第8話 魔女の呪い

「それで、ミールさんはどんな魔法が得意なんですか? やっぱり精霊を召喚したりとか?」


『ワタシは変身魔法しかできないわ。普段は蝶の姿なんだけど、女の子や髪を結ぶ紐に変身できるの。リンネ様の髪を結んでいたのはワタシよ』


「えっと……それは羨ましいんだけど、戦力としては役に立たないと……」


『ええ。戦いは嫌いです。というより無理です。偵察や監視の任務でしたらお任せください。それと、ミールとだけ呼んでくださいな』


 はは……また戦力ダウンだよ。

 でも、花の妖精かぁ。見ているだけで癒される。可愛いから、まいっか。


「あたしはルーミィよ、ハルの幼馴染みで将来を誓いあった仲! ミール、よろしくね!」


「私はラールです。ミールと同じようにハル君に命を助けられました。私の身も心もハル君のものです。よろしくお願いしますね!」


『ルーミィ、ラール……力を合わせて頑張りましょう! こちらこそよろしくお願いします。それでは、ワタシはしばらく休ませてもらいますね』


 ミールはそう言うと、ピンクのワンピースだけを地面に残して青い蝶の姿に戻った。

 生き返ったばかりだし、ゆっくりおやすみ……そう心の中で呟き、僕の肩に留まって羽を休めているミールをそっと撫でてあげた。

 それにしても、人の姿に変身するたびに裸なのかな。これはヤバすぎるね。



 ★☆★



 馬車は、夕日を目指すように、再び西へ西へと動き出す。

 盗賊のことを考えると、こんな場所での夜営は避けたい。

 日が暮れるまでに街道沿いにある村まで行こうということで、僕たちはスピードを上げた。


「前から騎馬隊が来ます!」


 街道に出ると、突然ラールさんが叫んだ。

 窓から前方に目を向けると、がっちり鎧に身を包んだ騎士が3騎向かってくる。


「そこの馬車、停まれ!!」


 夕闇に響く命令を受け、ラールさんは即座に馬車を街道の端に寄せて停止させる。

 悪いことはしていない、だけど……緊張が走る。


「騎士様、どうかなさいましたか?」


 馭者のラールさんは落ち着いた様子で先頭の騎士に話しかけた。

 さすが、旅に慣れてる感じだ。


「あぁ、ちょっと……不審な者を見たという目撃証言があってな。悪いが馬車の中を改めさせてもらうぞ!」


「分かりました、どうぞご検分ください」


 騎士が1人、馬車の中に入ってきて僕とルーミィを凝視してくる。

 よく見ると立派な剣と鎧だ。

 守備隊というより、王国騎士?

 何があったのだろう。聞いてみるか。


「騎士様、不審者はどんな人ですか? もしかしたらすれ違っているかもしれませんので」


「あぁ? 男だ。黒いローブを着ているらしい。お前たちも、街道とはいえ子どもだけで旅をするのは感心しないな」


 黒いローブ……じゃないけど、まさかあの盗賊を探している?

 ラールさんを見ると頷いている。

 一応、伝えた方が良さそうだね。


「近くの村までなので大丈夫です。黒いローブは見ていませんが、この先の洞窟で盗賊風の男たち4人に遭いました」


「盗賊?  4人?  そうか……情報感謝する」


 その騎士が別の騎士となにやら小声で話した後、僕たちは解放された。


「急ぎましょう、もうすぐ村が見えてくるわ」



 ★☆★



 騎士隊と会ってから約1時間後、僕たちはようやく村まで辿り着いた。

 だいぶ薄暗くなっているけど、村の入口はまだ閉ざされていない。


 馬車を進めていくと、村の広場に出た。

 広場の時計台には2匹のドラゴンを模した銅像がある。

 空を見上げるドラゴンと、地を見守るドラゴン――かつてリンネ様が召喚したとされるスノードラゴンとスカイドラゴンだ。

 夕焼けに映えるその勇姿はすごくかっこいい。


 宿はすぐに見つかった。

 看板には『勇者歓迎』と書かれている。

 馬車を厩舎に入れてから中に入る。


 客のほとんどが胸や背中に『俺は勇者!』と書かれたシャツを着ている。

 宿主が言うには、このシャツを着ていると宿代が半額になるらしい。

 シャツの値段は宿代より高いのに……すごい商売だね。


 ルーミィが宿代を節約しようと言い出した結果、3人部屋を借りることになった。

 ちょっと恥ずかしいけど、素直に秘書に従うよ。

 もちろんミールは蝶のままで無料扱いだ。



「着替えるからこっち見ないでよね!」


「私はもう見られてるし、見ても良いわ」


「えっ!? じゃあ……あたしも……少しなら」


「ラールさんもルーミィも、変なところで張り合わなくていいからね? あと、ミールにも服を着せてあげて! 裸はさすがにまずいから!!」


 何だか、いてはいけない場所にいる自分……。

 ベッドもダブルベッドが1つとか……ここ、3人部屋のはずなのに。


「ハル! お風呂が意外と広いわ! 前みたいに一緒に入らない?」


「えっ! ハル君とルーミィは一緒にお風呂に入っているの!? なら、私も……頑張るね」


『楽しそうだからワタシも仲間に入れて!』


「ちょっと待て! さすがに4人はきついよ! というか、おかしいって! 今日は僕が1人で入るから、女の子3人で仲良く入ってよ!」


「そうね……今日は我慢するわ。次はあたしと一緒だからね!」

「分かりました……今日だけは我慢しますね」

『じゃあ、今日はワタシが――』

「「ダメ!」」



 ふぅ~。やっぱりお風呂は1人が落ち着くな。

 ハーレムなんて慣れないよ~。女の子の前で下半身が変なことになっちゃったら恥ずかしいでしょ! お風呂はだめ、絶対にだめ!


 それにしても、僕はいつからこんなにモテるようになったんだ?

 反動が恐ろしいな!


 僕がお風呂から出た後、ルーミィとラールさんとミールが一緒にお風呂に入っている。

 耳をすますと、楽しそうな会話が聞こえてくる。

 やっぱりラールさんが1番大きいのか。まぁ、僕は知ってるけど。



 ベッドの取り合いは熾烈を極めた。

 頑張っても3人しか寝れないからね。

 僕が床に寝ると言い張っても、それだけは絶対にダメらしい。


 結局、ミールが蝶になることで一件落着した。僕の左にルーミィ、右にラールさんが吸い付くように寝ている。

 僕は普段は横を向いて寝るんだけど、今日は綺麗に仰向けで寝たよ。

 良い夢が見られそうだ。



 目が覚めると、ミールが人に変身したらしく、裸で僕の上に乗っかっていた。

 ルーミィは押し出されて床の上だ。

 しばらく寝たふりをしながら堪能した後、起きだしたルーミィやラールさんと蝶との追いかけっこを苦笑いしながら眺めた。

 こういうのも平和っていうんだろうか。


 なぜか、調理場からラールさんが他と違うメニューの朝食を運んできた。

 かなり美味しかった。さすがはフィーネの看板娘だね。他のお客さんの視線が痛いけど、優越感がはんぱないよ。


 食事を終える頃、外から鐘が鳴る音が聞こえた。


 1回、2回、3回……20回。20回ぴったりだね。時報かな?


 食事中のお客さんたちは、みんなが手を合わせて黙祷をしている。すすり泣いている人もいる。


 僕たちは、お互いに顔を合わせてとりあえず同じように黙祷をしておく。


 黙祷を終えた宿主にさりげなく聞いてみた。


「今日は何かの記念日ですか?」


「あぁ、あなた方は昨晩来たから知りませんよね。さっきの鐘は葬儀の合図です。昨日もまた1人殺されたんですよ。これはきっと呪いです。いつになったら安心して過ごせる日がくるのやら」


「殺された!? もしかして黒いローブの男!?」


「そうです。ご存知でしたか。その犯人が見つかりませんで」


 犠牲者は犯人の顔を見ているかもしれない!


 僕はラールさんを見る。

 顔を強ばらせながらも僕に頷き返してくる。


 ルーミィと目が合う。

 やっぱり気持ちは同じらしい。


 蝶は僕の肩で羽を動かしている。

 この子は分からない。


 間に合うだろうか――。


 僕たちは、荷物をまとめると急いで宿を出た。

 葬儀の場所は宿主から聞いていた。

 遺体は村に1つだけある教会で荼毘に付され、その裏手にある墓地に埋葬されるらしい。


 僕たちが教会に飛び込んだとき、ちょうど火葬が行われる寸前だった。


 ルーミィが叫ぶ!


「その人の火葬、お待ちください!!」


 泣き叫んでいた人たちが振り返り、場が静まりかえる。

 神聖な葬儀を邪魔された怒りというよりも、何が何だか分からないといった困惑の表情が見てとれる。


「僕は蘇生魔法が使えます!」


 僕たちは、火葬炉に半分ほど突っ込まれた棺桶を強引に地面に下ろさせた。

 司祭様や家族と思われる人たちが、僕たちに怒りと困惑の視線を向けているなか、僕は無遠慮に棺桶の蓋を開ける。


 中には、10代後半と思われる少年が、胸の上に手を組んだまま寝かされている。ただし……首から上が、胴体と切り離されていた……。

 なんて残酷なことを!


 ルーミィやラールさんは口を押さえて座り込んでしまった。

 僕もあまりの姿に吐き気をぐっと堪える。

 何度も何度も深呼吸を繰り返し、ようやく声が出せるようになった。


 魔力を練り上げる。

 それを、遺体にかざした左手に送り込む。

 そして、精一杯の大声を張り上げる。


「聖なる銀の光よ! この者の魂を呼び戻したまえ!

 レイジング・スピリット!!」


 僕の左手から、銀色に煌めく光が溢れ出す。

 まるでダイヤモンドダストのように、オーロラのように、奇跡の光の奔流は教会の中を駆け巡る。


 そして……人々は、奇跡の目撃者となる。


 光は少年を優しく包み込み、身体は宙に浮きながら光の奔流を吸収していく。


 やがて……

 地に降り立った少年は、静かに目を開く。


 怒りと悲しみが流した涙は、まるで神の力を目の当たりにしたかのような感涙へと変わり、今まで以上にとめどなく流れ続けた。


「神よ……神よ、神よ!

 神は、我々見守ってくださられた!

 神は、奇跡を見せてくださられた!

 我々はなんと幸せか!あぁなんと幸せか!」


 いや、神は関係ないんだけどね。ただのスキルだから。それに、僕が信仰するとしたら、神様じゃなくて、勇者リンネ様だし。


 相変わらず泣き続けているルーミィやラールさんは放置だ。肩にいたはずの蝶は、いつの間にか僕の頬に張り付いている。


 僕は少年に話しかける。


「あなたは生きています。落ち着いて……あなたが見たことを教えてくれませんか?」


「俺は……生き返ったのか? 父さん、母さん……俺は生きてる? 神様、ありがとうございます!!』


 ダメだこりゃ。


 その後、話を伝え聞いた人々も集まり、数時間にわたって今起きた奇跡を語り続けた。

 どうやら、僕が蘇生魔法を使ったのではなく、神様が僕に一時的に降臨して奇跡を起こしたという解釈らしい。

 神様という存在は……考えるのはやめておこう。


 僕は正直どうでもいいけど、ルーミィだけは報酬を貰い損ねたって騒いでいる。


 やっと場が落ち着きを取り戻した頃、このアルムという少年の口からやっと〝黒いローブ〟のことが語られた。


 彼は路地裏で黒いローブを着た〝女性〟に、『青い月を見たか?』と話しかけられたそうだ。

 何のことか分からず、首を左右に振った彼に、その女性は突然魔法を使ったらしい。

 恐らくは風魔法。

 そこで彼の記憶はぷっつりと途切れた。


 女性の特徴は、手の甲に刻まれた赤い紋章と、フードからはみ出した長い耳――人間ではないようだ。


 黒いローブの“女性”についての情報は、村長や衛兵を通じて迅速に騎士団へともたらされた。

 ただし、『青い月』が何を表しているのか、何の目的で殺人を繰り返しているのかは謎のままだ。


 不安は尽きないが、僕たちにはもうできることはない。

 宿屋で昼食を食べた後、再びティルスに向けての旅が始まった。


 完全に日が沈むまでにはまだ5時間はある。

 できるだけ前に進むんだ。

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