第12話 騎士の迷い

「いや~っ!!」


 ラールさんの悲鳴で僕とルーミィは目が覚めた。ミールは床に転がってまだ寝ている。僕たちから布団を奪取することに成功したらしい。でも、やっぱり裸だ。


 僕は寝ぼけ眼でラールさんを見る。


 3人が川の字になって寝ていたベッドのシーツ……ルーミィの辺りに付いた赤い染みを指差している。


 泣き叫ぶラールさんを宥めながら、落ち着いて昨晩の記憶を呼び起こす……。


 そうだった。

 昨晩、僕とルーミィは、とうとう一線を越えてしまったんだ……誘惑に負けて、我慢できなかったんだ!


 後戻りはできない。

 もう謝るしかない。


「ラールさん……ごめんなさい!!」


「うぅ……次は……今晩は私ですよ……」


「僕にはもう無理だよ! つらすぎる!!」


「大丈夫……初めてだけど……私も頑張るから!」


「ラール、あたしもやめるべきだと思う。実は、すごく後悔してるんだ……」


 ルーミィが空気を読まず会話に乱入してきた。


「ルーミィだけ抜け駆けなんて、ずるいわ……」


「証拠を残すつもりはなかったの。でも、ハルがすごく強引だったし、あたしも慣れてなくて……」


「うん、僕も悪かった。初めてでドキドキしちゃったんだもん。でも、誘ってきたのはルーミィだからね?」


「仕方ないでしょ! クーちゃんに会ったときくらいからずっと我慢してたんだもん!! でも、ハルも……がっつきすぎ!」


「2人は……もうそこまで覚悟を決めていたのね! 私も覚悟を決める! ハル君、今夜はお願いします!」


「だから、止めときなさいって!」


 そう言って、ルーミィはお皿を片付け始めた。



「お皿?」


「うん、お腹が空いても、布団の中に隠れて盗み食いするのは無理だって。トマトスープがこんなにシーツに溢れてる……怒られちゃうわね!」


「えっと、トマトスープ……なるほど、布団の中で食べるのはお行儀がよくないわね……でも、ハル君、今夜は私と布団の中でトマトスープ食べてね……ルーミィだけはずるいから」


「いや、ちゃんとテーブルで食べようよ。絶対に溢れてるって! 2回目だろうが、上手くいくイメージが湧かない!」


「そ……そうね。分かっているわ。スープはだめよ、スープは。パンや果物で我慢するわ」


 盗み食いなんて何回もするものじゃないけど、顔を真っ赤にしたラールさんに頼まれたら断れないや。今晩も悪行を重ねるか……。






『ぎゃはははっ! ラール面白い! いくら変態さんでもまだ12歳だよ? あ……でも、心配よね……ルーミィもラールも、抜け駆けは禁止だからね!?』


 昨晩はアネットさんの乱入はなかった。姉のアーシアさんが捕まえてくれたみたい。

 クーデリアさんは自宅に帰ったし、盗み食い事件さえなければ平和な夜だったのに!

 と、共犯の僕が言うセリフじゃないけどね。



 食堂には、護衛班の男性ダークエルフたちが集まっていた。

 ヴァンパイアの居城を突き止めたらしく、興奮しながら作戦を話し合っている。


 その中から、班長のランドルフさんが僕の方に歩いてきた。銀髪を靡かせ颯爽と歩く褐色の武人。見た目、30歳くらいか。すごく強そうだ。


『ハル様、暫し宜しいでしょうか』


「は……はい、なんでしゃう?」


 年齢だけでなく、器も含めて圧倒的に格上の人。

 いきなり話しかけられた僕は、めっちゃ緊張してしまった。


『ヴァンパイアの居城は判明するも、我等6名のみでは返り討ち必須です。アーシア嬢を含めてもかなわぬでしょう。ここはなにとぞ、援軍を!』


「援軍……ギルドにお願いしてみましょうか?」


「それでも勝ち目は薄いよ! ハルくんおはよ!! クーの頭脳に今、ピピピッと素晴らしい作戦が浮かんだわ!!」


「あ、クーデリ……クー、おはよう! 作戦?」


 僕の仮の彼女が来た!

 水色とピンクの服がすごく似合っている。見てるだけで幸せになれる可愛いさだ! ちょっと中身が変わってはいるけど。


「伝説の聖騎士を甦らしちゃう作戦なの!!」


「えっ!?」


 クーデリアさんが言うには、今から約百年前、リンネ様が活躍したもっと前に、圧倒的な力で魔物を倒し続けた伝説の騎士の墓がティルスにあるそうだ。


 噂によると……彼は、旧アルン王国で異世界召喚された勇者らしい。ティルスは、魔人に敗れた彼を勇者としてではなく騎士として弔った。そのことが、後の勇者狩りを免れ、遺骨が保存される結果となったそうだ。


「骨があるなら蘇生はできるかもしれない。でも、その人は大丈夫な人?『西の真実』って本を鵜呑みにするわけじゃないけど、勇者の中には力に飢えた危険な人もいたんでしょ?」


「自分の彼女を信じなさい! 彼はティルスの英雄よ、心優しい騎士様! 私の英雄様は君だけなんだよ」


 最後にぼそっと呟いた一言が、ルーミィたちの心に火を付けた。


 危険な単語が凄い勢いで飛び交い始める。

 1番僕と付き合いが長いとか、何回キスをしたとか、胸を揉まれたとか……シーツに赤い染みを付けたとか……もう、周囲の視線が痛いからやめてくれ!



 ★☆★



 結局、聖騎士さんに力を借りるべく、僕たち3人は町外れの教会に来ている。

 3人とは、僕とラールさんとクーデリアさん。ルーミィはシーツの染み事件の主犯として罰を受けている最中だ。これぞ、自業自得の極み!



「おはようございます! 司祭様はいますか~?」


 クーデリアさんの綺麗な声が教会に響き渡る。


 すると間もなく、ピンク頭のちっさい女の子が走ってきた。


「クーちゃん? おはよう! 朝早くからどちたの?」


「実はね、伝説の聖騎士を甦らせたいの!」


 これは完全にお子様だ。聖騎士の復活なんて大仕事、子どもじゃ話にならない。


「お嬢さん、司祭様はいる? 大切な話があるの」


 僕は頭をなでなでして優しく話しかけたつもり。


「むぅ~っ! クーちゃん、この坊やはなに?」


「坊やじゃない~! クーの彼氏のハルくんだよ! ハルくん、この子が聖騎士様の子孫にして、ティルス司祭のサクラちゃん、齢わずか10歳!!」


「はぅ~っ! 10歳は余計じゃん! 子ども扱いしないでよっ」


「えっ!? 10歳で司祭様!?」


「うっさい! 実力と愛嬌があれば大丈夫なの!」


「愛嬌あるの?」


 可愛いのは認める。異世界から召喚された桜という樹木の花の色と同じ髪……身長は140cmもなさそうだ。何より、だぼだぼな司祭服が可愛らしい。

 けど、こんなに狂暴そうなのに司祭なんて務まるの? 歯茎をむき出しにしてガゥガゥ吠えてるよ……これで愛嬌はあるか。


 結局、ラールさんも参加して、いかに僕が素晴らしいかを身振り手振りで伝え始めた。恥ずかしい。


 僕は隅っこの方で蟻の巣を見つけ、暇潰しに蟻を数え始めた。

知ってた? 蟻って食べられるんだよ。食パンの味がするんだよ?


「ハ~ル~くん!」

「ハル君お待たせ!」


「1368!」


 蟻の呪縛から解放された途端、女子の引力に捕まってしまった僕……出迎えたのは、両手を平らな胸の前に組み、キラキラした目で見つめるサクラだった。


「私にも奇跡の力をお見せください! 私の祖、聖騎士アスランを甦らせてください! きっと……必ずやハル様のお力になることでしょう!」



 ★☆★



「ハル様、こちらがアスラン様のお墓です。今、遺骨を出しますね!」


 骨からの蘇生……理屈では可能なはず。

 でも、想像すると……蘇生直後は裸だよね!?

 こんな場所で裸で生き返されたら、僕だったら拗ねちゃう。森の中で蟻を数え始めるだろうな!


「蘇生は教会の、ベッドがある部屋で行う。あと、服を用意しといて。装備は僕のアイテムボックスにあるのを使おう」


「かしこまりました!」



 教会の一室で1本の骨と向き合う僕がいる。

 う~ん、シュールだな。本当に上手くいくのだろうか。


 左手で骨を握る。大腿骨かな……。

 目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。

 胸の奥にある聖なる力の源を意識する……湧き上がる力を練り上げ、増幅させる……僕の身体が熱い力に満たされるのを感じとると、左手からゆっくりと解き放つ!


 聖騎士の、勇者の魂を引き戻す。優しい力を、正義の力を呼び覚ます。貴方の力を借りたい!邪悪なヴァンパイアを滅ぼすための力を借りたい!!


「僕は請い願おう、魔を滅する聖なる魂を!

 僕は請い願おう、正義を愛する正なる魂を!

 永き時を越え、聖騎士アスランの蘇生を願う!

 ……天より還れ、レイジング・スピリット!!」


 僕の左手から同心円状に拡がる銀に輝く波長は、教会の一室に留まらず、教会の建物を、さらには敷地全体を覆い尽くすほどだ。

 太陽なみの眩しさの中にあって、しかしそれは全く苦痛を伴わない光だった。僕たちの視点は、白銀色に輝く光の渦の中心を見据えている。


 やがて、光が骨に収束していく。

 このまま握りしめるわけにはいかないと思い、僕は骨をベッドにゆっくりと置いた。男性の下半身とドッキングしたくはない。


 光の渦が収束していく骨は、さらに濃厚な光の繭に包まれた。部屋の中が色彩を取り戻した瞬間、光がひときわ強く輝きを放ち消え去ると、あとには1人の男性が残された。


「聖騎士アスラン様、僕が……ハルが貴方を蘇生させました。どうか、平和のために貴方の力をお貸しください!!」


 ピンク髪の10代後半のイケメンは、きょとんとしている。自分の記憶を遡っているみたいだ。


『ここは日本ではないですよね? 今は……何年です?』


「ニホン? ここが何本かは分かりませんが、ロンダルシア大陸のティルスです。今は、2200年です」


『2200年だって!? それじゃ、魔王は? 魔王はどうなった?』


「勇者リンネ様が退け、世界に平和をもたらしてくださいました!」


『勇者……リンネ……誰それ?』


 なぜか自分のことのように誇らしげに語ってしまった。この人は辛い時代を生きた人だ……今の世界を、リンネ様がもたらした世界を見てどう思うかな。


 それから、子孫のサクラや、秘書代理のラールさんが現状とヴァンパイアの驚異を説明している。クーデリアさんは僕と腕を組んでにこにこ見てくる。ほんと可愛い……。


 聖騎士アスラン……男視点でもめっちゃくちゃかっこいい。ハーレム崩壊の危機だ。ラールさんもクーデリアさんも一目惚れしてしまいそう。でも、聖騎士さん……服は着てくださいよ!



 ★☆★



『聖戦だ! 俺に続け~!!』


 聖騎士アスランは、僕があげた冒険者装備を身に纏い、森の中を疾走していく!

 違う方向に……失踪していく。この人は本当に大丈夫な人なの?


 アーシアさんも、サクラも、その後ろ姿をうっとり見つめている。ルーミィは虫を見るような冷たい視線を送っている。ルーミィだけは僕を裏切らないかも!

 少し安心した。


『アスラン殿! そちらでは御座らん! 至急戻られよ!!』


 ランドルフさんは、他の男性陣同様に渋い表情だ。


 そう、僕たちは昼過ぎにヴァンパイアの居城を強襲している。メンバーは、ダークエルフの護衛班6名、アーシアさん、ルーミィ、僕とサクラ、聖騎士アスランの……総勢11名。

 聖騎士アスランが伝説通りの実力ならば、必ず勝てるはずだ。でも、見れば見るほど不安が募る。それはきっと僕だけじゃないはず。うっとり見ているアーシアさんとサクラ以外、全員の共通認識だ!


 そして、紆余曲折を経て、やっと居城に辿り着いた。


 既に僕たちはへとへとだった。

 1人だけ、聖騎士アスランは元気一杯。てか、あんたのせいで僕たちがへとへとなんですが……。


 ヴァンパイアの居城は、黒い闇に包まれ、森の中にひっそりと聳えている。高さも幅も50mくらい。小さなお城、大きな屋敷という感じだ……その不気味な色を除けば。


 聖騎士アスランは、門扉を蹴破り突っ込んでいく! ランドルフさんたちやアーシアさんが後に続く。僕とルーミィとサクラは、居城の入口で待機する。



『ギャア~!!』


 突入から1時間後、ひときわ大きな悲鳴が上がった!

 とうとうヴァンパイアのボスをやっつけたのか!!

 僕たちは、ほっとして笑顔でハイタッチをした。


 すると、その直後に猛然と突っ込んでくる影が!


「ボスを取り逃がしたの!? ルーミィ、迎え撃つぞ! 絶対に逃がさない!」


 ルーミィはバーサーカースキルを発動して待ち構える。僕も出合い頭に風刃を撃ち込む準備をする。サクラは中級の光魔法を放つらしい!


 来た!


「風刃!!」

「セイントブレス!!」

「ルーミィ流奥義毛玉狩り!!」


『ぐわぁ~痛い、痛すぎるッ!! というか鼻血が出た!! 誰かティッシュください!!』


 えっ!?

 今のは、聖騎士アスラン……?

 サクラが綺麗に畳まれたハンカチを渡した。


『逃げろ! 魔人グスカがいた!! 俺は昔、あいつに殺されたんだよ!! 勝てない、絶対に、無理! 俺が百人いても無理!!』

 魔人グスカ……リンネ様に討伐された吸血姫? まさか……復活したのか!?


 聖騎士アスランに続き、全員が逃げ出てきた!

 みんな、顔面蒼白だ……それほど強いのか……。

 アスランもダークエルフたちも怯えて腰が抜けている! これじゃ逃げるのも難しいぞ!


『誰じゃ、妾の眠りを妨げた者は。罰を与えるぞっ!!』


 目を擦りながら少女が出てきた……。

 これが……魔人グスカ?

 かつて、魔王軍直属、魔人序列上位に位置していたというグスカ?


『お主が将軍か……まだガキじゃないか!』


「お前の方がガキだろ! お昼寝とか!」


『なん……じゃと? 妾を愚弄するとは良い度胸じゃないか! まるでいつぞやの小娘みたいじゃな!』


 リンネ様のこと!?

 ルーミィが僕を守ろうと前に出ようとする。

 僕は、片手でそれを制して笑顔を見せる。


「僕は勇者リンネの魂を受け継いだ、後継者ハルだ! お前を再び冥府に送り還すためにここに来た!」


『ヒャアッ!? その名を言うな、殺される!! いや……そんな嘘に妾は騙されないぞっ!!』


「嘘だと思うか? ならば、お前にいい物を見せてあげよう! 命乞いをするなら今だぞ?」


 僕は、アイテムボックスからリンネ様に授かった銀の召喚石を取り出し、高々と掲げた。


『ギャァ! それはまごうこと無き勇者リンネの力! すまんかった! もう悪さはせぬ、妾は人を傷つけぬ、森で静かに可愛い動物たちと暮らすから、命だけは助けてくれ!!』


「信じられるか!!」


『汝に、ち……忠誠を誓う、誓います!!』


 グスカは泣きながら片膝をつき、胸から紅い珠を掴み取ると、僕に差し出してきた。


「これは?」


『妾の心臓で御座います!!』


「食べてもいい?」


『ヒイッ! 妾は死んでしまいます!!』


「また人に迷惑をかけたら食べるからね! あと、暴れ回ってる眷属をしっかり管理するように!」


『畏まりました、リンネ様の後継者ハル様!』


「では、信じてるからね!」



 ★☆★



「リンネ様って、怖い人だったのかしら……」


『あの魔人最強と恐れられたグスカが、己の心の臓まで差し出すとは……何という偉大なる存在!』


『俺を蘇生させた意味ありました!?』


「聖騎士アスランさんがいたから勝てたんですよ。自信を持ってください……」


『あまり持てませんけどね……』


 聖騎士アスラン……もっと渋い老将をイメージしてた。この人、もう一度骨に戻そうかな……。


 僕が邪悪な笑みを浮かべてボソボソ言っているのが聞こえたみたい。アスランさんが血相を変えて抱き付いてきた。


『ハル少年! 微力ながら平和のために尽力したい! 聞けばそういう組織を作ったそうじゃないですか! 平メンバーで構わないから、仲間に入れてくださいよ~!』


 イケメンを加えると、男性陣から睨まれるんだよね。僕も含めて……。


「聖騎士アスラン、子孫のサクラさんと教会に住み、冒険者として力を尽くしてくれませんか?」


『でも……君の組織には美人が多いって聞いたんですよ! せっかく生き返ったんだから、異世界ハーレムの夢を叶えたいです!』


 あっ、この人の本音出たよ。

 今、『西の真実』の真実を見た気がする。


「彼女は1人だけ。この約束を守れるなら」


『うっ! たった1人とは……分かりました。慎み深く生きます』


 よし、これで僕たちの平和は守られた!

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