第15話 霊王の使い
鳥……
ハンバーグ……
ネコ……
ニンジン……?
船……
カエル!
カボチャ……
賑やかな黄色い声が空にこだまする。
僕は1人ベランダに寝そべって、ぼんやりと流れ行く雲を眺める。飽きない。楽しい。
蝶……
花……
ハエ……?
馬……
トマト……えっ、ルーミィ!?
「誰がトマトよ! 失礼ねっ!! ハルも逃げないで戦いなさい!」
僕の顔の上に赤いパンツが見え、さらにその上には……手を腰に当て、胸を張って僕を見下ろすルーミィがいる。真下から見ても、顔を遮る山はなく、微かに丘が見えるだけだった。
なぜ僕が戦わないといけないんだろう……。
ぼんやりと振り返る。
昼ご飯を食べて自室で寛いでいると、アネットさんが飛び込んできて、それを追いかけるように聖騎士が入ってきたんだった。
そこから熾烈な戦いが始まったんだっけ。
僕は逃げ出した。
なぜか?
そこには得るものがなかったから。
聖(多分、性)戦を主張する騎士がいた。
迎え撃つのは我がヴァルキリーたちだ。
『変態さんは1人でいいの! 消えて!!』
アネットさんが失礼なことを主張する。
「あたしに触れると火傷するわよ!!」
意味が分かってるのか、謎発言のルーミィ。
「私の心も身体も既にハル君の物です!!」
誤解されそうなことを大声で叫ぶラールさん。
「クーの聖騎士はハルくんなんだから!!」
恥ずかしいことを平気で言う仮の彼女。
『……』
笑顔で枕投げに夢中なミール(服は着ている)。
5人の美少女を相手に劣勢を強いられながらも、楽しそうに転げ回る“かつての”聖騎士。そのMっぷりが、聖域を汚された美少女たちの更なる怒りを誘発した。
そして、ルーミィが救世主を求めにきたわけだ。
しかし、僕は救世主なんかではない。
諦めたルーミィが部屋に戻ると、ちょうど良いタイミングで真の救世主が現れた!
『アス君、お主には我がいるであろう? 君が望むなら毎晩でも構わない!』
素早い動きで聖騎士の耳を掴み、引っ張るアーシアさん。もしかして……既に恋人!?
「俺の夢が……。求)ハーレム、出)愛情!」
なんて都合の良い取引だよ……彼女は1人にしてって約束したのに、この全身股関男が!
でも、イケメンで……しかも性格も良かったらみんなが僕を捨てて聖騎士団に所属したんだろうな……ちょっとありがとう変態さん!
「アスクズさん、彼女は1人だけですよ!」
形勢が定まったところで、一気に勝ちを引き寄せる。ラストアタックは僕が貰う!
「出たな、ハーレムマスターハル! だがしかし、俺の名は、アス“ラン”だ!」
「失礼、アスカスさん。アーシアさんを悲しませることは許さないからね!」
「確かにアーシアは女神だ! しかし、世界平和のためには俺の子が100人必要な計算結果が出た。彼女1人ではダメなんだ! ちなみに、俺の名前は、ア・ス・ラ・ンだっ!!」
「女の子を追い回すなんて恥ずかしいよ、アスチンさん! ハーレムは求めるものじゃない、求められるものなんだ! まずは、己を磨き直して出直してくださいね」
「マスターよ、わざと名前を間違えてないか? 俺の名は、ア~ス~ラ~ン~! ハーレム王になる男だ!! 既に俺の聖剣は、キラッキラに黒光りしているぜ!」
女性陣は、僕らの未知の戦いに釘付けだ。
瞳の中に星を輝かせながら、自分たちの英雄を応援している。
「仕方がない。僕が貴方の名を悪意を抱いて呼ぶとき、貴方の魂は天に還るだろう。それでも良いんですね? アスラ……」
「まっ! お待ちください!! 俺はアスチンです!! ハーレム? なにそれ……俺はそういうの大嫌いなんですよ! 生涯一愛!! 俺の愛は全てアーシアのものだ。ついでにサクラも頑張って育てる……では、ご機嫌よう!!』
アスチンはアーシアさんをお姫様だっこして去って行った。かなりの強敵だった……。
嵐が過ぎ去っても油断はできなかった。
我がヴァルキリーたちが固まって会議を始めている。聞こえるのは不吉な呪詛。
『歳の順よ!』
『それならワタシが1番』
『蝶は蜜を吸ってなさいよ』
「出逢った順でしょ、普通は!」
「長さと深さは違うわ!」
「なら平等にじゃんけんにする?」
『それは変態さんに失礼だ! 胸の大きさ順は?』
「ハルって実は、小さいのが好きなんだよね!」
「絶対に嘘よ!」
『試してみない?』
さて、雲行きが怪しいな。地盤が緩んでいるから二次災害には充分に気をつけないと。そうだ、ギルドの掲示板でも見てこよう……。
★☆★
浮遊魔法は便利だ。
音を立てずに3階のベランダから逃亡し、ギルドを目指す僕。眼下の景色がズームアップしていき、足の裏に圧力がかかる。
昼下がり。ギルドは相応の混み具合を見せている。朝から活動していた冒険者が戻ってくる時間帯なのかな。
「あれ、ハル君? 隣に女の子がいないなんて珍しいわね?」
獣耳巨乳美女の受付お姉さんだ。僕って最悪なイメージで見られてるんだね……ハーレムマスターとか。この10日くらいで人生が変わりすぎだよ!
「10日前まではいつも1人でしたよ。魔法を使うたびにモテていく気がして怖いですね」
「にゃはは! そうよね! ちなみに、立候補したいんだけど、何歳くらいまでなら歳上はOK?」
ギルド内の空気が冷気を帯びる。突き刺さる視線、殺気がピリピリと痛い。
「冗談は止めてください。それより、依頼は入っていますか?」
「残念だわ~。またチャレンジするからね! あ、依頼は3件きてるわね。はい、よろしく!」
何とか周囲の殺気が鎮まる。
僕は依頼書を受け取り、掲示板の貼り紙を剥がしておいた。とりあえず、どんな依頼かな?
【蘇生依頼書】
蘇生対象:アシュリー
蘇生理由:大切な後継ぎだから
種族:人間
性別:男
年齢:15
死因:事故死(崖から転落)
時期:今朝
職業:薬師見習い
業績:調合技術が優秀
報酬:○お金、○物品、その他
メモ:
依頼者の関係:祖父
【蘇生依頼書】
蘇生対象:ブライアン
蘇生理由:魔法科学の発展のため
種族:人間
性別:男
年齢:48
死因:爆死(実験中の事故)
時期:8年前
職業:魔法科学者
業績:薬学、結界学に寄与、受賞多数
報酬:○お金、○物品、その他
メモ:
依頼者の関係:魔法科学の塔一同
【蘇生依頼書】
蘇生対象:ポーラ
蘇生理由:希少種の保護
種族:エルフ
性別:女性
年齢:10
死因:非公開(自殺)
時期:2日前
職業:奴隷
業績:なし
報酬:お金、物品、○その他
メモ:
依頼者の関係:エルフを守る会
薬剤師の後継ぎ、魔法科学者、エルフ……え、奴隷? 奴隷制度はなくなったはずじゃ!?
『汝、蘇生魔法使いか?』
依頼書を見比べる僕に、青いローブの少年が話しかけてきた。僕よりずっと背が低い。
「そうだけど?」
『裁定は下された』
「なんで? いきなり最低とか……」
『裁定は下された!』
「なんの話?」
『王の下へ』
「王様!?」
『王の下へ!!』
少年が叫ぶと、僕の回りには霧が立ち込めていく。反比例するように、ギルド内の混乱した声が次第に小さくなっていく。
しばらくすると、僕と青いローブの少年は濃い森の中にいた。
★☆★
これは、まさか転移魔法!?
ここはどこだ?
鬱蒼とした森の中、いや普通の森じゃない! 樹がドーム状に伸びている? 空間が歪んでいるのか? 完全に樹に囲まれているけど、木漏れ日がキラキラと空間を染め上げていた。綺麗な世界だ……。
少年は歩き始めた。
悪意は感じられない。付いていこう。
しばらく歩くと、動くものが視界に映り始めた。樹、花、蝶……揺れているのではなく、動いていた。
とてつもなく広い空間に出た。天井も樹木に覆われているが、距離が読めない。目の前には1周30mはありそうな巨木が聳えている。
少年は大樹の前に立ち止まる。身体が光に包まれると、1羽の青い小鳥になってその枝に留まった。それに伴い、森のざわめきが嵐のように一層大きくなる。
『蘇生魔法使いよ』
頭に響き渡るような声がこだまする。
「はい……ここは、妖精界ですか?」
『いかにも』
「あなたは、王様……妖精王ですか?」
『いかにも』
僕と話をしているのはこの大樹か。ミールの妖精会議、裁定、王様……ピースが揃う。
『裁定を下す。しかと聞き届けよ! 汝、蘇生魔法使いは生命の理を曲げ、神聖なる魂の秩序を侵した。よって、永久凍土へと封じるを妥当とする』
「なっ!?」
唐突な死刑宣告に、返す言葉が出なかった。
正直、ミールの蘇生の件で褒美を貰えるのではと期待していた。妖精王の加護とか、契約とか……夢を膨らませていた。まさか真逆だったとは!
僕の手足が動かなくなってきた。
このまま死ぬのかな……。抗えない絶対的な力の差を感じる。最期に何を言うべきだろうか。思考も凍りつき、無意識に呟く……。
「リンネ様……みんな、ごめんなさい……」
頬を伝う涙が凍りついたと同時に、僕の意識は絶たれた。
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