第5話 恐怖の思い
「今日、あたしは2つの発見をしたわ」
「そうなんだ。僕は3つ発見したけどね!」
「何よ?」
「な・い・しょ!」
頭の中で思い浮かべる。ルーミィの料理が美味しいこと、ルーミィが意外と泣き虫なこと、ルーミィが僕を好きなこと!!
「でもまぁ、言うほどのことじゃないな!」
「あたしは言うほどのことよ! 1つは、ハルのソウルジャッジの数値が驚異的な理由! あんな奇跡を起こせるんだもん。ある意味当然の数字よ。魂が煌めいてるんだわ!」
「持ち上げ過ぎだろ! 魂はそうかもしれないけど、頭の中は腐ってるかもよ?」
「心も身体も魂に従う。あたしのスキルは表層を見る力はないけど、深層を正確に映し取るわ。魂を誤魔化すことは誰にもできない」
「よく分かんないけど、気持ち悪いからあんまり誉めないで!」
「ふふっ。もう1つはね、ソウルジャッジが万能じゃないってこと。-25の人があんなに純粋な涙を流すなんてね。数字だけじゃ分からないんだって気づかされたわ」
「なんかさぁ、お前が言ってること、1つ目と思いっきり矛盾してない?」
「甘いわね! 矛盾してるように思えて、していないんだから!」
「よく分からん! てか、どうでもいいし! それより、何で帰りにクエスト掲示板の貼り紙を剥がさなかった?」
「あぁ、それはね、午前中より午後の方が依頼は多いと思うの。その分、審査は大変になるけど、選択肢が少ないよりはいいわよね。だからね、今日はずっと貼りっぱなしにして、明日朝早くギルドにチェックしに行こうよ」
一仕事終えて頭が真っ白になっていた僕は、そこまで気が回らなかった。
というか、本当は泣き続けていて剥がすのを忘れただけじゃ?
さすがにそこは突っ込まないでおこう。
「自称秘書様、了解しました!」
慇懃無礼な態度で敬礼をした僕に、容赦なくぬいぐるみが飛んできた。
もしかして、今日はこの部屋で寝るわけじゃないよね?
その前に遺体を触ったから……お風呂に入りたいんだけど……。
「お風呂に入りたいんだけど、昔みたいに一緒に入ったりするの?」
「ばか! ばか! ばか!!」
「うはっ!」
ぬいぐるみが大量に飛んできた。
というより、投げたらぬいぐるみが可哀想でしょ。
「ちなみに、僕の寝る部屋は……?」
「本当はあたしの部屋の隅っこで寝てもらうつもりだったけど、変なこと言ったから、もう知らない! 玄関で寝ればいいわ!」
「ただいま~!」
「パパだ! お帰りなさ~い!!」
お、ルーミィのお父さん帰宅!
お母さんみたいに敵に回しちゃダメだ。何とか味方につけて、ルーミィを諦めさせないと。僕の内なる野望を成就させるために!
「そうか。ハル君はそんな奇跡の力を持っていたんだね。ルーミィ、絶対に離れちゃダメだぞ。トイレ以外はずっと一緒にいなさい」
待て!
待て待て待て!!
いろいろ突っ込みたくなるでしょ!
いや、そこは、物理的な意味じゃなくて!!
「パパは分かってくれると思ったわ。ルーミィの旅を私たちで祝福しましょうね!』
「パパはいつもあたしの味方だもん!」
「待った! ルーミィさんはとっても泣き虫だから、毎晩ホームシックで泣き続けますよ? 『パパ~、ママ~、会いたいよ~、寂しいよ~』って。それでも大丈夫なんですか?」
「ハル君。ルーミィは君に置いて行かれたら、毎晩どころか毎日ずっと泣き続けるはずだよ。後生だから連れて行ってくれないか」
「パパがいいこと言った! まさにその通りよ!」
ルーミィが拍手している。
ルーミィママとパパがハイタッチしている。
なんだこの親子は!しょうがない。
使いたくはなかったけど、最終手段(奥の手)を使おう。
この合宿中に、精一杯嫌われるように頑張るという……。
「分かりました! ルーミィ、トイレ以外はずっと一緒だよ! お風呂もベッドもね!!」
★☆★
で、どうしてこうなった……。
「あんまりジロジロ見ないでよ!」
「湯舟が狭いんだから仕方ないだろ!」
「……」
「……」
タオルを巻いているとはいえ、12歳の男女が一緒にお風呂に入るというのはいろいろ恥ずかしい。
もしかして、僕はルーミィパパの罠に掛かったのかも……よし、悪あがきしてやる!
「ルーミィ……」
「な……何よ?」
「本当は男でしょ?」
「何でよ! そんなわけないでしょ!」
「ほら、だって……僕の方が胸がでかい」
その日は、ほっぺに紅葉マークを付けたまま、ルーミィのベッドの隅っこでぬいぐるみたちの中に埋もれて寝た。
大いなる代償と共に、新たに1つの発見が加えられた。
ルーミィはちっぱい。
★☆★
翌朝、紅葉と一緒にお互いの羞恥心も和らいだ僕たちは、ギルドへと急いだ。
昨日のお昼から今朝まで貼りっぱなしになっていた蘇生依頼の確認のためだ。
「ルーミィちゃんおはよ! たくさん依頼が来てるわよ? 1日1件でしょ、どうするつもり?」
僕たちは受付で8枚の依頼書を見ながら呆然としている。
想定していたと言っても、いざ命を比べるとなるとプレッシャーで胸が押し潰される。
ルーミィは最初から潰れているけど。
「とりあえず、クエストは一旦停止で。8件全てはこなせないので、慎重に選びますね……」
「仕方ないわよね。それと……昨日の依頼報酬が振り込まれているわ。50万リルって……桁を間違えてない!? ちなみに、通常はギルドが手数料を5%頂く決まりなんだけど、あなたたちの依頼からは頂かないわ。これはギルドマスターリザ様のご指示よ」
「分かりました! ありがとうございます」
50万リル(5000万円)は貰い過ぎだから返そうって話をしたら、秘書に叱られた。あちらが付けた命の価値を、こちらで下げるなんて失礼だって。
確かにそうなのかもしれない。
僕たちのお金の使い途が、彼らに報いる唯一の方法だということで、受け取ることにした。
「あたしは、やっぱり書類審査だけで判断してはいけないと思う。時間はあるから全部の依頼者を訪ねて話を聴きましょう」
「労苦はいとわないけどさ、話を聴くと断りにくくなるし、逆に期待もさせちゃわない?」
「そこは説明するしかないわ。場合によっては新しいルールも付け足さないとね。死後2日以内に限るとか、依頼者は家族に限るとか」
「そうだね、細かいところは優秀な自称秘書様に任せるよ。僕は胸を触るだけ」
やば、口が滑った!
気づかれた?
ギリギリセーフ! 良かった!!
★☆★
僕たちは、依頼人にギルドに来てもらったり、こちらから訪問したりして、夕方までかけて全ての面接を終えた。
そのうえで、既に僕たちの結論は出ている。
2人の判断基準は全く違うけど、結論は偶然にも一致していたから。
どれに決まったか分かる人は何人いるだろうか。
①魔物に殺された男性冒険者の蘇生
②魔物に殺された男性冒険者の蘇生
③魔物に殺された男性冒険者の蘇生
④自殺した男性の蘇生
⑤馬車に轢かれて死んだお婆さんの蘇生
⑥変な物を食べて死んだペット(猫)の蘇生
⑦強盗に殺された女の子の蘇生と犯人探し
⑧地層で見つかった怪しい化石の復元
「で、これだよね?」
僕は1枚の依頼書を手に取り、改めて詳細を確認してみる。
他の依頼については、ギルド側で断ってくれるらしい。
やっぱり本格的に1日2回以上蘇生魔法が使えるか検証しないとね!
【蘇生依頼書】
蘇生対象:ラール
蘇生理由:蘇生と殺人犯探し
種族:人
性別:女
年齢:15
死因:強盗殺人(刺殺)
時期:1日前
職業:食堂の店員
業績:お店の人気者
報酬:お金、○物品、○その他
メモ:
依頼者の関係:両親
「ラールさんが無念すぎるし、犯人だって許せない、絶対に見つけ出して罪を償わせる!」
義憤に燃えるルーミィに萌える僕。
でも、自宅を訪問して話を聴いたとき、僕も泣いちゃったんだよね。
「よし、行こう!」
★☆★
ラールさんのご両親が出迎えてくれた。
僕たちと話をしたときからずっと泣き続けているようだ。
ちなみに、ラールさん一家はフィーネで食堂を営んでいる。低所得者や冒険者を対象に、利益を求めず、赤字覚悟の低料金で料理を提供しているそうだ。そういう事情もあってか、椅子やテーブルは全て簡素な手作りだった。
ラールさんはそこの看板娘。
長く綺麗な赤い髪に元気一杯の笑顔で、町中にファンがいるそうだ。僕の父さんも隠れ常連客らしい。
僕は父さんの弱味を1つ手に入れた。
「先に、報酬の件を……」
ルーミィが言いにくそうに切り出した。
秘書の仕事をちゃんとしてるじゃん。僕なら無料にしちゃうけどな。
「見ての通り、私たちには十分なお金が……ですので、店が存続する限りですが、無料券を。こんなので釣り合うなんて思っていませんが……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「頭を上げてください、立ってください! ラールさんに生き返ってもらって、明日の朝ご馳走になろうかな。僕にとってはそれだけで十分に嬉しいので!」
1食の料理と人の命、か。昨日の50万リルとは真逆の報酬になっちゃったね。あの人が聞いたら怒るかな。でも、横でルーミィが頷いてくれている。これでいいんだよね。
僕はラールさんの部屋に案内された。
ルーミィの部屋とは違い、質素な部屋だった。
でも、とても好感がもてる癒される空間。
ベッドに横たわるラールさんを見る。
輝きを失った赤い髪、元気を失った表情を見ていると、無性に悲しみが込み上げてくる。
蘇生魔法の説明はルーミィがしていたようで、上半身は完全に裸だった。
自分で作った俺ルールだけど、正直、目のやり場に困る。
僕はラールさんの胸元にそっと左手をかざす。中サイズで形の良い胸には、ナイフが刺さったらしい傷がある……そこに優しく触れる……冷たい。
恥ずかしいけど真顔を貫く。興奮は、しない。
魔力を練り上げる。
僕の心臓、魂のあるところ……熱い力が湧き出ている。
目を閉じて力を感じとる。
熱い力を……優しく動かしていく。
力は、心臓……肩……肘を通って、左手の掌に集まる!
ゆっくり目を開いて左手を見つめる。
銀色に輝く聖なる光が溢れてくる。
朗々と、厳かに、しかし全く効果のない詠唱を叫ぶ!
「……この者の魂に、聖なる銀の光を与えん!
天より還れ、レイジング・スピリット!!」
激しい光の奔流がラールさんの身体を包み込む!
身体が光を纏う!
傷が徐々に塞がっていく……皮膚が色を取り戻していき、やがて……うっすらと両目が開く。
と、その瞬間、彼女の悲鳴が上がる!
「きゃーっ!!」
確かに僕の手はまだ彼女の胸に置かれたままだけど、歴とした医療行為で、強制わいせつではないんだよ、多分。
よく見ると彼女の意識はまだ殺された瞬間にあるのが分かった。
僕は落ち着いて手を離し、声をかける。
「ラールさん、落ち着いてください。あなたは死んでいません! 生きています!!」
ラールさんはしばらくベッドの中で呆然としていたが、やがて僕と視線が合うと、泣きながら抱き付いてきた。
「えっ!?」
柔らかい!
なにこれ!!
「大丈夫です、大丈夫です! 安心してください、安心してください! 生きています! あなたは、生きています!!」
僕は優しく背中と頭を撫でてあげる。
年下の、しかも12歳の男の子に撫でられるとか、なかなかレアな体験でしょ!
やっとのことで落ち着きを取り戻した彼女にシャツを着てもらい、僕はご両親に引き渡すべく後ろを振り返る。
ご両親も、ルーミィも、鼻水を垂らしながら泣いていた。
ラールさんがベッドから降りて、ご両親に抱き付く。
ご両親も号泣しながら受け止める。
ルーミィも一緒に抱き合って泣いている。
2時間以上経って、やっと皆が落ち着きを取り戻した。
本当に良かった。
その後、ラールさんの口から強盗犯人の正体と、その日に何があったのかが告げられた。
食堂の仕事を終えて帰ろうとしたラールさんを、常連客の3人が待ち伏せていた。彼女は軽く挨拶をして立ち去ろうとしたが、力付くで引き倒された。
その後、強引にいたずらをされそうになり、彼女は必死に抵抗した。
想像を絶する恐怖と戦ったんだと思う。話をしながら身体はひたすら震えていた。
気付いたら胸を刺されていて、痛みと恐怖と呼吸困難とで声もあげられず、意識が遠退いていったらしい。
幸いなことに、彼女の身は汚されていなかった!
話を聞き終わると、改めて皆が泣いていた。
僕も貰い泣きしてしまった。
「辛いことを思い出させてしまってすみません。僕は犯人たちを絶対に許せません。捕まえましょう!」
その夜、市長やギルドマスターの協力を得て、高レベルの冒険者3人が捕縛され、牢獄送りとなった。
ラールさんの心の中に残された恐怖は、誰かが時間を掛けて癒してくれるだろう。
「ハル君……生き返らせてくれてありがとう。私の、この2つめの命、あなたに捧げます!」
「えっ!?」
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