第41話 因果な邂逅
「ねぇ、ポーラ。最初の大豆には何の文字があったの?」
「えっと、“も”でしたっ!」
「最後は?」
「“て”かなっ?」
も○○○○○○て?
残りは『と・を・り・き・は・な』だったよね。
もとはきなりをて?
もとはをきなりて?
もとをはりきなて?
もとをはりなきて?
もなりをはときて?
もなりはをときて?
「ハル様、分かりました!」
「え!? 教えて、ミール先生!」
「もりをときはなて――森を解き放て、だと思います」
あぁ、なるほど!
でもそれってどういう意味なんだろう。
「2人ともサボってないでダフさんの毛を探しなさいって!」
「「ごめんなさい」」
ここがリンネ様の武器を作った名匠ダフさんの鍛冶屋だと知らされた時には、ビックリしすぎて鼻血が出たよ。
何としてでも彼を生き返すのよって鼻息を荒げるルーミィの命令で、家中をうつ伏せで髪の毛捜索中なんだ。
「あった!」
ポーラが茶色い癖っ毛をつまみ上げる。
『すまん。それは私の
僕はポーラの手の甲をひっぱたいて汚物を払い落とす。
ポーラの聖なる手が汚されてしまった……急いで清めないと!
「手を洗ってきます! ポーラ、行くよ」
「はい、兄さまっ!」
正直、逃げだす良い口実ができて良かった。寝起きでこの作業は辛い。ダフさんを生き返らせたいという気持ちは小さくなっていないけど、他に何か手段はないのかなぁ。
「兄さま、ポーラの手、綺麗になりました?」
「あ、うん」
小さくて白くて綺麗な手。エルフって良いよね……。
エルフ?
あっ……もしかして……。
「ねぇ、ポーラ。『森を解き放つ』って、どういう意味か分かる?」
「森ですか?」
指をほっぺに付け、きょとんとした表情で僕を見るポーラ。森での生活が短かったこの子に訊くより、なんちゃって妖精王のミールさんに訊いた方が確実かもしれないね。
「ミール、『森を解き放つ』ってどういうこと?」
毛の捜索を諦め、全員がお茶タイムに突入したタイミングで切り出した。
「森は簡単に言うと、人間界と精霊界の境界線です。精霊界の入口がワタシたちの住む世界、妖精界と呼ばれています。人間界と違い、精霊界では物質は形を持ちません。さらにその先、深層精霊界に至れば、そこは完全なる精神世界となります。『森を解き放つ』ということは、その深層精霊界へ来いという意味になります」
『深層精霊界だと? そんな地獄に行ったら死んでしまうぞい』
「ドワーフ。冗談はお酒を飲んでから言いなさい」
『ぐっ! この力、霊王の!?』
床や柱、天井を構成する木材から次々と蔓が伸びてきてダフさんの奥さんに纏わりつく。彼女の剛力でも千切ることができない。
その時、僕の右手が紅く輝いた――。
床の上を紅いつむじ風が舞う。
その中央、魔法陣らしきものがふわっと浮いたかと思うと、1人の少女がその中から現れた。
『清き魂を持つ者、リンネ様の代行者よ。久しいのう』
「うん、指輪の時以来だね」
「『フェニックス様!?』」
赤い髪に赤いワンピースの少女。
大精霊にして当代の精霊王、フェニックス。いつの間にか現れているいつもと違い、今回は派手な登場だよね。
『妖精王ミール、怒りを鎮めよ。半端な土くれ妖精を虐めても何も得られぬじゃろ』
「――そうですね。ドワーフ、次は肥やしにするわよ」
ドワーフのごつい四肢を束縛していた蔓が、光の結晶となって消滅する。締め付けられていた腕を擦りながら、フェニックスとミールの前に跪く奥さん。
チラッと僕を見つめるその顔には、“お前は一体何者なの?”と書かれている気がした。何者と訊かれても、僕はただの真面目な子どもなんだけど。
それにしても、“森”の悪口はミールの前で言わない方が良いね……。
「ミールやり過ぎ。それで、深層精霊界という所に行けば何があるの?」
『それは妾から話そう』
ばつが悪そうに蝶の姿へと戻ってしまったミールに代わり、フェニックスが語り出した。
『彼の世界には、歴代の妖精王や精霊王の中でも偉大な功績を残した者たちの魂が在る。それらは1つに纏まり、世界の意思を成すと謂われておる』
世界の意思!?
「ねぇ、フェニちゃん。そこって誰でも入れるの?」
フェニちゃんって誰だよ。何の臆面もなくフェニックスに詰め寄るルーミィ。
『資格を有する者、つまり選ばれし者のみが行き着く世界じゃ。正直、妾ですら決して触れること叶わぬ未知の域』
「と言うことは、ポーラちゃんにはその資格があるってこと?」
フェニックスがポーラの顔を、いや、魂を覗き見る。
その紅い瞳に射貫かれたポーラは、ぎゅっと目を瞑り、僕の腕に抱きついてきた。
――ゆっくりと首を振るフェニックス。
『唯一、僅かに可能性を持つ者、其れは妖精王ミールのみ』
★☆★
(本当に大丈夫?)
(ハル様、ご安心ください。これもワタシに課せられた運命。ならば、喜んで従うのみです)
(危険だったら戻ってきなさいよ)
(勿論です。ワタシはまだ子を授かってすらいませんからね)
(ミル姉様、キレイなお花を集めて待ってますから……)
(ポーラ、花は自分で場所を選んで咲いているの。ダメよ、抜いたりしちゃ)
翌朝、ダフさんの鍛冶屋の裏手にある森の入口で、僕たちは蝶の姿のミールを見送ろうとしている。
少女フェニックスは険しい表情で腕を組み、じっとミールを眺めている。僕たちの念話も聞こえているみたい。
ミールの姿が鬱蒼と茂る木々の中に溶け込んでいく。
一瞬、オーロラのように森が光を放ったかのような錯覚があったけど、鳥や獣、虫たちは、何事もなかったかのように鳴き続けていた――。
僕たちには、森の前で待つことしかできなかった。
最初こそ、ダフさんの件とか、大豆のこととか、ルーミィの武器の話を笑いながらしていた。日が傾き始める頃には次第に笑いがなくなり、口数も減っていった。
夜が明けてからは、誰も何も話さなくなった。口を開く元気すらなくなっていった。
2日が過ぎた。
森は相変わらず小さな口を開けてそこに在る。何事もなかったように。
あの日から3日が過ぎた。
食事も、睡眠すらも忘れたかのように僕たちは立ち尽くしていた。ダフさんの奥さんが何度も何度も、何度も僕たちを心配して見に来た。その度に美味しそうな食事を持ってきてくれたけど、誰も手を付けなかった。身体が、心が苦しくて受け付けなかったから。
ミールが森に入って5日目の朝を迎えた。
僕だけでなく、ポーラも、ルーミィも、そしてフェニックスでさえも、涙を流していた。
念話は1度として返ってこない。
でも、虚しさを堪えながらも、全員が心から叫び続けていた。誰も諦めようなんて言い出さなかった。信じることしか、祈り続けることしか僕たちにはできなかったから。
もう何日経ったのかなんて、既に数え忘れていた日の夕刻、森に変化が起きた。
虚ろな目に映ったのは、天を翔ける一筋の光――続けて降り注ぐ、光の雨。
それは、まるで天泣――天が涙しているかのような光景だった。
僕たちは走った。
どこにそんな力が残っていたのかなんて分からない。でも、みんなが精一杯走り出していた。
今までの人生で、こんなに身体が軽く感じられたことはなかった。足に天使の羽が生えたような感じだった。
森から蒼く
僕たちの輪の中で、蒼い髪の少女となる。
裸の彼女だけど、僕たちは遠慮なく抱き締め合う。涸れていたはずの涙が、熱い溶岩のように再び流れ落ちる。
「「おかえり!!」」
「ただいま!! でも、喜びを分かち合うのは無事に事を成した後です。もう時間がありません。クロノス様と一緒に森に入ってください」
必死に懇願するミール。森の中で何があったのかは分からないけど、愛しい彼女に全てを任せようと思った。
『わしを呼んだか?』
『ぬぅ、クロノスか。いきなり現れるでない。妾のように上品に――』
「クロノス様!」
フェニックスを遮り、水色の髪の少女――時空を司る大精霊クロノスに飛びつくミール。
『ぬわっ、そちは妖精姫……今は王か。何事じゃ!?』
「ワタシたちと共に森へ。お力を……お力をお貸しください!」
★☆★
森の奥には何かの儀式で使われたような石の台座が置かれた遺跡があった。
永い間ずっと森の木々に守られ続けてきたかのようなその場所は、日が沈んで暗闇に堕ちた森の中にあっても明らかに異質だった。キラキラと輝く光の妖精たちによって眩しいほどに照らされていた。
その遺跡の前で、クロノスは時空魔法を発動した。
王都の拠点で見慣れた扉――それよりもずっと強い光を放つ時空の門が現れる。
ミールとクロノス、そして僕の3人が時空を渡る。
残る3人――ルーミィとポーラ、フェニックスは遺跡で留守番だ。
僕がミールに頼まれたのは、森の中で殺された1羽の白い子兎の蘇生。それがどんなに重要なことなのかは、何も訊かなくても彼女の表情が物語っていた。
ミールを先頭に、木漏れ日が差し込む森を進んで行く。
今僕たちが歩いているのは、あの森ではない。
鬱蒼と茂る下草はどれも見たことのない花を咲かせていて、見上げるほど大きな木々が枝葉を揺らし、爽やかに漂う風は僕たちの頬を撫でる。森は僕たちの訪問を歓迎している、そう感じた。
この神秘的な森をまっすぐ歩くこと数刻、やがて僕たちは開けた場所に出た。
横に張り出した枝に結ばれた紐――それを目で下に辿っていくと、その先には小動物が吊るされていた。
遠目に見ても、それは全く白くはなかった。白い部分は全くなかった。白い兎だって聴いたんだけど……。
僕たちはお互いに頷き合い、意を決して近づく。
そして、惨状を目の当たりにする。
全身の皮が剥がされ、目がくり貫かれ、手足は幾多の杭で貫かれていた。舌は抜かれ、腹部には……。
湧き起こるのは深い悲しみだった――。
生への冒涜に対する怒りを、悲しみが全て浚っていった。
兎が抱いたはずの憎悪を、慈愛の心が全て浚っていった。
悲痛な叫びと共に、僕たちは兎を優しく抱き締めていた――。
「純真無垢な心優しき魂よ。リンネ様の、聖なる力をもって、その深い憎しみを乗り越え、業を解き放て……天より還れ、レイジング・スピリット!」
僕の手から無限とも思えるほどの銀色の光が飛び出してくる。
それは、あっという間に森を包み込むような光の奔流へと変わり、辺り一面には数え切れないほどの動物や妖精、精霊たちが集まってきていた。
この兎、こんなに愛されていたんだね。
僕たちを優しい鳴き声が取り囲む。
慈愛の心が満ちてくる。
その声に反応してか、僕の腕の中で生を取り戻した白い兎が、力強く鳴いた――。
『少年よ……』
クロノスが指差す方、大木の枝の上に誰かが居たような気がした。
僕の銀色の光と同じような綺麗な髪が風に靡くのが見えた気がした。
そして、その銀色の風に乗って『ありがとう、ありがとう』という声が、静謐な森に木霊していた――。
心が、魂が湧き立つような感動を感じた。
僕なんかに感謝するより、僕にこんな素敵な力を与えてくれたリンネ様に感謝してね。
照れ笑いを浮かべながら、白い子兎をそっと大地に下ろす。
兎は僕たちをずっと見続けていた。くりくりの目に射貫かれ、僕たちは顔を見合わせる。でも、連れて帰りたいという願望を押し留め、嬉し涙でお別れをする。
そして、クロノスの時空魔法で再び元の森へと戻った――。
「お帰りハル! 無事で良かった……」
「兄様っ!」
ルーミィとポーラが抱き付いてくる。
2人の頭を優しく撫でてあげた。無事を信じて、必死に祈りながら待ち続けるのはとても辛いよね。その気持ち、僕も知ってる。なるべく今度からは全員で行動するようにしたいな……。
石で造られた台座の上には、1本のメイスが置かれていた。
果てしなく黒く、どこまでも荘厳……。
先端に位置する角のような鋭い突起、鳳凰の翼のような膨らみ、鬼の顔ような装飾――しかし、それは握りの上部で折られていた。
「鑑定――鬼神のメイス。レア度は……SS。名匠ダフによる八器の1つで、その中でも傑作中の傑作と謳われる一品。青の召還者メル専用の武器として創られたが……あれ、表示が途切れてる。これが折れてるからか……でも、これ程の武器が折れるなんて」
「うん……なんだろう。このメイスから伝わる悲しみは」
そっと柄の部分に触れたルーミィの目からは、涙が溢れていた。ミールもポーラも泣いていた。
クロノスとフェニックスはいつの間にか僕の右手の甲に戻っていた。今回は唇を奪われなかったな……。
「よし、とりあえず帰ろうか!」
僕はメイスをアイテムボックスの中に丁寧に収めると、ポーラとミールの手を握り、ルーミィを励ましながら森を抜けた。
兎を助けることができた安心感、あの森の中で聴いた感謝の声、伝説の武器を手に入れることができた興奮――どれ1つ取っても僕の中では魂を揺さぶる大事件だけど、何よりも大きなことは、今この手の中にある温かさ、幸せだと思う。
この幸せを大切にしていこう、僕は改めてそう誓いを立てた。
僕だけが蘇生魔法を使える! AW @roko
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