第19話 義妹の扱い

「ん……?」


 朝、何時だろう。

 下半身にもぞもぞっと違和感を感じて目が覚めた。誰かが僕の上に乗っかっている。


「アネットさん……おはよう。朝から何をしてるんですか……」


『お? 変態さんおはよう! なんかね、この突起物が気になって。こうやって倒してもさぁ、すぐに起き上がってくるのよ。不思議だよねぇ』


「やめいっ! 触るなっ!」


『大丈夫よ。まだ誰も起きてない。2人だけだからいいじゃん』


 確かに。

 左のルーミィ、右のラールさんからは静かな寝息が聞こえる。床には裸のミールが丸まって寝ている。

 でも、全然大丈夫じゃない!

 いつか襲われると思ってはいたけど、こんなに堂々と襲われるとは思わなかったよ。


「あのですね……今日は朝からエルフの子の蘇生をして、午前中には王都に向かって出発しないといけないんだから、遊んでいる暇はないんですよ!」


『まぁ、そうなんだけどね。私は王都に一緒に行けないんだもん。だから、少しでも一緒に居たいの』


 僕はアネットさんの拘束から逃れ、布団の上に胡坐あぐらをかいて向き合う。


「一緒に行けない?」


『そう。アー姉が護衛の依頼を受けちゃってさ。私が行かされるってわけ』


「そっか」


 僕たちがティルスを出たらクランの仕事は半減しちゃうもんね。依頼をなるべく受けるのは仕方ないか。でも、アネットさんが一緒に来てくれないのは少し寂しい、というか不安かな。


『大丈夫! 依頼が終わったら合流するから、私がいなくても泣かないでね!』


「あたし嬉し泣きしちゃうかも!」


『ルーミィ、起きて早々ひどいこと言って! 森の言葉では“朝の挨拶はその日の運命を左右する”ってのがあってね。朝から意地悪すると一日中良いことないわよ!』


「あはっ! 冗談よ! ごめんなさい」


 みんな起きちゃったみたい。

 まだ窓の外は暗いけど、準備をしておこうかな。


「ところでアネットさん。例のエルフの子、どんな話でした?」


『ん? ちょっと暗い話だけど、今聞く?』


 ラールさんが飲み物を準備してくれて、僕たちはベッドの上で車座になって座る。

 ミールもちゃんと服を着ている。今、僕の部屋にはクーデリアさん以外の全メンバーが揃っている。


『まず、エルフはね、ダークエルフと同じく絶滅危惧種なのは知ってるね? 東の森にしかいないという噂だし。そのポーラって、10歳のエルフの子なんだけど……小さいとき、親が魔物に襲われたところを旅人に助けられたみたい。その旅人がほんと酷い奴で、面倒を見切れないからってティルスの孤児院に預けたんだって。親だって慕っている子を捨てるかな。最低だよね』


「ん~、事情があったんだろうけど、親に捨てられたってトラウマが残っちゃうよね」


『でもね、その孤児院がすごく評判が良くて、7歳くらいまでは幸せに暮らしたらしいよ。はぁ~。ここからは憂鬱な話になるわ。聞きたくなければ聞かなくても良いからね』


「うん……」


『孤児院の院長さんが亡くなったのが今から3年前。後任が最悪の男だった。半年も掛からずに孤児院はもぬけの殻になった。建物も土地も全て売却、その後とんずら。そう……孤児たちを全員、奴隷商に売り払ったのよ』


「奴隷制度は……」


『無くならないよ。奴隷を欲しがる人がいる限り、無くならないよ! ずる賢い奴ほど、裏で、闇でばれないようにやるんだよ。エルフはダークエルフの10倍も高く売れるんだ。肌の色なんてただのメラニン色素だろ。人もエルフも最初は黒かったんだ。あいつら、紫外線を受けにくい環境に住むようになって肌の色が薄まっていっただけじゃないか。それなのに、ダークエルフは魔側、エルフは神側なんて偏見も生まれて。血液型だってそうさ。抗原の違いだけなのに、性格占いまで始める愚者がいる。そんなの単なるバーナム効果だよ』


「えっと……エルフへの嫉妬はいいから、話の続きを……」


『え? あぁ、そうだね……ごめん。ポーラを買い取ったのは、裕福な商人だった。そこでの3年間は……私の口からは言えない。勝手に想像してくれ。奴隷には、あらゆる行いが許されるんだ。今、みんなが想像した内容よりもっともっと酷いことが起きた。7歳の子が……3年間も、味方が誰も居ない場所で本当によく耐えたよ。父に会いたいって毎日泣いていたらしい。父はいつか兄が迎えに来てくれるから頑張りなさいって言ってたらしいよ。希望があったから頑張れたと思うけど、逆に希望があったがために、一日一日が長くて重くて苦しかったのかもしれない。私は亡骸を見せてもらったけど、両手両足の爪は剥がされて拷問の痕が無残だった……。絶望して舌を噛み切ったって聞いた。私はね、その時に強く思ったよ。奴隷商も、商人も、父も兄も、この手で見つけ出して殺してやりたいってね!』


 1%くらいの人が良心の欠如“サイコパス”かもしれないって聞いたことがある。これほどまでに醜い人間が、この世界には何万人もいるんだ。

 そんな中で、僕たちには何ができるんだろう……。


「絶対に許せないわ! エンジェルウィングの全てを懸けて戦う!」


「そうすべきです!」


「クランのみんなには新しい任務をお願いしなきゃね!」


 もちろん、僕も賛成だ。ミールも何回も頷いている。

 でも、僕にできることは罪のない尊い命を取り戻すことくらいだ。孤児院にエルフを預けた旅人……捜してみるか。


「よし、みんなやる気が出たようだね。用意して向かおう!」



 ★☆★



 とうに日は昇っているはずなのに、空を厚く覆う雲のせいで辺りはぼんやりと薄暗い。雨が降り出しそうなほどでもないけど、風が強くて旅立ちには良いとはいえない朝。

 物憂げなアネットさんに案内されて、僕とルーミィ、ラールさん、ミールはギルドの一室に来ている。滅多に足を運ばないギルドの地下室。そこで、耳の長い細身の男性が待っていた。


『君がハル君? 私はエルフを守る会の会長をしているエリクという者です。本日はどうぞ、よろしくお願いします』


「えっと、ハルです。遅くなってしまってすみませんでした。えっと……あなたもエルフなんでしょうか?」


『私はハーフエルフですよ』


 そう言って、笑顔で耳を取り外すエリクさん。

 付け耳なんてあるんだね……。


『この、ポーラさんは純粋なエルフです。エルフは人と精霊の架け橋です。何とか命を救ってあげてください!』


「もちろんです、エリクさん。あたしは秘書のルーミィと申します。先に報酬の件を……」


 さすがとしか言えないよ、ルーミィさん。

 そっちはお任せです。

 あ、でも、彼から付け耳を受け取ろうとするその手は引っ込めて?


『これです。とある方から頂いたものです』


 エリクさんが、皮袋の中から大切そうに1枚の羽を取り出す。


『天使の羽です』


「えっ!?」


『合成や加工素材にも使えますが、持っているだけで幸運をもたらすと言われています』


『これは……リンネ様と一緒に居たアユナ様の羽ですね。確かに本物みたいです』


 ミールのどや顔鑑定が入った。

 やばい、ルーミィの目が輝いてる!

 まぁ、エンジェルウィングの名前の由来でもあるし、お守りとしていただきましょうか。


「貴重なアイテムをありがとうございます! ハル、今回はしっかりやるのよ!」

「はい、はい」


 僕はいつもしっかりやってますけどね(別の意味で)!


 白いカーテンを開ける。

 ベッドには、白い布服を着せられたか細い少女が、祈るように手を組んで寝ている。

 アネットさんに聞いていたとおりだった……爪が剥がされ、目と口から流れ出た血が、愛らしい顔にこびりついて乾いていた。

 死後2週間くらいは経っていると思うけど、地下の環境のためか、腐敗は進んでいない。


「ルーミィ……」


 必要はないけど、脱がせてほしくて声を掛けてみる。

 ルーミィとラールさんが、泣きながら組まれた手を解き、白い服を脱がせていく。


 2人の息を飲む音が聞こえた。

 身体に残された拷問の痕……僕は、余計なことをしちゃったね。

 2人を下がらせる。アネットさんもミールも、手を組んでじっと見つめている。目から絶え間なく流れる涙を拭こうともせず、じっと……。


 細い。10歳とは思えないほど。

 白くて綺麗な肌に残る傷跡、火傷、痣……。

 これは酷い、残酷すぎる……。


 僕は左手を、優しく彼女の左胸に乗せる。色気も感じられない小さな胸だけど、綺麗なエルフの身体。緊張してしまうのは仕方ないよね。


 静かに目を閉じ、自分の中に眠る力を呼び覚ましていく。

 心臓あたりで渦巻く力を、ゆっくりとかき混ぜて増幅させていく。

 そして、左手から……精一杯に、解き放つ!


 眩い銀色の光が溢れてくる。


 部屋が満たされていく。


 心地よい、温かい光の中で、僕は祈る。

 この子の命を救いたい。苦しみを和らげたい。この子が会いたがっていた父、そして兄に会わせてあげたい、そう強く願う。


「安寧の光よ、ポーラの苦しみを取り除き、彼女の穢れなき魂に今一度生きる希望を与えたまえ、レイジング・スピリット!!」


 光は一際ひときわ輝きを増し、少女の傷跡を癒すように包み込んでいく。

 これが、慈愛の光……命の輝き。


 やがて、僕の左手には心臓の鼓動が甦る。

 温かい、力強い鼓動。

 小さな胸が、呼吸で上下するのを感じる。


 目が覚める前に、そっと手を離しておく。

 ルーミィに、目で合図を送り、着替えを催促する。

 紳士な自分に少し酔う。



 エルフの少女(ポーラ)は、ルーミィ用の白いワンピースに着替えさせられた。さすがに今まで着ていた服は臭うだろうからね。身体を動かされても、まだ寝息をたてて眠り続けている。


「ハル……目が覚めないけど、大丈夫なの?」


 今までこんなことはなかったからね、ルーミィが心配して聞いてきた。


「うん。寝ているだけだと思う。夢を見ているのかな」


 可愛い!

 楽しい夢を見ているようで、にっこり微笑んでいる。

 僕たちも、ポーラの寝顔を見ながら微笑んだ。

 エリクさんも安心したのか、泣きながら笑っている。


「きっと大丈夫だ。彼女の魂は辛かった日々を乗り越えたんだ。僕たちも笑顔で迎えてあげよう、彼女の新たな命を!」


『そうだよね。今日は胸を揉まなかったし、変態さんも今日は頑張ったよね』


「心臓マッサージは必要なかったからね……」


 アネットさんの目が怖い……。

 あっ、目を覚ました!?


「うっ……」


「ポーラちゃん、こんにちは。もう大丈夫だから安心してね。僕が、ハルが君を助けに来たよ。もう辛いことなんて何もないんだから、安心してね!」


「ハル?……兄様……本当に、ハル兄様なの!?」


「『えっ!?』」


「お父様が言ってました。もう少し頑張れば、ハル……ハル兄様が助けに来るからって! なのに私はダメな妹です……耐えられずに逃げてしまいました……。お兄様、お許しください! ダメな妹をお許しください!!」


「ちょっ、ちょっと待って! もしかして、君を助けた旅人って、もしかして、僕の父さんってこと?」



 その後、ポーラから詳細を聞き、この子を孤児院に置き去りにしたクソな旅人が僕の父さんだったことが判明した。

 でも、ラールさんが父さんを庇うんだよね。危険な冒険に小さな子を連れて行けないから信頼できる孤児院に預けるのは仕方がないって。確かにそうなんだけど、僕がポーラを迎えに来るなんて全く聞いてないし、自分勝手すぎないか!?


「お兄様~!!」


「えっ、うわっ!?」


 この子、すんごいベッタベタにくっ付いてくるんですけど。

 可愛いからいいけど、血のつながりなんてないよね?

 女子の視線が痛すぎます……。



『ハル君、本当にありがとう! それに、この子が捜していたのがしくも君だったなんて! これを運命と言わずして何と言いましょう! 君にこの子をお任せしてもよろしいでしょうか?』


「え、あ……はい。責任を持って――」


「うわぁ~い! お兄様、ありがとう! 大好きっ!!」


 いや、責任を持って父に押し付けますって言おうとしたんですけどね……どうすんのさ。ルーミィもラールさんもアネットさんも、目を合わせてくれないし。でもミールだけは楽しそうだ。



 ★☆★



「……で、あなたが可愛い妹さんのポーラちゃん? えっとね…私はクー、クーデリアよ。ハル君の彼女なの。お姉様って呼んでいいからね?」


「はいっ! 綺麗なお姉様っ!」


「綺麗って……ありがと。でもね、ハル君の隣はクーの、お姉様の場所だから、ちょっとは遠慮してね?」


 クラン本部に戻って早々、居合わせたクーデリアさんに激しく抱きつかれた。

 ポーラはポーラで、負けずに僕の腰にしがみついて離れない。何年間も会いたがっていた兄に会えた喜びか、反動か。もしかしたら、手を離した途端、こみ上げる寂しさで泣きじゃくるかもしれない……。

 そんな空気を読んでか、ルーミィたちは参戦せずに見守る方針みたいだ。


 朝食を口にしながら、自己紹介と僕たちの旅の目的を聞いた後、ポーラは決意を青い瞳に込めて語りだした。


「私も王都へ行きますっ! 私、少しなら時空間魔法が使えます。時間を止めたり……と言っても1秒くらいですけど。あと、瞬間移動したり……と言っても1mくらいですけど……できますっ! 絶対にお兄様とお姉様方のお役に立てるようにしますから、連れて行ってくださいっ!!」


 僕たちはお互いの顔を見て吹き出してしまった。

 連れて行くに決まってるし。こんな小さな子を二度と悲しませるようなことはできないでしょ。なのに、すごく必死に自分をアピールしてくれるんだから! なんて可愛い妹だろう。


「ポーラ、お兄ちゃんと一緒に行こうね!」


 僕は頭をなでなでしてあげた。

 妹って、こんな感じなのかな。


「ハル君、クーはね。王都には行くけど、ハル君とは別行動になっちゃいそうなの……。事務所の移転とかがあって、3日後くらいにティルスを出発する予定。着いたらギルドに行くからね! 絶対に浮気しないでね!」


「そっか。アネットさんも依頼があって一緒に行けないらしいから、一緒に行けるのは……ルーミィと、ラールさんと、ミールとポーラの5人だけかな?」


 ルーミィとラールさんがハイタッチしてる。

 なんだか背筋に悪寒が走った気がする。


「よし、用意はできてるから1時間後に出発するよ!」


 ルーミィの気合の入った一言でみんなが動き出した。



 王都まで馬車で5日間の行程。

 不安と期待が半々の旅、いよいよ出発だ!

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