:3階建/築15年、15部屋

 ・価格:9500リル(95万円)/月

 ・特徴:ギルド徒歩15分、食堂・会議室


【物件C】

 ・広さ:2階建/築20年、10部屋

 ・価格:6000リル(60万円)/月

 ・特徴:ギルド徒歩10分、食堂・大浴場・会議室



「難しい……」


「そうかしら? Aは絶対に却下で、Bは高すぎるからダメ、Cしかないわよ?」


「クーもそれでいい!」


『私もCしかないと思うわ』


「決まりね。私が契約に行ってくるね」


 あら……ルーミィ、クーデリアさん、アネットさん、ラールさんの4人で、あっという間に過半数可決だった。


「決め手は何?」


「『大浴場!!』」


 あら、そうですか……。



「あのね、事務所の件だけど……実は、大切な話があるの……」


 ラールさんが戻ってくるのを待って、クーデリアさんが話しにくそうに切り出した。


「クーちゃん、何でも言って。僕にできることは何でもするから」


「うん。今回はね、ハルくんじゃなくて……女の子限定のお話」


 僕はしょんぼりしながら部屋を去った。

 まぁ、こういう日もあるさ。



 1時間後……。

 女性陣が大はしゃぎで会議室から出てきた。


「話はまとまった?」


「うん! ハルくん、待たせちゃってごめんね! 実は、クーたち6人でアイドルユニットを始めることになりました!!」


 はぁ!?

 確かにみんな歌が上手だし、ルーミィは学校No.1の美少女、ラールさんはフィーネの町No.1の看板娘、ミールは超絶美少女妖精王だし、アネットさんは悩殺ボディ、ポーラはロリ美少女エルフ……確かに、最強ユニットの可能性はある。


 しかし……。


「クランの仕事は!?」


「レッスンは1日3時間、クーが教えるわ。ステージは1週間に1回だから副業気分で大丈夫よ! 王都にいる2週間だけの限定ユニットだし、青春の素敵な思い出作りよ!」


「ハル、エンジェルウィングの知名度を上げるために、これは必要なの!」


 待て待て……。

 これはどういう流れなんだ?


 そうか、分かったぞ!

 ルーミィたちはクーデリアさんの引き立て役だ!

 後ろで踊ったり、照明を持ったり、売り子をするんだ!

 そうだよね、王都デビューなんだから、クーデリアさんをみんなでフォローしないとね!


 気付かなくてごめん!


「そういうことなら応援するよ、みんな頑張ってね!」



 ★☆★



 僕たちは、早速新しい拠点に移動した。

 運良く即日入居物件だった。


 建物自体は……ちょっと古い。

 でも、よく手入れが行き届いていて綺麗だった。


 持ち込んだ食事を大食堂で済ませ、女性陣を先に大浴場に押し込むと、僕は割り振られた自分の部屋でゆっくりと寛ぐ。


 みんながいろいろと配慮してくれた結果、僕の部屋は建物の中でも1番上等かもしれない。

 窓際に置かれたベッドは4人が余裕で寝られるサイズだし、個室に設けられたお風呂も立派だった。

 2階東側の角部屋で、ちょうど、ギルドや王宮が見渡せる眺めも申し分ない。



 窓からの眺めを堪能していると、ドアがノックされてルーミィが入ってきた。


 パジャマだった。

 もじもじしながら僕のベッドに潜り込む……。


「ハル、今日はあたしの番……」


「……」


 お互いの初めてを捧げあった僕たちは、朝まで頑張ってしまった。


 早朝、寝不足のルーミィが女性陣にさらわれていった。



 そう言えば、ルーミィたちは朝からクーデリアさんにいろいろ習うらしい。

 そして、お昼を食べた後には全員で王宮に行くことになっている。

 やばい、考えるだけですごく緊張してきた……。

 さて、二度寝を楽しもうかな。おやすみなさい~!

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