第3話 作戦の狙い

 僕たちは今、ルーミィのお母さんの前に正座中だ。

 何だか「お嬢さんを僕にください」とお願いしているように見えるけど、大きく違う。

『ルーミィvsお母さんと僕』という構図。


「ママ、あたしはやっと自分のやりたいことを見つけたの! だから応援してね!」


「あなた、まだ12歳じゃない。もっといろいろと経験してから、自分に合ったことを見つけるべきよ? そんなに焦らなくていいの」


「ハルと一緒にいろいろ経験するから大丈夫よ!」


 おいルーミィ、変なこと言うなよ!

 お母さんがジト目でこっち見てるじゃん!


「あなたはハル君とは違うのよ? 足を引っ張って迷惑を掛けるだけよ」


「昨日も剣術の試合でハルに勝ったもん! 絶対に守ってあげられるんだから!」


「ハル君がわざと負けたのよ。そんなことにも気づかないくせに、一緒に旅をできるの?」


 まん丸い目で見つめてくるルーミィに、僕はコクコクと2回うなずいておいた。

 何だか自分が情けなくなってきたよ……。

 リンネ様もそうだけど、強さと性別は関係ないよなぁ。


「ぷぅ~!」


 やばい、ルーミィが膨らんだ。

 これはキレる5秒前だ! 早くフォローしないと爆発する!


「お母さん、ルーミィちゃんは本当に強かったんですよ! まさに、狂戦士でした。クラスでも1番強いと思います!!」


「ハル君が私を〝お母さん〟って呼ぶ日が来るなんて思わなかったわ! ルーミィ、いつの間にハートを射止めたの?」


「えへっ! 日々のたゆまぬ努力の積み重ねですっ!」


 いや、突っ込むところはそっちじゃないでしょ。変な方向に向かわないでくれよぉ!


「すみません、〝ルーミィちゃんの〟お母さん! もう1度言いますね、まさに、ルーミィちゃんはバーサーカーでした。一緒にいたらいつか刺されそうです」


「恋する乙女はバーサーカーになるのよ。ルーミィはやっぱり私の娘ね! 見直したわ!」


「でしょ? じゃあ、ハルについて行っても良いよね?」


 え~、やぶ蛇をつついちゃったの!? 思わず僕は仰け反りそうになった。


「でもね、まだ経験するのは早いから、キスまでにしておくこと。ちゃんと約束できるならパパを説得してあげるわ」


「分かった! ママ、大好きっ!!」


「ちょっと待った!! 僕の意思は? 僕の意思が反映されていませんよ! 移動だって……盗賊とか危ないし、ルーミィは学校だってあるし、お父さんだって、一人娘がどこぞの馬の骨と一緒に出て行ったら悲しみますよ!」


「ハル君って、思っていたよりもずっと心配性なのかしら。盗賊に会ったらルーミィがバーサークするし、旅を通じて学校で学ぶ以上のことが得られれば、私たちは大満足よ。一応、遠くの親類の家に遊びに行くって理由で休学するけどね。パパは大丈夫! 娘はまた作ればいいって言いそうだわ。うふふ」


「そうよ、ハルは心配しすぎよ」


 なるほど……この両親がいての、ルーミィなんだね。

 どこで道を誤ったのか、いつの間にか、

「ルーミィとお母さんvs僕』という構図に変わっていた――。


 でも、まだ負けが決まったわけじゃない。

 強い意志さえあれば不可能なことはないはず!


「でも、僕は浮遊魔法を使って移動するから、高価な馬車とか必要ないけど……」


「浮遊魔法? ちょうど昨日衝動買いしちゃったわ! 女神様が夢に出てきてお買い得ダンスを踊っていたから。そうか、こうなる運命だったのね……俄然応援する気が湧いてきたわ!」


 いや、夢の中で商品を宣伝するって、どんな女神様ですか!

 まさかリンネ様が、僕に話す前から逃げ道を塞いでいたってことはないよね……。


「さすがあたしのママだね! 幸運スキルは本当に凄いわ!」


 スキルかい!

 あぁ、心の奥底に隠していた僕の夢『あわよくばハーレムを!』が、どんどん崩壊していく――。ルーミィがいたら全部台無しになっちゃうよ。どうする?


「ハル君、まだ何か不安があるの?」


「不安しかありませんけど……。」


「ハルぅ、3日間あるんだから、一つ一つ解決していこうね? あたしたちが力を合わせれば不可能はないわ!」


「そうね、ルーミィは浮遊魔法を練習しなさいね。ハル君もうちに泊まるんでしょ? お母さんには私から話しておくわ。私たちも仲良くなりたいし」


「はい……ありがとうございます……」


 猶予は3日間――何とかパパさんを味方につけて逆転を目指すしかないかな。まだ夢を諦めない!



 お昼ご飯を食べた後、ルーミィの部屋で第1回目の作戦会議が始まった。

 何回も来ている部屋だけど、相変わらず女の子全開の可愛い趣味をしてるなぁ。パステルカラーが眩しすぎて甘い気分になってしまう。それに、とても甘い香りがする。

 ベッドを守る溢れんばかりのぬいぐるみたちの視線を避けた僕の目に、机に置かれた写真が飛び込んできた。


「ちょっと! 勝手に見ないでよ! 真面目に作戦会議する気あるわけ?」


「そう言いながら、トマト色に染まった顔で僕の写真をひっくり返しているのは誰かな。なんか、そうやってひっくり返されると、不吉な感じがするんだよね」


「この写真は……そう、あれよ! 昨日のことを謝ろうと思って」


「それ、言い訳になってる?」


「仕方ないでしょ! さっ、会議するわよ! まずはハルの蘇生魔法について教えてね」


「何が仕方ないのか分からないけどね。僕の魔法には5つの特徴があるんだ――。

 一、1日1回しか使えないらしい。

 二、病気や寿命で死んだ場合はあまり効果がないらしい。

 三、生き物なら全てに効果があるらしい。

 四、同じ対象には1度しか効果がないらしい。

 五、発動させるには、直接身体に触れないといけないらしい。

 まだ使ったことはないけど、何となくこんな感じだというのが分かる」


「やっぱり凄いわ! でも、どうしてお兄さんが亡くなったときに使わなかったの? あ、ごめん。言いたくなかったら言わなくても――」


「ううん、兄は病気だったんだって。勿論、父さんも母さんも僕の力のことは知ってる。だから何も言わなかったってことは、きっとそういうことなんだよ」


「思い出させちゃってごめんね」


「いいよ。あのときは僕はまだ7歳だったし、兄のお葬式も遠くでやったみたいで僕は行ってないんだよね。もう昔のことだから気にしてないよ?」


「そう……じゃあ、あたしからいくつか質問するね。まず、蘇生の代金はどうするの?」


「えっ!? お金なんて取るの?」


「不謹慎かもだけど、活動資金のこともあるし、タダにすると希望者が殺到するわよ?」


「それはそうだけど、僕は別にお金持ちだけを助けたいわけでも、自分がお金持ちになりたいわけでもないよ……」


「じゃあ、お金以外もありで良くない?」


「お金以外……アイテムとか? 払う物が無ければ身体で払ってください、とか?」


「バカっ!」


「痛い! 痛いってば! ごめん、冗談だって! ちょっと調子に乗っただけ!」


 ぬいぐるみ飛行隊を数機よけた後、飛んできた超速ポカポカパンチを頭にくらう。


「払えなかったら、何か手伝ってもらうとか! それも無理なら身体――」


「もぅ!! ハルがエッチなのは知ってるけど、真面目に考えてよ! あ、でも、お手伝いや協力ってのはアリかもね。じゃあ、お金の場合はいくらにするの?」


「安くて良くない? 100リル(1万円)くらいが普通じゃないかな?」


「だから、それじゃタダと変わらないでしょ? お金持ちからはたくさん奪うの!」


 この人、なんか酷いこと言ってる。

 でも、お金の価値は人それぞれだから、ルーミィが言うように金額が変わるのは当然なのかも。それなら……命だって、重さは同じでも、価値が違うということもありえるよね。


「じゃあ、『あなたが考えているこの人の命の価値を考えてお支払いください』みたいな?」


「しぶぅ! それ渋くてかっこいい! そうしてみよっか。なんかさ、依頼人の性格だけじゃなくて、生き返してもらう人の人生も滲み出てくるよね」


「まぁ、3日間、まずはフィーネで試してみようよ」


「あと、どうやって依頼者を探すの? まさかお葬式場で待機とか、お墓荒らしなんてしないわよね!?」


「それはちょっと考えてる。って、お墓荒らしじゃなくて、ギルドのクエスト掲示板を利用しようと思うんだ。母さんがギルドで働いているから意外と融通が利くかもしれないし」


 冒険者ギルドには依頼掲示板というのがあり、行方不明人の捜索とか、病気やけがの治療とか、似たような依頼を見たことがあった。その辺はお母さんに相談してみるかな。


「そっか、それは安心よね! でも、依頼者がたくさん来ちゃったらどうするの? 1日1人だと、3日間で3人だけでしょ?」


「書類審査とか、面接とかは?」


「落ちた人が逆恨みするわよ?」


「うっ……僕が殺されたら、生き返してくれる僕がいないじゃん……」


「そんなときのために、あたしがいるんでしょ? ハルのことは絶対に守るわ! でも、あたしが死んじゃったら真っ先に蘇生してよ?」


「あははっ! 分かったよ! 心の隅にしまっておくよ」


「それはど真ん中にしまっておいてね! で、依頼者を選ぶのはギルドに任せない?」


「それも考えたんだけど、誰を生き返すかは自分自身が決めないとダメだと思う。責任と呼ぶのが正しいかは分からないけど、自分の心で感じ取ってから決めたいというのもあるし」


「そう、ね……ギルドを疑うわけじゃないけど、ハルが決めるべきというのは賛成だわ! ちなみに先着順はダメよね。ある意味平等っぽい気もするけど」


「論外だね。それなら、依頼者を集めて1番早く泣いた人が勝ちとか?」


「そっちこそ論外よ! 嘘泣き上手に義理はなしってね。それに、命を扱うのに勝ち負けとか……ハル、真面目に考えてよ!」


「ごめん。真面目に考える」


 時間制限を設けるのは仕方ないと思う。いつまでも待たせておけないし、僕も待ってはいられない。でも、逆恨みされず、ある程度平等で、説得力のある方法なんてあるんだろうか?


 ……


「ハル、なるべく若い子を優先するのはどう? つまり、年齢順。お年寄りを蔑ろにするつもりはないけど、将来性を考えたらそうすべきじゃないかな?」


「なるほどね。でも、事故で死んじゃった市長さんと、身寄りのない孤児と……世の中で必要とされるのはどっちだろう?」


「あたしには分からないわ! 市長さんが実は悪いことたくさんしてるかもだし、孤児が将来伝説の勇者になるかもだし」


「例えが極端だけど、確かにそうだね。人の善悪が分かるスキルとか、未来が見えるスキルでもあれば――」


「え? あるわよ?」


「へ?」


「あたしね、バーサーカーとソウルジャッジのスキルを持ってるの!」


「やっぱりバーサーカーかよ!」


「このタイミングで、そっちを突っ込む!?」


「じゃあ、ジャッジソウルって何?」


「ふふん、甘いわね! あたしはスルースキルも覚えてるんだから。ソウルジャッジはね、その人の魂が持つ善悪を数値化して、±100の数字として見れるの。隠していたわけじゃないけど、自慢の勇者スキルよ。凄いでしょ!」


「凄い! 何が凄いかって、身近に勇者スキル持ちが2人もいるのが凄い。でも、僕には使うなよ!?」


「大丈夫よ。ハルは今まで見た中で最強に良い人なんだから! あたしが保証する! まぁ、もう使う必要がないとも言う」


「っておい! もう使ってるじゃねーか!」


 でも、ルーミィのスキルの底が見えた!

 僕の心に潜む邪悪な闇を見抜けないなんてな!

 ハッハッハ~!!


「ハル、顔が怖い……」


「だってさ。何? ルーミィ先生が死体を全部見てチェックしてから、誰を生き返すか決めるってことなんだろ? 僕には絶対に無理! そりゃ、怖い顔にもなるさ」


「それは……あたしも嫌だわ! じゃあ、書類審査して、年齢も見て、必要なら何人かにソウルジャッジをする……ってのは、どう?」


「そんなもんだよね。ま、あまりにも依頼者が多かったらそのときに考えよっか!」


「うん! あと、組織クランを作るわよ! お金の管理もあるし、ハルを守ったり、審査や調査が必要だからそのうち事務員さんを雇うとして……しばらくメンバーは2人だけだけどね! で、クラン名は、『エンジェルウィング』にしようって考えてる」


「それって……」


「そう、昔、世界から奴隷制度を無くしたクランの名前! 〝天使の羽で世界を優しく包む〟の。今はまだ名前負けしてるけど、夢を大きくして羽ばたきましょうね!」


「珍しく、ルーミィに大賛成!!」


 だって、エンジェルウィングって、勇者リンネ様がいたクランじゃん!

 今はもう解散しているだろうから、名前が使えるかギルドで相談してみよう!

 めっちゃやる気が出てきた!



 その後すぐ、僕たちはテンションMAXでギルドへと駆け込み、クエスト掲示板に堂々と貼り紙を出した。

 さて、どんな依頼がくるかな……いつの間にかリーダーがルーミィなんだけど、あれだよね、僕の身を案じてという……?



『☆★蘇生、承ります★☆


 ◆全ての生き物の蘇生をします。

 ◇病死・老衰死の場合は一時的な蘇生になります。

 ◆1日1人のため、厳選に審査をします。

 ◇報酬は金銭、その他で応相談です。

 ◆依頼者は、ギルドまでご連絡ください。


 クラン:エンジェルウィング

 リーダー:ルーミィ』

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