第33話 指輪の類い
最近ひしひしと感じるようになったことがある――それは、僕の幼馴染が実は魔王じゃないのかということ。たとえそうじゃなかったとしても、きっとこのロンダルシア大陸を陰から支配する裏ボス的な存在だと確信している。
今朝、小鳥の爽やかな
「「信じられない!!」」
その後、幼馴染の部屋から聞こえた大きな声。
続いて、女の子の泣き声と、慰める声が……。
嫌な予感がした僕は、壁に張り付いて耳を澄ます。
声は、いつの間にか議論に変わっていた。
なんとか単語を拾うことができた。
若い、ポーラ、子ども、勇気、言い訳、大切、結婚、一番、婚約、わがまま、順番……。
何となく分かる気がする。
誰かが王女様に昨晩のことを尋ねた。王女様が添い寝をしてもらったことを告げると、信じられないとみんながシンクロで怒鳴った。他の子との違いを指摘されて号泣する王女様。だがしかし、誰かが王女様はまだ若いからと慰めた。でも、ポーラはもっと若いでしょと言い返された。そこで、もし子どもが出来ちゃったらどうするのと誰かが切り返す。そんなのは勇気がない男の言い訳よと返される。本当に大切に思っているのなら、結婚すれば良いでしょと誰かが主張した。それをきっかけに、結婚するなら誰が一番先だとか揉め始めた。婚約している私だわと誰かが言った。それに対して、王都にいる間は私の我が儘を聞いてくれるって言ってくれたと誰かが反論。その後、誰かが順番を守るべきだと主張――まぁ、こんな感じか。
僕は結局、布団を被るしかなかった。
魂が漂流しているのか、どんどん流されて、あれよあれよと増えていった。今となっては誰か一人だけを選ぶなんてことはできないし、したくもない。だって、流されるのは良くないと思うけど、誰かを好きになって、大切に思う気持ちは悪いことじゃないと思うから。
平等にというのも変だけど、複数の人を愛することが間違いだとは思わなくなってきた。その考え自体、恋愛というより家族愛に近いのかもしれない。
でも、それを厳密に区別する必要はあるのかな? 大人になるにつれて区別するようになっていくのかな? もしそうなら、大人になんてなりたくない。いや、そもそも、こんなことを考えるのが早すぎるから悩んでいるのかも……。
いつの間にか、隣の部屋から笑い声が漏れ出していた。
階段を走って下りる音。
その後、歌声と足音が楽しそうに重なる。
そっか。
悩んでいるのは僕だけなのかもしれない。何か変だね。一番分かってるつもりで分かってないのが、自分自身なのかもしれない。
僕はみんなが好きだ。みんなも僕を好きでいてくれている気がする。でも、本心は自分だけを好きでいてほしいはずだ。でもでも、それを言い出せないでいるはずだ。きっと、絶対に本心を隠している。
僕だってそうだよ。本心は誰か一人を選ぶべきだと思っている。でもでも、心の奥では選びたくないと思ってしまっている。僕もきっと、絶対に本心を誤魔化しているんだ。
大切なのは、お互いの気持ちだよね。
今の状況は、お互いどちらも本心ではないと思う。
じゃぁ、どうすれば良いんだよ……。
みんなが、自分だけでなく、みんなを好きでいてほしいと本心から思えるようになったら……僕も、一人ではなく、みんなを選びたいと本心から思えるようになったら……100の愛情を7人で等分……あ、割り切れないから8等分しようとするのではなく……って、これ以上増やしてどうするんだよ!
じゃ・な・く・て、最初から700の愛情を持つようにすれば、そのとき初めて、自然とお互いの気持ちが通じ合うのかもしれない。
そうなってほしい……。
あれ……?
最近のルーミィの行動……もしかして。
気づいたら眠っていたらしい。
カナに布団を奪われ「食事ですよ」と起こされる。
同級生だからか、既にキスした関係だからか、どんどん遠慮がなくなっていくな。
食堂には全員が揃っていた。
ケットシーのミゥ、ファイアーベアーのクマコ……なぜ君たちは僕を睨んでいる?
「おはよう……」
「『おはよう……』」
朝から空気が澱んでるな。
久しぶりに黙々と食事の時間を過ごす。
こうやって味わってみると、カナの料理は結構美味しいと思う。いつの間にか、僕の好きな味付けを覚えている気がする。
今さらだけど、部屋中に良い香りが漂っている。みんな、新しい石鹸でも使い始めたのかもしれない。
「今日はこれから――」
「朝8時にカムイさんの家に行って、その後に廃坑。道中でお弁当を食べながら例の崖に向かう。そうよね?」
ルーミィが僕を遮り、笑顔で説明してくれた。みんなも笑顔だった。ずっと下を向いていたのは自分だけだったみたい。
朝から調子狂う……。
「うん。廃坑も崖も、結構危ないと思う。だから行くのは……」
「行くメンバーは、ハルとクーとあたし、あとポーラね。アディとラール、アネットとミールには別の用事を頼んであるの。カナは留守番お願いね」
みんなが頷いて答える。
既に話し合いで決まっているらしい。
行くのは4人か――ルーミィの人選にはちゃんと理由があるだろうから信じるよ。でも、ポーラは危なくないか?
「廃坑にポーラを連れて行くのは危ないと思う」
「ハル兄様、大丈夫ですっ! ルミ姉がね、ポーラの光魔法が役に立つからって。だから一緒に行きますっ!」
「そっか。遺跡で新しく覚えたんだよね」
「はいっ! たくさん練習しましたっ!」
ちょっと過保護だったかな。
でも、絶対に誰も傷つけさせたくないんだよ。
あとは、ラールさんたちに頼んである別の用事というのも気になる。
「ねぇ、別の用事って?」
「アディたちには、イルバネスさんの件で王様に事情を聞きに行ってもらうわ。アネットたちは、猫ちゃんの事件があった現場を見てきてもらうつもりよ」
ラールさんは誰かさんと違って王宮で暴走するキャラじゃないし、アネットは危険察知を覚えたからミールと一緒でも安心できる。
なるほど、適任だね。
「みんな、本当の本当に気を付けてね。今回はなんだかいつもと違う気がする。ちょっと嫌な感じがする。だから無理はしないで……」
「『はい!』」
良かった。
正直、嫌われていたらどうしようって不安だったんだ。
★☆★
天気はあまり良くない。
僕はポーラの手を取り、
昨日も訪問しているクーが道案内をしてくれているけど、表情が暗い。珍しくルーミィがクーを励ましている。
カムイさんの家は王宮の東の端にあった。
朝8時前だけど、既にご家族もパーティメンバーの方々も集まっていた。
客間で報酬の件を確認する。
500リル(5万円)か。ううん、そんなことはどうでも良い。僕たちは彼の命の価値を決めるべきじゃない。教会によっては“寄付が多いほど信仰心が強い”なんてところもあるけど、お金にそういう価値はない。金額どうこうでは僕の心は揺るがない。大切なのはそこじゃない!……いや、雑念は振り払おう。
『階段を上っていただいて、廊下の突き当たりの部屋の、さらに奥に部屋があって、そこの奥のベッドです』
「分かりました」
遠いな!
場所は分かったけど、誰も案内してくれないの?
階段を上り、2階の廊下に出ると、誰も一緒に付いて来ない理由が分かった。
死臭……。
廊下の突き当たりの扉を開くと、さらに腐臭が酷くなる。このさらに奥の部屋か……。
ベッドの上、無造作に被せられたシーツの中央部分だけがこんもりしている。全身破裂……嫌な予感がする。
大丈夫!
死体なんて見慣れているし! 毒死だって、首チョンパだって、骨だって触ってきたんだ。怖くなんて、ない!
シーツを捲ると、そこには麻袋が置かれていた。
口紐を解き、袋を開く。
うっ!?
早く蘇生させよう……。
とりあえず、最も大きい部位――およそ半分になった頭部に触れる。
左手をカムイさんの口の所に添え、僕の右手は僕の鼻を摘んでいる。
目を閉じ、魔力を練る。
この人、カムイさんは自らの命を犠牲にしてまで大切な仲間を助けようとしたんだ。きっと勇気に溢れた優しい人なんだろう。この人は生きるべきだ!
左手から溢れ出る銀色の光は部屋中を満たし、屋敷全体を包み込んでいく。
カムイさんの魂よ、蘇れ!
カムイさんの頭部を光の繭が優しく包み込む。
僕はそっと手を離し、輝きを増しながら収束していく銀色の繭を見つめる。
それは次第に大きくなっていき、ベッドに横たわる男性の姿となった。
もちろん、裸だ。
ゆっくりと開く瞼……その青色の双眸と視線がぶつかった。
『臭い!! 君、オナラしたんじゃないか?』
「……とりあえず、庭で水を浴びてきてください」
『あぁ、そうか……俺の方か。すまん、そうさせてもらう』
服と布を持って窓から飛び降りるカムイさん。
ここ2階だけど……また全身破裂で死ぬってことはないよね?
その後、2階の窓を全部開け放ち、僕が1階に戻る頃、ちょうどカムイさんも客間に現れた。
『俺は生き返ったのか……』
「はい、ここにいる皆さんのご依頼で僕が魔法を使いました」
『魔法……これは魔法か? いや、これは……神の奇跡だ』
考えすぎですよ。
『バカムイ! なんであんな無茶したのよ! 死んじゃったら……もう馬鹿できなくなるじゃない!』
パーティメンバーの女性が号泣しながら抱き付いている。
えっと、目の前に奥様が居るようなんですが……。
『すまんな、内臓破裂くらいで済むかと思ったら、頭も破裂してしまったみたいだ』
『あなた、感慨に耽る暇があったら、2階の掃除をしてくださいね!』
『あぁ、臭すぎて耐えられんからな! はははっ!』
うん、この人は心が強い。きっと大丈夫だ。
「当時の状況を訊かせてもらえませんか?」
『覚えてるぞ! あの野郎!!』
カムイさんは落石にぶつかる直前、崖上で人影を見たそうだ。逆光で顔までは見えなかったけど、長身の男性だったらしい。
「長身の男性? もしかして黒髪ですか?」
ルーミィが反射的に質問した。
黒髪の長身男性――もしかして、イルバネスさんが見たという旅人? スパイ?
カムイさんは今日から5日前に亡くなったはず。イルバネスさんは4日前だ……まだそいつは逃亡する前で、王都の近くにいてもおかしくはない。辻褄は合う。
『黒髪だったかなぁ、遠かったし、逆光で……待てよ、そいつは魔法使いだった。魔法で崖を砕いたんだ』
魔法使い……。
イルバネスさんが見た人物と、カムイさんが見た人物とが同一人物とは限らないし、もしそうだったとしても、関連が分からない。とりあえず、現場を見てみるか。
「分かりました。情報ありがとうございます。また聞きに来るかもしれません」
その後、お礼を散々言われながらカムイさんの家を出た。
★☆★
「ねぇ、ハルくん……いつまで鼻を摘まんでるのよ」
あっ、蘇生前からずっと右手で摘まんだままだった。離すの忘れてた。
「ハル兄様! 言い難いのですが、ちょっと臭いっ!」
そうだよね、悪臭って染み込むよね!
「ごめん……」
どうしよう。
拠点に戻ってお風呂に入ってもいいけど、家中に悪臭を振りまくとカナに怒られそう。
★☆★
「それで、噴水に飛び込んだわけ?」
「まぁ、お風呂と洗濯を同時にできると思ってね」
王都の広場にある噴水に飛び込む僕。遊泳禁止の場所で堂々とスイミング。道行く人々は僕の奇行に呆れ、目を合わそうとしなかった……。
びしょ濡れで這い出てきた僕を、クーが心配そうに拭いてくれている。
ルーミィは腕を組んで睨みながらお説教中だ。ポーラは乾かそうとしているのか、慌てているのか、手をバタバタしていた。
「クー、ありがと。優しいね」
「クーのこと、惚れ直してくれた?」
「うん」
「上手な泳ぎを見て、ポーラも惚れ直しましたっ!」
「はいはい、行きますよー」
王都の東にある大東門を抜け、北へと向かう。
一応、街道は整備されてはいるけど、北部は山岳地帯の裾野に小さな村々があるくらいなので、特に何もない。
30分も歩くと
「他国のスパイって言ってなかった?」
「そうだったね」
「フリージア王国以外に国なんてあったっけ?」
「えっ?」
ルーミィの質問に、クーが驚いている。
どうやら、このロンダルシア大陸以外の国と言ったら、北方にある超大陸か、東の島国を意味するのは常識だったらしい。僕も知らなかった……。
「だって! 世界地理の授業は来年からだから知らなくても仕方ないでしょ!」
「ふふっ、そうね。お姉さんが教えてあげようか?」
「クー姉様っ! ポーラにも教えてくださいっ!」
「そう言う私も、そこまで詳しくはないんだけどね」
僕も知らないだろうということはクー先生もお見通しだったらしく、僕に語りかけるようにいろいろと教えてくれた。
クー先生曰く、ロンダルシア大陸の北方(船で1ヵ月くらい)には、東西に広がる超大陸があるそうだ。そこには大小50を超える国があり、様々な言語や文化・宗教を持つそうだ。ちなみに、最も有名なのは、世界最大のフェンリル帝国とのこと。
また、大陸から南東に伸びる半島の先、つまり、ロンダルシア大陸東方には多くの島々がある。と言っても、今は大陸から侵攻して来たリード王国にほぼ統一されているとのこと。
他国のスパイと言えば、フェンリル帝国かリード王国だろうと、クー先生は仰られた。そのどちらも言語は違うけど、文字や文法は共通で、細かい発音やらが多少異なる程度で会話は可能らしい。
「フリージア王国が狙われてるのかな」
「どうかしら。昔は交流があったらしいけど、魔王復活の噂が出た100年以上前からは完全に封鎖されていたからね」
「平和になったからまた交流したいの?」
「ポーラちゃんの言う通りね。スパイと決め付けてるけど、侵略目的じゃないかもね」
「なんだか、ちょっと気楽になった」
「ハル、油断はダメ! 相手は魔王より怖い世界帝国なんだから!」
そんな話をしながら歩いていくうちに、僕たちは目的の廃坑へと辿り着いた。
教えてもらっていた通り、街道が細く曲がりくねった辺りで岩山を迂回した森の中に、その入口はあった。
廃坑になって100年以上経つらしく、入口は木々に巻き付く蔓植物に覆われている。“巧妙に隠された”という感も否めない。
「封鎖されているのか」
大人1人が通れるくらいの穴は、古い綱2本で申し訳程度に塞がれている。
「見てこれ……」
ルーミィの足元、下草が踏み潰された形跡がある。
「王国の調査団じゃない?」
「そうかも」
「は、入ってみようか……」
入口の周囲に気配は感じられない。
ちょっと怖いけど、明るいうちに調査しないとね。
ルーミィ、ポーラ、クー、僕の順に中に入る。
ルーミィが明かりを持ち、その後ろを楽しそうにポーラが歩く。クーはクモがダメらしく、クモの巣を棒で払いながら坑道中央を身を縮めて進む。僕はクーの服の裾を摘まみながら周囲を警戒して追いかける……。
「キャー!! 」
キィキィ、バサバサ鳴り響く音に驚いたルーミィの悲鳴が木霊する。
「ダークバットだ」
洞窟に棲む魔物――最弱レベルだけど、数は多いし、暗がりで距離が掴みにくいから厄介だ!
「えいっ!」
光魔法か!
ポーラが伸ばした指先から白い光が溢れ出す。廃坑の天井付近、10mほど先までが照らされ、一瞬でダークバットが消滅する!
小さな音を立てて魔結晶が足元に転がる……その数、10や20どころじゃないぞ!?
「えいっ!」
「えいっ!」
歩きながら次々に魔法を放つポーラ……。
「ポーラ。魔法に名前とか付けないの? 折角強いんだし……」
「もう! ハルは何も分かってないわ! 可愛ければいいのよ!」
「そうよ! 小さなポーラちゃんが頑張って手を伸ばして“えいっ!”って叫ぶだけで悪は滅ぶのよ!」
「確かに可愛いけど……」
断続的な光魔法で分かったこと。それは、かなり天井が高いこと。
幅は2mもないけど、高さは5m以上もありそうだ。
「えいっ!」
最初の右折は50mほどで行き止まりになり、分岐点まで戻ってから先に進む。やがて、縦に伸びる坑道が突き当たりに達し、右に大きく曲がっている。
進むにつれて、廃坑全体の地図が見えてきた。どうやら、“F”という文字の、一番下から上に進んでいる感じだ。
「えいっ! ルミ姉様、お願いします!」
「はーい」
時々、ルーミィが魔力操作で自分の魔力をポーラに分けているようだ。確かに、この高い天井と暗闇では攻撃手段が限られるからね……。
「えいっ!」
100m先が行き止まりであることを示す立て札を通り過ぎる。
何かあるとしたらこの先か――。
「えいっ!」
「行き止まりだわ」
「えいっ!」
「壁が開くスイッチとかない?」
「えいっ!」
「足跡があるけど、壁には何もないぞ」
その後、30分以上探したけど何の収穫も得られず、僕たちは戻ることにした。
「ちょっとストップ。罠ってほどじゃないけど、仕掛けておく」
「えいっ!」
道中、坑道が細くなった辺りに薄い布を置く。
足元が湿気でぬかるんでいるので、運が良ければ証拠が得られるかもしれないと思ったわけだ。
廃坑の外に出ると、どんよりとした雲に隠れていた太陽が、優しく迎えてくれた。
廃坑の中、僕は、実は最大限に警戒しながら歩いていた。握り締めた短剣を腰に戻すと、掌にはくっきりとグリップの跡が残っていた。握力がなくなるくらい握り締めていたようだ。
でも、みんなが無事で良かった!
「何も見つからなかったね」
「場所を間違えたのかなぁ」
「でも、魔結晶たくさん拾いましたっ!」
そうだね。帰路に拾えるだけ拾ったので、かなりの臨時収入にはなったかもしれない。ポーラに今度何か買ってあげよう。
「まだ10時くらいかな?」
「そうかも。雨が降る前に崖の方も見に行きましょ」
「そうね!」
カムイさんが破裂した崖は、王都の南東付近にある。ここから歩いて1時間くらいか。
僕たちはカナが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、街道を戻っていった。
★☆★
「あそこかな?」
「うん、行ってみよう」
予定通り1時間ほど進むと、街道の両脇を崖に囲まれた、狭まった場所に出た。
森を切り開き、途中にあった大岩を砕いて造ったような道……普通に森も岩も迂回すれば良いのに、強引だな。
呆れながら、崩れた崖の上まで登ってみる。
するとそこには、確かに無理矢理に砕いたような痕跡があった。
「やっぱりね。これは殺人事件よ!」
「ルミ姉様、犯人は見つかりますかっ?」
「うん。これは明らかに帝国の陰謀よ! カムイパーティは、気づかないうちに帝国の重大な証拠を握ってしまい、消されたんだわ!」
「なるほどっ!」
「ルーミィはイルバネスさんの冤罪事件と関係があると思ってるの?」
「ふふふ……それだけじゃないわ! きっと、猫ちゃんとも関係がある!」
「猫がスパイなのですかっ!?」
「いいえ、今から名探偵ルーミィ様の推理を語るわ! ある日の夕暮れ、スパイは秘密基地の場所を忘れて迷子になった。途中でイルバネス夫婦を見つけ、道を聞いた。そう、実は廃坑には隠された通路があり、そこに帝国の秘密基地があったの。その後、基地の発覚を恐れたスパイは、イルバネスを暗殺しようとした。でも、間違えてカムイさんを殺してしまった。似ていたからね。焦ったスパイは、イルバネスを殺すための刺客を放った。そう、穢れなき猫ちゃんに変身薬を飲ませ、イルバネスを殺そうと企てたのだ! しかし、薬は失敗作だった。魔力増幅に耐えられなくなった猫ちゃんは可哀想に……死んでしまった。でも、運良く王国軍がスパイ容疑でイルバネスを始末してくれた。これで、帝国の秘密を知るものはいなくなった! だがしかし、正義の使徒が現れてイルバネスもカムイも猫ちゃんも生き返った! 帝国の陰謀は明るみに出て、フリージア王国の平和は守られた! そして、正義の使徒と王女は結ばれ……」
「もういいよ!」
「ルーミィ、あなた凄い妄想癖ね……」
「名探偵ルミ姉様、すごいです!」
「そもそも死ぬ順番が違う。カムイさん(5日前)→イルバネスさん(4日前)→ニャンシー(2日前)だし。それに、イルバネスさんとカムイさん、全然似てないし。人違いで殺されたらたまらん!」
「それに、廃坑だって、あれだけ探しても何も見つからなかったじゃない」
「うぅ……」
「名探偵ルミ姉様……?」
「とりあえず、この崖崩れは故意に起こされたものだわ! ここを見て! カムイさんは魔法って言ったけど、これは魔法じゃない。幅広の剣を地面に突き立てたんだわ! 帝国騎士の力、恐るべしね!」
「相変わらず断言するわね……」
「僕は魔法の線もあると思うけどね。剣を突き立てたのはそうかもしれないけど、それだけで崖が崩れるか? 水や振動、爆発か何かの力が加わっていると思う……」
「そこはほら、どっちでもいいの! 重要なのは、ここ! この足跡は明らかに犯人のものよ!」
「さすがですっ!」
確かに、剣を突き立てた場所の手前にくっきりと残された足跡、これだけが今日唯一の収穫だった……。
★☆★
王都に戻ってきたのは昼を過ぎたばかりの時間だった。
拠点集合は夕方4時と決めてあったので、まだたっぷり時間がある。
「ちょっと用事を思い出した。3人は先に帰ってて」
「単独行動はダメって約束したでしょ!」
「そうよ! 用事ならクーが付き合ってあげる」
「ポーラも一緒に行きますっ!」
それはちょっと都合が悪い……こうなったら、一石二鳥だ!
『ふむ、妾がおるので大丈夫じゃろ』
「「フェニックス様!? 」」
「うん、僕は大丈夫だからみんなは先に帰って休んでなよ」
ルーミィの身体を半回転し、背中を押す。クーもポーラも渋々背中を向けて歩き出した。時々、名残惜しそうに振り返る姿に、僕は笑顔で手を振る。
ルーミィたちと分かれた後、僕は王都の鍛冶屋に来ていた。
朝から布団の中でぼんやり考えていた案を実行に移すためだ。
「という訳で、大精霊と呼ばれるお二方にご相談があります」
『ふむ、妾だけでなくクロまで呼ぶとはな……』
『クロと呼ぶな。クロノスちゃんと呼ぶのじゃ』
赤髪のフェニックスと青髪のクロノス……どちらも美少女の姿でお婆ちゃん言葉かよ。
「僕の大切な人たちに、手作りの指輪をプレゼントしたいんです。協力してください!!」
『ゆ、指輪じゃと!?』
『大切な者というのは、わしも含まれるのじゃな?』
「勿論です!」
いや、本当は含まれないはずだった……流されていく自分。でも、これは仕方がない!
その後、鍛冶屋の匠長を撒き込んでの4時間……何とか指輪を11個作り上げることができた!
僕は型取りと石選びを手伝った。フェニックスは聖火で加工を、クロノスちゃんは魔法付与をしてくれた。ドワーフの鍛冶屋さんも、フェニックスとクロノスちゃんの前では威厳もなく、言われるままに汗を流して手伝ってくれた。本当にごめんなさい!
一応、リング本体はミスリルを使った。
そこに髪色に合わせた宝石を埋め込む。
因みに、こんな感じの宝石(石言葉)を使った。
ルーミィ:タイガーズアイ(高潔な精神)
ラールさん:ルビー(純愛)
ミール:ラピスラズリ(永遠の誓い)
アネット:ムーンストーン(長寿)
クー:シトリン(生きる意欲)
ポーラ:ダイヤモンド(永遠の絆)
アディリシア王女:アメシスト(心の平和)
一応、カナ:トパーズ(誠実)
フェニックス:ファイアー・オパール(創造)
クロノス:アクアマリン(聡明)
なぜか、自分用:アンバー(大きな愛)
その指輪全てに、敢えて同じ魔法を付与する。
魔法の名は“シューティングスター”……時空を司る大精霊クロノスの力を借りた大魔法。簡単に発動することはできないけど、心から強く願えば、流れ星のように飛んでいける。
本当に必要なとき、必要な人の所に飛んでいける魔法だ。
結局、鍛冶屋さんから御代はいらないと言われてしまった。絶対にブラックリストに載ったと思う。しかも、大文字で!
フェニックスとクロノスちゃんは笑顔で帰って行ったけど、僕は苦笑いしかできなかった……。
★☆★
夕方、お風呂を済ませた全員が食堂に集まった。
アネット・ミール組は、ニャンシーの件で何にも証拠を得られなかったそうだ。ただ、額から生えた角は本物らしく、ルーミィの言う魔物化も強ち大外れではないかもしれない。
アディ・ラールさん組は、衝撃の事実を持ってきた。何と、イルバネスさんの件、廃坑の件について、王国関係者は全くかかわっていないそうだ。と言うことは、冤罪により処刑したのはフリージア王国ではないということ? ルーミィの帝国陰謀説、再浮上だ。
その後、僕は8人(カナは含めるけど、ミゥとクマコは含めない)に指輪をプレゼントした。一応、聞かれたので石言葉なるものも一緒に教え、付与された魔法についても説明した。
全員が沈黙したまま固まってしまっていた。
頑張ったのに、意外と反応がなくて悲しい。
夜、僕の部屋に「当番」と言いながら、クーが入ってきた。
僕は数日後には王都を離れるので、クーの我が儘をできるだけ聞いてあげようと思っていた。
見つめ合いながら、ふと思っていたことを聞いてしまった。
「クーは、自分だけを愛してほしいって思う?」
じっと僕の目を見つめるクー。
クーの瞳には、変なことを聞いてしまって戸惑う僕の姿だけが映っている。
長い沈黙に、心無い発言を後悔した……。
「ううん。あの指輪を貰って思ったの。ハルくんは、みんなを精一杯に愛してくれているんだなって。えっとね、うまく言葉にできないけど、あなたの決意を感じて、クーはハルくんをもっと好きになったんだよ。だからね、今は自分だけを愛してなんて思わないよ。うん、きっと心から……私はあなたが好き」
「ありがとう……」
ぽっかり空いた心の穴が埋まった気がした。
そして、みんなの気持ちに応えたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます