第14話 名馬の匂い
拠点に戻った時には既に日は傾いていた。今日は散々なデートになってしまったな。
ラールさんがサンドイッチを作ると言って部屋を出ていくと、タイミングを見計らったかのように、誰かが僕の背後から体当たりをしてきた。
気づいたら、ベッドでマウントポジションをとられていた……なんか、いい匂いがする。
「クーちゃん、ただいま……」
「ハルくん遅い!! 遅い遅い遅い~っ! 待ちくたびれちゃったよ!! 彼女放置してどこに行ってたの!?」
「ごめん、ちょっと冒険してきた」
「明日は私とデート……キャッ!」
ルーミィがクーデリアさんの後ろから胸を掴んで、僕から引き剥がしにかかる。クーデリアさんもルーミィの胸を掴もうとするが、無いものは掴めないと言わんばかりに空を切る。
僕のお腹の上で激しい百合戦が繰り広げられた結果、なぜか僕の身体が左右二分されるように占領されていた。
抱きつく腕。絡みつく脚。顔がとても近い。左右から迫る甘い吐息……覚悟を決めて、目を瞑る。
ドアをノックする音で僕たちは我に返った。
「ど、どうぞ」
『ハル様、お寛ぎのところ失礼いたします。ギルドより緊急依頼が入っております』
管理班副班長のレオナさんだ。
ダークエルフ女性陣の中でも、とりわけ小柄で細身な金髪ショートの美少女は、アネットさんくらい若い。でも、村一番の天才らしい。
そんな彼女が微妙に頬を赤く染めながら、1枚の紙を僕に手渡してきた。今の状況、絶対に誤解されてるな……。
【蘇生依頼書】
蘇生対象:エトワール
蘇生理由:唯一無二の名馬であるため
種族:馬
性別:牝
年齢:4
死因:骨折(予後不良)
時期:1日前
職業:騎馬
業績:なし
報酬:○お金、物品、その他
メモ:
依頼者の関係:近衛騎士団ルーニエ
僕の左右からルーミィとクーデリアさんが覗きこんでいる。思わず横顔を眺めちゃう。
「馬?」
「ルーニエ様? クーはこの人知ってるわ! 武術大会の優勝者よ!!」
「近衛騎士団ってことは、王宮からの依頼かしら? かなりの報酬が期待できるわね!」
ルーミィの瞳の中に$マークが浮かんでるように見える。最近は金銭報酬がなかったから、クラン維持費も考えると受けるべきかな。
「レオナさん、ギルドに入った依頼は他にもありました?」
『いえ、本日午後の受付はこの1件のみでした。まだ掲示中ですので明日の午前に再度確認いたします』
「ありがとうございます。一応、僕の考えですが、蘇生対象を身分や種族、報酬で選びません。言葉に表しにくいですが、魂の価値を見定めるように努めています」
『はい、存じ上げております。非常に尊いお考えかと』
「尊いなんて……結局、僕の力不足で……わがままに命の優劣をつけることになります。過ちがあれば遠慮なく正してくださいね!」
レオナさんが花のような綺麗な笑顔で頷いてくれた。
この状況、間違っても“可愛い女の子が優先です”なんて言えない!
結局、明日の朝にルーニエさんの面接をし、名馬エトワールの蘇生依頼を受けるか検討することになった。
その後、レオナさんや、謎の妖精会議から戻ったミールと一緒に、ラールさんお手製のサンドイッチを食べた。食後にクーデリアさんがラールさんに抱きついていた。何か入れたな……。
クーデリアさんをラールさんから引き剥がして自宅まで送り、水着お風呂を堪能してからの睡眠。ちなみに、アネットさんは例の聖騎士に姉妹揃って追い回されているらしい。いい夢が見られそうだ。
★☆★
「初めまして、私はルーニエという。近衛騎士団の副団長をしている。本日は宜しく頼む!」
朝9時、僕たち5人はギルド内の厩舎に来ている。
ルーミィとラールさんとミール、そして早朝から押し掛けてきた仮の彼女クーデリアさんを連れて。
「まだお受けするかは……まずは、お話を聴かせてくださいませんか?」
「あぁ、そうだったな。私はある方の代理で来ているんだが、エトワールが仔馬の頃から知っている。彼女は……皆が見捨てようが私は名馬だと信じて疑わない」
布を被せられた馬を熱い視線で見つめていたルーニエさんは、膝まづいて馬の背中を優しく撫でている。
「こいつは、何度も死ぬ運命を乗り越えたんだ。最初は仔馬の時だ。こいつは、いつも牧場の木陰に座っていた。馬はな、速くなければ、強くなければならん。牧場主は売れそうにないからと処分しようとした。だが幸運にも命拾いした。こいつが牧場を走らない理由を知っていた者が買い取ったんだ」
「どうして走らなかったんですか?」
「花だよ。花が好きだったんだ。花を踏み荒らしたくなかったらしい。私も最初はそんな馬鹿なと思ったよ。だが、花の咲いていない道ではどんな馬よりも速く走り回ったんだ」
ルーニエさんは昔を思い出すように目を細めて語り出した。僕たちは話に聞き入っていた。
「花や小動物を足元に見つけては止まるんだ。走っては止まり、走っては止まり……本当に大変な馬でね、何度も乗り手を振り落としては処分されかかった。臆病な馬はいらないとな。
しかし、こいつは臆病なんかじゃなかった。それどころか、世界一勇敢な馬だった……。
襲われていた兎を助けるために自分より大きな魔物に体当たりをしたり、馬車に轢かれそうな子どもを身を呈して守ったり。川で溺れかけていた主を命懸けで救った時から、皆の評価も次第に変わっていったんだ。
そんなある日、旅先で主が事件に巻き込まれ瀕死の怪我をした。運悪く、治癒魔法使いが同行していなかった。最寄りの病院まで早馬で2日の距離だ。我らは諦めた。だが、こいつだけは、諦めなかった。
主を背に乗せ、病院まで走り続けた。まさに奇跡だった。わずか1日で到着し、主の命は救われたんだ。
しかし、こいつの体は限界を超えていた。脱水症状も酷かったが、脚が4本とも折れたまま走り続けたせいで、回復の余地はなかった。我らは、苦しまずに逝かせてあげることしかできなかった……頼む! こいつに、誰よりも優しいエトワールに、命を与えてくれ!」
近衛騎士団副団長が泣きながら土下座をしている……。僕の心は既に決まっていた。ルーミィを見る。ラールさんやクーデリアさんを見る。泣きながら頷いてくれた。ミールの服が落ちている……よく見ると、蝶の姿で馬の鼻に止まっている。
「蘇生します! ですから、土下座なんてしないでください!」
「本当か! ありがとう、ありがとう……本当にありがとう! ありがとうございます……」
ルーニエさんに肩を貸して立たせる。代わりに僕が片膝を地につけてエトワールの布を下ろす。白毛の脚が……酷い状態だった。こんなになりながらも走り続けたのか。痛かっただろう、苦しかっただろう。でも、どうして君は……そんなに安らかな顔をしているんだよ……。
優しいエトワール……君は真の名馬だ。コンクールやレースで優勝したわけじゃない。だけど、僕たちは君を名馬だと認める。生き返ってほしい!
横たわる馬の胸に左手を乗せる。
泥にまみれた体……。
でも、それがとても綺麗に感じる。
僕の魂に刻まれたリンネ様の力に願う。
いつもいつも奇跡をありがとうございます。今一度、お力をお貸しください!
胸に渦巻く魔力を練り上げ、左手に流していく……銀色に輝く光は厩舎を神秘の世界に変えていく!
溢れ出る光がエトワールの体を優しく撫でるように包み込む。
奇跡よ、起これ!!
「誰よりも優しい名馬エトワールよ!
貴女の元気に走る姿を、みんなが願う!
天より還れ、レイジング・スピリット!!」
ひときわ光が激しく輝くと、僕の左手は、魂の温もりが戻ってくるのを感じた。光が包み込む体は白く艶のある毛並みを取り戻す。
やがて、四肢が震えながらも力強く伸ばされると、エトワールは元気よく立ち上がった。
とても綺麗な白馬が僕を見下ろしていた……。
その瞳は優しさと強い意思を感じさせる。おでこにある黄金色の☆の毛並みは、神々しいまでに輝いていた。
「貴女がエトワール……僕はハル。貴女が走る姿を見せてほしい」
言葉が通じたのか、魂が通じ合ったのかは分からない。
エトワールは僕の身体に首を差し入れると、一瞬のうちに僕をその背に跳ね揚げ、風のように走り出した。
馬に乗った経験なんてない。こんなにも速く走るのか……。必死にたてがみを掴み、しがみついた。
日向ぼっこのいい匂いがする。
5分も走ると爽快さが恐怖を上回った。風になって町から街道をゆく。僕たちは流れる風景を笑いながら、歌いながら楽しんだ。
30分後、ティルスに戻ってきた。
一時の興奮も鎮まり優雅に町を歩いていたエトワールだが、ギルドの前までくると急に立ち止まってしまった。前方を見る。ローブに身を包んだ人が厩舎の入口に立っていた。
嗚咽を漏らしながらエトワールに抱きつこうと走り出したその人を、付き添いの人が止めようとしていた。この人が話にあった例の主か……。
「エトワール、行ってあげて!」
背から飛び降り、優しく首筋を撫でてあげると、エトワールは僕の顔にキスをするように鼻先をぶつけてきた。
そして、ローブの人とエトワールはお互いに歩み寄り、主の腕のなかに抱かれながら優しく嘶き続けていた。
★☆★
「こんなに貰っちゃって良かったのかしら?」
ルーミィの腕のなかには、40万リル(4000万円)相当の金貨が入った袋があった。
「前にルーミィが言ったよね? 僕たちが命の価値を下げるような発言をしてはいけないって」
「そうなんだけど、馬だよ……」
「エトワールはすごく速かったし、いい匂いがした。ルーミィ、人も馬も魂の温かさは変わらなかったよ」
胸の柔らかさは違ったけどね。
「ハルくん、かっこ良かった! さすがはクーの旦那さんだね!!」
「まだ“彼氏”でしょう?」
「いいえ、ただの“仮の”彼氏だわ!」
僕の腕に絡みつきながら暴走するクーデリアさんに、ラールさんとルーミィが即座に突っ込みを入れて引き剥がしにかかった。ミールは隅っこでせっせと服を着ている。
「今日の依頼は終了だね! 貼り紙はとりあえず夕方までそのままにしておこうか。さて、みんなでお昼ご飯を食べに行こう! もちろん、ルーミィの奢りで!!」
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