第40話 無理な相談

「鑑定! えっと……名前は烈風の刃、レア度がAで、『伝説の八器で有名な名匠ダフによる試作品』だって。性能は……攻撃D、特殊:風刃/C」


「へぇ! 結構便利ね、その指輪。じゃぁ、この剣は?」


 僕は、キュンさんに貰った鑑定の指輪に魔力を注ぎ込み、ルーミーの剣に触れさせる。すると、手のひらの上に魔法陣が展開し、アイテムの持つステータスが表示される。因みに、これらは指輪所有者にしか見えないらしい。


「鑑定! 鋼鉄の直剣、レア度D、攻撃C……」


「それだけ!?」

「うん、これだけ」


「ハル兄様っ! ポーラのもお願いしますっ!」


 ポーラがテーブルの上に木製の杖を置く。長さは1mちょっと。握りの部分には細かい装飾があり、杖の先の方はくるくるっと巻かれていて、カタツムリみたいだ。


「はいはい、鑑定! お!? これ、レア度Bの古代樹エンシェント トレントの杖だって。攻撃F、魔力C、特殊:魔力消費軽減/C!」


「……なんであたしのだけしょっぼいのよ!」


『お待たせしました――こちらで注文の品は全てお揃いですか?』


「あ、はい」


『では、ごゆっくりどうぞ』


 薄紫色の髪を揺らしながらてきぱきとお皿を並べ終わった店員さんは、少しでも悪い雰囲気を和ませようと、最後に笑顔をサービスして足早に去っていく。

 僕はその後ろ姿を見送ると、綺麗な装飾が施されたお皿の1つに指輪を当てた。


「鑑定……高級な陶器の大皿、レア度C――」

「もうっ!!」



 ルーミィの機嫌を直すために、銀貨1枚(100リル)が消えた――。


 ラールさんと相談し、王国の援助も受けて調達した銀貨65枚(6500リル)。このままじゃ、ルーミィに食べ尽くされちゃうよ。





「フリーバレイって、魔界に最も近い町とか聞いてたけど、随分と賑やかな所ね」


 お腹をポンポン叩きながら歩くルーミィが呟く。


「うん。元は小さな村だったけど、リンネ様の軍師さんが築かせた拠点がその後に繫栄した、らしい」



 僕たちは大陸中央の町フリーバレイに着くや否や、すぐに食堂に直行した。そして、食後、町を詳しく知っているということで、ミールに案内してもらってるんだ。勿論、服は着ている。


 ミールとポーラがルンルン気分で先頭を歩き、最後方は暴食ルーミィだ。迷子が出ないように前にも後ろにも気を配って歩くのは、とっても疲れる。



「魔族への反撃拠点だっけ? 」


 この辺の歴史は僕もよく知っている。

 勇者リンネ様と7人の仲間たちの活躍を綴った物語、『東の真実』(作者不詳)に出てきたからね。


「そうです。当時は魔王が復活して……」


 ミールが目を細めて空を見上げる。

 多分、涙を堪えているんだと思う。ミールが戦うことを嫌う理由、その辛い過去を思い出させちゃったみたい。ごめんね……。


「見て、あれ!」

「サーカス? 何かのショーかな」

「兄さま、ポーラも見たいっ!」

「よし! あたしに任せなさい!」


 ポーラとミールの手を取り、群衆の中に突進していくルーミィ。暗くなりかけた雰囲気を変えてくれて助かったよ。



『さぁさぁ! フリーバレイ名物、元Bランク冒険者コヴィのマジックショーが始まるよ!』


 身長180cmを超える大男が叫んでいる。


 子ども特権が通用したのか、ルーミィが脅したのか……僕たちは群衆の輪の最前列に加わることができた。


 目深に被ったフードで顔は見えないし、褐色のローブを着ていて体型すら分からないけど、さすがは元Bランク。見ているだけでも、巨大な斧を振り回しているような凄い威圧感がある。


 コヴィさんは、広場に黒いマントを広げて手際よく準備をしていく。


「まじっくしょー、って何です?」


 ポーラが、目を輝かせながら訊いてくる。


「うーん……僕もよく知らないんだけど、手品みたいな――」


『そこのカップルさんよ、おじさんのは手品なんかじゃないぜ? 導師クルン様直伝の大占術だ』


 導師クルン?

 え? ちょっと待って!

 もしかして、あの可愛い狐さんが導師クルン様!?


『初めての人も、常連さんも、是非参加してくれよ!』


 僕の興奮なんか無視してコヴィさんはどんどん準備を進めていく。隣では別の意味で興奮したポーラが、ルーミィとミールに羽交い絞めにされていた。



 黒マントの上に並べられたのは、透明の水と、容器に入れられた豆……それと、シシトウみたいな野菜。植物の栽培でも始めるのかな……。


『ここに何の変哲もない大豆が8つある。これを、俺が100日掛けて魔力を注いだ水に浸すと……』


 観客の目が大男の指先に注がれる。

 この人、大斧を振り回す戦士じゃなくて、魔法使いなのかもしれない。人は見かけで判断しちゃダメってことだね。


 太い指が容器から大豆を器用に摘み出し、マントの上に等間隔に並べていく。


『見逃すなよ! 俺の100日間の努力を!』


 後ろからどっと笑いが起きるけど、僕たちの目は大豆に釘付けだ。



 2分くらい経つと、会場からどよめきが起きた。


 改めて大豆を凝視すると、大豆が微妙に宙に浮いていた。


 そして、次第に周りを水の膜が囲っていき――やがて、それは白い珠に変化していた。



 白い珠は合計8つできた。


 それをコヴィさんが隣に用意したテーブルの上に置く。


『さぁ! 今日は誰にしようかな!』


 その一言を待っていたかのように、会場が一気に湧き上がる!


 ある者は飛び跳ねながら、ある者は泣き叫んで、またある者は女の武器を駆使して必死にアピールしていた。



『よし、そこの可愛いエルフちゃんに決めた!』


 必死に懇願する群衆に対し、コヴィさんはぐるっと一瞥しただけ。その後、何の躊躇ためらいもなく伸ばされたコヴィさんの手は、ポーラを優しく招いていた。



 当然のように湧き起こる怒号と罵声――。


 僕とルーミィが目を合わせ、逃げるタイミングを見計らっていると、ポーラが目を輝かせながらコヴィさんの隣まで歩いて行っちゃったよ!


「「ポーラ!?」」



 でも、観客の反応は違った――。


 雑言の類はどよめきに、どよめきは次第に拍手に変わっていく。



「皆さんありがとうっ! ポーラ、頑張りますっ!」


 ポーラが元気一杯に手を振って応える。会場が温かい歓声と応援に包まれる。



『ポーラちゃんって言うんだな。よし、大豆を1つずつ手で掴んでごらん。お、小さい手だな。落さないように気を付けてな』


 身長差がありすぎて、膝立ちになって懸命にサポートするコヴィさん。危険はなさそうな雰囲気だ。



 グーに包まれたポーラの拳から白い光が漏れ出す。


『おっしゃぁ、大成功だ! 手を開いてごらん。分かるかい?』


 上向きにした手をポーラがゆっくり開くと、徐々に光は収束していき、大豆に吸い込まれていった。離れている僕には大豆様に何が起こったのか全く分からない。


「えっと、字が書かれてますっ!」


 ポーラが大豆を覗きこみ、そう叫ぶと、会場が大歓声に満ち溢れた。


『はははっ、久しぶりの成功だ! 残りもガンガンいくぜ! 』



 その後、次々と大豆から文字が現れるたびに歓声が大きくなり、結局8つ全ての大豆に文字が刻まれた時には、町中がお祭り騒ぎになっていた。通りではパレードも起きていた。



『その大豆はポーラちゃんのもんだ。君にしか文字は見えねぇが、そこに書かれている文字はとても大切なものなんだ』


 そう言ってコヴィさんはポーラに大豆を手渡していた。




 その後、今度はシシトウを使ったマジックショーに移行した。


 同じように怪しい水に浸すと、皮が剥けていって文字が現れるらしい。シシトウは大量に用意されているらしく、輪状になっていた観客が1列に並び始めていた。

 そのタイミングで、僕たちは会場を抜け出した。




「凄い魔法でした。さすがはクルン直伝」


 ミールが感動したように語る。


「でも、地味じゃない? 大豆とシシトウだよ?」


 ルーミィのツッコミ、実は僕も思った。


「でも、すごく美味しかったですっ!」


「「えっ!?」」



 最後にコヴィさんからポーラが受け取ったのは見たよ。でも、食べるとは思わなかった。油断した。まさか、毒はないよね!?


 ポーラの手を掴み、指先から確認していく。腕、脇、肩、耳……うなじ、背中は見れないから擦ってみた。痛ければ反応するはず。うん、大丈夫だ。胸も……うん、少し成長したかな。腰から脚……大丈夫そう。最後に顔を見ると、真っ赤だった。


「ポーラ、どこか具合が悪い?」


「はい……ちょっとお顔が熱いですっ!」


「はいはい、そういうのは宿に入ってからね!」


 見つめ合う僕たちはルーミィに強引に引き剝がされ、紐状になってポーラの口の中に入ろうとしていたミールも無事に捕獲された――。


 結局、書かれていた文字をポーラが辛うじて覚えていてくれたことで、ポーラいじりは終了した。



 8つの文字――と・も・を・り・き・て・は・な――コヴィさんは大切なものだと言っていた。どういう意味なのか、僕たちの誰にも分からなかった。分かる人がいたら教えてほしい!



 ★☆★



 宿屋を確保した僕たちが向かったのは、武器屋さん。


 ここフリーバレイには、歴史的な経緯から、武器屋や防具屋が多くある。

 今のうちにルーミィの機嫌取りをしておいた方が良いと思い、僕がみんなに提案したんだ。

 だって、同じ銀貨1枚でも、デザートに消えるよりは武器代に使う方が良いから。今後は厳しい旅が続くんだし、絶対にそれが正しいよね。



 でも――。


「これもレア度はDだよ」


 何度目かの僕の呟きを聴いて、ルーミィの機嫌は下降の一途をたどっていた……。


 さっきの店も、その前の店も、さらにその前の店もそうだった。棚にぎっしり並んだ武器は、最高でもC。

 Cで妥協してほしいんだけど、ルーミィの性格上、僕がAでポーラがBだと知っている今では銀貨2枚分のデザートを上げても厳しいと思う。本末転倒ってやつだね。


「ダメな武器ばっかりじゃな――」


 店内で暴言を吐き出したルーミィの口を押え、店の外に押し出す。


「何よ! 本当のことを言っただけじゃない!」


「いや、ラールさん情報だと、鑑定と言っても万能じゃないらしいよ。スキルや魔法、アイテムによって鑑定の効果や内容も違うらしいし」


 これは本当のこと。ラールさんだけでなく、アルス兄さんからも聴いたし。能力がランク別に表示されるものや、数値化されるもの、名前しか分からないものや、素材や効果、由来まで分かるものなど、同じ“鑑定”と言っても様々らしい。

 そもそも、“鑑定”は創造神の力を借りるものだと言う人もいれば、物質に内包される真理を見る力だと断言する人もいるし、占いの最終進化形態だと定義する人もいるくらいだからね。



『待ちな』


 白髪のお爺さん――やばい、さっきの店の店員さんだ。僕たちを追い掛けて来たのか。ルーミィが酷いことを言ったから叱られるのかな……。



「あ、はい」


『武器を探してるのか?』


「そうです。この子に合う剣を……」


『その娘、強いのか?』


「あたしは――今はまだ弱いけど、強くなりたいの。もっともっと、もっと強くなってみんなを守るんだ!」


 カチンときたのか、膨れっ面だったルーミィが怒鳴るように答える。

 でも、頭は冷静みたいで安心した。自分の実力を過大評価しないところは、数々の戦いを経験してきたからこその成長なのかもしれない。


 武器屋のお爺さんの鷹のような瞳と、ルーミィの強い意思を宿した瞳がぶつかり合う。




『紹介してやる。付いてこい』



 険しい顔で裏道に向けて歩き出すお爺さん。


 僕たちには追い掛けていくしか道はなかった。




 欠伸を繰り返すポーラの手を引っ張り、期待で小さな胸を膨らませて歩くルーミィを追い掛けること10分。


 脇道、裏道をいくつも通って辿り着いた先にあったのは――古びた1軒の鍛冶屋だった。



『師匠、いや……おかみさんは居ますか?』


 扉を開け大声で呼びかけるお爺さんに、答える声は無かった。


『お邪魔しますぜ』


 自分の家とばかりに入っていくお爺さん。さっき“師匠”と言いかけたよね。きっとここはその師匠の家なのかな。



『ベルトラムか。何の用事だ――』


『お客さんですぜ。娘、こっちに来い』


 ベルトラムと呼ばれたお爺さんに引っ張られ、ルーミィだけが小屋の奥に連れて行かれる。




 1時間近く経ったころ、玄関先で寝てしまっていた僕とポーラは肩を叩かれて起こされた。


『君が――』


 ドワーフ!?


 僕の目の前には、さっきベルトラムさんと話していた声の主――ドワーフの女性が居た。

 身長は小柄なポーラよりさらに低く、髭こそ生えてはいないけど、彫りの深い顔を包む獅子のたてがみのような薄茶色い髪を持ち、そして僕の3倍は太い腕が見える。本物を見るのは初めてだったけど、すぐにドワーフ族だと分かった。


「はい、僕はハルと申します」


 歳は僕の母さんと同じくらいに見えるけど、もっとずっと年長だと思う。その威厳を前にして、寝起きなのに自然と敬語が出ちゃう。


『坊やに頼みたいことがあるんだ――』



 その後、幸せそうに眠るポーラを膝の上に乗せ、依頼の件を確認した。既にルーミィが受けることを決めてしまっていたので、その内容だけなんだけど……。


「つまり、8年前に炉に落ちて亡くなった旦那さんを蘇生してほしいということですね?」


『頼む』


 聴いたところによると、髪の毛も骨も全て溶けて消えてしまったという。


 こんな状況でどうやって生き返せばいいんだよ――。

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