第4話 最初の幸い
僕たちは、クエスト掲示板に貼り紙をしたあと、一旦ルーミィの家に戻ってご飯を食べることにした。手作りハンバーグだ。クラスの男子に見られたらそれこそ命が危ないやつだ。
「蘇生魔法って、どうやって掛けるの? やっぱり触らなきゃいけないの?」
「ん? そうだよ。直接肌に、心臓のところに触れないといけない。そういうルールみたい」
「そう……なんだ。女の人だと、大変だね」
「まぁ、こればっかりは仕方ないよ」
真っ赤な嘘です。
本当は、触るのは服の上からでも、手足だけでも大丈夫だと思う。蘇生魔法の説明「五」は、その場でとっさに付け加えました。四つだとゴロが悪い感じがして。
せっかくだからと『俺様ルール』を作っちゃったけど、なるべく女の子を蘇生しないと自爆だよね!
でもこういうとき、他に使える人がいない魔法って――。
「凄く美味しい!!」
「えへっ! 実はこれ、
「この肉のぷにぷに感、漂う甘い香り、どれを取っても最高だよ! 毎日さわ……食べたい感じ!」
「えっ? 毎日って……それって、プロポーズしてるつもり?」
危なかった……いや、まだ危機は回避していなかった。
「この〝ハンバーグに〟プロポーズしてるつもりなんだけど?」
「ふ~ん、あたしがいないとハンバーグ食べられないのにね~」
「ルーミィがハンバーグ屋さんを始めたら毎日買いに行くし! お得意様になるし!」
「あっそ! そろそろ一度掲示板を見に行こうよ! こまめにチェックしないと、依頼者が増え過ぎて大変になるわよ?」
「でもさ、ある程度は集まらないと早い者勝ちになっちゃうじゃん? 明日からは、朝に貼り出して、夕方チェックしない?」
「そうすると、審査に時間が掛かったら蘇生が夜中になっちゃうわよ? 場合によっては日付が変わってややこしいことになるし!」
「う~ん……」
確かに、夜中に死んだ人を触るのも怖いな!
よく考えたら、腐敗していたり骨だったら、わざわざ胸を触る価値ないじゃん?
あ、でも、生き返るときに微妙に触れるか……ほんの数秒間の楽しみかい!!
「とりあえず、〝朝貼ってお昼過ぎにチェックする〟作戦でいくぞ」
「そうよね。もし、今日既に依頼が来ていたら、貼り紙を一旦剥がしておきましょう」
「うん、やりながら調整するか。てか、ルーミィはいつ浮遊魔法の練習をするんだよ。わざわざギルドまで付いて来なくてもいいんだけど?」
「そっちは大丈夫よ。ボディーガードなんだから、ぴったり付いて行くわ! さぁ、早く行きましょ!!」
ルーミィ、楽しそうだね……きっと、命を扱うことの意味、それがどんなに重いことなのかを分かっていないんだろうな。
まぁ、それは僕もだけど――。
★☆★
「ルーミィちゃん! 依頼が1件入ってるわよ?」
ギルドの受付のお姉さんだ! 狼耳が麗しい!
昔は僕の母さんも受付をしていたんだけど、父さんと付き合い始めてから引退したんだよね。やっぱり、受付嬢と冒険者って最高の出会いなのかもね。
「ちょっと、ハル! 仕事よ! 余所見しないの!」
「あ、ごめん。ちょっとファンタジー世界にダイブしてた」
「考えてることが大体分かるのが嫌だわ! で、この依頼を見てみて……どうする?」
【蘇生依頼書】
蘇生対象:ギル・ハートレッド
蘇生理由:相続問題の解決
種族:人
性別:男
年齢:66
死因:病死
時期:2日前
職業:商人
業績:数々の貿易ルートの確立
報酬:○お金、物品、その他
メモ:
対象との関係:孫
いきなり大ハズレきた~!!
しかも、相続問題とか……重いし!
どうしよ? もう少し(女の子の依頼が入るまで)待つべき?
「依頼人と少し話をしてみようか?」
「そうね! 最初の仕事だからね!」
僕たちは、受付の狼耳お姉様にお願いして、依頼者を呼んでもらった。
「初めまして、ガル・ハートレッドと申します。貴女が蘇生魔法を?」
「いいえ、あたしじゃなくて、こっちの男の子です。あたしは秘書のルーミィです」
「そうですか。大変失礼いたしました。しかし、本当に死者を生き返らせることなどできるのですか? 聖神教の最高司祭様にも、拝光教の教皇様にもできない奇跡をですよ? 先にお伝えしておきますが、子ども相手でも、事と場合によっては相応の対応を取らせていただくつもりです」
「やってみないと分かりませんが、多分できます」
長身から見下ろす鋭い眼光に、堂々と笑顔で答える自称秘書様。不思議だ。このルーミィの自信はどこから湧いてくるのだろう。
ん?
ルーミィが、依頼書のメモ欄に書いた数字をさりげなく僕に見せてきた。
メモ:-25
これがルーミィの勇者スキル、ソウルジャッジか。
あれ?
もしかして、依頼者のチェックもするんだ。
そりゃそうだよね。悪人に利用される場合だってあるんだから。
「因みに、報酬はいかほど必要になります?」
相変わらずの威圧感で見下ろす長身の男を、ルーミィは真正面から迎え撃つ。
「先にお伝えしますが、純粋な病死の場合は、1分間しか余命が与えられないかもしれませんが、それでも構いませんか?」
「その間に話をすることができるのなら、報酬は違わないとお約束しましょう」
「話ができればいいんですよね? その点はご安心ください。蘇生後の1分間は健康な状態にあります。亡くなる直前までの記憶もあります。もし、命が尽きて亡くなる場合も、痛みや苦しみは生じません」
この辺の詳細は、推測と予想を含めてルーミィに伝えてあった。
それにしても、コイツってこんなにしっかりしてたんだ……僕だけじゃ、うまく丸め込まれていたかもしれない。
「それは便利な魔法ですね。で、報酬は?」
「あたしたちには報酬を決められません。貴方がギルハートレッドさんの命の価値を判断してお支払ください! 金額を聞いてあたしたちが蘇生を断ることはありませんから」
この圧迫感の中、ルーミィさんが言い切ったよ!
かっこいい!!
「爺の1分間の命の価値……ですか。今ここで決めねばなりませんか?」
「はい、今ここでお願いします。ただし、成功報酬で構いません」
「そうですか……では、これでいかがですか?」
そう言いながら、依頼人のガルハートレッドさんは指を3本立てる。
300リル(3万円)?
それとも3000リル(30万円)?
僕はルーミィをチラ見する。
眉毛がへの字に曲がっていた。
ヤバい、これは彼女が泣きだす前兆だ。
多分、この人はこっちを試している。
それは鈍感な僕でも何となく分かる。
きっと、3リル(300円)でも、3万リル(300万円)でも構わないんだろうね。子どもだと思ってバカにしているんだ。なら、逆に僕が試してやる!
「30万リル(3000万円)ですね、分かりました。ご依頼を受けましょう。ご遺体まで案内してください」
流れるように言い切ってやった!
視界の片隅にはルーミィの真っ青な顔があるけど、僕は終始依頼人と目を合わせ続けた。
僕の瞳を射抜くような彼の鋭い眼差しに、僕も負けじと直視して応えた。
「感謝いたします、後ほど馬車を迎えに来させますので、ギルドの前でお待ちください」
「はい、分かりました」
「ハル!! なにやってるのよ!? あんた、殺されちゃうわよ!! -25って、殺人犯並なんだからね! そういうときは、慎重すぎるくらいに行動しないと!」
「そういう大事なことは先に言えって!! ごめん、相応の対応とか、金額交渉で僕たちを試そうとしたりだとか……リンネ様の力を詐欺師扱いされたと思ってカチンときちゃった。それに、誰かさんが金持ちからはぼったくりなさいって言ってたし」
「ぼったくれなんて言ってないし! あの人はフィーネ屈指の大商人だからお金はあるわ。それに、金額を訂正しなかった。プライドもあるだろうけど、それだけ払う価値があるってことだわ。でも、早めに腕利きの護衛を雇わないと、いくらあたしが優秀だとしても、命がいくつあっても足りないわね……」
どうしよう。
町を1歩も出ずに死んだら、リンネ様もがっかりしちゃうよね。
でも、ここで逃げだしたら滅茶苦茶怒られそう。
怒った顔も可愛いとは思うけど……僕は運命に立ち向かうんだ!
「ルーミィ、危ないと思ったら逃げていいからね? 僕は絶対に逃げない。立ち向かう!」
「ハル……でも、死ぬときは一緒よ!」
「いや、死ぬ予定はないから! 危なくなったら自分だけ飛んで逃げるから!」
「薄情者っ!!」
★☆★
「こちらが主人ギル・ハートレッドの遺体です。今晩中に荼毘に付すところでした。これも運命のなせる業でしょうか」
ギル・ハートレッドさんの奥様が案内してくれた遺体は、確かに言い残したことがあるかのような苦痛の表情を浮かべている。
「相続問題の解決とうかがいましたが、僕たちは秘密を守りますので、ご主人様が召されるまで看取らせていただけますか?」
「ふふっ、しっかりした子ね。私は何も心配なんてしていませんことよ? 是非とも看取ってあげて。主人も、奇跡を叶えた勇者と一緒に居たいでしょうから!」
「勇者? リンネ様みたいな? 僕なんてこれしか能がない小市民ですよ!」
「ふふっ! 死者蘇生なんて神の、いいえ、それ以上のお力です。胸を張ってください、小さな勇者さん」
「……ありがとうございます。では、始めます!」
僕はギル・ハートレッドさんの胸元にそっと左手をかざす。
必要ないけど、後々のために触れておく。
冷たい、固い、これが死んだ人か……。
魔力を練り上げる。
僕の心臓、魂のあるところ……熱い力が湧き出ている。
目を閉じて力を感じ取る。
熱い力を……優しく動かしていく。
力は、心臓……肩……肘を通って、左手の掌に集まる!
ゆっくり目を開いて左手を見つめる。
銀色に輝く聖なる光……勇者リンネ様の髪の色と同じだ!
本当にリンネ様が授けてくれた力なんだ!
正直、呪文がなくても発動するみたいだけど、雰囲気的に、何かしゃべった方がいいみたい。
「……この者の魂に、聖なる銀の光を与えん!
天より還れ、レイジング・スピリット!!」
激しい光の奔流がギル・ハートレッドさんの身体を包み込む!
身体が光を纏う!
青ざめた皮膚が色を取り戻していき、やがて……うっすらと両目が開いていく。
ルーミィも、奥様も、あのガル・ハートレッドさんも……その場に居合わせた全員が、圧倒的な奇跡を目の当たりにして、堪えられずに涙を流す。
部屋中に嗚咽が満ちる。
僕だけが取り残された感じだ……。
「私は……そうか、奇跡の力で一時的な生を与えられたのか……ありがとう! 少年よ、名前を教えてほしい」
「僕は、僕はハル! 勇者リンネ様の意志を継ぐものです。さぁ、与えられた時間は僅かです。奥様やお孫さんとの時間をお過ごしください!」
そう言って、僕とルーミィは部屋の隅に下がった。
ルーミィはまだ泣き続けている。
別に君の身内でも何でもない赤の他人でしょうが。
こんなに泣き虫だったっけ?
こんなのに剣で負けてうじうじ泣いていた自分が恥ずかしい!
余命は5分間くらいあった。
僕が感じ取った1分間というのは、最短時間なのかもしれない。
人が亡くなる場面を初めて体験した……悲しみが込み上げてくる。
これが命の重み……。
「勇者ハル様……本当に、本当に、本当にありがとうございました。全て解決致しました。それ以上に奇跡をありがとう……もうあの人に何も伝えることが叶わず、何も伝えてもらえないものと諦めておりました。主人も私も、幸せ者です。本当に、奇跡をありがとうございました」
「……疑ってすまなかった。祖父や祖母が喜ぶ姿を見れて私も幸せだ。命の価値か……下手な交渉をしようとした私が愚かだったな。全財産を捧げるほどの価値があった。本当にすまなかった。いや、本当にありがとう! ありがとう!!」
まだ泣き続けている皆をその場に残し、僕たちは執事さんに連れられて屋敷を後にした。
身体の問題か、心の問題か、僕の脚がうまく動いてくれなかった。
それでも、耳は辛うじてはたらいていた。
約束以上の金額を、僕たちのクランに振り込んでくれるという声が聞こえた。
さぁ、初仕事が終わった。
ゆっくり深呼吸をする。
屈伸運動で凝り固まった脚の筋肉を解す。
魔力はかなり消耗したけど、気を失うほどじゃない。総魔力量の半分くらいで済むらしい。もしかして、レベル上げて総魔力量が増えたら1日に2回以上使えたりして。
「それにしても、依頼人を含めてみんなが〝幸せ〟って言葉をくれたね。リンネ様が僕に託した願い、何となく分かった気がする。明日からも頑張るぞ!って、まだ泣いてるの!?」
「だって~!! あんな奇跡を目の前で見せられたら、涙が止まるわけないでしょ……」
「とりあえず、ルーミィの家に帰るよ? 泣くなよ、周りの視線が痛すぎるから!!」
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