第32話 天真の装い

 翌朝、母さんを転移ゲートでティルスへと送る。

 もうしばらく泊まりたがっていたけど、いろいろ理由を付けて送り返す。

 ついでに、久しぶりに故郷のフィーネに戻る予定だという兄とそのパーティも、一緒に送ってあげる。家族想いって素晴らしい。


 うちの家族と入れ違いで、お客さんを迎える。

 アディリシア王女だ。


「朝早くからお邪魔してしまってごめんなさい」

「僕の方も都合が良かったから大丈夫ですよ」


 そう。実は、王女がみんなの早朝レッスンを見たいと言うから、王女が来る前にうちの家族を追い出したんだ。

 母さんは母さんで、父さんが告白した相手だからって斬りつけることはないだろうけど、僕の婚約者だということで猛烈に絡みそうな気がした。

 兄は兄で、女性嫌いが爆発して粗相をしでかす気がした。

 うん、こういう危機管理は重要なんだ。




 朝7時頃、クー先生のレッスンが始まった。


 先日のコンサート、観客の反応は抜群だったと思うんだけど、クー先生にとっては不満だらけだったらしい。


「ラール、恥ずかしがらずにもっと脚を上げる! アネットは音程がずれてる! ルーミィ休まないの! ミールは変身して逃げても虫取り網で捕まえるからね! もうっ! ちゃんとできてるのはポーラちゃんだけじゃない!」


 鬼先生の怒号が響き渡る。


 それでも、王女は目を輝かせながら見入っている。

 昨日のコンサートの冷め止まぬ興奮が今も燻り続けている目だ。


「ハル様、私もやってみたいですわ」


 王女様が意外なことを言い始めたよ。

 荒波に突っ込んでいく海女のような、猛々しい精神の持ち主だね……。


「クー、アディリシア王女も参加したいらしい……」


 恐る恐る訊いてみたら、二つ返事で了解してくれた。



「アディ、回る向きが反対! そこはジャンプよ、転がってどうするの! あ、でも歌だけはすごく上手ね!!」


 王女が既に溶け込んでいる……。

 この人、完璧な運動オンチだ。とにかくすぐ転ぶ。動きが遅いし、すぐ疲れるし。

 でも、歌が上手い!

 透き通るような美声、ロングトーンがとても綺麗だ!

 それに、転んでばかりだけど、すごく楽しそう!


 練習中、王女がクーに、ユニットに入れてほしいとお願いしていた。

 王女なのに、人前でパンツが見えそうな服を着て踊って良いのだろうか……想像するだけで王様の反応が恐ろしい。

 

 でも、クー的には大賛成らしい。

 あれだよね、歌中心での参加ということだよね?


 練習後、女性陣はお風呂で裸の付き合いだ。

 何の話をしていたのだろうか……長風呂を終えて出て来たときの表情が、興奮で真っ赤だった。

 僕が1人寂しく自室のお風呂から出てきた後、なぜか全員とキスをする羽目に。お風呂でエロトークでもして盛り上がったのかもしれない……。


 カナが準備してくれた朝食をみんなで食べる。

 パンとスープの質素な料理だったからか、王女の手が止まってしまっていた。

 よくよく訊いてみると、パンを素手で持って食べたことがなかったらしく、掴み方が分からないとのこと……みんなに盛大に突っ込まれていた。



 昨日はコンサートや父さんとのバトルがあったため、蘇生依頼を受けていなかった。

 せっかくリンネ様に頂いた力を怠けて使わなかったことに対する反省と、蘇生を切望している方々への申し訳ない気持ちが溢れてくる。


 もっと頑張らないと!


 今日はこれから全員でギルドに向かい(カナとミゥ、クマコは留守番)、依頼を確認することになった。


 その前に、アディリシア王女を市民っぽい服に着せ替える。


 女性陣がここぞとばかりに張り切っていろいろな服を着せ始めている。

 でも、どの服を着ても、その薄紫色の綺麗な髪が目だってしまい、服とのギャップ故か、逆に目だってしまうと言う結果に……。

 その根本原因を絶ってしまえと、帽子を被せたり、覆面で変身させたりしながら大笑いしている。

 カナに、昼は外食するからと告げて、王女には結局、金髪のカツラを被せて出掛けることになった。



 ★☆★



 僕は王女とポーラに挟まれるようにして歩く。

 その前をルーミィとラールさんがお喋りにながら歩いている。

 僕の後ろには、クーとアネットがいる。

 そして、ミールは蝶の姿で僕の肩に乗っている。


 総勢7名+1匹の集団は、賑やかさと華やかさを振りまきながらギルドへと入っていった。

 僕へと向けられる嫉妬の視線と、昨日の主役という好奇心の視線は、ちょうど半々くらいだ。



 ルーミィがカウンターから3枚の依頼書を受け取り、僕たちはそのまま会議室へと向かう。


「昨日のハルの大勝利で依頼が増えたわよ!」


 大勝利じゃないし!

 あれで本当に宣伝効果があったのかは疑わしいね……。



【蘇生依頼書@1】


 蘇生対象:カムイ

 蘇生理由:命の恩人に報いるため

 種族:人間

 性別:男

 年齢:27歳

 死因:事故死(全身破裂)

 時期:4日前

 職業:冒険者

 業績:なし(正義感・責任感が強い)

 報酬:○お金 物品 その他

 メモ:

 依頼者の関係:パーティメンバー



「冒険者か。事故死って可哀想ね」

『きっと、仲間を助けるために自分の命を犠牲にしたのね』

「尊い行いですのね」


 誰も“全身破裂”のところは突っ込まないんだね。



【蘇生依頼書@2】


 蘇生対象:イルバネス

 蘇生理由:明らかな冤罪(えんざい)だから

 種族:人間

 性別:男

 年齢:23歳

 死因:処刑(毒)

 時期:3日前

 職業:商人

 業績:特になし

 報酬: お金 ○物品 その他

 メモ:他国のスパイ容疑

 依頼者の関係:ルル(恋人)



「スパイ容疑と勘違いされて処刑って……」

「酷い話ですわ」

「王女様、処刑したのは王様ですよね?」

「えっ……」

「真相が気になるね。よし、この依頼は、僕と王女とポーラで調べに行こうよ」

「クーもハルくんと一緒が良かったのに……」

『はいはい、クーは私が冒険者の依頼の方へ連れて行くわね』

「うん、アネットお願い。クー、明日は一緒に行こうね!」

「う、うん!」


 抱き付いてきたクー。ほんと可愛いなぁ。



【蘇生依頼書@3】


 蘇生対象:ニャンシー

 蘇生理由:愛する家族だから!

 種族:猫

 性別:雌

 年齢:4歳

 死因:変死(食べてはいけない物を食べた)

 時期:1日前

 職業:飼い猫

 業績:なし

 報酬:○お金 物品 その他

 メモ:

 依頼者の関係:家族



「何を食べたら死んじゃうんだろうね……」

「毒じゃないかな?」

「自分自身とか?」

『それは怖すぎる!』

「とにかく可哀想だね……」

「じゃぁ、ルーミィとミールで行って来てよ」

「分かった!」


 ミールは蝶なので意思は尋ねない。

 これで3件の調査担当は決まったね。


 それより、依頼の内容だよ!

 男、男、猫……。

 まぁ、今日は王女様が一緒だから、健全な依頼ばかりの方が気楽だけどね!


「えっと、ラールさんにはお願いがあって、この前の兎人ラムさんのときに貰った指輪、あれの鑑定をお願いします」

「分かりました」




 1時間後、それぞれの依頼主から事情を確認した後、僕たちは再び会議室に集合した。


「えっと、最初に僕たちの班、スパイ容疑を掛けられて処刑されたというイルバネスさんの件なんだけど……今日の蘇生はこの人にしようと思う」


 理由として、恋人というルルさんから聞いたことをみんなに話す。


 イルバネスさんとルルさんが王都の北の街道を歩いていたとき、見知らぬ旅人に道を尋ねられたそうだ。

 その道とは、北の山岳地帯に入った所の、街道からは見えない場所にある廃坑へ至る道だということ。危険だからと、地元民でも誰も近づこうとしない場所――彼は、一瞬怪訝に思いながらも、訊かれたことを素直に教えたんだとか。

 因みに、その見知らぬ旅人というのが王国に入り込んだ他国のスパイらしく、王国軍に追われて既に国境から逃げ去ったそうだ。


 道を尋ねられて答えただけで死刑とは、尋常じゃない。

 イルバネスさんの情報を碌に調べもせず、スパイと接触したというだけで処刑を断行した王国の非道ぶりに対し、依頼主のルルさんは発狂寸前だった。

 王女も王様に対してプリプリ怒っていて、もう口を利かないと言い始めた。

 それで、その場を収拾するために今日の蘇生を決断したという訳だ。


「なるほどね。もう王国側で調査を済ませていると思うけど、スパイが尋ねてきた廃坑にも興味があるわね。何か見つけたら大手柄よ」


「僕たちも処刑されたりして……」


「ハル様にはそんなことさせません!」



「さすがのあたしも嫉妬で気が狂いそうだから、ネコちゃんの件を報告するわね。ネコちゃんだけど、近所の廃屋で何か、小動物の死骸を舐めたらしいの。その瞬間、突然に魔素が湧き立って、ネコちゃんが痙攣して死んじゃったみたい」


「魔素が湧き立つ? それって、異常だよね?」

『普通に考えて、有り得ない現象ね』

「ただの魔物の死体って訳じゃないの?」

「うん。毒持ちの魔物かもって思ったんだけど、ネコちゃんの死体の状態を見ると……毒じゃないと思う。“変死”って判断だけど、どちらかと言うと“変身”だった……」

「姿が変わっていたの?」

「そうなの……額に角が生えてた」

「うわ……でも、ちょっと待ってね。事故死の冒険者さんの方が遺体が古いから……」

「そうね、あんまり待たせるわけにはいかないわね」



「クー、アネット、報告お願い」



「うん。冒険者カムイさん一行は、山道で崖崩れに遭遇。リーダーのカムイさんは、仲間を庇い、身を呈して仲間達を守った」

「クー、何で棒読み?」

『訊かないであげて……この子、遺体を見てさっきまで気分が悪くなってたの。それに、この件にも不審な点がある。普段は崩れ落ちるような崖じゃないのに、狙ったかのような崖崩れ……何かありそうよ』

「そっか。明日蘇生をしよう。その後、現地を見に行ってみようか。それと、ニャンシーだっけ? ルーミィの方は明後日で良いかな?」

「そうね、依頼主に伝えておくわ」



「ハル君、あの指輪の鑑定の件ですけど、鑑定魔法が掛けられていたそうです」

「ん? どういうこと?」

「指輪に魔力を込めた状態でアイテムに接触させると、アイテム鑑定ができるマジックリングのようです。私自身は実験していませんけどね。大人気のユニークスキル“鑑定”を使える貴重なアイテムなんですって。お店の人が、売ってくれと煩かったです……」


 鑑定の指輪を鑑定するとか、紛らわしいな!

 それにしても、ケチな兄さんがよくこんなレアアイテムをくれたよね。それとも、蘇生依頼を出した猫人族のキュンさんの私物だったのかな?


「ラールさん、ありがとう。大切に使わせてもらおうね」


 その後、蘇生依頼の受諾を他2件の依頼主に伝え、ギルド内の掲示を剥がしておいてから外に出た。



 ★☆★



 まだぎりぎりお昼前だったので、お昼を食べる前に今日の依頼を済ませることにした。


 ぞろぞろとみんなで歩いていく。



 イルバネスさんの自宅まで辿り着くと、さっきまで発狂寸前だったルルさんが笑顔で迎えてくれた。

 今はだいぶ落ち着いてきて、僕に縋るような視線を送ってくる。


 今回はアディリシア王女も蘇生に立ち会う予定だけど、さっきまで“お父様”に怒りをぶつけていた王女の正体がバレていないらしく、とりあえず安心した。


「報酬の件ですが」


 ルーミィが真顔で切り出す。


『これ、私の命より大切な宝物です』


 そう言って彼女が差し出してきたのは、地味な指輪だった。


『彼……イルが私にくれた婚約指輪なの……』


 いくら死んでしまったからと言って、大切にしている婚約指輪を差し出すとか、このカップルって愛が足りないのでは……。


「大切な物ですよね、本当に頂いても良いんですか?」


『はい。彼が生き返ったら、今度は私から告白して……結婚指輪を貰うから!』


 地味だとか、愛が足りないなんて思ってすみません!!

 結婚ですか……幸せになってほしいな。


 って、女性陣が羨ましそうに僕の方を見てくるけど、ちゃんと先のことを考えないとね……ハーレムがこんなに大変だとは思わなかったよ。



 ルルさんに導かれてイルバネスさんが寝ているベッドに向かう。

 対象が男性なので、女性陣全員は客間で待機中だ。



『よろしくお願いします』


 ベッドの前まで来ると、ルルさんはそう言って一歩下がった。


 ベッドの上に敷かれたシーツ……どこか違和感がある。


 意外と小さいから?

 シーツが紫色だから?

 それとも、無臭だから?


 シーツをゆっくり下にずらしていくと、その違和感の理由が分かった。


 全身を紫色にただれさせ、縮んでしまっている身体――この紫色のシーツは、身体から染み出した何かだと思う。

 いったい、どんな毒を使えばこんな惨い遺体になるんだ?



 目を背けたくなる気持ちをぐっと堪え、薄目を開けてイルバネスさんの身体に触れる。

 ベトベトした粘液の感触……。


 どんなに酷い死体でも、魂そのものは決して汚れていない。気持ち悪いなんて思うのは魂に対して失礼だと思う。それに、死んでしまっていても、恋人がこんなに大切に守ってくれていた身体だ。汚いなんてことは、絶対にない。


 心臓があったと思われる窪みに手を乗せると、左手の掌に魔力と想いを込めて強く念じていく。



 どうしても前回のキュンさんのときを思い出してしまう。

 この力を失わないよう、清い心で命と向き合おうと誓ったあの瞬間を――。



 左手から放出されていく銀色の光は、部屋中を温かく包み込んでいく。いつも感じるリンネ様の優しい癒しの心、聖なる力……。僕自身もこの温かさが好きだ。魂同士が引き合う、そして触れ合う温かさだと思う。


 後ろからはルルさんのすすり泣く声が聞こえてくる。


「イルバネスさんの魂よ、その穢れなき身に再び宿れ! レイジング・スピリット!!」


 満ち溢れた光は、紫色に爛れたイルバネスさんを優しく包み込んでいく。

 そして……全ての光をその身に収束し終わると、僕の左手には心臓の鼓動が伝わってきた。



 イルバネスさんの瞼が数回痙攣した後、ゆっくりと開かれていく。


 僕はその前に身を引き、ルルさんをベッドに寄せていた。

 生き返ったとき、最も会いたい人が最も近くにいるべきだと思ったから。


 今までこんな演出をしたことはなかったけど、“結婚”という言葉を聞いた今、何となくこうすべきだと思ったんだ……。



『イル……』

『ルルか? 私は……生きているのか?』

『ええ……』

『でも、どうして……』

『うん……』

『確か、王国軍の兵士に毒を飲まされたはず』

『ええ……』

『ルル、聞かせてくれないか?』

『はい……私はあなたを心の底から愛しております。ずっと、あなたと一緒に幸せを感じて生きていきたい。イル、私と結婚してください!』

『ルル! 君の心は私と一緒だよ。一緒に幸せに暮らそう。もう君に寂しい想いをさせないからね』


 何だ、これ……。

 まぁ、最後の最後に会話が噛み合って良かったね。


 いつの間にか、覗き集団がドアから転がり込んできた。


 王女様が鼻水ダラダラで泣く姿……抱き合って喜び合うルーミィたち。


 そんな様子を見ていると、かつて学校の先生が言っていた“結婚は人生の墓場”という言葉は嘘なんだと実感した。

 先生なのに嘘を教えちゃダメだろと怒りさえ覚えた。



 イルバネスさんから聞いた話は、ルルさんとほぼ同じだった。


 新しい情報としては、他国のスパイと見られている例の旅人の風貌が、黒髪黒目の長身ということ。

 服装は地味な旅装束にマントというので特徴はないけど、黒髪の長身を見かけたら要注意だ。いや、カツラもあるので髪色に騙されないようにしないと!


 イルバネスさんもルルさんも、今回の件で大いに王家に対して不信感を抱いたそうで、王都から出て行くことになるかもしれないと言っていた。


 それと、信じてもらえないことの苦しさを味わったと言っていた。


 その言葉が、僕にも痛いほど伝わった。


 でも、結果だけ見れば、“信じ合える恋人という存在”さえいてくれれば幸せになれるんだと改めて感じた。


 ルルさんの告白で2人の結婚は確定したわけだけど、僕自身も他人事じゃないな、とつくづく思う。



「他の男性からの指輪なんて貰いたくありません!」


 “婚約”した王女様に、さっきの報酬の指輪を渡そうとしたら怒られた。


 因みに、クーを始め、全員が断固受け取り拒否の姿勢だ。


 それならと、“鑑定”スキルの指輪を王女に渡そうとしたら、それも拒否された。


 頂き物を婚約指輪としてプレゼントするのは失礼だって……それはそうなんだけど、深く考えすぎじゃない? このままでは、僕自身で買うか作るしか選択肢がないじゃん……。



 抱き合ったまま笑顔で感謝の言葉を叫び続けるカップルを見ながら思う。

 この人たちが幸せになるためには生き返すだけではだめだ。事の真相を突き止めて、王様を納得させないと。そうしないと、スパイ容疑が晴れずにまた……。

 そのためには、どうしてもあの廃坑へ向かう必要がありそうだ。


 でもどうしよう、今日は王女とデートの約束が……よし、調査は明日にしよう!



 ★☆★



 空腹の僕たちは食堂へと向かった。

 あの蘇生の後だから食欲が湧かない。でも、食事の後にあの蘇生をして吐いてしまうよりは、まだマシなのかもしれない……。


 食堂というより、アディリシア王女お勧めの高級レストランだった。


 店員さんだけではなく、店長さんまで出てきて“もちろん無料でご招待させていただきます”などと言い始めている。


 金髪カツラをしていても、王女だってバレてるじゃん!!


 でも、みんなの税金で食べるご飯は気まずくて美味しくなさそうだったので、ちゃんと支払う。


 肉料理や輝くスープが超美味!

 今度は僕たちが食べ方を知らずに突っ込まれる番だった。


 なかなか味わえない料理だったので、カナたちの分も取り置きして持ち帰ることにした。貧乏臭さというものは、僕の魂の奥深くまで染み込んでいるので、死んでも決して治らないと思う。



 食事が終わり、今後の予定を話し合った。


 いつもなら遺跡に修行に行く時間。

 でも、僕がいないと中には入れないので、拠点に戻ってレッスンをすることになったらしい。

 あれだけ鬼先生にしごかれたのに、やる気十分だ。次のコンサートがユニット最後ということだけでなく、観客をもっと喜ばせたいというプロ根性が芽生えてきたのかもしれない。

 さすがクー大先生だ、技術も精神も鍛え上手。


 僕はと言えば、ここからはみんなと分かれ、アディリシア王女と2人きりのデートタイム。


 凄く緊張します……。



 ★☆★



 大丈夫、尾行は付いていない!


 覗き屋ルーミィ、王宮の侍女や護衛……尾行のプロはたくさんいる。それでも、さすがに空気は読めるらしい。

 王女様の初デート、それを無粋に邪魔をするものはいなかった。


 デートと言っても、正直何をするのか分からないんだよね。

 とりあえず、商店が立ち並ぶ区画をはしごしていくことにした。


 服屋さんでは、朝の着せ替えで楽しさを知ったのか、試着室を占拠してファッションショー状態になった。

 店の人も迷惑だと言い張ることなく、純粋に楽しんでくれた……正体がバレていたかは半々だ。

 脚が細くて綺麗なので、スカートが本当に良く似合う。それに、猫耳や兎耳、狐耳みたいな可愛いアイテムも似合いすぎだ。やっぱりお姫様なんだなぁと、その威力に驚かされた。


 魔法道具屋さんでは、ファッションショーの続きが見られた。

 魔法使いっぽい帽子や杖を持つと、ずば抜けた破壊力の魔法少女に変身だ。

 マジックリングが売られていたけど、遠慮しているのか欲しがらなかったよ……サプライズで貰いたい派なのかもしれない。


 雑貨屋さんではファッションショーはお預けだ。

 調理器具や家財道具、掃除道具を振りながら、真っ赤な顔で結婚生活について熱く語り始めていた王女様。子どもは3人欲しいとか、12歳の子が言っても実感が湧かない。


 武器屋では、いかつい全身鎧姿を披露してくれた。

 一歩歩くたびに転ぶ。さすがに店員さんが険しい表情を見せていたけど、それは最初だけだった。

 買いもしない、似合いもしない鎧だけど、必死に歩こうとする姿に感動し、すぐに声援を送るようになっていった。きっと、お姫様らしからぬ舌をペロっと出す仕草なんかが、オジ様の心を鷲掴みにするのかもしれない


 露天で軽く摘み食いをする以外、特に何も買わなかった。

 服やら何やらでたくさんお金を使うのかもと心配し、結構な大金を持ってきたんだけど……。

 こういう謙虚と言うか、贅沢をしないところは好印象だね!



 その後、歩き疲れた僕たちは、公園の芝生に座りながらいろいろな話をした。


 お互いの子ども時代のこと(今も子どもだけど)、両親のこと、僕の旅のこと、そして……これからのこと。

 特に、王都を旅立つという話をしたとき、泣きながら抱き付かれてしまった。


「ハル様の使命については理解しておりますわ。でも、本来は依頼主の方からハル様を訪れるのが筋ではありませんか?」


「そんな偉ぶるつもりはないですよ。僕が世界を見て回れば、王都に来ることができない方々も救うことができますし」


「私も付いて行きたいのですが、お父様がお許しにならないの」


 そうだろうね、一人娘だから可愛がってそうだし。


「クーやカナが残るし、僕だってちょくちょく魔法で戻ってくるつもりだし……」


「クーデリアさんも言っていましたけど、私だって本当はずっと一緒に居たいのです」


 僕だってみんなと一緒に旅をしたいよ。

 でも、それを口に出すことはできなかった。

 それを言ってはいけない気がするんだ。これはあくまで僕自身の使命だし、それに巻き込むのは我が儘だと思うから。

 それに、もし僕が魔法の力を失ったとしたら、それでもみんなが付いて来てくれるのか心配だった……。


「嬉しいよ。でもね、僕たちは本当に大切な仲間、家族だと思ってる。だからこそ、世界中を幸せにするために、それぞれの役割を果そうって頑張れる。僕は世界中に幸せを配って回り、クーはここでみんなに幸せを振りまく。アディリシア様だって、王女としてできることを頑張ってほしい」


 そっと僕の目を見詰める王女。

 恥ずかしいけど、見詰め返す僕。


 どちらからともなく、唇を重ねる二人。



 気付くと日が沈みかけていた。




「『遅すぎる!!』」


 慌てて帰宅したけど、やっぱりみんなに叱られた……。


 女性陣は報告を兼ねてお風呂で女子会を始めるらしい。


 僕は自室でまた一人寂しくお風呂に入る。



 みんなで仲良く夕食を食べながら、明日の予定を話し合う。


 レッスン→朝食→カムイさんの蘇生→廃坑の調査→昼食→崖の調査→夕食→帰宅……ざっとこんな感じになりそうだ。

 王都から近いのは崖の方らしいけど、明るいうちに廃坑の方を調査した方が安全だということで、こう決まった。



 夜、ベッドの中で今日一日を振り返っていると、ノックもなくアディリシア王女が部屋に入ってきた。


「ルーミィちゃんから、今日は私の順番だって聞いたの」


 ルーミィは王女様に何を吹き込んだんだ!

 お前はいったい何がしたいんだ――。



「ハル様、よろしくお願いします」


 うん、さすがにダメでしょう。

 でも……。


「アディ、おいで」


「はい!」


 僕たちは健全に添い寝をして一晩を過ごした。

 それでも、柔らかくて気持ちの良い感触をたっぷり味わえた。

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