第21話 星宿の占い
『え~、あなたは運命を信じますか~?』
目の前には、いかにも的な胡散臭い占い師がいる。
王都への2日目の旅は順調に進み……と言っても、途中で鳥系の魔物に襲われてボロボロなんだけど……僕たちは宿場町まで辿り着いた。
これから宿屋へ向かおうってときに、この婆さんに話し掛けられたんだ。
『そこの可愛いお嬢さんたち! ちょっと占ってみないかい?』
「可愛いだなんて! お姉様、見る目があるわね!」
いやいや、ルーミィ、おかしいでしょ!
どう見ても60歳以上だよ、お姉様のレベルを超えているぞ!
まぁ、暴力さえなければ可愛いのは認めるけどね。
「占いはおいくらですか?」
って、ラールさんもポーラも既に引き込まれてるじゃないか!!
『Aタイプ、Bタイプがあって、どちらも8リル(800円相当)だよ』
占い師はそう言うと、2枚の紙を見せてくれた。
って、ラールさんがもう5人分の支払いを済ませてるし!
う~ん……女の子はこういうの好きそうだからね、しょうがないなぁ。
どれどれ?
【Aタイプ:総合占い】※15歳ハナコさんの例です
☆人生 波乱万丈、20歳を過ぎてから落ち着きます
☆健康 脚の骨折には気をつけてくださいね
☆恋愛 1勝5敗です、諦めずに頑張りましょう
☆結婚 年上が良いでしょう、子どもは一姫二太郎
☆お金 素寒貧が続き、貯金は消え失せるでしょう
【Bタイプ:専門占い】 ※恋愛占いの例です
ハナコさん、あなたは正直に言ってモテませんね。哀れみさえ感じます。でも、自分の顔が悪いからといって諦めてはいけません。重要なことは“分相応”と“妥協”ですよ! 上さえ見なければ人並みの恋愛は可能です。年下や同級生は無理ですので、20歳以上年上との結婚を目指しましょう。あなたにとっての唯一の武器は“若さ”だということを、ゆめゆめお忘れなきよう。それと、今の髪型はすぐにでも変えましょう。顔が大きいのが目立っていますからね。
うわぁ、これって結構な辛口じゃない!?
僕は占ってもらわなくていいや……。
もしよく当たるんだったら普通に行列ができてるでしょ。
看板もないし、よく見ると“ハナコの占い”って紙が貼られているだけ。
って、あなたがハナコさんですかい!
『では、お一人ずつ中の個室まで来てくださいな』
婆さんが扉を開け、薄暗がりの中へと消えていく。
いつの間にかミールも交じって順番決めじゃんけんが始まっている。
って、服を着てください!!
「みなさん、お先に行ってきますね!」
ラールさんが嬉々として部屋に入って行った。
チャレンジャーだね。
でも、泣きながら出てきたらどうしよう……今のうちに励ましの言葉を考えておこうか。
10分後……。
最高の笑顔で出てきたラールさん。頬を赤らめながら、僕の顔をチラチラと見てくる。変顔をしてみる。目が合った瞬間、両手で顔を覆い隠して「キャー」とか言ってるし。なんだこりゃ。
『次はワタシね。ラールはどっちのタイプにしたの?』
「Aタイプよ。もう、最高の占いだったわ!」
緊張した面持ちでミールが入っていく。
一応、コートを着ているけど、裸にコートっていうのは……ちょっといかがわしい。
「待ちくたびれるわね。椅子があると嬉しいけど」
道具屋と食堂の間に建てられた木造の、古臭い外壁に寄りかかりながら、ルーミィが愚痴る。
まさか、僕に椅子になれとは言わないよね? 僕とポーラは変顔勝負に興じていて忙しいんだから。いや、暇だからやってたんだっけ。
さらに10分後……。
全身に歓喜のオーラをまといながらミールが現れた。無言で僕の右腕に抱きつく。天使のような笑顔が至近距離に迫る。これが妖精王の実力か……可愛すぎる!いったい、中で何が起きているんだ!?
「やっとあたしの番ね! 行ってくるわ!」
気合を入れてルーミィが入っていく。
この人にあまり期待をさせすぎると、変な占いをした瞬間に婆さんの首が飛びそうだ。
7分後……。
真っ赤な顔をしたルーミィが出てきた。怒り? いや、とても機嫌がよさそうだ。大丈夫、婆さんは死んではいない。脚をもじもじさせながらお腹をさすっているルーミィ――トイレを我慢しているのか?
それにしても、こんなに女の子しているルーミィを見るのは実に新鮮だ。何故だか、無言の熱い眼差しに悪寒が走る。今晩にも襲われそうな予感がする。
「お兄様、行ってきますですっ!!」
スキップをしながらポーラが消えていく。
この子の未来が明るいといいね。
10分後……。
過呼吸で、苦しそうに嗚咽をもらしながら出てきたポーラ。
「大丈夫!? あんな占い、信じちゃダメだよ! 安心して、僕たちがいるから。ずっと守ってあげるから!!」
「ち、違うの、お兄様……ポーラは、嬉しすぎて泣いてるのっ! うぅ……」
へ?
両手で抱きついてくるポーラを、僕は優しく抱きしめてあげる。背中、頭をなでなでしてあげる。うん、これぞ優しい兄だ。でも、あんまりくっつきすぎると下半身が……って、ルーミィたちはそんな僕たちを引き剥がそうと必死だ。
「さて、宿屋に……」
「ハルも占うの!!」
僕の逃げ宣言はルーミィの言葉によって一刀両断にされた。
くっ!ここまでか……。
でも、何を占ってもらう?
悩んだらやっぱり総合占い?
いや、そういうのは浅く広くだからあまり役に立たない。
そうだ!
今晩、身の危険があるかどうかを詳しく占ってもらおう!
「分かったよ、行ってくるね」
僕は渋々ドアノブを回し、薄暗い部屋に踏み込む。
変な煙が部屋中を満たしている。
壁には怪しげな仮面や絵が所狭しと飾られている。
まさに、“不気味”の一言に尽きる。
四畳半くらいのその部屋の奥には暖簾がぶら下がっている。
ここに入るのかな。
ちょっと怖い気がするけど、みんなが入ったんだから大丈夫なはず。
勇気を出して踏み込む!
たくさんの蝋燭に囲まれた狭い部屋。
中央に置かれたテーブルには魔方陣が描かれている。
そして、さっきの婆さん占い師が椅子に座っている。
デジャヴった……いつかどこかで見たような光景だった。
『君が最後かい?』
空いている椅子を指差し、着席を促しながら占い師は尋ねる。
「はい」
怖い……僕は緊張で喉が詰まる。
『AとB、どっちにするかね? Cもあるけど、追加料金もらうよ』
「C、ですか?」
『そう。わたしが裸で占う特別プランさ』
苦笑する。
婆さん、僕の緊張をほぐしてくれたみたい。
「そういうのはいりません。Bで! それと、今晩、僕の身に危険があるのかどうかを詳しく占ってほしいです」
『そうかいそうかい、残念だねぇ。それと、ギャラリーがいるみたいだけど構いやしないかい?』
ギャラリー?
あっ!
耳を澄ますと物音が聞こえる。
ルーミィたちが盗み聞きしているっぽい!
もしも僕が襲われる運命だとしたら、解決方法まで聞き出せばいいのさ。この占いで身の安全が証明されれば手を出せまい。
ふっふっふ……僕は静かに頷いた。
『良かろう、占おうじゃないか。少年の運命を! ディスティニー・ミラージュ!!』
それは突然起きた。
今までいたはずの部屋は消え去り、僕たちの目の前には、ランタンの明かりのみでかすかに映し出される世界が広がっていた。
目を細めてよく見る。
ベッドのある広い部屋、ここはどうやら宿屋みたいだ。
みんな静かな寝息を立てている。
その中には僕もいる。
ルーミィとラールさんに囲まれて、へらへら笑いながら眠っている。
でも、“今の僕たち”はそこには居なかった。
意識、そう意識だけがそこにあった。
スキルだ……これは未来視なのか!?
ランタンの炎が揺らめく。
部屋の中だ、風はないはず。
もちろん窓も開いていない。
人の影が見えた!!
ポーラでもミールでもない。
扉も窓も閉まっているのに!?
影はゆっくりと僕たちのベッドに近づいてくる。
男……濃い色のローブを着た魔導師風の男だ!
右手でルーミィに触れ、男が何かを呟くと、ルーミィの身体から青白い光が抜け出して男の手の中に吸い込まれていった……。
やめろっ!!
僕は必死に叫んだ!
しかし、声は出せなかった。
一瞬だけ男が怪訝な表情を浮かべたが、僕の身体に右手で触れると、ルーミィと同じように銀色の光をその手に吸い込んでいく。
男の両目が開かれ、歓喜の表情に変わる。
男は周りを見渡すと、ポーラに近づいていく。
僕は両手を広げてポーラを守るように立つ!
しかし、それは意識のみ。
物理的に男を防ぐことはかなわなかった……。
ポーラの身体から引き出される二筋の金色の光を見て、僕は悟った。
こいつはスキル、それもユニークスキルを抜き取っている!!
スキルを抜かれた僕たちはどうなっている?
相変わらず寝ている……いや、死んでいる!?
半開きの目、口からこぼれ落ちる嘔吐物、弛緩した手足……たくさん見てきた死体の特徴だ。
これは……気づかずに寝ているのではない、スキルを抜かれる前か後かは分からないが、既に殺されているんだ!
襲われるって、こっちか!
もしも、この占いが真実の未来を映し出したものだとしたら、僕たちは今夜……死ぬ運命にある。
でも、ルーミィたちが占ってもらったハッピーな結果はどうなる?
矛盾していないか?
僕たちが今晩死んでしまうのならば、幸せな運命が訪れる訳がない!
何か解決策があるはずだ……。
男がミールに近づいたとき、僕の意識は再び占い師の部屋へと戻された。
『強奪かい……君たち、どえらい奴に狙われているのぅ』
「助かる道はあるんですよね? 教えてくださいよ!」
『別料金じゃ』
「払うわ! だからお姉様、助けてください!!」
僕がケチ婆さんを罵りながら値下げ交渉する前に、ルーミィたちがしゃしゃり出てきた。
暖簾の隙間から一部始終を見ていたな。
盗み聞きを通り越して、盗み見されましたよ。
「待って! その宿屋に泊まらなければいいだけじゃん? 別の宿屋か、馬車で寝ようよ!」
『無駄じゃよ。それでは何の解決にもならん。未来は柔軟にできているのじゃ。例えば……君が、道に犬の糞が落ちているのを知っているとしよう。回り道をすれば回避できると考えるじゃろ? 無理じゃ!』
「糞が飛んでくるの?」
『アホか! 回り道した先には別の糞が落ちている。単純な話じゃろ? 回避するために必要な手順を踏まないと、空を飛ぼうが川を泳ごうが、糞を踏む運命は変えられぬ』
例えが臭すぎて納得いかない……。
「ハル君、お願いしましょうよ」
『ハル様、この者は信用できます』
「お兄様……死なないで!」
「分かったよ、ハナコちゃん。その必要な手順とやらを教えてください。お願いします!」
最後の抵抗。
僕は、嫌味を込めて慇懃無礼にお願いする。
悪気があるわけじゃないけど、納得いかない部分もあるもんね。
『少年、ハナコは私の死んだ犬の名前じゃ……』
「そんな馬鹿な……」
『まぁ、良い。運命を変える方法は2つある。1つは、今ここで死ぬこと。もう1つは、運命に抗って戦うことじゃ』
「『2つ目を詳しく教えてください!!』」
『高いぞ?』
「いくらでも構いません! ここでハルを失うことを世界が許しません。あたしの命なんてどうでもいい、ハルが助かる方法を教えてください!!」
ルーミィ……そこまでして僕のことを!
いや、待て。
僕が生きてさえいれば、ルーミィは1回だけ生き返らせることができるから追加料金の節約になる?
ケチなルーミィが考えそうなことだ。
『おぉおおお! 愛じゃ、これはまさしく純愛じゃ!! さすがの私も愛の力には勝てないぞ』
茶番はいいから早く教えてほしいよ……。
『相手はスキル強奪能力があるようじゃ。恐らく、他にも多くのスキルを持っているのう。あの様子じゃと、鍵が掛かった部屋に、窓か扉をすり抜けて入る透過スキル、足音を立てぬための浮遊スキル、それから所持スキルを鑑定するスキル、毒かウイルスで人を暗殺するスキル、気配を察知するスキル、逆に気配を消すスキル……他にもまだまだありそうじゃのぅ』
「『……』」
『怖気づいたか? だが、勝つための方法は1つだけある。それは……』
★☆★
半信半疑だけど、散々に話し合ってシミュレーションを重ねた。
お金もかなり重ねたけど……。
僕たちは宿屋のベッドの上に座り、不安と緊張で固まっている。
確かに占いで見た宿屋の一室だ。
あの恐怖は、今でも鮮明に呼び起こすことができる。
「いいわね、みんながしっかりと決められた役割を果たせば大丈夫だから。臨機応変に対処してね!」
「ちょっと矛盾している気がするけど?」
「ハルって、いちいち煩いわね!」
「2人ともケンカしている場合じゃないでしょ! 相手はもう既にこちらを見張っているかもしれないんだから!」
「「ごめん……」」
確かにそうだ。
“未来の記憶”では明らかに先手を打たれていた。
僕は、にやにやしながら眠っていた自分を思い出す。
気づくことさえできずに殺されていたのかもしれないと考えると、悪寒が止まらない。
『では、予定通りに……』
ミールは静かに呟くと、紐の姿になりベッドの下に潜り込む。
この可愛い妖精さんは、蝶と紐の2つの変身スキルしか使えないらしい。
妖精王なのにと突っ込みたくなるけど、仕方がない。
でも、動物的な、気配を察知する能力は高い。
ルーミィとラールさんは、僕と同じベッドで布団を被る。
僕も、にやにやせずに意識を集中する。
時間との勝負だ。
ポーラは、隣のベッドに潜り込み、ミールの代わりに枕を布団の中に入れている。
そして、ランタンの炎を弱め、みんなが目を閉じる。
息を殺して待つ。
2時間後、ベッドの下がコツコツと叩かれる。
ミールからの合図だ!
奴が来た!!
僕は魔力を集中し、浮遊魔法を発動する。
毒であれ、ウイルスであれ、部屋の中の空気を媒介するはず。
部屋の上部、8割ほどの空気に浮遊魔法を掛ける。
空気を圧縮して天井付近に押しやる。
呼吸するための最小限の空気のみ、床から確保して。
男が窓を透過して入ってくるのが薄目に見えた。
集中だ、僕にはこれしかできないんだから、根性で役割を果たす!
男は窓際にいるルーミィに右手を伸ばし、何かを呟く。
『あ!?』
男の右手はルーミィに触れることができない。
ポーラの魔法だ。
時間停止と空間転移を発動して、男がルーミィに触れる前に20cmほど身体をずらしている。
何度か同じ動作を繰り返した後、はっきりと違和感を抱いたのか、男はターゲットを僕に変更する。
僕に伸びる右手……それが僕に触れる寸前、剣戟が一閃して布団ごと切り裂く!
『なん……だと!?』
男は後方に跳ねて紙一重でよけた!
しかし、僕たちには想定済みだった。
男は着地した瞬間、足を滑らせて転倒する。
ラールさんが寸前に水魔法で床を湿らせていたのだ。
後頭部から床に叩きつけられて気絶状態の男を、ポーラが空間転移魔法の連続使用で吹き飛ばす!
僕は、割られた窓から部屋中の空気を外に送り出す。
数秒後、新鮮な外気が部屋に入るや否や、僕たちはベッドから起き出して窓辺に集まった。
宿屋の庭には、炎の檻に収監された男が転がっていた……。
状況的に浮遊魔法は使えなかったはず。
2階の窓から落ちたんだ、打ち所が悪ければ死んでいるかもしれない。
不死鳥フェニックスが創る業火の檻……中の様子は窺えないが、無傷ということはないだろう。
30分後、ラールさんが呼んできた衛兵たちに身柄を確保され、黒焦げの男は連れ去られて行った……。
油断することなく待機した僕たちは、日の出を迎えて叫んだ。
「『勝った!!』」
命の危機の中、みんなで勝ち取った勝利。
運命に抗うことで、新しい運命を導いた瞬間だった。
共に健闘を称えあって抱き合う。
みんなの目には涙が滴っていた。
犯人は宿屋の主人だった。
宿屋に泊まった冒険者や商人からスキルを抜き取り、死体をスキルで消していたらしいことが分かった。
勝利の報告をしに占い師の元に向かった僕たちは、しかし、目を疑った。
道具屋と食堂の隙間にあったはずの“ハナコの占い”という店は、そこになかったからだ。
道具屋と食堂にはぎりぎり人が通れるほどの隙間しかなかった。これはどういうことだろうか……。
「あのお婆さん、天使だったのかも」
「いや、どう見ても天使じゃないでしょ。幽霊か悪魔でしょ」
占いで残されたもの……それは、ルーミィ、ラールさん、ミールとポーラが見た幸せな未来。
それを守り抜いていくことが僕の使命なのかもしれない。
感慨に耽っていると、右手の甲にある紋章が温かい光を放った。
フェニックスさん、ありがとう。
僕は感謝を込めて口づけをする。
そのとき初めて気づいた――炎の紋章の下に、星の紋章が描かれていることに。
「さぁ、出発しますよ!!」
ラールさんの元気な声が、清々しい朝の空気の中、心地よく響き渡った。
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