第39話 不遇な親子

(何か居る)


 ミールの念話が僕たちの頭に響き渡る。


 “開かずの扉”を開けて中を覗きこむと、1つの影がまっすぐこっちに向かってくるのが見えた。


 自ずと武器を持つ手に力が入る。


(女の人です……)


 僕の膝元から覗きこむポーラが呟いた。

 エルフは意外と夜目が利くのか、逆光の中で、しかもまだ5mも離れている対象をはっきりと見分けられるみたい。


(もしかして、例のルミアさんかな? それとも……アンデッドの王!?)


 僕の念話に答える声はない。

 みんな、その答えを探すためにじっと目を凝らす。


 その人は、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 次第に僕の目にもはっきりと女性だと分かる距離まで近づいた。


 そして、扉の少し手前で立ち止まった。


 蒼いショートの髪、華奢だけど身長は160cmくらいはありそう。服装は冒険者風――だけど、手足に露出の多い軽装。歳は……20歳くらいだろうか。角は生えてない。尻尾もないし、爪や牙、翼の類もない。見た目は普通の人間。……うん、匂いも大丈夫……かな。素手だし、僕たちに敵意を向けていないし。

 たっぷりの疲労と、安堵の表情が合わさったかのような微妙な笑顔を浮かべていた。


「ルミアさん、ですか?」


『――えぇ』

 

 ルーミィの問いに、少し考え込んでからの返答。アンデッド、ではなさそう。


「どうしてこんな所に?」


『君たちこそ――どうしてここに?』


「村で、男性に貴女の救出を依頼されました」


『私の救出? あぁ、ツェットの奴か――』


 そう言えばリーダーの名前は聞いていなかった。最初に自己紹介をしていたみたいだけど、聞き逃したからね。


「その……ツェットさんは先に村に向かってますので――」



(待って! 今、ちょっとだけ嫌な感じが……調べた方が良いのでは?)


(そうだね、ありがとうミール。ルーミィ、あれをお願い)


(分かった)



 ルーミィの目が一瞬、青白い光を帯びる。彼女のユニークスキル“ソウル・ジャッジ”を使う瞬間を目にするのは初めてかもしれない。これ、自分の魂を削るらしいから使う回数を僕が制限しているんだけど、すごく便利な効果がある。その人の持つ魂の評価を±で表してくれるんだ。


(うーん、はっきり分からない。多分、+74だと思うんだけど……)

(どういうこと?)

(こんなの初めて。+や-が表記されないなんて……。でも、-って出てないから+だと思うのよね)

(ハル兄さまっ! アルス兄さまに貰ったスキルを試してみてはどうでしょ?)

(え? エクスカリバーを?)

(聖属性って言ってましたから、不浄なる者には何か反応があるはずですっ!)


 そうか。ポーラにしては頭を使ったね。でも、ちょっと怖い気もするけど……。


(ハル様、ワタシもポーラに賛成です)

(そう、ね。練習も兼ねてやってみたら?)

(みんながそう言うなら、やってみるよ)


『どうかした?』

「あ、いいえ。ちょっと身体を調べさせてもらいますね」

『えぇ、構わないけど』


 右手を見つめる。何か呪文みたいなのはあったっけ。まぁ、いいや。いつも使う左手と同じようにやってみよう。


 鳩尾みぞおちあたりを中心にして、お腹から心臓へと円を描くように魔力を練り上げていく。

 そしてそれを、ひ……いや、右手の掌へとゆっくり動かしていく……。


 うっすらと黄金色に輝きを放つ僕の右手――でも、兄さんのように剣や槍の形にはならない。ただ金色の手袋を嵌めているだけな感じだ。


「しょぼ……」


 ルーミィのツッコミなんて無視。


 みんなが支えてくれている扉越しに、ルミアさんの身体に触れていく。


 右の膝から股関節まで触れる。よく見ると、凄く綺麗な脚。短めのズボンからはみ出す太腿には傷一つない。次は同様に左だ。素肌に触れ、ゆっくり擦るように動かしていく……お尻も、大丈夫そうだ。

 

 途中、ルミアさんがビクンと動いたけど、僕の右手には反応はなかった。


 今度はお腹に触れる。おへそが丸見えの服……引き締まった腹筋は、見た目と違ってとっても柔らかい。うん、ここも異常なしだ。

 

 さらに上に向かう。革製の胸当てが邪魔をして僕の黄金色の膜が届かない。もっと身体の奥まで調べるためには、しっかり触らなければいけない。上下左右、しっかりチェックしていく。意外とクーくらいの大きさしかないようだ。脂肪が溜まりにくい体質なのかな。心臓の所は特に念入りに……奥まで魔力が届くようにもっと強く揉まないと――。


(ばちーん!)




「あはは……ルミアさん、ごめんなさいね」

『え、えぇ……最近の男の子は大胆なのね』

「コイツだけですよ!」

「いたっ! 痛いって!」


 僕の耳を引っ張りながら不機嫌に笑うルーミィ。


 ここは魔素が濃すぎるんだ。だから、ついつい魔が差してしまった。僕の心は、純真ピュアな経歴が穢れてしまったという罪悪感と、中途半端に満たされた好奇心との間で揺れ動いた。


(ゆらゆらしない! 異常があったの? なかったの?)

(異常あり!)

((えっ!?))

(頭のコブが痛い! 耳が取れそう!)

(ハル兄さまっ! 自業自得ですっ!)


(聖属性に反応はありましたか?)

(そっち?)

(こっち!)

(反応はなかったよ、普通の人間。柔らかくて温かかった――)


 一言余計だったみたいで、コブがもう1つ増えた。



 扉を押し開け、ルミアさんを部屋の外に連れ出す。結構被害はあったけど、無事に救出できて良かった良かった。



ツェットは最高の仲間ですね」

『仲間か。ううん……親子なのよ』

「えっ、そうなんですか。意外と若く見えました」

『そう? ありがと。一応お礼を言っておくわ』


 そう言ってペコリと頭を下げるルミアさん。


「町まで歩けそうですか?」

『何とか、ね』

「では頑張って追いかけましょう!」


 報酬のことが頭にチラついているのか、ルーミィが俄然やる気に満ちている。ルミアさんに肩を貸し、先頭に立って歩き出した。



 ★☆★



 行きと違い、帰りは戦闘らしい戦闘はなかった。


 1時間ほど歩くと、3階層入口の沼を越えた辺りを進む一団に追いついた。

 来るとき以上に縦長になっている。

 怪我をした人も、仲間の肩を借りて必死に歩いている。このダンジョン、思っていた以上にきつかったもんね……。


 殿はやっぱり同じ人が務めていた。


『お、そいつは誰だ?』

「この人がルミアさんです」

『は? 捜していたのはBランクの、ベテラン冒険者だろ?』


 確かに、ルミアさん――蒼い癖っ毛のショートヘアに、赤いくりくりの瞳、すべすべの肌は見た目17から20歳。最短でも10年はかかると言われるランクBだ……年齢的に無理があるような気がする。

 それとも、見た目以上に年増?

 でも、ツェットさんだっけ……父親も30歳くらいにしか見えないんだけど……。


「本人がそう言ってるんだし、あなたもルミアさんを見たことないんでしょう? とりあえず、リーダーの所まで行ってみますよ」


 報酬が消えかかってしまったのが気掛かりか、ルーミィも必死だ。



 僕は怪我人を介抱しながら歩いて行く。ルミアさんに肩を貸すルーミィも徐々にペースが落ちてきた。ポーラはまだ元気が残っているようで、スキップするように歩いている。

 

 途中、出会った冒険者は全員、ルミアさんのことを知らないみたい。年齢のことだけでなく、『もっと筋肉もりもりのはずだ』だの、『ごっつい鎧を着ているはずだ』だの、適当に噂をしている。さすがに僕たちも自信を失ってきた。もしかしたら、同名の別人を連れてきちゃったのかもしれない……。


 なんとか1人の脱落者を出すことなく、先頭集団に追いついた。


「ツェットさん!」

『おぉ、お前ら無事だったか……って、ルミア!!』


 俯き加減に答えていたリーダーが、仰け反るようにして叫んだ。


 号泣しながらルミアさんの腰辺りに抱き着くツェットさん。彼の頭を優しく撫でるルミアさん……感動の再会シーンだった。みんな、その光景を輪になって眺め、拍手し、貰い泣きをした。





 村に戻ったとき、既に日は暮れていた。


 僕たちは、リーダーのご厚意で村唯一の宿屋、それも2階の特等席に泊まることができた。

 水浴びをして、軽く夜食を口にした後、4人揃って床でごろ寝をする。3人だったらベッドで寝れたんだけど、ミールも居るからね。


 今回のダンジョン、結構頑張ったと思う。レベルは、僕とルーミィが27、ポーラは18、何もしていないミールも14になっていた。そして……みんな、死んだように眠った。



 ★☆★



 何時間眠ったか分からない。


 既に日は昇っていると思うけど、宿も、外からも、物音一つ聴こえなかった。


「お腹空いたね。ご飯食べて報酬貰って――」

「ルミ姉さまっ!!」

「えっ、あたし何か悪いこと言った!?」

「違います、窓の外見てっ!!」


 僕の隣でお腹を鳴らしながら起き上がるルーミィに、先に起きてカーテンを開けてくれたポーラが怒鳴る。


 ルーミィだけでなく、僕もミールも窓辺に寄る。



「え……なにこれ……」

「どういうことだ!?」

「とにかく、装備を整えて降りてみましょう……」

「「うん」」「はい」


 混乱する僕たちに、ミールが冷静に指示を出す。でも、自分は蝶の姿になって僕の頭に乗っかる。



 階段を静かに降りる。


 人の気配は感じられない。僕たちと同じように5人ほどの冒険者が泊まっているはずだけど……。


 食堂にも誰も居ない。


 あ、厨房へ入る扉が開いている。


 失礼します、と心の中で念じてから入る。



「うわっ!?」


 骨だ――床一面、粉々に砕けた骨の、白い海が広がっていた……。


「なによこれぇ!!」


 口を押え、嗚咽を堪えながらルーミィが叫ぶ。彼女の視線の先には、助けを求めるように手を伸ばし、うつ伏せに倒れる男性の骨があった……。


(魂が抜かれているみたい)


 ミールの念話が聴こえる。


(まだ犯人がいるかもしれない。 みんな、気を付けて!)


 僕も念話を返す。

 僕の脳裏に浮かぶのは、例の2人の鬼。それと――アンデッドの王の存在。まさかルミアさんじゃないよね……。


(他の部屋も確認するよ!!)


 ルーミィの、叫ぶような念話が聴こえる。



 

 結局、全ての部屋が開いていた。

 そして、宿屋の中には誰も居なかった――人は……。

 僕は震えるポーラの目元を押さえ、惨い死体を見せないように部屋を出た。




(外にも……生きてる人は居ないのかな)


 窓から見えた村の残骸と、積み重なった骨の山を思い出してしまい、頭を振ってすぐに消し去る。

 その光景は、まるで戦争が起きたかのような、盗賊か魔物の集団にでも襲撃されたかのような惨状だった。


(ハル様、どうします?)


 ミールの言いたいことは分かる。

 敵に見つかる前に逃げるのか、それとも数日掛かっても蘇生するために村に残るのか――ということだと思う。


(村の総人口は100人くらいだと思う。そんなに長い間ここに残るのは無理じゃない?)


 ルーミィが言う通り、食事の問題もあるので不可能ではないけど難しいのは事実だ。


(でも……魂が全て削ぎ落された状態だと蘇生はできない。魂は物に宿る……死者の身体には、たとえ一部とは言え魂は残ってるもの。普通はこうも完璧に魂が抜かれることはないのに……これじゃまるでアンデッドと同じ)


(アンデッド……まさか、アンデッドの王の仕業っ!?)


(分からない。でも、怪しい人はいる……)


 ミールを掌に乗せ、真顔で見つめるポーラ。内股の可愛い脚が、ガクガク震え始めている。


(様子を見てきます)


 そう言い放つと、ミールは蒼い鳥の姿になって窓から飛び立っていった。僕はその背に向けて念話を放つ。


(気を付けて!)




 宿屋の2階、僕たちが宛がわれた部屋に戻る。


 ルミアさんに異常はなかったはず。親子の再会、あの涙も偽りではないはず。

 なら……もしかしたら……彼女はアンデッドの王に操られているのかもしれない。これは……やっぱり人間への復讐なのかな。



 それぞれが沈痛な面持ちで考え込んでいると、窓からミールが飛び込んできた。着地と同時に女の子の姿に変わる。ミール用の外套をアイテムボックスから取り出し、包んであげる。ミールは、息を切らせながらも必死に何かを伝えようとしていた。


「げ、幻術魔法です――」




「なるほど……」


 宿屋の外に出た僕たちが目にしたのは、街道沿いに広がる荒野。ただ、足元を掻き分けてよく見ると、大きめに整えられた石材が転がっている。小山のように盛り上がった場所――そこが僕たちが一泊した宿の2階にあたる。

 そう……ここは遠い昔、既に廃墟となっていた場所だった。


「あの冒険者たちも、あのダンジョンも、ルミアさんも全て幻だったの?」


「レベルは上がったままだね」


 誰もルーミィの質問に答えられない。僕も微妙な答え方しかできなかった。でも、僕の手に残るあの温かい感触は紛れもなく本物だったと思う。


「ワタシは……もう一度あの人に会うべきだと思う。きっと何か伝えたかったものがあるはずだから」


 ミールの言うことはもっともだと思う。


「「行こう!」」


 僕とルーミィが勢いよく賛成した。


 でも……手を引っ張っても、ポーラはイヤイヤして動かない。脇をこちょこちょすると、ようやく諦めたように歩き出した。でも、唇は尖ったままだった。


 僕だって、あのダンジョンにもう一度行くのは嫌だよ。でも、僕の頭の中には“まだリーダーの、彼女ルミアさんを助けてほしいという依頼を最後まで果たしていない”という思いと、“あの涙を信じたい”という思いが色濃く残っていた。

 ルーミィは報酬を貰い損ねたからって言ってるけど、多分本心じゃないよね。



 

 森を抜けた先、ダンジョンの入口で、僕たちはツェットさんに会った。


『お前たちがここに来たと言うことは、もう気付いているんだろ?』


「えぇ。幻術魔法まで使ってあたしたちを襲った理由を言いなさいよ!」


『ふっ……もう今更だな。冥途の土産というやつだ。全てを話そう――』


 ツェットさんがふわりと立ち上がる。


 冥途の土産……嫌な予感がする。



『――俺がアンデッドの王、不死王ツェットだ』


「「!?」」


 僕たちは咄嗟に後退し、武器を構える!


 ツェットは、目を細めて僕たちを見ている。どこか物悲しく笑っているようにも思える目だった。



『ルミア――俺の母は、もう300年前の人間だ。不老不死のスキルを持つが故に、魔王だとでっち上げられ、逃げ回るだけの人生だった――』


 ちょうど良い高さの小岩を見つけ、再び腰を下ろしたツェットは、昔を思い出すように目を閉じてゆっくり話し始めた。


『人間共に追われた彼女を救ってくれたのは、同じように人間共に苦しめられてきた獣人や亜人だった。そのせいで亜人たちは全滅した。さっきの村は地下に築かれた町の一部だよ――』


 あの廃墟は人間が滅ぼしたのか……。

 高々と積まれた白い骨は獣人や亜人のもの……。


『俺は、ルミアと亜人の子だ。当時は結界魔法が得意だった。かつての大戦の折、地底に逃げ込み戦い続けたが、ルミアを聖なる結界(開かずの間)に封じた後、人間に殺されてしまった。人間に対する恐ろしいまでの憎悪の感情が、あの地に渦巻く魔力の影響を受けたのだろう。俺はアンデッドとして再び生を受けた。そしてかつて滅ぼされた仲間たちを指揮し、アンデッドの王となった――』


 アンデッドの王を名乗るツェット……だけど、彼からは不思議と悪意を全く感じない。


『聖なる結界に自分で封じた母、しかし俺はアンデッド……自ら母に会えることなく長い年月が過ぎていった。その間、俺と対照的にルミアは人間を信じ続けていた。そこで、俺は人間の心を試すことにした。自らの身を顧みず、彼女を助けに来てくれる者がいるのか……それともやはり自分の命欲しさに途中で逃げ帰ってしまうのか、と。

 幾度となく人間に依頼したが、結局、母の救出は叶わなかった。やがて俺は人間を信じることをやめた。扉越しに俺の耳に届くのは、ルミアの嘆きの声だけになった』


 忌まわしい過去を思い出して拳を固く握る彼だけど、僕たちは恐怖を感じなかった。逆に、誰からともなく腰を下ろし、彼の話を真剣に聴き始めていた。


『不死のスキルを授かったが故に、永遠の孤独と嘆きを与えられた母ルミアと、不死の王となったが故に、最愛の母に触れることすら許されなかった俺――神の性根は反吐が出るほど残酷で腐っている。神の皮を被った悪魔じゃないのかと疑う。俺自身、母を護りたい一心で多くの人間(冒険者たち)をダンジョンに連れ込んだ。だが、逃げだした奴や役に立たなかった奴らを、俺は尽く殺してきた――。

 そして、最後の機会と思って挑んだ今回、冒険者たちを殺す寸前、お前たちの力で母ルミアは長い呪縛から解放された。長い空白の時を越えて再び出会うことができた――』


 そう言って、ツェットは僕たちに深々と頭を下げた。


 でも、何だか寂しそうな、他人事のような言い回しが気になる……。


『しかし、それは仮初めの、一時的な再会に過ぎなかった――不死の王は、長年の切望が叶い、人間への憎悪の感情も燃え尽き、静かに消えようとしていた。同様に、不老不死のルミアも、最愛の息子の罪を償うために自らの命を散らす方法を実行しようと――』


「だめ! そんなことはさせない!!」


 ツェットの話を遮り、立ち上がって叫ぶルーミィ。

 遅れて僕とポーラも立ち上がる。


「ねぇ、覚えてる?」


『何をだ……』


「貴方、ルミアを助けてってあたしたちに依頼したわよね。あたしたちエンジェルウィングは必ず依頼を守る、絶対に諦めないんだから!!」


『……』




 ルミアさんの居場所を訊き出した僕たちは、彼女を追って迷宮へと向かった。


 3階層への入口――そこで目にしたのは、腐海の沼に浮かぶルミアさんの、見たくもない姿だった……。



 浮遊魔法で沼から掬い上げ、草の上に静かに横たえる。


 溶けて露出した青白い肌……息は……していない。


 蘇生、僕には蘇生魔法がある!

 リンネ様に頂いたこの力で――。


「ハル様、既に魂が――」


 全身全霊の力で魔力を左手に込めてルミアさんに触れるが、眩しい程のその光は、ダンジョン内を虚しく照らし出すだけだった。


 何度も何度も試す僕の手を、ルーミィが泣きながら掴んだ。そしてゆっくりと首を横に振り、今度は右手を握りしめた……。


 エクスカリバーの持つ聖属性の力を使え、と?


 つまり、ルミアさんを殺せ、と?


 ポーラの顔を覆った両手からは嗚咽が漏れている。


 外套姿のミールは、必死に何かと話をしている。



「ルミアさんの、ツェットさんの望みを叶えてあげましょう」


 ミールも僕の右手を握る。そして、ポーラの手を掴む。



 ルミアさんの左の胸の上に置かれた僕の右手に、ルーミィとミール、そしてポーラの手が重なる。



「ルミアさん……何と言えば良いか分からないけど……僕たちは貴女が叶えたかった夢を叶えます。みんなが幸せに生きられる世界を作ります。だから、ゆっくり休んでください――」


 右手から溢れ出る黄金色の光は、先に満たされた銀色の光と混ざり合い、煌めきを増していく。そして、ルミアさんの身体を巻き込み、天へと昇っていく――。



 ダンジョンの入口に戻ると、ツェットさんが座っていた小岩の上には、朽ち果てた白い骨が残されていた――。

 僕たちは祈りを込めて再び右手を重ねる。


 骨は光り輝く灰となり、待ちわびたかのように吹く一陣の風が、森の中へと吸い込んでいった――。

 


 ★☆★



 僕は、気になることを思い出していた。


「ツェットさんって、僕たちエンジェルウィングのこと、知ってたんだよね」

「そうね。どうやって情報収集をしていたかは分からないけど……」

「なら、こうなることも知っていたのかな」

「多分ね。こうなることを期待して、あたしたちの前に現れたのかもしれないわね」


 僕の腕の中には静かに寝息を立てるポーラが居る。その鼻の上で蝶が心地良さそうに羽を休めている。その幸せそうな様子に心を和ませながら、再び後ろを向く。


 小高い丘の上には、寄り添うように2輪の花が咲いている。

 その蒼く可憐な墓標の前で、仲良く手を振る母子の姿が見えたような気がした。僕たちにとって、それは十分な報酬だった。

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