第13話 三人の憂い

 目が見えない。

 口が利けない。


 それがどれだけ辛いことなのか知っている人がいたら、今すぐに名乗り出てほしい!


 きっと君とは親友になれるから。

 親友枠で、1回だけなら蘇生してあげるよ。



 闇に閉ざされた沈黙世界の中で僕は目が覚めた。遅れて、頭とお腹と腰に痛みが襲う。でも、我慢できるレベルだ。

 感覚が研ぎ澄まされる。頑丈に結われた目隠し、猿ぐつわ……何も見えない、何も喋れないのはこのせいか。


 脚は自由だ。ゆっくり後退し、背中に縛られた手でまさぐり周囲を探る。


 慎重に1mほど下がると、手が何かに触れた。

 壁だ……布……タオル? カーテン?


(ゴンッ!)


 突然の打撃で吹っ飛ばされた……。

 鉄球の振り子のような物が後頭部を強打した。振り子時計の中に入り込んだのか、魔物の巣か……とにかくあっちは危険だ。



 身体を反転し、再びゆっくりと後退する。


 2mほど下がった所で、手が何かに触れる。

 柔らかい2つの膨らみ……まさか!?

 半信半疑を確信に近づけるため、意識を手に集中していく……蘇生魔法を使うとき以上に。


(んっ……)


 声!?

 僕の手は、さらに激しくまさぐる。


(あっ……んっ!)


 やっぱり、ラールさんだ!

 この感触は忘れない、絶対にラールさんだ!


 前から歩み寄る殺気を感じた瞬間、壁が胸にぶつかった! いや、これは壁じゃない……微かに感じる柔らかさ……ルーミィだ!


 人間サンドイッチ……これは、どういう状況だ!?

 もしかして、これは夢なのか?

 落ち着いて記憶を辿るんだ……手は休めずに。



★☆★



 昨日は……聖騎士を蘇生させた。名前は忘れた。そして、ツインテールの吸血姫を泣かせた。グスカだったか。拠点に戻って食事を済ませた。ハンバーグだった。なぜか聖騎士と一緒にお風呂に入った。ひたすら股間を自慢してきた……骨に還れ。いつも通り、ルーミィとラールさんとお休みのキスをして、手を繋いで寝た。


 よし、ここまでは普通だ。いや、普通じゃないか。


 いつも通り、ダークエルフのアネットさん乱入で目が覚めた。いつも通り、起きたら隣に裸の妖精ミールがいた。いや、花の妖精か。そのあと、女子の楽しげな枕投げを眺める。普通の朝だ。


 ラールさんが、グスカ戦に行けなくて寂しかったからデートしたいって言ってきた。ルーミィも、聖騎士蘇生のときに連れていってくれなかったからとお詫びデートを要求してきた。返事をする前に連れ出されていた。よくある話だ。


 まだ記憶には続きがある。


 確か、何軒か食べ歩きをしたあと、路地裏にさしかかった所で事件が起きたんだ……。

 それは、空から舞い降りた妖精だった。陽光を背に、ひらひら羽ばたく純白の天使。まさに幸運の象徴、ケサラン・パサランだった!


 3人は必死に追いかけた!

 身長の差……いや、執念の差で僕が競り勝った! 勝者に与えられるのは称賛だと信じていた。しかし、違った!



『動くな!!』

『武器を捨てて両手を頭に乗せろ!』

『膝をついて座れ!』


 えっ!? 見回すが、周りには誰もいない。

 僕たちに言ってる……。

 両手を頭に乗せた状態で、詰め寄る警備兵の手を振りほどき、叫ぶ! 自分の正義を信じて!!


「僕たちは、何もしていない!!」


『白々しい! 窃盗の現行犯で逮捕する!!』


「ふざけないで! あたしたちが何を……」


 全員の目が僕の頭の上に注がれる。

 苦労して捕まえたケサラン・パサラン……もしや、君には既にご主人様がいたのかっ!?


 警備兵は無情にも僕から天使を奪い取り、そして無造作に広げた。


「「あっ……」」


『お前たち3人を、パンツ泥棒及びパンツ被りの現行犯で逮捕する! 異論は認めんぞ!!』



 確か、このあとに一悶着あったんだ。

 僕たちの“勘違い”を、言い逃れだと言い張る警備兵たちが、無理矢理ルーミィとラールさんを羽交い締めにした瞬間、僕のリミッターが外れた。

 路地裏乱闘事件の犯人は僕たちだった。気づいたら乱戦になっていた。子ども3人vs大人5人……結果は予想できた。

 そこで記憶が途切れている……。



 それにしても、普通ここまでするか?

 目隠し、猿ぐつわ、後ろ手に束縛……。

 留置場か拘置所か分からないけど、多分3人まとめて投げ込まれた。ミールがいれば助かったのに、今日は妖精会議があるとか言って飛んで行っちゃったし。


「ん……んっ!!」


 その後しばらく、僕たち3人は人間サンドイッチ状態でコミュニケーションを取った。意外と「あ・う・ん」のみで伝わるもんだ。


 多分だけど、ラールさんは「ハル君、大丈夫ですか? 私たちは警備兵に檻の中に放り込まれました。大人しく待っていれば誤解が解けて解放されますよ、もう少し頑張りましょう!」って言ってる。

 ルーミィは「あんたがパンツを被ったから捕まったじゃない! あたしの縄を早くほどきなさい、ここから抜け出すわよ!」って言ってる。


 そろそろラールさんを解放しよう。生きてここを出られても、ルーミィに殺されそうだから。



 1時間かけてルーミィの縄をなんとかほどき終わったとき、コツコツと石畳を歩く数人の足音が聞こえてきた。ルーミィが見つかる! でも、自分でなんとかするはずだ……。


『このガキ共が例の魔法使いか?』


『左様で御座います、ボス』


『よくやった! すぐに準備をしろ』


「待ちなさい! あなた、あたしをエンジェルウイングのリーダー、ルーミィと知っての狼藉?」

 えっ……ルーミィ、何してくれてんの!?


『おいっ!ガキが1匹……』


「聞いてるわけ? 仕方ないわ、交渉よ!!」



 ★☆★



 相変わらず僕は檻の中の人。目隠しと猿ぐつわをされた状態で、誰かの遺体と向き合っている。


 これが、ルーミィが交渉した結果だ。

 こちらは蘇生し秘密を守る。相手は僕たちの命を保証する。こんな条件、信用できるかっ!! 絶対に死人に口なしの対象でしょ。


 でも、どうすれば助かるんだ?

 この状況では逃げられないし、遺体を人質にとるのも意味不明だ。生き返った人に懇願するしかないのか……天使か悪魔か分からないけど。助けて、ケサラン・パサラン!!



 まず、左手を置く位置を探る。

 これは……骨じゃないな……細いけど、脚? もっと上にいこう……これはおへそか……もっと上だ……あれ?またおへそがある……さっきのは何だったんだ?まぁ、気にするな……もっと上に……あっ、女性だ……女の子と言い直そう……この辺か。うん、ベストフィット!


 目隠しのお陰でいつもより集中できそうだ。毎回目隠しさせられたら嫌だな……おっと、雑念は振り払え。

 左手に意識を集中していく……僕の身体に眠る勇者の魂を感じとる。温かい力。それを練り上げ、左手から解放する!!


『こ……これは……』


 今頃、檻の中は銀色の光に満ち溢れているだろうね。猿ぐつわがあるから詠唱サービスはカットしますよ。天使か悪魔か分からないけど、清らかな魂を取り戻し、僕たちを救って下さい……天より還れ、レイジング・スピリット!!


 左手が胸の鼓動を感じとる。温かさ、柔らかさが次第に僕へと伝わる。蘇生は成功しただろう。記念に左手を数回握りしめ、解放する。うん、相変わらず美味しい役だ。


『キャッ! 貴方は何者なの!? あれ? 私は……生きてる!? 生きてるわ!!』


 僕が生き返らせたんだよ、お礼に命を保証して下さいよ、と言いたい。猿ぐつわめ……。


「こんにちは。あたしはクラン“エンジェルウイング”のリーダー、ルーミィよ。貴女はこの人、神の使いハルにより蘇生されたわ。でも、よく見なさい! 貴女の父の所業を! 神の使い、貴女の命の恩人に何をしているのかを!!」


 隣で号泣する父らしき人を無視してルーミィが女の子に迫る。神の使いとか嘘をついてるけど、今はスルーしよう。


『父様……』


「あたしたちを今すぐに解放しなさい!」


『畏まりまり……』

『ならん!!』


「むっか~! この、罰当たり!! 無礼者!! くず人間!! 分らず屋!! 禿げ!! ロリ巨乳!!」


『くっ!……約束は守ろう。おい、馬車で2時間走ってからこいつらを解放してやれ』


『ボス……口封じしなくても良いので?』


『構わん! 連れていけ!!』


 ルーミィさん……後半はどうでも良かったよね……。最後なんて醜い嫉妬だし。でも、助かったよ。ありがとう!



 きっちり2時間後……馬車から草むらに投げ出されるようにして僕たちは解放された。散々なデートだった……。


「とりあえず、ルーミィありがとう。帰ろうか」


「惚れ直したでしょ!!」


「さぁ……」


「ハル君……いくら愛し合っているからって、1時間以上は揉みすぎよ……」


 あ、人間サンドイッチの時か。あれはああいう対話じゃなかったの?


「ちょっと、ハル! 今の、どういうことか詳しく聞かせてくれない?」


「今日1日が勘違いの連続だったということだよ! さぁ……早く帰ってサンドイッチでも食べようか!!」



 結局、建物からケサラン・パサランを放り投げた女性も、警備兵さえも“ボス”とグルだったらしい。怒りを通り越して嘆くしかない。騙される方がいけないのだから。

 しかし、彼らの正体は分からないまま、一連の事件は僕たちの黒歴史として闇に葬られていった。

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