僕だけが蘇生魔法を使える!
AW
第1章 大陸南東編
第1話 勇者の願い
『全ての魂には2つのスキルが与えられる』
これは、ここロンダルシア大陸では幼児でさえも知っている常識である。スキルこそが将来の運命を左右するからだ。
しかしながら、スキルは何も特別なものではない。
そのほとんどが、日常生活に即した料理や計算、剣術・武術や自然属性魔法などのように、日々の修練によって習得できる能力である。しかし、ごく稀に、生まれながらにして与えられているものもあるという。
特に後者のそれは、かつて魔王と戦うために召喚された異世界人たちの能力であるとされ、畏敬の念を込めて〝勇者スキル〟と呼ばれている。
誰もが憧れる勇者スキルだが、その実、ほぼ全ての情報がヴェールに包まれており、詳細を知る者、知ろうとする者は皆無である。強すぎる力は多くの富・名声・権力をもたらす反面、命を危険に晒すのが世の常であるからだ。
『西の真実』という、百年以上も前に書かれた本がある。
そこに記された、絶大な力を誇った勇者たちに関する数字――勇者たちの死因――が全てを如実に語ってくれるだろう。
・自殺、餓死……1467名
・処刑、殺害……4863名
・魔物討伐失敗(原因不明を含む)……375名
その本は、最後にこう結んでいる。
『勇者の敵は魔物にあらず、真の敵は人間であり己自身である』と。
然るに、人より優れた力を持つ者の中には、それをひたすら隠して生きていく者も決して珍しくはない。
この少年もまた、そのうちの1人だった。ある日の夜までは――。
布団という名の強固な結界魔法の中で、空腹という名の魔王と対峙する僕。
「ただいま!」と叫んでも、「おかえりなさい」という声が返ってきた覚えがない。父とはもう数年間会っていないし、母は毎日夜遅くまで働いているからね。
でも、僕のこの涙の原因は、孤独なんかじゃない。怒りだ。
アイツのことなんて忘れるんだ!
もう絶対に許さないぞ!
強い決意を孕んだ右目から、熱い涙が溢れ出る。一筋の流れは左目からのそれと合流し、火照った頬を拠り所に、滴となって零れ落ちた。
辛いことがあると、僕はいつも布団の中に逃げ込む。
兄が死んだときも、父が出て行ったときも――。
今日もそうだ。僕は学校で恥をかいた。バカにされた。とても悔しかった!
剣が下手でもいいじゃないか! そんなスキルを習得してなにになるってんだ。あんなの人殺しのためのものだろ!
そりゃあ、女子に負けるのは嫌だけど……ルーミィは容赦なさ過ぎる。もう少し手を抜いてくれてもいいじゃん!
思い出すたび、胸の奥に湧いたもやもやっとした何かが、僕の怒りを駆り立てる。
ルーミィは僕の幼馴染みの女の子。実を言うと、凄く可愛い。クラスの男子全員が狙っているという噂だってある。金髪ショートの髪は動くたびにサラサラ揺れて、笑顔はまるで天使のよう。
でも、僕に対しては意地悪い。きっと誰かの前でかっこつけたがってるんだろうね。僕は狩猟大会で用意される七面鳥じゃないんだ。そう思うと、さらに怒りが倍増していく。
もう、一緒に登校するもんか。口だって一生利かないんだ。そしたら、いつものように泣きながら謝ってくるんだ。でも、今回は1週……ううん、ずっと、そう、永遠に許さない!
悔し涙が作った泉を睨みながら、そう強く決意する。
少し落ち着いて安心したからか、猛烈な睡魔が襲ってきた。
そして、空腹を忘れた頃には僕は寝落ちしていた――。
『やっと見つけたよ!』
えっ!?
『なんで布団の中でいじいじ泣いてるの! はぁ、それじゃまるっきりボクみたいじゃない』
えっ、頭の中に声が聞こえてくる!?
しかも、思いっきり見られてるし!!
『そそ。これは遠視と念話の合成スキル……って、そんなことより! キミの世界は今、平和かな?』
あ、はいっ!
世界……は分からないけど、僕の周りは平和だと思います!
学校ではケンカは少ないし(イジメはあるけど)、給食もおかわりできますよ!
『ふぅ~ん。質問を変えるね。魔族とか、妖精族とか、獣人族はいる?』
同じクラスにはいないですけど、隣のクラスにはいますよ。それが何か?
『なるほど~。それじゃ、奴隷は?』
奴隷、ですか?
奴隷なんて、国王様以外にいるんですか?
『ちょっと待って! 国王が奴隷って何よ!?』
だって、国王様はいっつも「我は国民と国家の奴隷である!」って言ってますよ?
『その国王って誰なの?』
本当にご存知ないんですか? ミルフィール二世様ですよ?
『……なるほどね。あの子は誰と結婚したんだろう……ボクも頑張らなきゃだなぁ』
えっと、何だか分からないけど、頑張ってください!
って、あなたは誰なんです? もしかして、王宮の凄い魔法使い様とか。
『ん~、魔法使い、ではないかな。ボク的には賢者ですって名乗りたいけど、お恥ずかしながら勇者って呼ばれていて……あ、ちなみにキミ知ってる? リンネって名前――』
勇者リンネ!?
知っているも何も、それって、世界を救った英雄様ですよ!!
でも、もう50年以上も昔の話だって聞いています……声は若いけど、意外とおばあちゃんなんですね……。
『失礼な! まだ13だし!』
え、だって――。
『まぁ、信じるかどうかはキミに任せるよ。あ、でも知っていてくれて助かるわ。有名人って意外と便利だね。ところで、どうしてボクがあげたスキルを使っていないわけ?』
スキル!?
『うん、蘇生魔法。超クールでしょ。死んだ人を生き返らせるって、凄いと思わない?』
どうして知ってるんですか……知っているなら分かるでしょ……スキルが凄いほど命を狙われるって……。
『うわぁ、ぜんっぜん平和じゃないじゃん! うん、だからこそね。だからこそ、世界を変えないとダメなんだよ。ボクだって弱いけど乗り越えられたんだ。強い意志さえあれば、絶対に不可能なことはないはずだよ!』
あ、リンネ様の口癖――僕の大好きな言葉だ! この声、やっぱり本物なんだ!
というか、そしたら僕のスキルはリンネ様の……でも、なんで僕なんかに!?
『うん。説明するね。1回しか言わないからよく聴いてね』
あ、はい。
もう何が何だか分からないので、教えてください……。
『よろしい。お姉さんがしっかり説明してあげる。
ボクたちは何とか魔王をやっつけたんだけど、もう元の世界に戻らなきゃいけないの。でも、一つだけ気がかりがあってね。これから本当に、平和が訪れるのだろうかってね。生き残った人たちが、誰もが幸せを感じられる世界を作れるのか心配だった。
どんな人の心にも負の感情はあるよね。何かに怒ったり、何かを憎むことは当然あるし、それが悪いとは思わない。でもね。その怒りや憎しみの根源を辿っていくと、必ず闇に行き着く。己の利益だけを求める人、他人の苦しみに狂喜する人、もしくはそれを正さない社会の仕組み。それらが潰えない限り、いつかきっと平和が脅かされる日が来る。それをどうにかしないといけないんだ。
で、ボクたちは必死に考えた。そして一つの結論に達したの。
それは、
〝命と向き合う〟こと
要するに、人の心の中に必ずある優しさ、生への希望を実感すること、それが唯一の幸せへの道筋だと考えた。勿論、そのための方法もね。
ボク自身は無力なんだけど、心強い仲間たちと力を合わせて、凄い奇跡を起こすことができた。この時代、この世界で唯一ボクの魂と共鳴できる存在であるキミを探し出せたの。そして、ごく一部だけど、ボクの力をコピーすることに成功したんだ。
運命を押し付けちゃって悪いとは思うよ。けど、これはキミにしかできないことなの。要は、キミには『蘇生魔法』と『浮遊魔法』を使って世界を旅してほしいんだ。とにかく自由に旅をして構わない。それだけでも、きっと世界は変わっていくから。そう信じてるから!
あ、もう魔力が切れちゃうわ。じゃあ、任せたよ? よろしくねっ!!』
ちょっ、えっ、お待ちください!!
えぇぇぇ~!?
おね、リンネ様~! リンネ様~~!!
いつの間にか目が覚めていた。頭も寝起きとは思えないほどに冴えている。その頭の中は、さっきの出来事でいっぱいだった。
夢なのか、現実なのか。ううん、十中八九、夢だろう。
早口で一方的に説明された後、一瞬だけ彼女の姿が見えたような気がする。
振り返って手を振る勇者リンネ様……めちゃくちゃ可愛かった!!
肩まで伸びた銀髪がふわっと揺れる。笑顔が明るく輝く。横から見るとあんまり女性らしさのある身体じゃなかったけど、断言できる。ルーミィの100倍は可愛いかった、と。
しばらく淡い余韻に浸る。
もう一度会いたい。今度は正面から見たい。ううん、夢の中なら何でも許されるはず……手を繋いじゃったりしても。今ならもう一度会えるかもしれない……そう考え、二度寝を決め込んで仰向けになったとき、僕の胸の上から銀色の珠が転がり落ちた。
いたっ!
その拳大の物体を拾い上げた瞬間、電撃に打たれたような感覚が走る。
その後、石の表面からモヤモヤした光る煙のようなものが溢れ出てきた。
これって……もしかして、あの伝説の……銀の召喚石!!
銀の召喚石――歴史の教科書で見た国宝の1つ。勇者リンネ様の伝承に出てくる、いわゆる神石だ。
あれは、あの出来事は夢じゃなかったのか……僕はスキルと向き合い、旅に出る運命なんだ!
勇者リンネ様が僕を選んでくれた。信じていると、任せると言ってくれた。僕なんかに世界を変えられるなんて思っていないけど、それでもきっと何か意味があるんだ。
自由に旅をして構わない……か。
よし、明日には旅に出よう。
今日、母さんが帰ってきたら全部話すんだ。母さんならきっと分かってくれるはず……。
僕は、明日からのことを考えながら、再び夢の中へと旅立った。幸せな夢が見られますようにと強く願いながら――。
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