第2話 合宿の誘い
「話は分かったわ。でもね、母親としては、簡単に行ってらっしゃいなんて言えない。だって、ハルはまだ12歳よ? しかも冒険者レベルも3でしょ? 近頃は治安が良くなったとはいうけどね、子どもの一人旅なんて死にに行くようなものだわ」
早口で呟く母さんは、俯いたまま僕と目を合わそうとしない。
僕は立ち上がり、無理矢理に母さんの視界に割り込んで、心から向き合った。
「母さん、僕はもう決めたんだ。このスキルを勇者リンネ様が授けてくれたって聞いたとき、どんなことがあっても逃げずに役立てようって。それに、勇者リンネ様も13歳で魔王と戦うため、世界を救うための旅に出たんだよ! 同じ力があるなら僕にだってできるよ! いてっ!」
至近距離から飛んできたデコピンをまともに受け、情けなく尻餅をつく僕。
「あなたは昔っからそう。リンネ様の話題になると目の前が見えなくなる。ふぅ……ハル、よく聴いて。お母さんはハルを止めたいわけじゃないの。でもね、1人はダメ。絶対に。全てを自分1人でできるなんて考えないことよ。だから、リンネ様みたいに仲間を探しなさい」
その目には光るものがあった。母さんの涙を見るのは5年ぶりだ。でも、笑顔もあった。
「分かってるよ! もちろん、リンネ様にたくさん仲間がいたのも知ってる! ありがとう母さん! 大好きだよ!!」
そう言うと、母さんは黙って僕を強く抱き締めた。痛いくらいに。
僕も精一杯やり返す。今の僕を証明するために。
僕は別にマザコンではない。冒険者になって家を出た父さんの代わりに、僕が母さんを守らなきゃって気持ちが少し強いだけ。
母を独り置いて出て行くことへの不安と罪悪感を僕は乗り越えようと、さらに力を込め続けた。
お互いに死力を尽くした後、どちらからともなく力が抜ける。
母さんは少し照れながら、ちょっと待ってなさいと言い残して僕の部屋から出て行った。
僕の部屋……毎日こっそり続けていた素振り用の木刀、地理や歴史、算術の教科書、父さんからもらった怪しい骨、いつも辛いときに包んでくれた布団、みんなしばらくサヨナラだね。僕が帰ってくるまでこの聖域を守ってね!
感慨に耽りながら部屋を眺めていると、母さんが何やらたくさんの荷物を持って戻ってきた。
「ギルドマスターのリザ様に話をしてきたわ。銀の召喚石の話をしたら信じてくれた。いろいろ貰ってきたから、全部持っていきなさい」
ギルドマスター!!
確か、かつて勇者リンネ様と共に戦ったエルフのリザ様だ。何度か話したことがある。凄い美人。
「水筒と保存食、着替えにポーションに毒消し……それと、当面のお金。あと、いろいろ旅に必要そうな物は全部アイテムボックスに入れておくわね」
過保護の泉から湧き出したような大量のアイテムたちが、小さな家なら1軒建つほどの高価な収納魔法道具、通称アイテムボックスの中へと消えていく――。
ふと、最後に鞘ごと収まろうとしていた短剣に、僕の目が釘付けになった。
「それって、父さんが迷宮で見つけてきた奴だよね? 確か、母さんが婚約のときに貰ったとかなんとか……」
「ふふっ! よく覚えていたわね。この短剣には特殊効果があるの。魔力を込めて振れば、数mの風刃が放てるわ。気休めかもしれないけど、父さんと母さんが見守っていると思って持っていきなさい」
「うん……大切な物をありがとう。僕も好きな子ができたらそれをプレゼントするよ」
「こら。貸すだけに決まってるでしょ。無くしたりしたら、冬に何で薪割りするのよ」
さっきまで泣いていた僕たちだけど、今は笑いあっている。この短剣があれば、どんなに苦しい旅になっても、諦めずに前へ進める気がした。
翌朝、朝食をたっぷり食べて、お弁当もたくさん作ってもらって、僕は家を出た。
既に朝日は教会の屋根から顔をのぞかせている。
9時過ぎというところか。いつもなら学校に遅刻する時間だけど、今日は5日ぶりの休日だ。
どうせ明日からも学校には行けないけどね。その辺は、母さんがちゃんと先生に説明してくれるはず。心残りは何もない。
「ハル? どこ行くのよ!」
あ、心残りが1つだけあった!
昨日は怒りと悔しさで発狂寸前だったけど、今の今までコイツの存在を忘れていたよ。
まぁ、幼馴染みにちゃんとお別れを言えれば、心残りなく旅に出られるってもんだ。無視するなんて、ちっちゃいちっちゃい。僕はこれから世界に出て大きくなるんだから!
「おはよう、ルーミィさん!」
「えっ、お、お、おはよう……」
ニコニコ顔で手を振る僕に、ルーミィはというと――2歩下がって1歩進むという定番のリアクション。コイツのこういう分かりやすい反応が面白い。
「とても爽やかな朝ですね! 小鳥のさえずりに誘われて優雅にお散歩ですか?」
「えっ!……まぁ、お散歩というか……違うというか……その……ちょっと様子を見に……ね。あたし、昨日は少しやり過ぎちゃったから……ハル、怒ってるわよね?」
あらま、珍しくしおらしい。
ルーミィは普段は優しいんだけど、剣を持つとバーサーカーみたいになるのが珠に傷なんだ。口癖は「弱い方が悪いんだからね」と「もっと強くなりなさいよ」だし。
「小さいなぁ、ルーミィは!」
「そんなことないもん! クラスの中では大きい方だもん!」
胸の前で不自然に組まれた腕。これ、なんか勘違いされてる。
「恥ずかしいこと言うな! もういいよ! どうせ僕は今からフィーネを出るんだし」
「えっ!? ハル、何を言ってるの? 冗談だよね、冗談って言ってよ……」
「ついて来い!」
僕は、今にも過呼吸を起こしそうなルーミィの腕を掴んで路地裏に走った。
さっきまで閑散としていたはずの大通りに、あっという間に人だかりができてきたから。
この町は普段が平和すぎるからか、ちょっと何かあると食いつくのが早い。
これから先、僕は自分の運命と向き合うことになる。
幼馴染みにちゃんと説明できないようでどうするってんだ。
ビビッてなんかいられない!
僕は勇気を出してスキルのこと、昨夜の夢のことを話した。
途中からルーミィは泣き出してる。
そんなに悲しんでくれるんだ……何だか貰い泣きしちゃいそうだよ。
「そんなのおかしいよっ! 行かないでよっ!」
「もう決めたんだ、逃げずに運命と向き合うって」
「あたしに一言も相談しないで……勝手すぎるよ!!」
「急に決まったことだし、母さんやギルドマスターには言ってあるぞ! というか、どうしてお前に相談するのが当たり前になってるんだよ」
「……いって……」
「え?」
「あたしも連れていって!」
「いや、無理でしょ……お前んちの両親は厳しいし、僕は浮遊スキルで飛んでいくんだよ?」
「親は説得する! 浮遊魔法なんて、魔法書を買えば大丈夫よ!」
「説得するって……浮遊魔法は、富裕のお前んちだったら気合いで買えるかもしれないけどさ、その前に、若い男女が一緒に旅に出るとか、いろいろとまずいでしょ!」
ルーミィは顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせながら考え込んでいる。
「地元だけ取り残されていた~ってオチはやめよう? それに、ハルだってスキルの練習なんてしていないでしょ。うちで合宿して練習とか、今後の作戦を考えてみたらどうかな? ね? それなら旅が始まっているのと同じだし、いいと思わない?」
「う~ん……」
確かに、昨日の今日でほぼノープランだったし、地元のフィーネのために魔法を使うのは賛成だ。ルーミィの家だって、もう何回か泊まりに行ったことあるし。
でも、このままじゃ本当に一緒に行くって言い出しそうだ。
コイツと一緒とか、嬉しいけど命がいくつあっても足りる気がしない。
もう、ルーミィのご両親に説得してもらって、何とか止めてもらうしかないよね。
3人掛かりなら、3日間もあれば阻止できるでしょ。
「分かった! 最長3日間だからね?」
こうして、僕はしばらくフィーネの町を拠点に活動することに決め、作戦会議のためにルーミィの家へと向かった。
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