第31話 婚約の祝い
午前10時――。
エンジェルウィングの初コンサートが始まった。
見事に満員だった!
最前列には見知った顔が並んでいる。
父さん母さん、それに兄さんと亜人さんたち……兄を死んだことにしていた件は、笑い話ということで片付けられた……。クーの両親と、ギルドの受付の人、それに、カナとクマコもいる。ケットシーのミゥは留守番か。
観客は、男女半々といったところか。意外と女性客が多いのが嬉しかった。
僕はというと、観客席からではなく、舞台の袖でフォローする役回りを任されていた。
こんな大役、いきなり任されてもね……。
ドタバタと着替えを手伝い、一人ひとりの髪や服をチェックし、抱き合って送り出す。
その後は、照明を弄ったり、小休憩の時に飲み物を手渡したりと大忙し――。
トークや流れについては全てクーが仕切ってくれたお陰で、ボロが出ずに進行していく。
いつも練習で聴いていた歌だけど、その歌声は本番では全く違っていた。
観客以上に、メンバーが興奮していたというのもあるかもしれない。
すごく楽しそうに、幸せそうに歌っていた。
こういうのって、実は、上手かどうかということよりも、自分や観客が楽しめれば良いのかもしれない。
心配していたダンスも、誰も転ばずにこなしていた。
これも、クーのお陰だと思う。
もっとも歓声が大きかったのは、全員が激しくジャンプする場面だった。それは僕も激しく共感する。正面か、真横から見れないのがとても悔しい。
2回のアンコール、最後のカーテンコールを終え、腕が限界を迎えた昼過ぎに、コンサートの午前の部が終了した。
その後、劇場内に設けられた控え室に入る。
そこには、僕の両親だけでなく、クーの両親も来ていた。
親同士が挨拶を交わしている。
それだけなら普通なんだけど、結婚だとか披露宴だとかいう物騒な単語が聞こえてきた時には、呼吸が苦しくなって部屋から逃げ出した。
このカオスな雰囲気、緊張する……。
軽く食事を取り、身体を動かす。
いよいよだ――。
劇場の隣に、10m四方の闘技場が設営されている。
あまりにも本格的過ぎて苦笑いをしてしまう。
13時――。
闘技場に王様が現れた。
『これより、アディリシア王女争奪戦を開始する!』
王様自らが宣告とか……この国はおかしい!
『王女を護るに相応しき力を示せ! 西より来るは、ランクS冒険者ヴァルス! 東より来るは、蘇生魔法使いハル! 』
王様に呼ばれて闘技場に上がる。
騎士団長から手渡された木刀を2度、3度と振る。
模擬戦も、当然勝ちにいく!
剣術では勝ち目がないのは分かりきっている。
わざと隙を作り、攻撃をさせてからカウンターを狙う。勝機があるとすれば、その方法しかあり得ない!
『いざ尋常に、始め!!』
父さんは余裕の表情だ。
木刀を下に向け、掛かって来いと言わんばかりに剣先を回している。
僕は、木刀を身体の右側、顔の高さで水平に構え、突きの動作のまま全速力で突っ込む!
低い姿勢で脚を狙ってきた左からの薙ぎ払い……その父さんの攻撃が届く寸前、咄嗟に浮遊魔法で後退してかわすと、右に振り抜かれた腕を狙って一閃!
浮遊魔法ならではの、慣性を無視した激しい動き。
急激すぎる浮揚に、思わず朝食を全て吐き出しそうになったが、吐くなら父さんに撒き散らしてやる!
父さんは僕の思わぬカウンターに意表を突かれながらも、右手を引いて、木刀の柄頭で打ち返してきた。
ここで距離を取っているようではダメだ!
父さんが体勢を整える前に、攻める!
僕は、打ち返された反動をそのまま利用し、身体を回転させたまま、遠心力で父さんの左脇腹を薙ぎにいく!
右手に引かれて遠ざかる父さんの剣先、今なら左脇腹はガラ空きだ!
しかし、避けられた――。
『はっ!!』
間合いを読み切り、半歩下がった父さんは、木刀を上段に構え直し、気合の声を放つ。
僅か半歩、されど半歩。
この差が勝敗を決した……。
父さんの振り下ろしは、回転の慣性が抜け切れない僕の頭をコツンと叩いた……。
『それまで! 勝者ヴァルス!!』
完敗だった――。
思い返せば、数えるほどしか打ち合っていない。
時間にして数秒、いわゆる秒殺だった。
正直、勝てる訳がないのは分かっていた。
でも、勝つつもりで臨み、立ち向かった。
それがかえって僕の悔しさを倍増させた。
闘技場に上がってしまえば、戦前に抱いていた王女争奪戦がどうとか、父さんが憎たらしいとか、そんな感情はどこかに吹き飛んでしまっていた。
そんな感情から挑んだ戦いではなかった。
一人の男として……と言うと大袈裟だけど、自分の成長を見てもらいたかったというのが素直な気持ちだった。
だから、その後に僕の耳に聞こえてきた父さんの言葉は、僕の心を大きく揺さぶった。
一番欲しかった言葉を聞くことができて、感情が溢れた。
どっと目頭が熱くなり、視界がぼやける。
『強くなったな』
「ううん、最高の、仲間たちのお陰だよ」
自然と言葉が紡がれた。
これが本心というやつか。
背中に衝撃が走る。
振り返ると、みんなが抱き付いていた。
これはさすがに恥ずかしい。
勝負に負けて女の子に励まされるなんて、恥ずかし過ぎだ!
僕は、とりあえず逃げるようにして闘技場を降りた……。
会場の興奮が落ち着きかけた頃、闘技場に新たに設けられた高さ3mほどの壇上に、アディリシア王女が3人の侍女を連れて上がってきた。
なぜか、ウェディングドレス……。
まだ12歳でしょ!?
この演出はやり過ぎな気がする……。
続いて、王様が朗々と大きな声を上げる。
『続いて、候補者から王女への告白合戦とプレゼント勝負を行う!』
ちょっと待って!
心の準備が……。
ノープランなのに、とうとうこの時が来てしまったよ……。
『まずはヴァルス! 壇上へ!』
『はっ!』
父さんが1本のバラを手に、壇上へと続く階段を上がって行った。
父さんの後ろから小さな箱を持った騎士が付いてきて、階下に控える。
父さんは、アディリシア王女の前に
王女は、それを受け取るべきか悩みながら右往左往している。
隣に控える侍女が、堪らずバラを受け取る。
父さんは、そんな健気な王女へにこやかに微笑みかけると、ゆっくりと立ち上がった。
『私は! 貴女を初めて見た時からずっと好きでした! 何があっても、どんな敵からも、貴女を護り抜きます! これが誓いの証です』
階段を上がる騎士から小箱を受け取り、王女に捧げる。
今度は遠慮がちに王女が受け取った。
『お開けください! 霊峰ヴァルムホルンの麓にてスノードラゴンより授かりし卵。美しき王女には遠く及びませんが、きっと、王女を飾る華となりましょう!』
会場からどよめきと歓声が上がる。
それに応えるように、壇上から王女と王様に一礼し、父さんが階段を下りてくる。
満足げな父さんと王様の顔。
ドラゴンの卵か……負けたかな。
『続いて、ハル! 壇上へ!』
「はいっ!」
王様の声に勢いよく返事をしたものの、足が緊張で動かない……。
ルーミィに背中を叩かれ、やっとの思いで歩き出す。
無心で階段を上がる。手ぶらで。
手足の感覚がない……。
見上げると、ウェディングドレスを着たアディリシア王女がいる。
紫色の綺麗な髪に、白いドレスが映える。
華のように可憐だった!!
決死の覚悟で王女の目の前まで行き、一礼して向き合う。
王女は僕以上に緊張した様子で、チラチラと視線を彷徨わせていた。
その小動物的な可愛らしさに、思わず笑ってしまった。
お陰で緊張が和らいだ気がする。
「アディリシア王女、こんにちは」
『こ、こんにちは……』
「まさか、こんなことになるなんてね。初めて会った時からは全く想像できなかったよ」
『そうですね』
僕の自然体の会話が、王女の笑顔を引き出していく。
可愛い……見惚れてしまった。
「僕たちを運命が導いてくれた。どんなに離れても、きっと、僕たちの魂が引き合わせてくれる……」
僕は王女に一歩近づき、両手を前に差し出す。
王女は、僕の手にそっと自分の手を添える。
小さくて守りたくなるような綺麗な手を。
瞳を見つめて囁く。
「君に、忘れ物を届けにきた」
『はい……』
王女は、ゆっくり目を閉じると、顔を上に向けた。
無防備な唇が、僕に向けられた。
小さな、柔らかそうな唇だった。
ほっぺも、おでこも無理だ……雰囲気以前に、角度的に絶望的だ!
僕は意を決し、アディリシア王女の唇に、自分の唇を重ね合わせる。
離したくない、離れたくないという想いからか、そのまま5秒……10秒と2人だけの時が過ぎていく。
そして、お互いの気持ちが満たされたとき、どちらからともなく唇が離れた。
我に返ると、会場からの大歓声が聞こえてきた。
王女は照れながらも観衆に手を振って応える。
幸せそうに微笑みながら。
僕は真っ白な頭のまま、階段を転げ落ちるように降り、ルーミィたちが待つ場所まで戻った。
真っ赤な顔をしたみんなに、ポカポカ叩かれたのは言うまでもないけどね……。
★☆★
午後の部は、客席の最前列で見た。
雑用は、兄のパーティメンバーが代わってくれた。
何度も僕に視線を送ってくれるみんな。
すごい優越感を感じた!
決して、僕の隣に座っている王女への牽制ではないと信じたい。
コンサートが無事に終わると、僕はアディリシア王女を侍女に返し、呼び出されるまま控え室へと向かった。
そこには、プロデューサーを名乗る20代の女の人が居た。
『是非とも私にお任せください!』
突然僕の手を掴んで熱意たっぷりに語る女性……僕が状況を飲み込めずにあたふたしていると、アネットが説明してくれた。
『この方、リーアさんと言うんだけど、ティルスでクーのプロデュースをしていた人なんだって。まぁ、ファンといろいろあった時に契約を解除したんだけど、今回のコンサートを聞きつけて、もう一度チャンスが欲しくて来たそうよ』
あぁ……クーの命を守れなかった人か。
信用して良いのだろうか……。
クーを見ると、過去を思い出したのか、コンサートの疲れがどっと湧き出したのか、俯いている。
こんなクーを見るのは初めてだ。
この状況――。
「分かりました。あなたにお願いします」
僕の声を聞いたみんなが、驚いた顔を向けてくる。
「ハル! でもクーは……」
僕はルーミィを手で制して続きを言わせなかった。ルーミィが言おうとしたことは分かるから。
でも、それは間違っている。
「クーはね、逃げちゃダメなんだよ。ルーミィは、クーが僕たちと世界を旅するのが当然だと思ってる? もしそう思っているなら……僕ははっきり言う……僕たちのクーを舐めるな!!」
突然の僕の怒鳴り声で、控え室が静まり返る。
当のルーミィもポカンとしたままだ。
それに対して、クーはじっと僕の目を見つめている。
「今日のコンサート、素晴らしかったよ。何が素晴らしかったって、みんなが楽しそうに歌ったり踊ったりしている姿。心から幸せそうだった。みんなが輝いていたと思う。でも……クーが1番輝いていた! 1番幸せそうだった!」
誰も否定せず、僕の話をじっと聞いている。
「僕たちは何回もクーを戦いに引っ張り出したけど、クーの居場所はこっちだよ。今日改めてそれを実感した」
そんなことは誰もが知っている。
問題はそこじゃないんだ!
「だから、クーを旅には連れて行けない」
呆然とするクー……。
クーを捨てるような発言が、みんなの怒りの感情に火をつけた。
でも、敢えて僕は言葉を続ける。
「クーの戦いの場はここにある! 昔と違って、クーには心が通じ合った仲間がいる。もう絶対に自分には負けないはずだよ! 過去を恐れるな、乗り越えるんだ! 僕たちのクーには、それが絶対にできるはずだよ!! 」
クーが泣きながら僕に抱き付いてくる。
その細い背中をそっと撫でてあげる。
「別れなんてない。どこに居ても会いに来る。僕はクーを、みんなを幸せにするって決めたんだ。僕たちは1週間後に旅立つけど、一緒に居る間はたくさんわがまま言っていいからね」
「うん! ハルくん! いっぱいわがままする!! そして頑張る!! 」
「リーアさん……クーは僕の愛する人です。そして、みんなを幸せにできる人です!! 是非、お願いしますね」
リーアさんとクーが力強く抱き合う。
お互いに信頼しあっていることは感じていた。きっと、この人なら大丈夫だ。
★☆★
夕方、僕は王宮、謁見の間に呼ばれた。
アディリシア王女争奪戦の結果発表があるらしい。
仲間たちも当然一緒だ。
未だに唇にキスをしたことを責められ続けているけど、誰も怒っている訳ではない様子……。
『よく来た、ヴァルスとハルよ!』
迎える王様は機嫌が良かった。
いきなりの牢獄行きも覚悟していたし。
『一同、静まれ! これより、アディリシア自らが結果を発表する!』
もう勝敗なんてどうでもいい。
父さんが王女と結婚するなら、王女を誘拐でもしてやる!
冗談だけど……。
変な妄想をしていると、アディリシア王女が現れた。
水色のドレスを着て小走りに王様の元へ向かう。
途中、ドレスの裾を踏んで転んでしまった……。
チラリと見えた下着……やはり白と水色がこの子には似合う。
『皆さま、お待たせしました。私、アディリシアは、ハル様と共にありたいと願います!』
側に控える大臣や騎士、侍女たちから大きな拍手が上がる。
その中を、王女がゆっくりと僕の所まで歩いてくる。
何を言えばいいんだろう?
悩んだ挙句、僕は変なことを口走ってしまった。
「白と水色がよく似合いますね!」
『……』
その後、多少の修羅場があったが、全てが想定内。
父さんは悔しそうに涙を流しながら去っていった。
僕は王様にこっそりハッスル薬をプレゼントし、王女と明日デートをする約束をして別れた。
★☆★
その夜、母さんが僕たちの拠点に泊まった。
父さんのあの告白、実は昔に父さんが母さんにした告白そのものだったらしい。
あの告白を聞いて、父さんが王女にではなく、自分に告白をしていると気づいたんだそうだ。他人への告白なのに、嬉しすぎて泣いてしまったという母さんが、今さらだけど凄い。
あの臭い告白にそんな意味があったとは……。
これが夫婦の絆ですかね……。
両親ののろけ話を聞いても嬉しくないけど、ちょっと安心した。
それにしても……あの臭い告白、僕には無理だな!
人のことは言えないけど。
因みに、母さんが貰ったプレゼントは、ドラゴンの卵ではなく、僕が持っている短剣だ。
僕からその短剣を取り上げて、剣士のように振り回している母さん……やっぱり、父さんにキレてるんじゃないですか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます