第2章 大陸南西編
第38話 半端な依頼
「何回振り返ってるのよ」
ルーミィのツッコミで目が覚める。
無意識に、それこそ1分おきくらいに後ろを振り返っていた僕。さっき別れたばかりの仲間が追い掛けて来たかもしれないと、淡い期待を抱いてしまう情けない僕――。
王都を出てからの3日間、ずっとこんな調子だ。
コンサート会場を出て、用意した馬に乗ったところまでの記憶はある。
馬は王様が用意してくれていた。
1頭は力強い鹿毛。
こっちはルーミィが1人で乗る用だ。
もう1頭は、綺麗な白毛――そう、
エトワールの背には、僕とポーラが乗ることになった。
妖精ミールはというと、移動中は可哀そうだけど蝶の姿。本人的にも、人の姿で居続けることは負担らしく、僕の肩で寄り添うように翅を休めている。
まぁ、必要な時になったら人の姿になるんだろうけど、その……裸というのが問題なんだよね。この際、他の動植物と同じように、人も全員裸で――はダメか。
因みに、フェンリル帝国のジュテ皇子は王都に残してきた。蘇生可能な人たちは全て蘇生したし、僕たちと一緒に行動するよりも、エンジェルウィングやアルス兄さん、ギルドや王国軍と連携をとる方が確実だし、安全だし。
カナたちとは、コンサート前にお別れをしてきた。カナは凄く泣いていた。ケットシーのミゥが必死に慰めている姿が未だに目に焼き付いている。
「きっと戻るから」とだけ伝えて、顔を見ずに出てきてしまった。せっかく仲良くなったのに辛い思いをさせてしまったかもしれない……。
いろいろな思いが僕の頭の中をぐるぐる回っている。
「ごめん、いろいろ考えちゃってさ」
「ハル兄さまは、ご使命のことだけ考えてくださいっ!」
「そうだね……」
小さなポーラにまで言われると、何も言い返せない。
強い決意で会場を出たはずなのに、背中からずっと聞こえていたすすり泣きが、僕の決意を粉々に砕いていたなんて、誰にも言えないことだった――。
「話し合ったでしょ。このまま皆で旅をしたんじゃ、あたしたちが居る所は守れても、居ない所は守れない。だから大陸中にいくつか拠点を作るべきだって。フィーネにはギルドマスターのリザ様が居る。ティルスにはアーシアさんが居る。王都にだってラールたちが居る。それって、すっごく頼もしいじゃない!」
馬を隣に寄せたルーミィが、今日何度目かの説教をしてくる。頭では理解しているつもりだけど、それと心の寂しさは別物だ。時間が解決してくれるとか言われたけど、それって、寂しさと一緒に愛情が薄まるということじゃないの? そんなの……絶対に嫌だよ!
「えっ!?」
突然、腰と背中に圧力を感じた。ポーラがぎゅっと抱き着いてきたみたい。そうだよね……僕がこんなんじゃ、残ってくれた仲間も、ついてきてくれた仲間も辛いよね。
「ごめん、できるだけ前向きになるよ。早速、あの村に寄っていこうか」
まるで僕の寂しい心を全て吸い込んだかのように澄みきった青い空の彼方、遥か地平線から覗く街道沿いの小さな村。
再び始まった僕たちの旅の第一歩は、あそこからだ。
★☆★
『冒険者か! 力を貸してくれ!』
村の門(と言うよりは柵)を越えて中に入った僕たちに、大柄な男性が叫びながら近づいてきた。僕たちみたいな幼い旅人に声をかけるとか、とても切羽詰まっている感じがする。
僕が馬から降りようとすると、片手でルーミィが僕を制し、自分だけ馬から降りて話を聴きに行く。例の鬼人の件があるので相当警戒しているみたい。
数分してルーミィが戻ってきた。
「あの件とは多分だけど別ね。あの人の仲間がこの先にあるダンジョンで行方不明になったらしいわ。ベテラン冒険者が行方不明になるようなダンジョンよ、危険はあると思う。どうする?」
どうするか僕に訊きながらも、結論は出ているような表情だね。
「助けに行こう。でもその前に……」
遺跡には潜ったことがあるけど、本格的なダンジョンは初めてだ。準備はしっかりしておかなくちゃ。
村は小さいけど、ダンジョンに近いからか、多くの店で賑わっていた。
その中でも、白い髪の狐人族が開いていた魔道具屋さんは凄かった。
『それはパーティメンバーで念話できるアイテムよ。自動リサイズ機能があるから、首にも腕にも、指にも嵌まる』
僕が手に取った白い腕輪の説明をしてくれる店主さん。狐独特のふわふわな耳と尻尾が嬉しそうに揺れている。意外と若そうに見える。というか、凄く可愛い……。
「いくらですか?」
『お金はいらない』
「えっ?」
『その代わり、握手して』
「握手……?」
『そっちじゃない! 左手!』
「こっち?」
右手ではなく、左手を要求する狐人族の店主……。
『温かい……懐かしい……君、頑張るのよ。強い意志さえあれば不可能なことはないんだから! “自由に旅をして”って言われたと思うけど、これから待ち受ける苦難は半端じゃない。これまでも大変だったと思うけど、これからはそれ以上なの。立ち向かって……逃げないで……そして、乗り越えてね!』
「……はい」
最初こそ嬉しそうな笑顔を見せていた店主だったけど、最後には鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔だった。
“強い意志さえあれば不可能なことはない”という言葉が強く僕の胸に突き刺さる。
何だろう、この感じは。僕の魂が激しく震えるような、熱いものが込み上げてくるような感じがした。
名残惜しそうに、泣きながら大げさに手を振る店主に見送られて店を出る。
「新手のストーカーかしら」
「お兄さまのファンですねっ!」
「どうだろう……でも、いい物が手に入ったね」
4つの白い腕輪をみんなで分ける。
僕とルーミィは左腕に、ポーラは左の手首に嵌めている。ミールが差し出す前肢に触れると、腕輪はビーズよりも小さくなって蝶の肢に巻き付いた。6本肢の左上……これって左手になるのか脚なのか分からないけど、ミールも含めて全員が装備することができた。
(聞こえる?)
((うん!))
(ミールも話せる?)
(うん。これは便利、さすがクルン)
(ミル姉様、狐さんとお友達ですかっ?)
(友達……じゃない。あの子、元だけど王様)
((王様!?))
元王様が、なんでこんな村で道具屋をしているの……。
いいや、考えても分からないことは考えない。それよりも、依頼された救出だ!
僕たちに声をかけてきた大柄な男性を囲むように、既に多くの冒険者たちが集結していた。最初の方の挨拶は聞き逃しちゃったけど、ダンジョンが地下3層まであること、アンデッドの巣になっているということは知ることができた。
『総勢18名もの頼もしい仲間が集まってくれた。だが、油断はできない! 行方不明になった者はランクBでもかなり上級の冒険者だ。南の田舎出身だから知る者も居ないと思うが、彼女ほどの実力者が戻って来れないダンジョンだ、生ぬるい訳がない』
厳しい現実を突きつけられ、静まり返る。
ランクB……最短でも10年はかかると言われ、大陸全土に50人といないベテラン冒険者。ランクAは10人ほどだし、最上位のランクSは父さんを含めて3人しかいない。アルス兄さんでもランクCだ。
『恐らくは最下層、3層にまで行くことになるだろう。命が惜しい者は今すぐ帰ってくれ。中に入れば命の保障なんてできない……』
3層と聞いて、冒険者たちがざわめく。
『大将よぉ、子どもも居るようだが?』
『大丈夫だ、この子たちはあの“エンジェルウィング”のメンバーだそうだ』
“エンジェルウィング”に反応したのは数人。その反応も様々だけど、“大丈夫だ”の方が効果があったみたいで、その後は僕たちに話題が及ぶことはなかった。
説明を聞いて帰っていった冒険者は5人。それを誰も責めなかった。
『13人でも上等だ! 報酬はダンジョン内の宝になる。もし彼女――ルミアを救出することができたら、俺の全財産を山分けしてやるからな!』
思わぬ追加報酬に、男性の強い決意を感じた。
きっと行方不明になっているルミアさんは彼の大切な人なんだと思う。アネットが攫われたときのことを思い出す。必死に頭を下げ、時には叫んで仲間を集めた自分……彼のためにも、ルミアさんを助けたいと強く思った。
ルーミィもポーラも、そして他の冒険者たちも同じ気持ちだったようだ。リーダーの掛け声を受けて、一斉に歩き出した。
★☆★
ダンジョンの入口は村から2時間ほどの距離、深い森の奥にあった。高い所にあった太陽は次第に垂れ下がり、それに合わせるかのように森も夜の準備を始めている。
不気味に笑う悪魔の口、まさにそんな感じの裂け目が地面にある。横に5m、縦はわずか50cmしかないその穴に、身体を横に倒して潜り込む。
先頭の人が持つランタンの明かりを頼りに、ゴツゴツした下り坂を僕たちも進む。暗いのは最初だけで、いつの間にか夕暮れ並みの薄明りがダンジョンの中を照らしている。僕たち3人は横に並んで歩いているけど、全体を見ればかなりの縦長パーティになっているようだった。
100mほど進むと、前方から叫び声が聴こえてきた。戦闘が始まったらしい。
『俺は2回来たことがあるんだ。ほぼ一本道なんだが、かなり広い。地獄に繋がってんじゃないかというくらい下り坂が続いていてな』
「3階層とか言ってましたけど……」
『階段なんてねぇよ。目印を目安にしてそう呼んでいるだけだ。このずっと先、右手側の大岩を過ぎたら2階層、そこからさらに進んで泥沼を越えると3階層だ。正直、3階層なんて行く奴はほぼいねぇ』
「強いアンデッドが出るとか、ですか?」
『ここを“死者の王国”と呼ぶ者もいる。3階層には滅びた地底都市があるんだ。魔族に滅ぼされたとか、疫病で滅んだとか、内乱があったとか……皆は好き勝手言っているがな、大将じゃねぇが、ここはそんなに生ぬるくはねぇ。俺は、ダンジョンの最奥に魔界への門があると考えている』
魔界――かつて魔神によって創造され、秩序神によって封印された異界、魔王に支配された魔族の大陸――それが、僕たちみんなが知っている常識だ。
さすがにポーラでも知っているらしく、僕にしがみ付いてブルブル震えている。
『おっと、おしゃべりはここまでだな……』
前方が乱戦模様に入り、僕たち後衛側にもアンデッドが押し寄せてきた。
ゾンビやレイスのような相手を想像していたんだけど、全く違った……。
「ハル、そっちに蜥蜴が行った! こっちの熊は任せて!」
ルーミィが剣を低く構え、蜥蜴を牽制しながらも熊との距離を詰めていく。ポーラは遠くに向かって光魔法を放つ。ポーラの魔法は廃坑で見たよりも強力になっている。光が弾けると、半径5mくらいに居たアンデッドは魔石を残して霧となって消えていく。
そんな中、僕は一歩も動けなかった。
(これって……獣人族、亜人のアンデッドだよね……)
(そう。聴いたことがあります。かつて人間に虐げられた亜人が地下に逃れたと)
僕の念話にミールが答える。
(どうにかして生き返してあげ――)
(無理です。アンデッドの魂は既に朽ち果て、体内に宿した魔力で動くだけ)
(魂が……ない?)
(はい。このモノたちに命はありません。ハル様の力も及びません)
そうなのか……でも!
(人間に追われて滅んだ者を、もう一度滅ぼさないといけないなんて残酷すぎるよ!)
(やらなければやられる!)
猫人族のアンデッドを斬り捨て、ルーミィが叫ぶ。
(悲しいけどっ、この人たちの分も生きて……幸せな世界を作らなきゃっ!)
エルフのアンデッドを魔法で消滅させたポーラも叫ぶ。
納得はできないけど、今は理解するしかないのか!
僕も、押し寄せる獣人族の一団に向かい、踏み込んでいく――。
僕たち13人(ミールを含めると14人)のパーティは、アンデッドの大軍を退け、2階層の目印となる大岩付近で休息をとった。
僕とルーミィはレベルが25に、ポーラは16に、そして何もしていないミールも10になっていた。レベルだけで言えば、僕たち3人は恐らくBランク相当かもしれない。
『被害が軽微とは言えんが、このまま進むぞ』
リーダーの男性が立ち上がり、宣言する。彼を囲む冒険者のうち、少なく見ても既に3人は重傷を負っている。ラールさんが居れば治癒魔法で治せたんじゃないかと思うと、再び目頭が熱くなる。
さっと右手で目元をぬぐい、ルーミィ、ポーラと目配せをし、集団の前の方に行く。僕たちにはまだ余力がある。なるべく被害を出さないように力を尽くすしかない。
2階層のアンデッドは手強かった。
恐らく元は軍隊か何かだと思う。洞窟内の遮蔽物を巧みに使ったり、クロスボウのような飛び道具を使ったりと、組織的に動いてきた。
僕も浮遊魔法を使って背後に回り込んだり、ルーミィは怪我人を守りながらポーラに魔力を分け与えたり、ポーラはポーラでより広範囲、高威力の魔法を連発せざるを得なくなっていった。
(もうすぐ3階層だけど、厳しいよね)
(フェニックスを呼ぶ?)
((ダメでしょ!))
(じゃぁ、ミールも戦いなよ!)
(ワタシは命の奪い合いには参加しません)
(こいつらって命がないって言ってたじゃん)
(そう、ですけど……)
ルーミィがミールを責める。責めたくなる気持ちも分からなくはないけど、花の妖精に戦わせるのは無理がある。
(ルーミィ、いいよ。ミールにだって事情があるんだから)
(言われなくても分かってるわよ!)
(ミル姉様は、居てくれるだけで心強いですっ!)
(何か邪悪な気配があったら言うから……)
(ありがと。あっ……一応、これ飲んでみて?)
アイテムボックスから水筒を取り出す。遺跡で貰った竜泉の水がその中には入っている。もしかしたらだけど、ミールもスキルが増えるかもしれない。戦闘に巻き込みたくはないけど、何か必要な力を得てくれたらと思ったんだ。
ミールは、水筒の口の淵に止まって蜜のように吸い上げる。
(ん……スキルが増えた)
((どんなスキル!?))
(“変身Ⅲ”)
((……))
(鳥になれるみたい)
あれだ、ミールの兄と同じ系だ。
やっぱりだけど、覚えるスキルには何者かの意思がはたらいているのかもしれない……。
『見ろ、この沼を越えれば3階層だ。今のうちに休むぞ』
僕たちも含めてみんながぐったりしている。もう10時間は歩き続けているんじゃないだろうか。
『知っているかもしれないが、3階層のアンデッドは魔法を使う。ここからが本当の戦いだ!』
魔法……クーみたいに結界魔法を使える者はここには居ない。避けるか、撃たれる前に倒すしかない。2階層みたいに組織的に動いてきたら、損害は今までとは比べ物にならないよ……。
(さっきみたいに僕が浮遊魔法でかき回すね)
(ポーラの側に居てくださいっ! ポーラが守るからっ!)
(まとまると格好の的だわ)
(ポーラありがと。“時間停止”と“瞬間移動”は、いざというときのために取っておいて)
(でも……)
(僕は大丈夫。無理はしないから)
仮眠を交互に3時間ずつ取り、3階層へと向かう。
沼から現れた魚人族のアンデッドを僕が背面から強襲し、ポーラが魔法で蹴散らし、ルーミィが止めを刺していく。
その後、廃墟となった街の中でも、襲い来るアンデッドたちを僕たちが先陣を切って退けていく。
そして、3階層での戦いが5時間に達する頃には、ダンジョン内のほぼ全てのアンデッドを消滅させていた――。
『撤収だ!』
廃墟となった街の中央に集まった全員に向けて、リーダーの男性が突然大声を張り上げる。
「なんでよ! 仲間の捜索はどうすんのよ!」
他の冒険者を代表してルーミィが叫び返す。
『既に全ての部屋の捜索は済んでいる。残念ながらルミアは居なかった……』
確かにアンデッドと戦いながら全ての捜索は行った。唯一残された部屋――巨大な金属の扉を除いては。
「あの扉の中はまだ見てないわ――」
『“開かずの間”か。あの部屋には恐ろしいアンデッドの王が居ると聞く。近づかない方が良いだろう』
冒険者たちに動揺が走る。
確かにそういう噂があるようだ。それに、1階層で聴いた“魔界への門”と言う言葉も脳裏に浮かぶ。
でも……僕は、ここで捜索を打ち切ることに納得がいかなかった。
「見るだけ、そう……そっと開けて中を確認するだけでもすべきだと思います」
帰り支度を始める冒険者たちが、何を言い出すんだと怪訝な表情を見せる中、ルーミィとポーラが僕の味方に付いてくれた。
「そうよ! もしアンデッドの王が居るとして、ルミアさんが捕まっているかもしれないじゃない! 状況次第では助け出す方法があるかもしれないでしょ!」
「そうですっ! 大切な仲間なんですよね、簡単に諦めちゃダメですっ!」
『命の保証はないんだぞ』
『俺は勘弁だ、悪いが先に帰らせてもらう』
『封印の扉を開けたらまずいんじゃないか?』
「弱虫! あたしたちだけで行くからお前たちは来なくていい!」
弱気な発言をする冒険者たちをルーミィが一喝する。一触即発の、危うい空気が支配する。
「皆さんは先に帰っていてください。僕たちもあの部屋の捜索が終わったらすぐに追いかけますから」
僕たち以外の冒険者10名は、無言で肩を寄せ合って帰路に就く。無傷の人なんて誰もいなかった。この状態で危険に巻き込む訳にはいかない。
ミールを含めた僕たち4人も、無言で“開かずの間”と呼ばれる部屋に向かう。
そして……勇気と決意をもって頑丈な扉を開く。
(何か居る……)
薄明りの中、部屋の奥から誰かが近づいてくるのが見えた。
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