第6話 乙女の戦い

「私の、この2つめの命、あなたに捧げます!」


「ラールさん、それは命の使い方が違うと思いますよ。僕なんかのためじゃなく、ご両親や好きな人のために精一杯生きてください!」


「私は……あなたが好きなんです!」


 ラールさんのご両親は拝むように手を組んでいる。

 ルーミィは動揺を隠しきれずにおろおろしてる。

 なんだか空気が重たい……。


「ちょっと待って! 魔法の効果で一時的にそう思い込んでるだけですって! だって、僕たちは初対面ですよね?」


「え……やっぱり覚えていないんだ。ハル君、あなたに命を救われたのは今日で2回目よ」


 どゆこと!?


 その後、ラールさんから衝撃的なお話が語られたのだった。


 今から2年前、父さんが旅の途中で偶然魔物から助けた馬車にラールさんが乗っていたそうだ。僕も父さんと一緒にいたからよく覚えている。僕は情けないことに、恐怖で大声を出してしまった。しかし、それが魔物の注意を引き付ける結果となり、父さんが容易く討伐できたというオチに繋がった……。


 それ以来、父さんがフィーネにいるときは毎日のように店に通うようになったとのこと。

 そこで、僕の話ばかりしていたそうだ。

 そんなこと、父さんから全く聞いてない!


 ラールさんの2年間の片想いか。

 申し訳ないけど、旅に連れて行くのは難しいかな……本当に幸せになってほしいからはっきり言わなきゃ。


「ラールさん。忘れててごめんなさい。気持ちは凄く嬉しいし、ラールさんは可愛いから凄く残念なんだけど、僕は世界中を旅してなるべく多くの人を救いたい。長く危険な旅になると思う。だから……ラールさんには絶対に幸せになってほしいから、連れては行けません」


「あははっ! 私、そこまで……旅についていくほどは好きじゃないから安心して……」


 ……ラールさん、そこで泣き崩れたら……こういう健気で優しい人、大好きだよ。でも、ここで優しく接したら彼女は僕について来ちゃうよね、ここは、鬼にならなきゃ。


「ラールさんありがとう。フィーネにいるときはなるべく店に来るからね! その時はいつもの元気な笑顔で迎えてほしいよ!」


「はいっ! ずっと、ずっと、一生ずっと待っています!」


 僕たちは、ラールさん一家に見送られながら帰路についた。

ルーミィは終止無言を貫いている。

 怒っているのか、悲しんでいるのか分からない。



 ★☆★



 今日は別々にお風呂に入った。

 昨日は嫌われる覚悟で無理矢理誘っただけだし、僕はそんなに変態じゃない……多分、正常。

 やっぱりお互いに恥ずかしいからね。


 でも、理由はそれだけじゃない気がする。

 ラールさんのことを引きずってるな……でも、ルーミィがラールさんにライバル意識を抱いているようには見えないけどね。


「そう言えば、今日はクエスト掲示板に貼ってないじゃん? 明日は休みなの? それならやりたいことが――」


「ギルドには伝えてあるけど……今日の8件のうちの『魔物に殺された男性冒険者の蘇生』の件を受理するわ」


「あの、パーティメンバー・両親・恋人から別々に依頼が来ていた人? ちょっと依頼書見せて」



【蘇生依頼書】


 蘇生対象:シャーム

 蘇生理由:フィーネ近郊の平和のため

 種族:人

 性別:男

 年齢:19

 死因:魔物(主に毒)

 時期:1日前

 職業:冒険者(戦士)

 業績:フィーネ武術大会8位、盗賊団討伐多数

 報酬:○お金、○物品、その他

 メモ:両親以外に2件の蘇生依頼あり

 依頼者の関係:両親



「たくさんの人から依頼が来ているのに、それを蹴って募集し直すなんて失礼すぎるわよね」


「確かにそうだね。じゃあ、明日の午前中に訪問する?」


「ご遺体はギルドに安置してあるんだって。だから、朝9時に行く予定になってるわ」


 なんか、僕はめっちゃ管理されている。

 もしかして、ルーミィって秘書の素質がある?

 でもなぁ、僕に相談なく勝手に決められるのは嫌なんだけど!


「分かった。でも、ちゃんと僕にも相談してくれない? 予定があったのに……」


「人の命より大切な予定って何よ?」


「レベル上げ」


「はぁ?」


「レベルが上がれば蘇生回数が増えるかもしれないと思ってね。確信はないけど、可能性はあると思ってる」


 蘇生回数にはレベルか魔力が関わっているかもしれないし、そもそも1日1回という使用制限は絶対なのかもしれない。

 効果の大きさからすると後者の可能性が高そうなんだけどね。

 だから、レベル5になったら検証は一旦ストップするつもりだった。


「えっ! 何でそんな重要なことを今さら!」


「思いついたのは最近だし、ルーミィがポンポン予定を決めちゃうから言えないじゃん!」


「そう……よね、ごめん。あたし、少しでも役に立ちたいって思って……それに、命を預かってるって考えると、責任を感じちゃって周りが見えてなかったわ……」


 ルーミィもルーミィなりに必死に頑張ってたんだ。

 言い過ぎたかな……。


「ごめん、言い過ぎた。ルーミィが頑張ってくれているのは分かるよ、ありがとな!……って、おい!」


 いきなり抱き付いてくるな!


 でも、ルーミィってこんなに温かいんだ。

 剣を持たせなければ、僕の中の美少女ランキングはリンネ様の次だもんな。好きか嫌いかって訊かれたら好きなのかもしれない。やっぱり連れて行こうかな……悩むなぁ。


「ごめん!」


 顔が真っ赤だよ……可愛い!


「ううん、意外と柔らかかったよ」


「ばかっ!」



 ★☆★



 僕は朝早く目が覚めた。

 あまり眠れなかったと言う方が正しい。


 今日は朝8時にラールさんのお店で朝食、その後9時にギルドでシャームさんの蘇生をする。それからすぐに近くのダンジョンでレベル上げ。そっちはルーミィに頑張らせよう。いわゆる、パワーレベリングだ。

 予定を詰め込みすぎなのは分かるけど、やるべきことがたくさんあるから仕方がない。



 僕たちは、ダンジョン用の準備も整えてから家を出た。


「おはよう、ハル君!」


 ラールさんが笑顔だ! 良かった!!

 さすがファンがたくさんいるだけのことはある。笑っていると本当に可愛い。


「ラールさん、おはよう! 朝食をお願いしても良いですか?」


「はい! たっぷり愛情と媚薬を込めますね!」


 媚薬は入れなくても十分だからね!

 ほら、ルーミィが怖い顔してるじゃん。


 出された料理は質素だったけど、ラールさんという花が添えられていたせいか、凄く美味しく感じられた。ルーミィも機嫌が戻っている。


 その後、僕がアイテムボックスの整理をしている間、ルーミィはラールさんと2人で内緒話をしていた。女の戦いは恐ろしい。


 そしてあっと言う間に時間が過ぎて、僕たちはラールさんの素敵な笑顔に見送られながらギルドへと向かった。



「おはようございます。本当に蘇生なんてできるんですか? 本当に彼は生き返るんですか?」


 いきなり女性に詰め寄られた。

 この人がシャームさんの恋人か。

 優しそうな人だけど、僕には、発狂寸前の鬼のように見えた。


 突然大切な人を失って、たくさん悲しんで絶望して……そんなときに蘇生魔法使いが現れたら……必死にすがりつくよね。この人に限らず皆がそうなのかもしれない。


 いくら冒険者は死を覚悟して当然と言っても、そんなことは本人だけの問題だ。

 僕だって父さんが死んじゃったら絶対に蘇生するし!


「はい、お任せください。蘇生後には毒も消えて健康になるはずです」


 ご家族、友人、パーティメンバー……全部で20人くらいが集まっている。人徳があるんだね。


 ルーミィが僕を見て頷く。

 この顔は、ソウルジャッジを連発したな!?

 僕も頷き返す。

 ここからは秘書の仕事だね、僕は石になろう。


「先に依頼報酬の件を確認させてください」


「パーティリーダーのリンクと言います。本当に俺たちが決めていいんですか?」


「ええ、シャームさんの命の価値を決めるのは彼の周囲の方々にしか出来ないことですから」


「そう、ですか……。シャームは俺たちを守るために犠牲になりました。もし生き返して頂けるなら、俺たちの全財産を支払います」


 リンクさんは、そう言ってお金が詰まった袋と、高級そうな武器や防具類を床に置いた。

 正直、冒険者から装備を貰うのは申し訳ないんだけど。


「お気持ち、確認しました。ハル、お願い」


 えっと……蘇生?

 それとも、報酬の回収?

 いや、勿論蘇生だよね?

 ちゃんと目的語を言ってくれないと、バカな僕には分かんない。


「はい、それでは……失礼します」


 僕はシャームさんの厚い胸板にそっと左手をかざす。

 こんな光景、腐った女以外誰も得をしない。


 魔素による毒死……人とは思えないほど黒々と爛れた皮膚。

 しかし嫌悪感はない。

 彼が正義のために自らを犠牲にして戦った勇者だから。


 魔力を練り上げる。

 僕の心臓、魂のあるところ……熱い力が湧き出ている。


 目を閉じて力を感じとる。

 熱い力を……優しく動かしていく。

 力は、心臓……肩……肘を通って、左手の掌に集まる!


 ゆっくり目を開いて左手を見つめる。

 すると、銀色に輝く聖なる光が溢れ出ていた。

 相変わらず、雰囲気作りのためだけの詠唱を叫ぶ!


「……この者の魂に、聖なる銀の光を与えん!

 天より還れ、レイジング・スピリット!!」


 激しい光の奔流がシャームさんの身体を包み込む!


 身体が光を纏う!


 どす黒かった肌が色を取り戻していき、やがて……うっすらと両目が開く。



「シャーム!!」


「フレイア……? 俺は……」


「シャーム!! 生きてる! 本当にシャームが生きてる!」


「俺は死んでいないのか……?」


「シャーム、落ち着いて聞いて。こちらの魔法使いの少年があなたを蘇生して下さったの」


「母さん……リンクさん……俺は……俺は……生きていてもいいのか……」


 シャームさんが僕をじっと見つめてくる。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃで、ぶさいくだった。


『お名前を教えてくださいませんか」


「敬語はやめてください、僕はハルです」


「ハル……ハル様、貴方の身体には銀色のオーラが見える。なんて神々しいオーラなんだ」


 シャームさんがまた泣き始めてしまった。

 シャームさんにはオーラが見えるのか。

 僕の銀色のオーラ……勇者リンネ様から授かった力かもしれない。


 さて、僕の役目は終わったかな。

 そろそろ……あ、まただ。皆が泣いてる。ルーミィまで! そろそろ慣れてくれないかな。


「皆さん、シャームさんは元気になりました。それでは、僕は行きますね」


「ありがとう! ありがとう!! 俺はなんて幸せな男なんだ! 本当にありがとう!」





「思ったんだけど、ハルって意外と薄情なところがあるわよね? っと!」


「よっと!……何で、だよ! てやぁ~!」


「生き返った人を見ても……えぃっ!……全然泣かないじゃない!」


「ふぅ~、やっと倒した。だってさぁ、僕が生き返らせているんだし、蘇生魔法で生き返るのは当たり前だし」


「当たり前だと泣かないの? 当たり前すぎて感動がないの?」


「分かんないよ! おっ!? レベル5になった!」


「やったぁ! あたしもレベル5だわ! それで、蘇生魔法はもう1回使えそうなの?」


「やってみないと分かんないよ。ルーミィさん、1回死にませんか?」


「ひどいっ!!」


 めっちゃポカポカ叩かれた。

 たまたまルーミィが剣を鞘に収めていたから命拾いした!


「ごめん、ごめん、ほんの冗談だから!! でも、ダメみたいだ。使えそうな気がしない」


「そっか……やっぱり簡単には増やせないのね」


「うん、明日の準備もあるし、とりあえず帰ろう。ラールさんの店で夕食を食べたいしね!」


 うはっ、ルーミィの顔が怖い……。

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